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クエスト達成できないようです。

 直文の声に驚いてステータス画面の時刻を見る。

 すると、10分どころか30分も経っていてぎょっとした。


「あれっ!? もう30分も経ってたの!?」

『あ、ごめん。そっちだともう30分経ってるのか』

「どういうこと?」

『ゲームと現実の時間がずれててさ。ゲームだと現実より3倍早く進むんだよね』

「おぉなるほど。それでもう30分も経ってたんだ……」

『そうそう。だからそれぐらいあればクエストも終わるかなーって思ったんだけど、どう?』

「あー……」


 生返事をしながら唯は辺りを見渡す。そして、ぼこぼこになった地面からそっと目を反らし、唯は自信満々に胸を張った。


「薬草は手に入れたよ。薬草は」

『すげぇじゃん。ギルドには?』

「行ってない」

『おい』


 直文の呆れた声がぐさりと鼓膜に刺さる。


「しょ、しょうがないじゃん。こっちも色々あったんだよ」

『色々って、ただ森で薬草採るだけなのに……まぁ、初めてでちゃんとアバター動かせるだけでもすごいか』

「で、でしょでしょ!」

『元々お試しでやってるしな。姉ちゃんが楽しめてるなら良かったよ』


 直文の笑う吐息が雑音のように聞こえる。ザザ、ザザザと通信が乱れて、さっきよりも大きくなった直文の声が聞こえた。


『このまま姉ちゃん終わるまで待ちたかったけど、俺、そろそろ夏期講習の時間なんだよね』

「そういや今日だっけ」

『うん。だからさ、姉ちゃん一人でも大丈夫?』

「どうだろう。大丈夫……だと思いたい」

『ふは、何それ。でもまぁ大丈夫そうなら、俺このまま夏期講習行って来んね。終わったらログアウトして放置しといて大丈夫だから』

「分かった。気を付けて行くんだよ」

『姉ちゃんもね』


 ブツッと通信が途絶え、無事に乗り切った安堵に唯はホッと胸を撫で下ろす。

 それにしても、もう30分も経っているとは思わなかった。直文がよく夕飯の時間に遅れて来る理由が分かった気がする。ゲームって時間が溶ける。

 直文が帰ってくる前に急いでクエストを終わらせようと、唯はマップを開き、クエストに書いてあったギルドを探す。

 この街にはギルドと名の付く建物は一軒しかなく、今居る森から歩いてすぐのところにあるようだ。これなら残り5分もかからずに終わるかも知れない。

 とれたての薬草をしっかりとアイテムボックスにしまい、唯は足早にギルドへ向かった。

 それから数分後。もう懐かしく感じる石畳を踏みしめながら、唯はギルドの前に立っていた。

 赤茶色のレンガの壁にクリーム色の屋根。思ったよりも可愛らしい見た目にマップを二度見する。ギルドって言うから外見から屈強な造りをしていると思っていた。ギルドと言われなければお洒落な雑貨屋さんだと思っていただろう。

 恐る恐る木の扉を開けると、ゲラゲラと飛び交っていた笑い声が一瞬でぴたりと止まる。

 中はカウンターと飲食が出来るスペースに分かれていて、カウンターの中には数人の女性が、立ち食いスタイルのテーブルの周りにはほろ酔いの男性たちがわらわらと居た。掲示板の張り紙を見ている冒険者らしき人も居る。合わせて30人ほどだろうか。

 その全員の視線を浴び、唯はぴゃっと肩を跳ねさせた。こんなに注目されたのは、中学生の時に内申点目当てで立候補した学級委員長以来だ。

 このまま逃げ帰るわけにもいかず、小鹿のように震える足を叱咤し部屋の中を進んでいく。

 カウンターの前に来ると、バーカウンターのような高いテーブルの向こうでウサギ耳の女性がにこりと微笑んでくれた。途端に唯の緊張がホロリと解れる。

 唯は屈強なマッチョメンを愛でるのと同じくらい可愛いものが好きだった。しかも目の前に居るのはロップイヤー風の垂れた耳の女性。ふわふわのミルクティー色の毛並みと相まって、女性が天使のように見えた。可愛い。可愛すぎる。

 すっかりいつもの調子を取り戻した唯が鼻息荒く話しかけようとすると、その横から別の女性が割り込み、「ラインカー様!」と元気よく話しかけてきた。

 人間のような耳が尖っているからエルフだろうか。直文とは顔見知りのようだ。


「ラインカー様! こんにちは、今日はどうされたんですか?」

「あの、えっと、すみません。今受けているクエストなんですが、受付嬢って……」

「あぁ! やっぱり受注ミスですよね! 良かったぁ~、全然取り消しにいらっしゃらないので、てっきり」

「い、いえ! クエストの薬草を納品しに来たんでですけど……」

「えっ」


 エルフ耳の女性もといマーシー(名札にそう書いてあった)がビシリと固まった。今にも眼球が飛び出そうなほど目を見開き、機械人形のように不自然な動きでロップイヤー耳の女性に顔を向ける。


「ユ、ユウリンさぁん」

「こーら。お客様が困ってらっしゃるでしょ。納品しにいらしただけじゃない」

「でもまさかラインカー様が……」

「ガタガタ言わないの。蹴り飛ばすわよ。――すみません、ラインカー様。ただいまお手続きを致しますので、先に薬草を拝見してもよろしいですか?」

「あっ、はい」


 なんだか歓迎されていない雰囲気に圧倒されたが、ロップイヤー耳の女性もといユウリンに言われて、慌てて唯はアイテムボックスから薬草を取り出す。

 まだ長い根っこに土がついたそれを三つともユウリンに差し出すと、ユウリンは驚いたように口元を押さえる。


「あら。『S』ランクなんですね」

「え、まずかったですか……?」

「とんでもないです。ただ、『S』ランクはお店でしか売られていないので、わざわざ買って来られたんだなぁと」

「あはは、違いますよ。抜いてきたんです」

「はい?」

「だから抜いてきたんですって。とれたてですよ」


 唯は得意気に胸を張ったが、シンと静まり返った部屋の空気にしおしおと背中を丸めた。

 唯は直文のアバターが馬鹿力なせいで気付かなかったが、本来、あの薬草は人の手で抜けるようなものではなく、魔法を使って長い根っこから掘り起こすようなものなのである。

 なのに売値はとても安く、労力に価値が見合わないことから『S』ランクの薬草が欲しければお店で売っている割高なものを買うのが常識なのだが、あいにく唯には常識が通じない。むしろお店で買わなきゃいけなかったのかと落ち込むばかりである。

 あの薬草が人の手で抜けたという事実に放心していたユウリンだが、もじもじとうつむく唯にハッと我に返り、業務に取り掛かる。


「い、一応、状態を確認させていただきますね」

「あっ、はい」

「『 鑑定 』」


 ユウリンが薬草に手をかざしながらそう呟くと、手のひらの下に複雑な文様を描く円が現れた。恐らく魔法陣と呼ばれるものなのだろう。淡い緑色に光るそれに唯は瞳を輝かせる。初めて見た魔法という概念に興味津々である。


「あ、あの! その『鑑定』ってわた……僕にも使えますか!?」

「ええ使えますよ。むしろどうして使えないと思ったんですか」

「魔法があることを知らなかったので……」

「ふふふ、世界最強(ラインカー)様は冗談もお上手ですね。はい、鑑定も済みましたので、こちらが報酬の60 Gです」

「わあっ! やったー! ありがとうございます」


 ジャラリと受け取り皿に出された6枚の赤銅色の硬貨に唯は手を叩いて喜ぶ。色々あったが初クエスト達成の瞬間である。

 感動にジーンと浸りながら、唯はいそいそと硬貨に指を伸ばす。その瞬間、勢いよくバチンと弾かれた。首を傾げながらもう一度硬貨に指を伸ばす。また弾かれた。何故だ。


「あのぅ、ラインカー様……今って所持金はいくらお持ちなんですか」

「こらマーシー。はしたないわよ」

「でもぉっ!」

「ぼ、僕なら大丈夫ですから。ええと……9,999,999 Gって書いてあります」

「きゅっ……!? 上限じゃないですか!?」

「あらまぁ。どうしましょう、お金の受け渡しができないとクエスト達成にならないんですよ」

「えっ」


お読みいただき、ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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