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ごほうびタイムのようです。

今回は人を選ぶような内容になるかと思うので、閲覧の際は背後にお気を付けください。

 ユウリンの言葉に今度は唯が青ざめる番だった。お試しでやらせてもらったクエストすら達成できなかったら、素材集めなんて夢のまた夢だ。せっかく気になっていた『イーストグリシン』の世界に触れることができたのにそれはあんまりである。

 唯はカウンターに手をつき身を乗り出すと、顔を見合わせる二人に慌てて言い募った。


「銀行とか、お金を預けるところってないんですか?」

「ごめんなさいね。まだ建設中なのよ。まさか運営側(うえのひと)も、この短期間で上限まで貯まる人が居るとは思わなかったらしくて」

「普通は装備とかご飯とかでポーンと消えちゃいますからね! さすがラインカー様ですっ」

「そ、そんなぁ……」


 唯はがっくりと肩を落とす。これが自分のお金なら近くにある屋台なり雑貨屋なりで調整できるのだが、確認しなくてもこれは直文のお金だ。普通なら上限までいかずに消えてしまうという言葉を踏まえると、ここまで貯めるのに相当の時間を費やしたのだろう。ゲームに疎い唯にもそのくらいは分かる。

 所持金を勝手に使うわけにもいかず、どうしようと頭を抱えていると、突然ユウリンとマーシーの後ろにある年季の入った扉が開かれた。暖簾でもくぐるように扉の枠を片手で掴みながら、そこから体格の良い男性が顔を出す。恐らく直文の言っていたギルドにいるゴリマッチョなおっちゃんに違いない。

 年齢は三十代後半ぐらいだろうか。燃えるような朱色の髪をこざっぱりとツーブロックにした見た目とは裏腹に、なんだか妙にくたびれて見える。目の下に浮き出た大きな隈もそうだが、着ているシャツがヨレヨレだからかも知れない。


「どうしたんだ、ユウリン、マーシー。さっきからこっちまで声が聞こえて来るけど、何かあったのか」

「ギルド長!」

「デミック様。実はラインカー様のクエストなんですが……」

「んあ。誰かと思ったら生意気坊主じゃねーの。よく来たなぁ」

「ぼ、坊主、だって……!?」


 ギルド長もといデミックの身体に釘付けになっていた唯は、その薄い唇から紡がれた「坊主」という言葉にカッと目を見開いた。多分今の唯は出目金よりも眼球がせり出している。

 唯はおじさんと筋肉に目がないが、その中でもいわゆるダメ男風のおっさんに弱かった。飄々とした佇まいに軽い冗談なんて言われたらイチコロである。そのシワシワのシャツの隙間に万札ねじ込んでやろうか。

 唯の様子に気が付いたのか、デミックは喉を低く鳴らすと大仰に肩を竦めてみせる。


「なんだよ、いつもだんまりのくせに。実は嫌だったのか? それなら言ってもらわねぇと」

「いえ。ぜひこれからもそう呼んでください」

「お、おぉ? なら遠慮なく呼ばせてもらうが……で、お前らは揃いも揃って何やってんだ。さっきからうるせぇぞ」

「ふぇっ、そんな怒らなくてもいいじゃないですかー! 何回も言ってますけど、またラインカー様の所持金がいっぱいでクエストの報酬が渡せないんです!」

「まぁた坊主がやらかしてんのか。いつものように宝石なり馬車なりに換えてやりゃいいだろうが」

「それが困ったことに、今回の報酬は60 Gなんですよね」

「ん?」

「60 Gです」

「桁三つぐらい間違ってねぇか」

「間違ってません」


 壊れた機械のように真顔で繰り返すユウリンに、デミックはヒクリと頬を引きつらせる。

 数秒経ってようやく事態が呑み込めたのか、デミックはゆっくりとこめかみを押さえた。

 まるで頭が割れるほど酷い頭痛がするみたいに静かに呻き始める。


「60 Gって、いったいどんなクエスト受けたんだよ……」

「えっとですね、採集クエスト2って書いてあります!」

「坊主は律儀に答えてんじゃねぇよ! ったく、60 Gぽっちじゃ果実水も買えねぇじゃねーか。どうすっかな……」


 先ほどの唯よりもウンウン唸っていたデミックは、仕方なさそうに深いため息をつくと唯に向き直る。


「しょうがねぇから、坊主は俺を買えよ」

「えっ……それは売春とかそういう……?」

「馬鹿。ガキが何言ってんだ。情報とか手伝いとかそういうのに決まってんだろ。坊主が前に欲しがってた神獣フェンリルの情報でもいいぜ。俺にできることだったら60 Gでなんでもしてやる」

「なんでも……」


 うわ言のように呟く唯に、デミックはもう一度「なんでも」と繰り返した。

 その言葉の意味がコーヒーフィルターを通すようにじわじわと脳に浸透してきた唯は、はわはわと狼狽えながら興奮に染まった顔を両手で覆った。初心な反応にデミックはぎくりと肩を跳ねさせる。

 なんでもは言い過ぎたか、と口を引き結んだデミックが心なしか冷や汗をかいてきた頃、ようやく顔を上げた唯が気恥ずかしそうにデミックを見上げる。潤んだ茜色の瞳にデミックは覚悟を決めた。はたから見ればいたいけな青年に迫られる中年のおっちゃんの図なのだが、何故かデミックはドキドキして仕方なかった。やめろ、俺にそっちのケはないはずだ。


「あの……」

「お、おう」

「その……バッ、バックダブルバイセップスをやってもらえませんか……」

「……はい?」


 消え入りそうな唯の声に、デミックは思いっきりはてなマークを浮かべる。そんなデミックに対し、唯は言ってしまったとばかりに手の甲で真っ赤になった頬っぺたを隠していた。いや今のどこに照れる要素があったんだよ。つーかその、バックダブ……なんちゃらってなんだ。まさか新しい体位とかそういう――


「あー、なんだ、その、仮にバックダブなんちゃらをやったとして。俺、捕まったりしないよな?」

「そんなわけないじゃないですか。僕が鼻血を出すだけです」

「おじさんまだ前科者にはなりたくないんだけどなぁ!!」


 デミックは半泣きになりながら叫んだ。ギルド長の体面なんか知ったことじゃない。良い方向に考えようとしても、頭の中では未成年、犯罪の言葉が乱舞する。

 しかし、唯の期待するような目を見て断りづらいのも事実だった。デミックは咳ばらいをすると表情を引き締める。


「坊主がそれでいいなら、いいぜ。そのバックダブなんちゃらってやつをやってやろうじゃねぇか」

「えっ……ほ、本当にいいんですか!?」

「おうとも。その代わり、やるならここでだ」

「ここって、このギルド内ですか?」

「そうだ。ここで出来ないなら悪いが勘弁してくれ」


 二人きりじゃなければ変な空気にもならないだろうと踏んだのだが、何故か唯の方がデミックを心配しだした。本当に公衆の面前で良いんですか、という言葉にデミックが力強く頷くと、唯はようやくホッとしたように表情を緩め、口を開く。


「それじゃあ上半身裸になったあと、力こぶを作って後ろを向いてください」

「えっ」


 その後、デミックの精神耐性が100上がったとか上がらなかったとか。

 ともかく唯は無事にクエスト報酬である60 Gと、ついでに「筋肉を見せただけじゃ俺が恥ずかしい」と泣きついてきたデミックから神獣フェンリルの情報を受け取り、ログアウトをすべく足取り軽やかにギルドを後にしたのだった。


これ以上はさすがに本編と関係なくなってしまうかなと思い、割愛しました。

でも「大胸筋が歩いてる!」や「背中広すぎてパンこねれるよ!」ぐらいは掛け声として入れても良かったかも知れません。ちなみに検索すると本当に出てきます。

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