万事解決のようです。
全然更新できなくてすみません……!
仕事が忙しいので、しばらく土曜日のみの更新が続くと思います。
ブックマークや評価など、本当に嬉しいです。
ありがとうございます!
「唯さえよければ、お家に着いていってもいいかしら」
「僕の家に?」
「唯のことをもっと知りたいの」
そう切り出したアシュリーのスカイブルーの瞳には強い光が浮かんでおり、本気でそう思っていることが窺える。唯は笑顔で頷いた。
「もちろん。一人でこの芽を持って歩くのも不安だし、アシュリーが居てくれたら僕も嬉しい」
「良かった。嬉しいわ。でも、そもそもどうやってこの芽を運ぶつもり? 手では到底運べないと思うけど……」
「それに関しては、さっき良いものを拾ったんだ。ええと……ほら、これ」
唯がアシュリーの前に取り出したのは、両手で抱えられる赤茶色の小さな植木鉢だった。森に着いた時、そこら中に開いた穴ぼこの一つから植木鉢の底が見えているのに気づき、たまたま拾っていたのだ。こんなところで役にたつとは、拾ってみるものである。
アシュリーは、パタパタと羽ばたいて植木鉢の近くによると、その側面に描かれた松の盆栽に似た模様にアッと声を上げる。
「それ、『永遠の箱庭』じゃない! 水をやらなくても育つ上に、どんな大木も植木鉢サイズで成長するっていう、幻の!」
「そうなの? さっきそこにあった穴の中で拾ったから、詳しくは知らないけど……」
「拾ったって、唯ってばどれだけ運が良いの……」
「よ」と続けようとしたアシュリーは、そこでプツリと言葉を切った。顎に手を当てて考え込むと、おずおずと顔を上げる。
「ねぇ、唯。ちょっとステータスを見せてくれない?」
「ステータス? いいけど」
そういえば、直文から逐一ステータスを見るように言われていたのに、全然見てなかったなぁ……と思いながら、唯はステータスを開く。
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【プレイヤー名】ラインカー
【種族】ヒト/男
【Lv】786
【所持金】9,999,999 G
HP:19000/19000
MP:8500/8500
ATK:8392
DEF:4032(-1036)
VIT:7864
AGI:1036(+618)
RES:2794(-282)
※以下の値は、実際のプレイヤーの能力値に依存する。
INT:385
DEX:76
LUK:999
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「あれ? なんか数値の隣に別の数字が付いてる」
「あぁ、それは前回の数値からどれだけ変わったか表しているのよ。プラスが付いていたらそれだけ上がったってことだし、マイナスが付いていればその分下がってるわ。防具とか武器を装備した後の性能が一目で比べられるようになっているみたい」
「へぇえ。すごいなぁ」
「それより、LUKはどのくらいあるの? 早く見せなさいよ」
「らっく?」
「幸運値のことよ。一番下にあるでしょう」
「一番下か。えっとね、999って書いてあるよ」
「999!?」
アシュリーの大声に思わず唯は耳を塞いだ。が、アシュリーはそんなこともお構いなしに唯の周りをブンブン飛び回る。
「999って、そんなことあるの!? 何それ、唯ってば凄すぎるわ!!」
「そ、そんなにすごいことなの?」
「当たり前でしょ! もうっ、唯ってばどうしてそんなに平然として居られるの!? こんなにすごいのに!?」
「だって、何がすごいのか分からなくて……」
「何それ、本当……唯ってば、最高!!」
突然アシュリーがお腹を抱えて笑い出した。ケラケラと屈託なく笑うアシュリーに、唯はポカンとしてしまう。
アシュリーは満足するまで笑うと、目尻に浮かんだ涙を拭いながら再び唯の肩に腰掛ける。まだ小さな両肩を震わせながら、こてんと唯の頬にもたれかかった。
「実を言うと、最初に唯を見かけた時ね、馬鹿にされていると思ったの」
「えっ、どうして?」
「ここ『スプリング』はね、常に人が多いけれど、その分入れ替わりも激しいの。強くなったらみんな別の世界に行ってしまう。ランクが上がれば上がるほど、ここには誰も帰って来ない。当然よね。みんなが求めているのは、強くなるための素材やランクを上げるための経験値であって、初心者向けの生易しい世界じゃないんだもの」
微笑んだまま、アシュリーがうつむく。その顔に微かに痛そうな色を見つけて、唯はそっと人差し指でアシュリーの手をつついた。
アシュリーは途端に顔を綻ばせると、人差し指の先を両手でぎゅっと握る。
「だから昨日、あなたが初心者向けのクエストを受けているのを見て、暇つぶしにされているのかと憎らしかったの。しかも天界にしかない命脈樹の種まで植えるし。『スプリング』になんの恨みがあるのって憎らしかったわ」
「それに関しては本当にごめん。でも、本当に知らなかったんだ」
「うん、知ってる。唯が本気でこの世界を楽しんでくれたことも知ってるわ。嬉しかった」
すり、と指先に頭を寄せながら、アシュリーが続ける。
「これから唯はどうするの?」
「弟が帰ってくる前に、頼まれた素材を集めようかなと思ってるよ。というか、元々それでこの身体を借りているわけだしね」
「だったら、それが終わったら、また私とお話してくれる?」
震える声が唯の鼓膜を揺さぶった。直に触れているからか、アシュリーの緊張が痛いくらいに伝わってくる。
唯は、手持ちのスコップで小さな芽を植木鉢に植え替えながら、大きく頷いた。
「僕の方こそ、アシュリーの迷惑じゃなかったら、またこうやって話がしたいな。アシュリーは初めて出来た友だちだもん」
「友だち……」
「嫌だった?」
「ううん。嬉しい。嬉しいわ。今日はなんて素敵な日なの」
アシュリーは歌うように呟くと、ひらりと唯の方から飛び立った。唯のすぐ目の前で羽を動かしたまま、口を開く。
「私、友だちができたの、初めてなの」
「実は、僕も初めてだよ」
「だからね、初めてのお友だち記念に『祝福』を送ってもいいかしら」
「祝福?」
「私たち管理者は、最後のボスを倒してこの世界を救ってくれたプレイヤーに、感謝を込めて『祝福』を贈ることができるの。でも、そんな強いプレイヤーは『スプリング』になんて滅多にやって来ないし、私だってそんな人たちにあげるつもりもなかった。――でも、唯には贈りたいの。どう、受け取ってくれる?」
「もちろん! 僕で良ければ喜んで」
唯の満面の笑みに、アシュリーもパァッと顔綻ばせると、唯の真上で両手を広げた。その瞬間、唯の頭の上に桜の花びらがひらひらと降り注ぐ。薄桃色の輝きがベールのように唯を包み込んだ。
「わぁっ! すごくきれい!」
「ふふ。唯、スキルの欄を見てみて」
得意げなアシュリーに促され、ステータスの画面を切り替えてスキル欄を見てみる。すると、『強化系スキル』や『耐性系スキル』に混じって並んでいた、『エクストラスキル』という項目に『New』が付いていたので、それをタッチした。
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【エクストラスキル】
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妖精の祝福『スプリング』(New)
〈効果〉
・回復魔法を使用する際、回復量が30%上昇する。
・『スプリング』限定で、素材ドロップ率が30%
上昇する。
・『ウインター』限定で、体温低下率が0%になる。
・凍結状態にならない。
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またもや難しい説明に唯が眉を寄せると、「要は『ウインター』で寒さを気にせずに遊べるってことよ」とアシュリーが耳打ちしてくれる。
確か、直文から頼まれていた素材はすべて『ウインター』で採れると書いてあったので、寒くならずに遊べるなら大歓迎だ。唯はもう一度アシュリーに心からお礼を言った。
「ありがとう、アシュリー。本当に嬉しいよ」
「嬉しいのは私も一緒よ。『祝福』を持ってると、『スプリング』の中ならどこに居ても唯の居場所が分かるから、困った時はいつでも呼んでね」
「分かった。あ……でも、用事がない時に呼んだらまずいかな? アシュリーとただ話したい時とか」
「もちろん良いに決まってるわ! 呼んでくれなきゃ頬っぺたつねっちゃうんだから!」
その後、唯の家まで二人仲良く並んでいき、窓辺の日当たりのよいところに植木鉢を置く。
窓辺にはすでに踊り続ける虹色の花が飾られていたのだが、アシュリーが真面目な顔で「ここに置いておいたら命脈樹も踊り出しそうね」と心配するものだから、唯はまた声を上げて笑ってしまった。