第14話 場外乱闘
ゴブリンマスクとの死闘を終えた二人の休息回。
◇
ゴブリンマスクを倒した日の夜。
「ん……」
鮎美は目を覚ました。
「おっ! 起きた」
「よかったわ」
喜ぶ古貞がそばにおり安心したが、少年と同じように喜ぶ知らない女性がいることに気づいた。
赤いジャージ姿の活発な中年女性で髪は青いショート。
「古貞君。その人はだれ?」
目を覚ましたばかりで頭がうまく働かず気になる女性のことを聞く。
「おれの母親だよ」
「母の赤華よ」
息子に紹介され、母親はさわやかな笑顔で名前を言った。少年より背が高く男っぽい感じで母というよりガサツでズボラな姉に見えてしまう。
「古貞君のお母さんですか。ここは?」
重そうに体を起こして周りを見た。彼女はベッドの上におり、床はフローリングでテーブルとカーペットなどがあった。
「おれんちの部屋だよ」
ここは伊仙奇にある少年の実家で彼の部屋。
「ゆっくり休める場所がここしかなかったから寄ったんだよ」
ゲームセンターから歩いていける距離で家ほどくつろげる場所はないだろう。
「突然帰ってきたから、もう驚いたわ。実家や故郷が恋しくなったのかと思ったら大きな繭を割って女の子を出したんだから! 誘拐かと思ったわ!」
赤華はうっとうしい感じでしゃべった。
「迷惑をかけてすみません」
鮎美は少年と母親に頭を下げた。
「気に」
「気にしなくていいのよ。息子から聞いてるわ。悪党にさらわれて辛かったでしょ? いくらでもいていいからね」
息子の言葉を奪い、少女を実の娘のように思っており、慈愛に満ちた眼差しを向ける。
「母さんもこう言ってるし今日はここに泊まって明日、高山奇へ戻ろう」
彼女の体はほとんど治っているが、急いで戻る必要はないので古貞は泊まることを提案した。
「そうね」
鮎美は同意し横になった。
「それじゃあ、あとは若い者同士で。私は食事とお風呂の準備をするわ」
赤華はしまりのない笑みを浮かべ、そそくさとドアへ向かった。
「それにしても愚息に女友達ができるとは」
息子を見てにやけ、部屋を出た。
「個性的な人だね」
少女は和やかに微笑みながら言った。
「ああ、おれにとって自慢の母親でこの世で唯一の味方だ」
古貞はしみじみとした表情を浮かべ、母が出たドアを見ている。マザコンのようなことを言ったので鮎美は少々引いていた。
「どういう意味?」
興味を持ち、退屈しのぎになるので聞くことにした。
「親父はおれ達を捨てていなくなって、母さんがひとりでおれを育ててくれたんだ。おれの肉親は母だけだ」
明るく笑いながら家庭のことを話した。
「そうなの……」
複雑な家庭の話をしたので鮎美は気まずくなり、目をそらした。少年は構わずに話を続ける。
「それとおれは芋虫みてえに醜く太ってたんだよ。これが昔のおれだ」
懐から式神端末を取りだしていじり、画像を出して自慢するように見せた。今の彼と違って汚いデブで陰キャという感じだった。
「伊仙奇団に所属してたけど無能だったから給料泥棒とか団の恥ってバカにされて嫌われていたな。まあ性格がひねくれていたから無視して、ぜんぜん気にしてなかったけどな」
古貞が辛い過去を平然と話したので少女はますます気まずくなり画像を見た。
「私はけっこう可愛いと思うわ」
女性が嫌悪する見た目で鮎美は少々顔をしかめたが、過去の古貞なので可愛いと思い、小動物を見るような目になった。
「そうか、ありがとよ」
屈託のない無邪気な笑顔が眩しい。
「仕事へいって周りからバカにされて家へ帰る毎日で母さんだけが味方だった。もっと早く鮎美に会ってればなあ」
「私ももっと早く古貞君に会いたかったわ」
彼女は無能力者ということでバカにされていたので少年の気持ちがよく分かる。
「それにしてもすごくやせたんだね。まるで別人だわ」
画像と本人を交互に見て微笑んだ。
「ああ。ある人物と出会って鍛えてもらったからな。その人がおれの能力を開花させて闘い方をたたきこんでくれたおかげで今のおれになったんだよ」
少年はその時のことを思いだし、楽しそうに話した。彼の人生にとって、いい思い出だということが分かる。
「どんな人? 画像とかないの?」
彼を強くした人物に興味があり積極的に聞き、式神端末を見た。
「あるけど見せるほどじゃねえよ。まあおれに地獄を見せた女だよ」
照れ臭そうに端末を懐にしまって強引に終わらせた。
(女性か)
女性だということが分かり、しゃべりたくない感じだったので深く聞くのをやめた。
「その女のおかげで見違えるほど強くなったけど、今までバカにしていたやつが急に強くなったから周りは面白くない。しかも変な自信がついて、おれの態度がでかくなって嫌なやつになったから余計疎まれるようになっちまった」
サクセスストーリーにはならず失敗談を明るく語る。
「それで伊仙奇にいられなくなって給料も少なかったから高山奇で働くことにしたんだ。母さんと離れるのは心細かったけど鮎美と出会うことができた」
伊仙奇を出たことは彼のターニングポイントとなった。
「私達って似てるわね。故郷を離れて周りからの評価は低かったけど古貞君はその人のおかげで強くなって私はあなたと出会って強くなったわ」
似た者同士がうれしく少女は微笑んだ。
「そうだな。おれ達、似てるな」
和やかに笑う二人。そこへエプロン姿でオタマを持った母親がやってきた。
「鮎美ちゃん。お風呂、入れるよ。捕まってた時、お風呂に入れなかったでしょ? さっぱりするよ」
オタマを軽く回して朗らかに笑いながら、お風呂が沸いたことを伝える。
「ありがとうございます」
少女は起きあがって頭を下げた。
「お風呂から出る頃には食事ができるわ。それじゃ」
楽しそうにオタマを振って部屋を出た。
「鮎美のことを実の娘のように思ってるな、母さん。まあしょうがねえか。おれが家を出て、ひとりだったからな」
はしゃぐ母に呆れ、古貞は安心したように笑った。
「お言葉に甘えて、お風呂に入るわ。なんか嫌なものがべったりついてるみたいで洗い流したいわ」
体中を見て手の甲の臭いを嗅いだ。きれいな体だが、血などがこびりついているような気がして不快な表情を浮かべている。
「浴室は下にあるから、すぐ分かるぜ。おれは母さんの手伝いをするから、ゆっくり浸かりな」
古貞は立ちあがり部屋を出た。
「さてと」
ベッドから下り、鮎美は浴室へ向かう。
◇
岡井家の浴室。二階建ての家で階段を下りて見つけることができた。
「タオルと着替えがあるわ」
浴室のカゴにはお客様用の清潔な白いバスタオルと赤華が着ていたのと同じジャージの青があった。
「ここまでしてくれるなんて」
ジャージをダサいと思わず古貞の母親に感謝し、ボロボロのレオタードを脱ぐ。全裸になった時、バスタオルの間からなにかが出てきた。
「まだ試合は終わっていないぞ!」
聞き覚えがある声に驚き、悲鳴をあげることができなかった。
◇
その頃、赤華はキッチンで料理を作り、古貞はその料理をダイニングのテーブルに運んでいた。
「こらっ!」
テーブルに置いてある唐揚げをつまみ食いした息子を見て母親は軽く叱り、呆れつつ懐かしく思った。
「母さんの唐揚げ久しぶりだったから、つい手が出ちまった。防衛団じゃ冷凍食品やコンビニ弁当ばかりだったからな」
悪びれず、また唐揚げをひとつ取って食べた。
「また食べて! しょうがないわね。ちゃんと食べるようにしなさい」
つまみ食いを許し、調理を続ける。
「おとなしそうないい子ね、鮎美ちゃん。友達ができてうれしいわ」
少女のことを思いだし、さわやかな笑みを浮かべた。
「ああ。役に立つやつだ。高山奇での唯一の味方だ」
優秀で初めてできた女友達という特別な感情があり、母親と同じ味方と認識していた。
「そう。あんたを変えたあの人に感謝しないと」
赤華は息子を強くしてくれた女性のことを思いだした。母親ではどうすることもできない息子を救ってくれた恩人なので感謝の気持ちでいっぱいだった。
古貞も女性に感謝していたが唐揚げのうまさに負け、唐揚げに手を伸ばす。そんな時、変な物音がした。
「なんの音だ? 浴室の方から聞こえるぞ」
暴れているような音なので少年はおかしいと思った。
「この家には私とあんた、鮎美ちゃんしかいないし泥棒かねえ?」
強気な母は包丁を持った。
「泥棒なら鮎美がやられることはないよ。ちょっと見てくる。母さんはここにいてくれ」
「分かったわ」
鮎美のことが心配になり、古貞は刀を持ち浴室へ向かう。実家なので迷うことなく廊下を歩き、物音がする浴室へ着いた。
「鮎美! なにかあったのか!? 入るぞ!」
確認してドアを開ける。
「古貞君!! 入っちゃダメ!!」
少女の尋常ではない悲痛な叫び。彼女は全裸でうずくまっていたが、少年は顔だけを見て驚愕した。
見覚えがある緑の覆面が顔半分にくっついており、必死にはがそうとしている。
「小僧!! 驚いたか!!」
聞き覚えがある声で覆面はしゃべった。
「ゴブリンマスク!? 生きてたのか!?」
覆面から倒したばかりの強敵の怨念が出てきた。
「肉体は死んだが、根性と執念で覆面に魂を宿した! ここからは場外乱闘だ!!」
「ああああああ!!」
覆面が生き物のように蠢き、少しずつ顔を覆っていく。鮎美はもがき苦しみ、かきむしるようにはがすが顔の皮にくっついており、はがすのは不可能だった。
「ナノマシンはすべて消えて操れないが、このまま体を奪ってリターンマッチだ!!」
彼女の顔はゴブリンマスクと同じ顔になり、抵抗も弱くなっていく。
「もうダメだわ! 古貞君、私ごとこいつを倒して!」
意識はまだ残っており、死を覚悟し、おとなしくなった。
「心配すんな、鮎美!! 動くなよ!!」
完全に乗っ取られるとまずいので今のうちに刀で斬りかかった。
「ぬなっ!?」
少女の顔を斬らずに覆面だけを斬った。
「今だわ!!」
ゴブリンマスクの支配が弱まり、はがしやすい状態になったので引っぱって覆面をはがした。顔の皮がはがれそうな痛みを感じたが、顔はきれいだった。
「おのれ!! この娘のことは諦めるしかないな!!」
斬られても生きており、ふたつに斬れた覆面は別々の方向へ逃げた。
「ゴキブリみてえに逃げやがった。追うのは無理だな」
鮎美を助けたので弱体化した相手を追う気などなかった。
「また助けられたわね。ありがとう」
危うくゴブリンマスクになるところだった鮎美は全裸なのを忘れて、へたりこんでおり恩人に頭を下げた。
「気にすんな。それより風呂に入った方がいいぞ。目のやり場に困っちまう」
彼女の体を見ないように顔をそらした。
「そ、そうね!」
顔を赤くし慌てて風呂へ入った。
「これでよし! 母さんにはうまく言ってごまかそう」
余計な心配をさせたくないので何事もなかったように刀を鞘に入れ浴室を出た。ひとりになった少女はシャワーで顔と頭を入念に洗っていた。
古貞は何食わぬ顔でキッチンへ入った。
「なにがあったの? 鮎美ちゃんはだいじょうぶだった?」
包丁を持った赤華が心配そうに聞いてきた。
「浴室にでかいゴキブリが出ただけだよ。鮎美がそれに驚いて叩きつぶそうとしていたんだ。おれがやったから、もうだいじょうぶだよ」
それらしいことを言ってごまかした。
「ゴキブリ? 嫌ねえ。私もあれは苦手だわあ。でも殺したのなら、もう安心ね」
包丁を置いて、顔をしかめた。
「ああ……」
逃げられてしまったので少年はあまり安心していない。
「さてと、あとはおみそ汁と卵焼きだわ」
赤華は調理を再開した。息子は先ほどのことを忘れ、楽しそうに料理を作る母を見て微笑んだ。
しぶといゴブリンマスク。
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