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第3話 山ごもりの空間

 古貞がいるのは、さゆりのお腹にある別空間。胎児になったようなもの。

 ◇

 

 穴に吸いこまれた古貞は自然が豊かな藁葺き屋根の家の前でうつ伏せに倒れていた。


「ん? ここは?」


 目を覚まし、起きあがって周りを見た。


「おれの部屋じゃねえな。なんだ、この昔話に出てくる家は?」


 自分の部屋とはまったく違う場所にいるが、少し頭が混乱しているだけで取り乱しておらず状況を理解しようとしている。すると玄関の戸が開き、中から人が出てきた。


「さゆりさん」


 黒いレオタード姿で裸足のさゆりを見て古貞は少し安心した。


「ここはどこですか? たしか、さゆりさんのお腹の穴に吸いこまれて」


 立ちあがって、さゆりに近づく。


「そうだよ。ここは私のお腹にある別の空間 修練しゅうれん山小屋やまごや


 彼女は両手を広げた。木々が蠢き、葉を散らし少年を歓迎しているようだった。


「修練の山小屋?」


 別空間と知っても、あまり驚かなかった。


「ここは私が生みだした空間で鍛えれば確実に力がついて強くなれる場所よ。ここで鍛えた人達はみんな強くなったから君もきっと強くなれるよ」


 さゆりは空間の説明をする。


「鍛えるのに何日もかかるから仕事を休むことになりますよ?」


 いくら強くなれる場所でも時間はかかる。特に彼は落ちこぼれ。どれだけの時間がかかるか分からない。


「だいじょうぶ。ここと現実世界は時間の流れが違うわ。ここでいくら過ごしても現実世界はほとんど動いていないから、いくらでも鍛えることができるわ」


 少年の心配はなくなった。


「さゆりさんのお腹にある空間なら目の前にいるあなたはだれですか?」


 調べるようにじっくり見る。服装が違うだけで顔と声は同じだった。


「私は幻だよ。ここにきた人に説明やアドバイスをしてサポートをするのが役目よ。あと触れることができるからスパーリングも可能よ」


 チュートリアルのさゆりは手を差しだし、少年はおそるおそる触った。


(幻とは思えねえな。ここも本当の山のようだ)


 手の感触と山の香りが本物と同じで精巧な空間に驚いた。


「男の子が触るのは、うれしいような恥ずかしいような」


 彼女は年上の余裕を見せつつ照れている。


「あっ、すいません」


 十分、触ったので手をはなした。


(基地の女どもはおれに触れると気持ち悪がるのに、この人は平気なのか?)


 太っていて小汚い彼を女性達は不潔に思っているが、さゆりからはそういった感じがなく少し調子が狂ってしまった。


「それでここへきて、なにをすればいいのですか?」


 分からないことが多く彼女の空間なので、いろいろ聞くことがある。


「その前に君の能力を教えて。それを聞いてから特訓メニューを考えるわ。指揮官から聞いた話だと能力があるんでしょ?」


 少年のポテンシャルから見る。


「おれの能力は指から白い糸を出すものです。あまり重くない物なら持ちあげることができます」


 古貞は五本の指から白い糸を出し、近くの石に巻きつけて持ちあげた。


(貧相な能力で能力者なのにってバカにされて幻滅されたんだよな。さゆりさんも幻滅してるかな?)


 能力者はあまり多くないが、すべて優秀とは限らない。嫌なことを思いだし、さゆりの顔を見た。


「能力があるだけでもレアだわ。伊仙奇第四基地の能力者は少ない。この能力を活用できるようにしましょう」


 貧相な能力でもレアなので彼女は幻滅しておらず喜んでいた。


「はい」


 基地の連中とは違うので少年は少し素直になった。


「まずは基本から始めよう。この場所で最初にやることといったら素振りと薪割りだね」


 山でできる基礎から始める。


「はい」

(昔の少年マンガの特訓みてえだな)


 自分のできることから始めようとしており、地味な特訓も文句を言わずにやる。


「それじゃあ素振り百回」

「はい」


 お互い熱血ではなく穏やかなペースだった。古貞は腰の刀を抜き、構えて振る。力任せに振っただけで威力が低そうでスピードも遅い。戦闘慣れしていない動きだった。


「その調子、続けて」


 情けない素振りを見ても呆れずに真剣に見続ける。少年は怠けることなく刀を振る。コツをつかんだようで素振りが鋭くなっていく。

 素振りを終えた頃には肩で息をし、滝のような汗を流していた。


 ◇


「次は薪割り」


 素振り後、少し休憩した古貞は家の裏に移動していた。薪割り台があり、たくさんの薪が積まれている。


「斧とかがありませんよ?」


 周りを見ても割る道具がないので困ってしまった。


「刀があるでしょ。それで薪を割るのよ。そういう特訓」


 さゆりは当然のように言って刀を指さした。


「なるほど」


 納得し、古貞は薪割り台に薪を置き、刀を抜いた。


「素振りと同じで百回ね」

「はい」


 同じ数だが素振りよりも難度があり重労働。刀を振りあげて素振りと同じように鋭く叩きこむ。薪はきれいに斬れて、飛び、きれいに積まれた。


「おれ素人なのに、きれいに薪が斬れた! それに斬った感じがあまりない!」


 薪割り未経験の少年はきれいに斬れたことに驚き、刀を見た。


「素振りの成果よ。鋭さと威力があがって薪なんて簡単に斬れるようになったのよ」

「素振りしたばかりですぐに変わるわけないでしょ?」


 さゆりの説明が少し信じられなかったが、そうとした思えなかった。


「ここは鍛えれば強くなる場所。素振りの効果だって、すぐに出るわ。この薪割りを終えた頃には、さらに強くなるわよ」

(便利な空間だな)


 納得し、新しい薪を置いて刀で斬り、それをくり返していく。薪は積まれていき、山のようになっていく。斬るたび刀が軽くなり楽になった。

 さゆりは素振りと同じように数えている。


 ◇


「終わりました……」


 薪割りを終え、刀を鞘に戻した。素振りより疲れておらず刀と体が軽く余裕がある。


「すごい、すごい! たくさん斬ったね!」


 彼が斬って積んだ薪を見て、さゆりは喜び拍手をした。


「なんだか体が軽く感じます」


 太っているのに少しやせたような感じがし体を見た。


「体を動かしたから贅肉が少し減って力がついたんだよ。ここで体を動かせば、もっとやせるわよ。しかもそれだけじゃない」


 少年の体を見て、さゆりは笑った。


「こ、これは!?」


 彼の体に風がまとわりついていた。微風だが清らかで心地よく邪魔にならない。


「素振りと薪割りで風が起き、体にまとわりついて風の能力になったわ。今はそよ風のように弱いけど使いこなせば強力な能力になるわ」


 自分のことのように少年の成長を喜ぶ。鍛えれば効率よく強くなれる空間で風の能力を身につけた。


(おれの新しい能力か)


 新しい能力を得たが、今のところ使い方が分からないので喜びは半分だった。


「体を動かしたので小腹がすきました」


 古貞はお腹をさすった。


「それなら、あれを食べるといいよ」


 さゆりが指さしたのは小さな大根畑。


「野菜をかじれと?」


 嫌いではないが、野菜よりお菓子の気分なので少し嫌な表情を浮かべた。


「ここの野菜は減らないから、いくらでも食べていいよ」

(畑のサラダバーだな)


 贅沢は言えないので食べることにし畑に近づいて葉を持つ。


「ぬん!」


 力をいれて一気に引き抜く。前よりも力がつき、簡単に抜けるようになっており、大根が出てきた。


「そこの水道で洗うといいよ」


 さゆりは畑の近くにある水道を指さした。古貞は水を出し、泥を洗い流す。きれいな白い大根になったので地面に座った。


「いただきます」


 小腹を満たそうと先端をかじる。新鮮でみずみずしいが、生の大根なのであまり味がなく、おいしくない。


(普通の大根で塩とかがほしいな。こうなったら、さゆりさんをオカズにして食おう。この大根をさゆりさんの美脚と思って)


 彼女の生脚を見て大根にむしゃぶりつく。脚をかじっているように錯覚し、あまりおいしくない大根を食べていく。少年がおいしそうに食べていると思い、さゆりは微笑んだ。

 大根は減って小さくなっていき、なくなった。


「ごちそうさま」


 食べ終わって立ちあがると灰色のスライムが突然現れた。


「なんだ、こいつは!?」


 古貞は少し驚き、刀に手をかける。


「ここにいるスパーリング相手だよ。特訓で得た力を試すのに、ちょうどいいザコスライムでしょ?」


 説明後、怒ったスライムはさゆりに体当たりをした。ザコとは思えない威力でふっとび地面を転がった。


「だいじょうぶですか?」


 少年は心配し近づいて声をかけた。


「アハハ。油断していてかわせなかった。それに私ってそんなに強くなかったわ」


 かっこ悪い姿を見せてしまったので笑ってごまかす。たしかにかっこ悪いが、あれほどの攻撃をくらって無傷なことに驚いており、幻滅などしていない。


「さゆりさんの仇だ! 特訓の成果を試してやる!!」


 新しい特訓と考え、刀を抜いて構える。スライムは弾力がある体を揺らすだけで襲ってこない。攻撃がくるのを待っているように、その場から動かないので斬りかかる。


「くらえ!!」


 素振りと薪割りで鍛えた力強い一振り。しかし、スライムは柔らかく弾力がある体で威力を吸収したので斬れていない。


「なんて弾力だ!!」


 ただのザコではないことが分かり離れようとした時、体当たりをくらってしまった。さゆりのようにふっとばず耐えた。


「どこがザコスライムだ!!」


 芋虫の体当たりに近い威力で体に響く。


「そりゃ簡単にやられるスライムじゃスパーリング相手にならないでしょ?」


 体当たりをくらいたくないさゆりは警戒しつつ自慢げに笑った。今までの自分だったら勝てない相手だが、今は負ける気がなく自信に満ちている。問題は勝つ手段だけ。


「さっきの攻撃はダメダメ。なんの考えもなく敵に向かっていっただけ。集中して得た能力を使いなさい」


 真面目なアドバイスを出した。


(そういえば無策で斬りかかっただけだった。このそよ風をうまく使って)


 体にまとわりついている風を感じ、集中して刀に集めていく。


(風をまとった刀になった。弱々しいけど、これで斬ってみるか!)


 スライムはその場から動いていないので向かっていって斬りかかる。その時、風が刀を押し、鋭い振りになった。スライムを簡単に切り裂いて倒した。


「どうなってんだ!?」


 刀を振り、斬った本人は驚き、スライムの死体と刀を見た。


「刀を追い風に乗せたわね。すごいわ」


 さゆりはスライムを倒したことを喜び、拍手をした。


「ぐうおおお!!」


 痛みが全身に響き、片膝をついた。


「そのスライムを食べれば痛みがなくなって回復することができるわよ」


 痛がっている彼を心配し、スライムの死体を指さした。


(今度はこれを食えと? まあゼリーみたいだから抵抗はねえな)


 刀を杖にして、なんとか立ちあがり、器用にスライムの一部を板のように斬り、手に取った。さっきまで動いていたが、ちゅうちょなくかじる。


(ブヨブヨの食感で豚汁に入れたらうまそうだな)


 食べ続けると痛みがなくなっていき、食べ終わると完全に回復していた。


「さっきより体が軽いぜ!」


 腕や刀を振ると前より軽く感じ、驚いた。


「スライムを倒したから強くなったのよ。これをくり返していけば、もっと強くなるわ」


 さゆりは胸を張って言った。確実に力をつけているので古貞は彼女を信じ、特訓を続けることにした。






 次はヒロインと山小屋で生活。

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