弟から折り入って相談があるようです。
初投稿になります。
ゲームをする家族の後ろ姿が楽しそうだったので、作者もやりたいなと思いながら書きました。
n番煎じの拙い作品ではありますが、少しでも楽しんでいただけますように。
「姉ちゃん、一生のお願い! 俺の代わりに素材集めしてくれない?」
パンッと響いた小気味いい音に振り返った上井唯は、神頼みでもするように自分を拝む弟――上井直文の姿に思わず目を見張った。ポカンと口を開けた拍子に咥えた棒アイスを落としそうになって、慌てて半分ほど齧ったそれを咥え直す。
あまりの衝撃に、唯はとっさに聞かなかったことにしようと思った。思ったのだが、こちらを拝み続ける弟に根負けし、仕方なくソファーの上でだらしなく組んでいた足を床に戻すと直文の方へ向き直った。じわじわと咥内でアイスを溶かしながら、じとりと目の前の弟を見据えて唇を尖らせる。
「その『一生のお願い』ってやつ、数日前にも聞いたんだけど」
「あれは、ほら、違うって。今度はマジのやつ」
「何がどう違うんだか」
一口で残りのアイスを食べきった唯は、悪びれない直文の態度に小さくため息をついた。というのも、直文がこういう風にあからさまな前置きをして頼み事をするのは結構な頻度であるからだ。ちなみに数日前の『一生のお願い』は、コンビニでアイス買ってきて、だった。姉をなんだと思ってるんだ。
唯は身ぐるみを剥がし用済みとなった棒をごみ袋に投げ入れると、口直しにコップに麦茶を注ぎながら会話を続ける。
「それでなんだっけ。素材集め?」
「そうそう! 今度のイベで特効がつく防具作りたいんだけど、明日から合宿あったの忘れててさ。どうせ姉ちゃん家でダラダラしてんだし、暇でしょ」
「暇とか言うな。ちゃんと大学行って授業受けてるし。一日だけだけど」
「やっぱ暇なんじゃん。ずりぃー、俺は毎日学校行ってんのに」
拗ねたように膨れた直文の頬を尻目に、唯は腰に手を当ててぐいっと麦茶を呷る。キンと頭が痛くなるほど冷たくて美味しい。香ばしい後味を一息で飲み干しグラスを流しに置いた唯は、スポンジを泡立てながらまだ膨れっ面をした弟に向かって眉を下げて見せる。
「いやまぁ、仮になおくんの言うとおり暇だとしても、そもそも姉ちゃん、そのゲームやったことないんだけど」
スマホをタップして進めるソシャゲならまだ馴染みはあるが、直文の言うゲームとは、よく分からない機械とコントローラーを使用する、なんだかものすごく凄いVRのゲームなのだ。しかも世界中の人と自由に繋がれるやつ。弟の頼みを聞いてやりたい気持ちもあるが、手先が不器用でコミュ症な唯には到底出来ないと思われた。
そんな姉の不安を気にした様子もなく、直文は拳を握りながら鼻息荒く畳み掛けてくる。
「大丈夫! やり方なら教えるし、俺のキャラけっこう強いからすぐ素材集め終わると思うしさ。仲良いやつには姉ちゃんがやってるって言っとくから」
「えー、でも」
「お願い、姉ちゃん! 本当にちょっとだからさ、この通り!」
「そんなこと言われても無理なものは……」
「そういやギルドに居るおっちゃんがすげぇゴリマッチョなんだよね」
「よぅーし、全部お姉ちゃんに任せなさい」
迷うことなく即答した唯は、洗ったグラスをタオルで拭きながら力強く頷いた。答えてからやってしまったことに気付いたが、後悔はしていない。唯は筋肉とおじさんに目がなかった。特に好きなのが、今にも羽ばたきそうなほど鍛え上げられた広背筋である。それが一挙に見られるとあれば、たとえ未開のジャングルにも単身で乗り込んでいく度胸があった。
姉の言葉に直文は目を輝かせると、本物の神様でも前にしたような勢いで拝みながらお礼を言った。姉というのはなんだかんだで弟に甘いもので、たとえ乗せられたと分かっていても、こんな風にお礼を言われて嬉しくないわけがない。
とりあえずやってみて、駄目だったら止めよう。唯はそう小さく息を吐きながら、嬉しそうに冷凍庫を開ける弟の後ろ姿を眺めていた。
ちなみに、アイスは唯が食べたのが最後である。
お読みいただき、ありがとうございました。
続きは7月29日(木)の朝7時頃の投稿を予定しております。