第15話 新たな職場
いくら働いても古貞の立場は悪くなるばかり。太っていた時とは違う職場。
◇
次の日の朝。さゆりと別れても、いつもと変わらず基地を歩いていた。アネモウネを倒したことは基地中に広がっており、やられた時と違って面白くなく、だれもバカにして笑っていない。
底辺だったのが強敵を倒したのでますます嫌われているが、一応味方はいる。
「よう! 岡ちゃん!」
稲子が声をかけた。
「最近、大活躍だねえ。アネモウネを倒すなんて。昨日ボロボロで帰ってきた時、笑ったやつらがいたけど、繭の中を見て、みんな驚いたよ。樹里はベジカラフルと同じ刑務所の病院に送ったよ」
いつも以上に親しく話している。
(同じ刑務所なら会えるかもな)
娘のアネモウネを殺したので、これ以上、樹里のことは考えないようにした。
「稲子。最近、話しかけてくるのはなんでだ?」
うっとうしい相手なのは分かっているが話しかけてくることが多く、協力的なのが気になっていた。
「岡ちゃんと仲よくした方が得だからだよ」
隠そうとせずに、ふざけた感じで話した。
「私、人を見る目には自信があって秀羽より岡ちゃんの方がすごくなるのが分かっていたから保険として話していたんだよ。そしてアネモウネを倒すほどになったから仲よくなるために話すことにしたの。お分かり?」
品定めをする目で見ており、打算的な考えを聞き、少し怖くなった。
「ああ。稲子が聖女の雫をくれてアネモウネに関する情報をくれたおかげで勝つことができたから感謝してるぜ。ありがとう」
稲子がくれたアイテムがなければ眠っていたので、お礼を言った。
「でしょー」
感謝する気持ちがなくなるほどのドヤ顔をした。
「今さら仲よくする必要はねえだろ? だってほとんど仲がいいようなもんだろ?」
太っていた頃から他愛のない話をしていた仲なので、あまり変わらない気がする。
「そうだね。岡ちゃんと話すのは私ぐらいだもんね」
納得して笑った。
「けど、おれと仲よく話したら稲子の評判が悪くなるかもしれねえぞ?」
彼女のことを心配する。どんな相手とも気軽に話すキャラで人気があるが、活躍している古貞に取り入るアバズレと思われるかもしれない。
「それくらいどうってことないよ。商売は得だけでなく損をするもの。友達が減って人間関係が悪くなっても岡ちゃんと仲よくする方が得だわ」
明るく軽い感じで気にしていない。商売を軽いギャンブルかゲームのように楽しんでいる。二人を見ながら小声で聞こえないように話している者達がおり、稲子の評判は少しずつ悪くなっていた。
「よう! 稲子!」
二人の男が近づき、稲子に声をかけた。
(秀羽の取り巻き)
秀羽のグループにいた二人で古貞は嫌な表情を浮かべた。二人はいやらしい表情で彼女を見ており、古貞は眼中になかった。
「なにか用? ワッキー、ハヤック」
稲子はいつもの明るい笑顔で接する。どっちがワッキーでハヤックか分からないどうでもいい相手だった。
「おれ達のグループに入れようと思って声をかけたんだよ。お前、友達は多いけど、どこのグループにも入ってないんだろ?」
リーダー格のワッキーがスカウトする。
「秀羽のグループ?」
彼女が首を傾げて聞くと二人は笑った。
「そんなわけないだろ。あのグループは崩壊して秀羽も終わったから、おれ達で新しいグループを作って、この基地のエースになることにしたんだよ」
秀羽を呼び捨てにしており、取って代わろうと新しいグループを作るために人材を集めていた。
(この二人じゃ無理だな)
古貞はワッキーとハヤックの実力を知っていた。秀羽のグループにいた頃はノリがよく、自分の実力を勘違いしている小物だった。チヤホヤされたくて新しいグループを作って、リーダーになろうとしている薄っぺらな考えで人望などない。
「商人の娘のお前が入れば完璧だ。入ってくれよ」
ワッキーは稲子の腕をつかんだ。こいつらのグループに入るのは同じようなバカでろくな人材しかいないので優秀で人気がある彼女を強引に入れようとしている。
「お断りよ。秀羽のグループにいたから特別だと勘違いしている人達のバカなことに付き合ったら、こっちが破滅するわ。生まれ変わってからそういうことを言って」
笑顔から冷たい表情になり、ワッキーの手を叩いた。彼は手をはなし、今まで見たことがない表情を見て二人は動揺した。価値がないものを見る目とあまりにも冷たい言葉に周りの人達は引いていた。
ワッキー達は落ち着き、顔が怒りで赤くなっていく。
「こいつ!! おれの誘いを断りやがって!! 後悔させてやる!!」
「友達が減ったくせに生意気な!!」
二人は腰の刀に手を伸ばす。脅しのようだが稲子が挑発するような態度なので、いつ抜いてもおかしくない。
いい気味と思っている者もおり、だれも助けようとしない。
「岡ちゃん、出番だよ」
余裕の稲子は下がり、少年の背中を押した。
(おれを巻きこむなよ! まあいいか)
怒るのをやめ、彼女を守るように立つ。
「古貞。おれ達とやる気か? 最近、調子乗ってるからたたんでやる」
「船津元指揮官と仲がいいようだが、あの女はもういないから助けてもらえないぞ?」
彼の実力を分かっていないので勝つ気でおり、刀を抜いて構えた。だれも止める者はおらず野次馬が集まる。
「こいつが重月やアネモウネに勝ったのはまぐれだ!! こいつはみんなに笑われていた底辺でこっちは二人!! 負けるわけがない!!」
「どうした、古貞? 刀を抜かないのか? おれ達にびびって抜けないのか?」
ワッキーは自信満々でハヤックは挑発している。
「お前ら相手に刀を抜く必要はねえ」
少年は腰の刀に触れていない。
「「ぶっ殺す!!」」
二人はきれて同時に斬りかかる。古貞は簡単にかわし、ワッキーのアゴを軽くはたき、ハヤックの腹部を蹴った。ワッキーは白目をむいて倒れ、ハヤックはふっとび壁にめりこんだ。野次馬はざわめき、仲間達が二人を助けて運んでいった。
あっさり戦いが終わり、物足りない感じで野次馬はいなくなった。あの二人は無様な醜態を晒したので、もう大きい顔はできないだろう。
「さすが岡ちゃん! あんなの相手にならなかったね!」
結果が分かっていたので白々しく拍手をする。どうでもいいザコに勝っただけなので拍手をされてもうれしくない。
「ああ。哨戒にいってくる」
まったく疲れていない古貞は仕事をするために移動する。
「いってらっしゃーい!」
稲子は元気よく手を振った。その表情はワッキーとハヤックに見せたものとは違い、友達に見せているいつもの明るい顔だった。
◇
畑。アネモウネのような悪党を倒そうが巨大な害虫はいくらでも湧いてくる。哨戒中の古貞が加わり、巨大なバッタを駆除していく。
バッタは高く遠くへ跳び、強靭な脚でキックをしてくるが、古貞は刀で両脚を斬り落として跳べないようにして、とどめをさす。
他の団員達は不甲斐なく苦戦している。
「なにやってんだ!! ほとんど倒してるのは、おれだけじゃねえか!!」
弱い味方にいらつき、怒鳴ってしまった。
「なんだと!!」
団員達は怒って睨む。少年の味方がいなくなり、周りが敵だらけのようになってしまった。しかし、そんなことなど気にせずに巨大バッタの数を減らしていく。団員達も負けずに倒している。
最後の巨大バッタを倒した古貞は立っている巨大な銀色の蛹を見て驚いた。
「こいつあ、肉食蝶 竜蝶の蛹だ!!」
団員達も光り輝く蛹を見て動揺する。
「ドラゴンのように強く、高く飛び、人間を喰う怪物!! 蛹から出る前に倒さないと!!」
巨大バッタとは比べものにならない相手なので蛹を破壊しようと団員達は刀や槍で攻撃する。しかし頑丈なうえにバリアのようなものがあり傷つかない。
「これだけいて傷ひとつ、つけられねえのかよ!!」
蛹が不気味に鼓動しているので古貞も急いで攻撃を行う。
「追風乗!!」
刀の峰から風を放ち、鋭く振る。斬れなかったが蛹は激しく揺れ、バリアは破れて、ひびがはいっていく。ひびから気味が悪い液体が漏れ、団員達は離れた。
「これで終わりだ!! 鬼曼珠!!」
刀に炎をまとって斬った。蛹は燃え、炎がひびから入り中身にダメージを与える。外側と内側が燃え、蛹は破裂した。
破片が飛び散り、蛹は跡形もなく消えた。
「やったぜ」
古貞が笑った時、目の前に巨大な昆虫が現れた。巨大な緑色の蝶でドラゴンのような力強さがあり、鋭い強靭なアゴと牙がある。
「竜蝶!!」
皆は驚いたが、古貞は竜蝶の姿を見て冷静になった。
「体が不完全だ!」
体の一部が溶けていて羽がほとんどなかった。炎のダメージと蛹から出るのが早かった影響だろう。
「こいつなら勝てる!!」
他の連中は期待できないので、ひとりで挑む。動きが遅い竜蝶は口を開いて炎を吐く。古貞はかわし、団員達は避難した。
飛べないうえに体が脆く、動きが遅いので竜蝶本来の強さがない。体が溶けて崩れているが死ぬのを待つ気はない。
「なっから風!!」
炎を吐いたので刀から冷たい風を放った。炎は弱まり、竜蝶の顔が少し凍った。さらに脚が溶けて自分の重い体を支えることができず、バランスを崩して動けなくなった。
そこを狙い、体をバラバラにした。竜蝶は死に古貞は刀を鞘に入れた。
「お前ら!! しっかりしろよ!! 竜蝶はともかくバッタに苦戦するなんて!! おれがいなかったら大変なことになってたぞ!!」
散々言われてきたことを団員達にぶつける。
「なんだと!! お前みたいな底辺にそんなこと言われたくない!!」
団員達は睨み、ひとりの少年団員が怒って斬りかかってくる。刀を抜く相手ではないので軽く蹴とばした。手加減したので痛みはないが、底辺にやられたのが屈辱で涙目になって睨んだ。
「もう底辺じゃねえよ」
冷酷な瞳で見下ろす。
「ちくしょう! 秀羽がいた頃はこんなことにならなかったのに!」
「おい、もういこうぜ」
少年団員は喚き、仲間が彼を立たせて移動する。他の団員達も古貞を睨みながら移動しており完全に悪者扱いだった。
この戦いの勝利を喜ぶ者はおらず少年は移動せずに団員達がいなくなるのを待った。
「すっきりしたぜ」
団員達がいなくなると彼は笑った。仲間ではない仕事だけの関係なので、どのように思われても気にしておらず、今までのうっぷんを晴らすことができ満足している。
「たしかに秀羽がいた頃はまとまっていて強かった。あいつが現場にいねえ影響は大きいな」
秀羽がいた頃の部隊と今の部隊を比較した。うまく指示を出し、全体を動かして敵を倒しており自分にはできない芸当だった。
「秀羽はなにやってんだろ」
古貞は嫌なやつのことを考えた。心配ではなく気になっているだけだった。
◇
哨戒を終えた古貞は名尻指揮官の部屋にいた。
「古貞。ここの畑へいって害虫退治をしろ」
デスクの上の地図を指さし、いつもと変わらない傲慢な態度で命令する。
「おれだけですか?」
デブだった頃と違って黙っておらず対等な感じで話す。それが気に入らないようで彼女は不機嫌になった。
「そうだ。お前は前より使えるようになった。だから今までの分、仕事をするのは当然だ」
ムチャクチャなことを言って仕事を押しつける。
「優秀になったお前なら、これくらいできるだろ?」
尊敬できない上官は意地が悪い笑みを浮かべた。
(嫌な女だぜ。やせても、おれが嫌いなようだ)
嫌な表情を浮かべないように堪える。底辺だった彼が優秀な人材になっても認める度量がなく、使いつぶそうとしている。
「分かりました」
逆らう気はなく今の自分ならできるので仕事をやる。
「うちのエースグループが崩壊し基地の総合戦闘力が低下してしまった。これでは仕事が大変だ。なにもかも、お前のせいだ」
従順な稼ぎ頭を失い、仕事がうまくいかなくなったのでいらつき、ねちっこく彼を責める。いくら古貞が優秀になっても限界があり、秀羽のように団員達をまとめることができないので総合戦闘力が悪くなっていた。
「それをなんとかするのが、あなたの仕事でしょ?」
冷たく言い返され、彼女は頬を赤くして怒った。少年は堂々としており、彼女の方が怯んでしまった。
「もういい!! 早く出ていけ!!」
なんとか大声を出して自動ドアを指さした。
「はい、失礼します」
部屋にいたくないので古貞は自動ドアへ向かい、外へ出た。
(前より、ひどい扱いだな)
上官がいないので不機嫌な表情を浮かべた。しかし強くなったおかげで彼女が小さく見え、恐れることはなくなった。
「害虫退治へいくか。今のおれなら、なんでもできる」
自分の実力に酔って笑い、廊下を歩く。今まで仕事らしい仕事ができなかったので、ちょうどいいと思い、苦にはならなかった。
「おい、秀羽! 飲み物、買ってこい! みんな喉が渇いてるから急げよ! もちろん自腹だ!」
「ああ。すぐに買ってくるよ」
前に秀羽とだれだか分からない怖そうな男がいた。対等にしゃべっていたが、いつもの秀羽と違い腰が低く、媚びへつらう笑みを浮かべていた。
彼のグループは崩壊し、エースの立場を失い、金があるのでパシリのような立場になっていた。
(こうなってしまってはエリートも出世もどうでもいい。今は慎ましく生きたい)
アネモウネに負けたことで彼はプライドや自信を失ってフヌケになってしまった。覇気を失ってしまった秀羽に従う者はおらず、今では下だった者にこき使われている。
いつもいかせている彼は慣れた感じで速く歩いた。その時、古貞と目が合い、すぐに通りすぎた。
(あいつに関わると、ろくなことしかない。もう相手にするのはやめよう)
自分の不幸をすべて古貞のせいにし関わらないようにしていた。
(あいつはああやって生きていくことにしたのか)
もうバカにされることはなく惨めな秀羽を見て笑った。そんな笑みに気づく余裕はなく飲み物を買いにいく。二人の人生は大きく変わった。
秀羽の時代は終わった。次は主人公、故郷を出る。
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