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薬草を刈るようです。

 無事にたどり着いた森は、山林というより雑木林に近かった。

 おばあちゃん家の裏山のように程よく手入れされた茂り具合に、唯は大きく伸びをしながら深呼吸をする。

 味覚や嗅覚はどうなっているのだろう。ゲームの中だというのに、緑の濃い空気はすごく美味しかった。肺がまるごと洗われた気分だ。

 唯はしばらく全身で木漏れ日を浴びた後、マップを開きお目当ての薬草が生えている山の中腹を目指す。有り難いことに昆虫はいないのか、Tシャツにハーフパンツでも虫に刺されることなくスイスイ進んで行けた。

 やがて開けた場所に出て、その中心地に唯のふくらはぎぐらいまで伸びた草が群生しているのを発見した。稲穂の苗のように一つの株からいくつもの茎が生えている。

 地図で確認したのが正しければ、ここに薬草が生えているはずなのだが、いまいち確信の持てない唯は群生地の近くに寄り、試しに葉っぱを千切って調べてみることにした。

 肉厚な見た目とは裏腹にあっさりと葉が千切れた瞬間、ピロンと電子音が鳴り、目の前にホログラムが表示される。



  ≪ 薬草[C]×1 を入手しました ≫



「薬草だ~っ!!」


 唯は目を輝かせながら、手の中にある濃緑色の葉っぱを見つめた。まだ切り口にじわりと液体が滲んだそれは、青々とした葉先を太陽に向かってピンと伸ばし、ほのかに爽やかなハーブの香りまで漂わせている。

 それをスーッと鼻腔の奥まで吸い込んだ唯は、匂いと共に口の中に広がる苦味に堪らず息を吐く。


「すごい」


 ゲームだと思っていたが、実際に森の中に居るのと変わらないかも知れない。鳥のさえずり。風にざわめく梢。川のせせらぎ。落ち葉が踏まれる音。何もかも現実と変わらない。頬を撫でるそよ風が気持ちいいのだって現実とそっくりだ。今のゲームって本当にすごい。

 感動に震えていた唯は、入手した薬草の横についている『C』のマークに目をぱちくりさせた。

 図鑑からヘルプを開くと、どうやら採取状態によってランクが分かれているらしい。『S』が最高ランクで、『A』『B』と順に下がっていき、『C』が最低ランク。つまり、唯が入手したのは最低ランクの薬草だった。

 恐らく葉っぱを無理やり引き千切ったからだろう。このままでもクエストの条件は満たせるらしいが、せっかくなら最高ランクの薬草を渡したい。

 『S』ランクを満たす条件は素材ごとに異なるそうなので、とりあえず根本から一株切ってみることにする。

 手頃な刃物がないか武器欄を漁っていると、唯でも簡単に振れそうな小振りのナイフを見つけた。


 ・・・・・・・・・・


 【海王(ポセイドン)のナイフ】SSR

 ・暴鮫ポセイドンの歯から作った小型ナイフ。

 ・攻撃時に15%の確率で所有者の両側に

  渦潮を生み出す。


 ・・・・・・・・・・


「これだったら私にも使えるかな? しかも、このSSRってものすごくレアってことだよね? だったら切れ味も良さそうだし、ちょうど良いかも」


 さっそく装備してみると、何もなかった空間からいきなり鞘つきのベルトが現れ、すぐに腰に巻き付いた。

 手のひらより一回り大きい鞘からナイフを引き抜くと、太陽の光を跳ね返して青白い刃が濡れたように輝いている。とてもよく切れそうだ。

 説明にある渦潮が少々気になるが15%なら大丈夫だろう。唯はいそいそとその場にしゃがみこみ、そして薬草の束を左手でしっかり掴むと、勢いよくナイフを横に引いた。

 その瞬間、ゴウッと何かが唯の両側を吹き抜けていく。びっくりして顔を上げると、なぜか渦を巻く水の竜巻がバッタバッタと周りの大木を根元からなぎ倒していた。

 30メートルほど進んだそれが一筋の水の柱となって消えると、口を開けて呆ける唯の前にピロンとホログラムが表示される。



  ≪ 薬草[A]×1 を入手しました ≫



「いや、それどころじゃないよね!?」


 思わず唯はお腹の底から叫んでいた。ここ数ヶ月で一番の大声である。

 しかも薬草のランクは『A』。大惨事には見合わない対価だ。

 根っこからごっそりとなぎ倒され、無惨にも横倒しになった大木の山を見ながら、唯は頭を抱える。怖すぎてナイフはすぐにしまった。

 どう考えてもやってしまった。まさか確率15%で出るとは思わなかったんです、なんて言い訳は通用しないくらいの地獄絵図だ。

 倒した大木は戦利品扱いになるらしく、地面に触れた端から光の粒となって消えていき、アイテムボックスに収まった。後で直文になんて説明したら良いのか。いやそんなことより、このぐちゃぐちゃになった地面はどうしたら。


「どうしようどうしよう。本当にごめんなさい……!」


 せめてもと思い、唯は残された巨大な穴ぼこたちに両手を合わせる。心の中ではスライディング土下座だ。謝っても謝りきれない。唯は意味もなく殺生をして笑えるような人間ではないのだ。ゴキ◯リは瞬殺するが。

 どうにか代わりになるようなものはないか、と痛む胸を押さえながらアイテムボックスを見ていると、とある植物の種を見つけた。芽を出す確率が恐ろしく低いが、無いよりマシだろう。個数も99個とたくさんあるし、一個くらいならバレないはずとこっそり取り出す。


 ・・・・・・・・・・


 【命脈樹の種】

 ・天界の中心に根を張る、樹齢一万年の大樹の種。

 ・食べるとHPとMPを全快する。

 ・地面に植えると0.0001%の確率で芽を出す。

 ・聖水をかけた場合のみ、0.001%の確率で芽を出す。


 ・・・・・・・・・・


「ええと、聖水って言うのがあればもっと確率があがるのか。まさかあるわけ…………あったわ」


 あるわけないよな、と唯がさらにアイテムボックスを探すと、まさかのまさかで発見したのでこれも有り難く拝借しておく。直文には後で高いアイスを奢るつもりだ。

 もっとも今出した二つのアイテムには、お高いアイス100個でも到底釣り合わない程の価値と労力が詰まっているのだが、唯に分かるはずもない。

 人に踏まれないよう、穴ぼこ近くの目立たない場所に小さな穴を掘り、湿った土で包むように優しく種を植えてから聖水を振りかける。

 ビンの中で揺れていたキラキラの水がみるみる地面に吸い込まれ、それに伴い辺り一面が星空のように輝き出した。神秘的な光景に自然とため息をつきながら、唯は両手を組んで必死に祈る。


「お願いします。どうか、どうか芽が出ますように……!」


 本当は、0.001%の確率で芽が出る方が馬鹿げていると思わないわけではなかった。

 それでも唯は心の底からお願いした。あの大木の代わりにはならなくても、少しでもこの森に緑が戻りますようにという願いを込めて。偽善者だと思われたっていい。どうかお願いします。

 手を合わせてから何分経っただろうか。ようやく唯はゆっくりと立ち上がり、もう一度種を植えた場所に向かって深々とお辞儀をしてから薬草の元に駆けていった。

 ちなみに肝心の薬草だが、普通に引っこ抜いたら『S』ランクになった。

 あっけない解決方法にもっと早く知りたかったと唯が落ち込んでいると、ピロンと電子音が鳴る。


『外部から通信があります。接続しますか?』

「この声は案内人さん? えっと、誰からの通信か分かりますか?」

『生体認証中…………ラインカー様とDNAの一致を確認。ご家族のようです』

「じゃあ直文だ。どうしよう、通信したらバレそうだけど、接続……した方が良いよね。お願いします」

『分かりました。数秒後に接続を開始します』


 最初に聞いた案内人の声が途切れたと思ったら、すぐにザザザと砂嵐の音が聞こえ、それが消えるのと入れ替わりで直文の声が聞こえる。


『もしもし、姉ちゃん? もうすぐ10分経つけどクエスト終わった?』



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

また、ブクマなど本当にありがとうございます! 創作の励みになっております。


次回から毎週土曜日+不定期での更新を予定しています。

唯ちゃんと一緒にのんびりと頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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