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お試しプレイをするようです。

前話をお読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけますように。

 アイスがないと怒る弟を宥めながら、唯は直文の部屋にあるゲーム機の前にやって来ていた。まずはお試しでも良いからやってみてよ、と直文に無理やり引きずられて来たのだ。

 唯の両親は、数年前から海外の難民キャンプで医師として働いている。そのため家事を一手に引き受ける唯は、思春期でツンケンし出した弟の部屋にも入ったことがあった。別にえっちな本を探すためではなく、主に掃除のためである。

 なので、もちろん装置自体は休日の掃除の時に何度も見たことがあるのだが、いつ見ても凄いものはすごい。やたらと座り心地の良い椅子に、どこに繋がっているのか分からない配線の数々。もっと詳細に説明したいが、唯には知識がないのでとにかく凄いとしか言えない。

 しげしげと物珍しい部屋を見渡していると、直文はその凄い機械の一つを手に取り唯に差し出した。シュノーケルを思わせるような大きなゴーグルだ。どうやら頭に着けるらしい。


「これがVRゴーグルで、こっちが手足のコントローラーね。最初に本体の電源を入れたら、その後に付ければいいから」

「はい先生。本体の電源の入れ方が分かりません」

「そこからかよ。しょうがねぇなー、姉ちゃんは」


 流れるようなツッコミを入れられながら何とか機械を装着する。

 ゲーム中は身体が動かせなくなるというので、ゆるいカーブを描く背もたれに身を預けると、思ったよりもしっかりと全身を支えられ驚いた。長時間ゲームをしても疲れにくいように配慮されているのだろうか。

 自分の部屋にも欲しいなと思って値段を聞くと、バイト代が軽く三ヶ月はぶっ飛ぶほどの衝撃的なお値段だった。まさかそんなに高いとは思わず、唯はやんわりと話題を反らし聞かなかったことにする。

 両親から生活費は振り込まれるのに、ここ一年で弟がバイトのシフトを増やした理由がようやく分かった。もしかして怪しいことに巻き込まれているんじゃないかと心配したものだが、趣味のためだと知り、唯はホッと胸を撫で下ろす。そういえば、このゲームを買ったのも半年前だったか。

 最後にVRゴーグルを被った瞬間、自宅に居たはずの唯の視界は青一色に染まった。もっと正確に言うなら、淡く光を帯びた正方形のブロックが四方を囲う広い部屋に立っていた。その部屋の真ん中では、アナログテレビに手足を生やしたような不思議な物体が宙に浮かんでいる。

 不思議な物体は、唯の姿を見止めるなり液晶に笑顔を表示した。にこちゃんマークのような完璧な笑顔である。


『お帰りなさい、ラインカー様! イーストグリシンへようこそ。ゲームに参加されますか?』

「うわっ、しゃべった!」

「そいつがゲームの案内人みたいなやつ。とにかく、そいつに話し掛けたらゲームの中に入れるから。あ、入るって言っても意識だけね」

「へー。というか、ラインカーってもしかして直文の名前?」

「だって俺の名前、真っ直ぐな文って書くからさ。線といえばグラウンドに線引くやつかなーと思って。変?」

「やだ私の弟が可愛い」


 弟の意外な一面に口元を押さえながら指示に従って案内人とやらに話しかける。

 唯が声をかけると、案内人は四角い頭をぺこりと下げ、綺麗な直角のお辞儀をした。頭頂から飛び出たアンテナが虫の触角みたいでなんとも言えない。

 立ち尽くしていると再度ゲームに参加するか聞かれたので、とりあえず拒否して弟に尋ねる。


「この後はどうしたらいいの」

「ゲームに参加するを選べば入れるよ。多分最初はログアウト地点の俺の家に出るから、とりあえず十分くらいやってみて、駄目そうならログアウトしてよ」

「うーん、でも本当に出来るかなぁ」

「対象年齢12歳以上だから大丈夫」

「そういうことじゃないから」


 真面目に返答する弟に苦笑しながら、唯は軽く頬を叩いて気合いを入れる。

 自信なんて欠片もないが、やる前に逃げるのもなんだか癪だった。唯はよく大らかで優しそうと評されるが、意外と負けず嫌いなのだ。

 それに、弟が楽しそうにプレイしている姿を見て、実はずっと自分もやってみたいと思っていた。どうせ自分には無理だと毎回諦めてはいたが、本当は掃除をしながらいつもゲーム機をちらちらと盗み見ていた。

 何より可愛い弟に頼まれて断れる姉が居るなら見てみたい。いや決しておじさんと筋肉に負けたわけではなく。ゴリマッチョなギルドのおっちゃんに『バックダブルバイセップス』をやってもらおうなんて、これっぽっちも考えちゃいない。

 分かった、と言う代わりに小さく頷いた唯は、いよいよゲームに参加するべく、再び案内人に話しかける。


「すみませーん」

『お帰りなさい、ラインカー様! イーストグリシンへようこそ。ゲームに参加されますか?』

「さ、参加したいです」

『かしこまりました! 五秒後に接続を開始します』

「えっ、五秒後?」

『5、4』

「うわっ、ちょっと待ってまだ心の準備が」

『3、2、1』

「いやちょっと早す」

『0』


 無情にも案内人のカウントダウンが終わった瞬間、目の前が徐々に白んでいき、やがて目も開けていられないくらい眩しくなったところで、唯の意識はプツンと途切れた。

『バックダブルバイセップス』とは、ざっくり言うと、腕を上げて力こぶを二つ作るポーズです。

上腕二頭筋と広背筋が綺麗に見えます。


次回は7月30日(金)の21時頃に投稿する予定です。

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