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お着替えをするようです。

 部屋を出るとすぐにフローリングと階段が見えた。

 どうやらここは二階建ての一軒家らしく、直文はここで一人暮らしをしているようだ。我慢できずに覗いたキッチンや洗面所には、一人分の食器やタオルしかなかった。シンプルなものが好きな直文らしく柄のないものが多い。

 もっと詳しく見たかったが、まずはクエストが先だと階段を降り、玄関ドアから外に出る。

 家の前は石畳になっていて、周りの街並みからもどことなく西洋風の雰囲気を感じた。隣に建つオレンジ屋根の可愛さをひとしきり堪能したところで、唯はマップを見ながら大通りに出ることにする。

 玄関に面した細い路地を抜け、何やら楽しそうな音楽と熱気を感じる方へ向かう。

 色々なものに目移りしながらたどり着いた大通りは、想像以上に人と屋台でごった返していた。

 通行人の多くはヒトだが、中には獣人やドワーフ、エルフなど様々な種族も混ざっている。あの美味しそうな串焼き屋を経営しているのも猫耳の女性だ。

 唯にはNPCないしはCPUという概念がない。

 自分と同じように、アバターには必ず中の人がいると思っている。

 なので、雑多な人混みを前にして、こんなにたくさんの人がプレイしているのだと今さら尻込みしてしまった。

 この大通りを抜けないと森に行けないので、なるべく目立たないように道端を通っているのだが、なぜか周りの人々の視線は吸い寄せられるように唯に突き刺さる。

 それは、前回・前々回のイベントで二位に大差をつけ優勝した直文に対する羨望と憧れに満ちた視線なのだが、人前に慣れていない唯からすれば今にも視線で殺されそうなほど恐ろしく、慌てて近くの裏通りに逃げ込む。


「な、なんであんなに見られるんだろう……。直文じゃないって分かるのかな」


 こんなに見られていては楽しむどころじゃないと必死に原因を探していると、ふと自身の装備が唯の視界に入ってくる。

 金属で出来ている鎧は、不思議と重くはないが歩くたびに擦れてガチャンガチャンと甲高い音がしていた。自分でもうるさくて気になってはいたのだが、まさかこの音が原因だというのだろうか。

 確かに周りのプレイヤーと比べてもかなりごつくて高そうな防具だとは思うが。


「ど、どうしよう。勝手に着替えたら怒られ……いや、とりあえず着替えてみて、何も変化がなかったら諦めてログアウトしよう」


 善は急げとばかりにメニュー画面から装備欄を開く。武器と防具に分かれていたので防具の方をタッチすると、頭から足先に至るまで全ての防具の名前が目の前に表示された。


・・・・・・・・・・


 【頭】

  灰青(アッシュブルー)(ドラゴン)のイヤーカフ

 (イベント限定特別報酬)


 【胴】

  灰青(アッシュブルー)(ドラゴン)のキュイラス

 (イベント限定特別報酬)


 【腕】

  灰青(アッシュブルー)(ドラゴン)のガントレット

 (イベント限定特別報酬)


 【腰】

  灰青(アッシュブルー)(ドラゴン)のスケイルタセット

 (イベント限定特別報酬)


 【足】

  灰青(アッシュブルー)(ドラゴン)のグリーヴ

 (イベント限定特別報酬)


・・・・・・・・・・


「うぇっ、何これ!? 『イベント限定特別報酬』って何!? というか絶対これのせいじゃん! ガチャガチャうるさいだけじゃなかったの!?」


 予想外の内容に驚きすぎて思わず叫んでいた。

 唯が驚くのも無理はない。現在身に付けている防具は、前回のイベントで五位以内に入ったプレイヤーだけが貰える装備で、上位になるにつれて報酬が増えていくものだった。よって、全身揃っているのは現時点では直文以外に居ない。

 さらにイベント報酬の割には性能も良く、つい最近までイベントが開催されていたこともあり、他のプレイヤーの記憶にも色濃く残っていたのだ。

 もちろん、唯はそんな事情など知るはずもない。だが言葉の響きで、なんとなく貴重なものなんだろうということは想像できた。だって『限定』に『特別』なんて、大事なものですと言いふらしているようなものだ。

 滝のような冷や汗を拭いながら、唯は大急ぎで全ての防具を脱いでアイテムボックスに収納する。それから他に良い防具はないか探し始めた。あまりにも焦っていたので、公共の場で下着姿になったことにも気付かない。人通りが少なかったのが幸いである。


「うーん、どれも音が鳴って目立ちそうだな…………ん? あれ、これだけTシャツだ。お揃いの短パンもある」


 唯の目に止まったのは、綿で織られた小麦色のTシャツに揃いのハーフパンツだった。『イーストグリシン』における初期装備で、売却や捨てることが不可能なことから、プレイヤーなら誰もが所持しているタンスの肥やしのようなものである。

 絶妙にダサい上に、性能も着られればマシといった具合なので、レベルが上がるにつれて自然と敬遠される装備なのだが、説明文の『初期装備』という単語を見つけた唯は途端にパァッと目を輝かせる。


「初期装備って私にぴったりのやつじゃん! さっきのより断然良い! だってわたし初心者だもんね」


 くどいようだが、現在このゲームにおいてレベルが一番高いのは、唯が間借りしているアバター、つまりは直文(ラインカー)である。

 前回・前々回のイベントでも圧勝したことから、「『イーストグリシン』で一番強いプレイヤーは?」と聞かれたら、10人中9人が「ラインカー」と即答するほどの有名人なのだ。

 なのでアバターの能力自体は決して初心者ではないのだが、なにぶん初めてプレイした唯にはそこまで頭が回らない。ついでに背負った斧も目立ちそうなので外した。

 いそいそとTシャツとハーフパンツに着替え、その場でくるりとステップを踏んだ唯は、衣擦れの小さな音に拍手して喜ぶ。


「よし、音も鳴らなくなったし完璧!」


 そのまま大通りに戻ってみたが、人々はちらりとこちらを見るだけで、先ほどのように注目されるということはなくなった。それどころか不自然なほど目を反らして素通りしていく。

 それはいきなり初期装備で現れた世界最強の奇行に、皆がビビって見ないふりをしているだけなのだが、そうとは知らない唯は大満足である。

 胸元に印刷された『Let's Go!!』のプリントと共に、唯は意気揚々と薬草が待つ森へ駆け出した。

・キュイラス:肩と胴を覆う鎧。

・ガントレット:肘までの籠手。

・スケイル:小片を鱗状に縫い付けたもの。

      今回は竜の鱗を使用。

・タセット:腰から太ももを覆う鎧。

・グリーヴ:脛まで覆うブーツ。


色々違うとは思いますが、作者は上記のイメージで使用しています。

次回は8月1日(日)の17時頃に投稿する予定です。

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