第7話 敵なし味方なし
凪との闘い。強くなっても主人公の立場は変わらない。むしろ前よりひどい。
◇
次の日の朝。古貞は基地にきた。昨日と同じでやせており、人々は彼を見て嫌な表情を浮かべて避けている。
太っていた時と同じで慣れているので、まったく気にせずに堂々と歩く。なんの意味もなく廊下を歩いていると前から二人の女友達をつれた稲子がきた。友達は嫌な表情を浮かべてびびっているが、稲子は笑っていた。
「岡ちゃん、おはよう!」
「おはよう」
彼女は元気よくあいさつをし、古貞は素っ気なくあいさつをした。二人の友達はあいさつをしなかった。稲子はだれにでも気さくにあいさつをするので古貞に話しかけても嫌われることなく、むしろ評価があがる。
彼女達がいなくなった後、さらに歩くと前から五人の女がきて立ちはだかる。進めないので足を止め、女達の顔を見て嫌な表情を浮かべた。
凪と取り巻きの女達がおり、それぞれの武器を持っていた。
「ちょっとツラを貸しな!」
悪い笑みを浮かべて包囲する。古貞ならけちらせるが、おとなしくしている。その表情に恐れはなく余裕がある。
◇
おとなしく凪に従い、基地の裏へやってきた。広い庭があり、あまり人がこない場所で重月の時のような野次馬はいない。ここへくる途中、見ていた人達はいたが、助ける気などなく見て見ぬふりでだれもこなかった。
少年を壁に追いつめるような形で凪と二人の女が取り囲み、残りは地面に座って、くつろぎながら見ている。
「こんな所までつれてきて、なんの用だよ?」
ろくでもないことは分かっているので、ぶっきらぼうな態度をとる。
「重月を倒して調子に乗ってるあんたをボコボコにするのよ!」
凪は嗜虐的な笑みを浮かべて刀を抜いた。刀と白いギザ歯が光る。
「重月の敵討ちか。仲間思いだな」
仲間の敵討ちと思ったが女達は大笑いした。
「アハハ!! 私達があんなやつのためにそんなことをするわけないでしょ!? あんたに負けたやつなんてグループから追放したわ!!」
「それじゃあ重月は」
彼の姿を見ていないので察した。
「捨てられたショックで基地にきていないわよ!! 捨てるって言ったら私達に泣いてすがって情けなかったわ!! ほんと幻滅!!」
凪はその時のことを思いだして笑った。
「体だけの男だったわ」
「付き合って損した」
重月と仲がよかった二人の女は後悔していた。自業自得で嫌なやつだが、ほんの少し気の毒になった。
(グループの恥を作った重月を追放する流れになり、秀羽が代表で決めたようだな。しょせん外面だけのカースト上位だ。重月も同じように追いだしていたな)
醜態を晒したら仲間達ではないという関係で重月も喜んでグループのだれかを追放していたので、その報いを受けたようだ。
「あんたが重月を倒したせいでグループの評判が悪くなって私達を舐める輩が出ようとしているから、あんたを倒して名誉挽回よ!!」
凪達は武器を構え、少年が逃げられないように取り囲む。後ろは壁で逃げ道がなく五人を倒すしかない。
「重月のようにひとりで闘わないわ!! 五人で袋叩きにしてやる!!」
重月との闘いで古貞の強さは分かっており、数で攻める。
「だれもいないから安心して死ね!!」
笑みがなくなり真剣な表情になって一斉にそれぞれの武器で攻撃する。槍が刺さり、剣で斬られ、ピストルで撃たれ、ハンマーで叩かれ、刀で斬られた。嫌な手ごたえを感じ、凪達は離れた。
「これくらいの攻撃、よける必要がねえ」
傷は浅く、出血がほとんどなく、まったくきいていない。自分達の攻撃がきかない相手を見て五人は驚いた。それでも戦意はある。
「今度はおれの番だ」
凄まじいスピードで移動する。古貞にとっては大した速さではないが、凪達には見えない速さだった。
一人目をローキックで脚を折り痛みで気絶させ、二人目をハイキックで倒し、三人目の腹部に膝蹴りをいれ、四人目の腹部を蹴って倒した。
刀を抜くまでもない相手で残るは凪だけなので止まって睨む。
「女に手を出すなんて最低ね!!」
古貞と違って余裕がなく刀を構えてびびっている。
「都合が悪くなると女を武器にしやがって。それにおれは手を出してねえ。足を出しただけだ」
少年は呆れ、足を動かした。
「あんたが死ねば私達は平和になったのに!!」
ヤケになって斬りかかる。
「おれの平和はどうなるんだよ!?」
キックで刀を折り、続けて彼女の顔面を蹴った。鼻はつぶれ、前歯はかけ、白目をむいて仰向けに倒れた。
重月の時と同じで本気を出していないので五人は生きているが、無様な姿で気絶している。
「しょせん重月がいなけりゃ、この程度だ」
味方が大ダメージを与えた後に攻撃する連中なので数が多くても弱い。
「けど多少痛みはあるな。治布!!」
五本の指から銀色の糸を出して瞬時に布を作り、片腕に巻いた。回復エネルギーが全身に回り、傷を治していく。
「こいつらはこのままでいいや。だれかが運ぶだろう」
助ける義理がなく五人を運ぶのは面倒なので彼女達を放置して移動する。彼がいなくなった後、隠れて見ていた秀羽はへたりこんだ。
「見にきて正解だった。重月を倒した相手じゃ凪達に勝ち目はなかったな」
彼女達の敗北は分かっていたが止めなかった。仲間というより手下としか思っていないので、やられた五人を見ても心配などしておらず自分の心配をしている。
「それにしても古貞は自分をバカにしていた相手より強くなったのに笑っていなかった。おれなら楽しんでたたきのめすのに」
弱者をいたぶる強さがあるのに楽しんでいなかった古貞の顔を思いだし理解できずに苦しむ。秀羽には理解できないだろう。彼は自分の身を守るために相手をつぶしただけなので愉悦を感じていなかった。
「このままだと、おれもまずい。なんとかしないと! そうだ!」
いいことを思いつき、凪達は眼中になく急いで移動する。五人は偶然、通りかかった団員によって医務室へ運ばれた。
◇
華院家。伊仙奇の名門貴族で秀羽の実家。かなりの豪邸で伊仙奇第四基地の近くにあり、歩いて通える。
帰ってきた秀羽は玄関でブーツを脱いであがった。
「おかえりなさいませ、秀羽様」
使用人達など眼中になく突き進む。和室に着き、中へ入ると白い団員服姿の中年男性がおり、あぐらをかいて飯を食べていた。白髪まじりの短い髪で小さくて鋭い目には生気がなく無愛想だった。
「これは秀羽殿」
少年に気づき、食べるのをやめた。
「苦旅。お前の出番だ」
秀羽は男性の正面に座った。
「それがしの出番とは?」
真剣な表情を見て周りを警戒する。少年も周りを確認した。
「実はある少年を殺してもらいたい」
苦旅に殺しの依頼をする。
「穏やかな話ではないですね。だれを殺せばよいのですか?」
細かいことは聞かず慣れた感じで話す。
「こいつだ。名前は岡井 古貞。おれと同じ伊仙奇第四基地にいるやつだ」
一枚の札のように薄い式神端末を出して操作し、古貞の画像を見せた。
「こいつですか? それがしが相手をする必要はなさそうですが」
太っていた頃の画像を見て拍子抜けしている。
「こいつだが、こいつじゃない。急にやせて強くなったんだ。これが今のやつだ」
式神端末を操作して、やせている画像にした。画像を見て苦旅の目つきが変わった。
「なるほど。先ほどと同じ人物ですが違いますね」
「お前の弟子の重月を倒したほどだ」
秀羽は重月達を何度も家に招いたことがあり、苦旅が剣術を教えていたことがある。
「あの見込みのある若者を倒すとは」
ぎこちない笑みを浮かべた。
「殺しても悪党の仕業にできる。成功したら、お前を正式に雇うよう父上に頼んでやる。食客の中で優秀なお前なら殺せるだろ?」
苦旅がダメなら他の食客に頼むつもりだったが、その必要はなく彼は食事を続ける。
「華院家には、お世話になっています。必ずその若者を殺します」
死んだ目が活き活きとしている。
(やられる前にやれ。これで古貞は終わりだ)
秀羽はほくそ笑む。しかし、凪と同じで古貞の真の強さに気づいていない。
「夜になったら動きます」
苦旅は楽しそうに笑い、食べながら自分の愛刀を見た。
次は古貞が大活躍。
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