08 斎宮御前ライブ
〈神聖皇国ウェストランデ〉の政治的中枢である〈キョウの都〉。
その中央に置かれた〈白砂御所〉ではおびただしい数の官僚が政務に当たっている。
彼らの頂点に立つのが、執政公爵家当主〈ウーデル〉である。
皇国の領袖である斎宮〈トウリ〉を補弼し、貴族・民衆の管理などを司る彼の執務室もまた御所の一角に置かれていた。
畳敷きのその部屋は一人用とは思えないほど広い。
幻獣の濃絵があしらわれたふすま、極彩色の精霊が描かれた格子天井などが目を引く、執政家の隆盛を誇示するために造られた空間であった。
「〈イズモの町〉を救ったか。いや、〈ヤマタノオロチ〉の話を聞いたときは心臓が飛び出すかと思ったが、まさか撃退するとはな。驚かされたわぃ」
高座にあぐらをかいて座るウーデルは、しゃがれた声で笑った。
「そして今日、〈星詠み〉も無事に救出……。優秀じゃのぉ」
「もったいないお言葉で」
クモリは畳に額をこすりつけ言った。
「いやはや、誉めねばなるまい。〈龍〉と、〈冒険者〉の活躍をな。お主もそう思うであろう?」
「はい……」
「影よ、気を落とすでない。二匹の働きはわしも、そして主上も高く評価しておられる。その功績に免じてお主の罪、〈模倣の宮殿〉の宝物を回収できなかった件も、さきの御前会議での無礼の件も、許してやろう」
「いえ……宝につきましては必ず追って回収いたしますので……」
「もうよいと言っておる。聞こえぬか?お主は〈龍〉の籠絡のみに専念せぃ」
「…………畏まりました」
「〈龍〉とはいえ所詮子ども。女童程度の世話であれば、お主でもできよう?」
「はい。必ずや……」
「もうよい。出て行け。〈星詠み〉には、さっさと〈妖精の環〉の調査を再開するよう言っておくのだぞ」
「あ……、弟の休暇の件は」
「貴様は耳が聞こえぬらしいな。出て行けと言っておる。それとも、耳の治療に専念できるよう、暇を与えてやろうか?」
「いえ……、失礼しました」
クモリは一礼し、トボトボと執務室を後にした。
◆
〈白砂御所〉は巨大な建物群を朱塗りの廊下でつなぎ合わせた複合施設であり、初めて訪れた者は案内役が必須となるほど、その内部は複雑であった。
クモリは御所の廊下を歩くのが昔からイヤだった。
迷い人に呼び止められては案内を頼まれるので、なかなか自分の目的地にたどりつけないのである。
おとなしそうな少女であるクモリは、訪れた者にとって余程頼みやすい人物に見えるのだろう。
彼女の他に廊下を歩く者といえば、鳩のように胸を突きだして歩く貴族とその従者くらいであった。
「おい。そこの女。〈鬼神省〉はどこであるか?」
声の主はマルヴェス子爵だった。
〈ニオの水海〉(地球でいう琵琶湖)を地盤とし、水運で財をなした豪商貴族。
ウェストランデの頂点に立つ斎宮様の側近であり、"新参貴族"の代表格だ。
彼は白塗り顔に、皿のような目をギラギラと輝かせていた。
その顔はサファギンを想起させる。
そして悪趣味な服装。
「鬼神省は、あの角を右に行っていただいて……」
「気の使えんやつだな!"あれ"だの"これ"だの言われても分からん!案内をしろ!案内を!」
この人は私のことを知らないのだろうか。
〈執政公爵〉の影だぞ。
クモリは不満に思ったが、しぶしぶ引き受けることにした。
両者は直線に延びた廊下を歩いていく。
人気の無い廊下だった。
「ドラゴンの話聞いたぞ。卿もよい手駒を得なさった」
彼は、クモリのことを知っているようであった。
「いえ……手駒だなんてそんな……。それより先ほどは御前会議の最中に突然失礼いたしました。ドラゴンは現在一室に閉じこめておりますので、ご安心ください」
「ドラゴン!なんと神々しい響きであるか!!ドラゴン!ドラゴン!!ウィーフッフッフ!何度言っても飽きんなぁ!空を縦横に駆けめぐり、吐息で敵を焼き殺す!"KR"めの次は執政殿下が得られたか。うらやましい限りである!!」
「あいつはレイドボスです。〈召還獣〉とは違いますので、こちらの言うことなど聞いてはくれません。ですから、現在は封印することを最優先に動いております」
「封印の件は既に知っておる。もったいない……。手に余るのなら、私が引き取ってもよいのだぞ?」
マルヴェスはそう言うと「ギョッギョッ」と高笑いした。
その姿はサファギンそのものだった。
「封印は貴様がやるのだろう?本当にできるのか?」
「私を含め、〈執政公爵家〉が責任を持って遂行します。どうかご容赦を」
「アイドルへの道は厳しいと聞くがな。ギョッギョッギョッ!」
「アイドルをご存じなのですか?」
「冒険者の文化であろう?あれは興味深い!なにせ金のにおいがプンプンするからな!」
「"文化"ですか……。私は冒険者の"宗教"と聞きましたが」
「どちらでもよい!とにかくあれは金になる。であるからして、ドラゴンをアイドルにする計画、私も一枚かませろ!」
「いえそんな……悪いです……」
「遠慮せずともよい!実のところ、〈主上〉もアイドルについては興味をめされておる」
「〈斎宮様〉がですか?」
「封印計画に〈斎宮家〉の支援をとりつけたとなれば、貴様の功績になるだろう?ん?」
「それを言うために私をつかまえたのですか?」
「悪い話ではあるまい。それとも、"冒険者にお株を奪われた負け犬"の名誉を挽回するチャンスを、自ら手放すつもりであるか?」
「…………、ご支援傷み入ります」
「まだ決まったわけではないがな。主上のご意志次第だ」
「では、どうすれば?」
「簡単な話である。その"ライブ"とかいうやつを見せよ。"御前ライブ"を開くのだ」
「畏まりました。日程等、詳細につきましては後日打ち合わせさせていただきたくーー」
「なにを悠長な!斎宮様は忙しいのである。明日しか暇はない!明日やれ!」
「明日ですか!?」
「ギョッギョッギョッ!"イガのシノビ"とは長いつきあいになりそうだ。まぁ、成功すればの話だがな!」
◆
「タイヨウさん。明日ライブ入りました、会場は〈キョウの都〉です。さぁ移動しましょう」
ヤマセは〈ミナミ〉の大神殿で復活したばかりのタイヨウに言った。
「ええ……」
一行は明くる朝〈ミナミ〉を出発した。
〈ミナミ〉から〈キョウの都〉までつづく大河川〈スタグナ川〉沿いの街道はよく整備されており、馬を走らせることにより九時間ほどで到着できた。
時刻は午後三時。
タイヨウ一行にとって初めての〈白砂御所〉訪問だ。
染み一つ無い白木の柱に、檜皮葺きの屋根という神社のような施設だった。
中世ヨーロッパ風の世界観の中で、純和風の、明らかに浮いた建物なのは間違いない。
「ここって役所?こんなお堅い場所で誰がライブ見るのよ……」
タイヨウがプロデューサーのヤマセに言う。
結局彼からは、今日のライブについてろくな説明を受けられなかった。
観客層も分からなかったので、セットリストを組むのにも苦労したのである。
「教えません」
「教えてよ」
「知っても変に緊張するだけでしょ」
「たしかに……」
「大丈夫です。おじいさんと子ども三十人ばかりの小規模ライブです。タイヨウさんお得意のパターンでしょう?」
ライブ会場として一行が通されたのは御所の東に位置する〈豊楽院〉であった。
比較的小規模の宴会に用いられる、小学校の体育館程度の大きさの部屋だ。
「ああ、ちょうどいい。そうそう!こじんまりとした感じ!私にぴったり!」
〈豊楽院〉に入ると、柱材に用いられた〈ヤグラアカガシ〉の香りが鼻をくすぐった。
畳敷きの客席と、一段高い位置に設けられた板張りの舞台とに分かれた、厳かながらも清浄たる施設だった。
タイヨウは、幼少期に祖父によく連れて行かれた歌舞伎の舞台を思い出す。
「会場がかわいくないないのは気になるけど……。お坊さんが観客なの?」
「まぁそんなところです。尊い人たちです」
タイヨウとヤマセが会話をしていると、舞台袖からイタチが戻ってきた。
「いやー!すごいッスねここ!スピーカーも照明も最新式じゃないスか!」
イタチは鼻を鳴らして喜んだ。
「なんでも改装の時に、〈十席会議〉のKRさんが無理言って導入させたみたいですよ。ここでライブを開く計画は前からあったらしくて」
「でも結局できずじまいになったんスね。ひょっとしたら〈十席会議〉の人たちも今日来たりするんスかね?」
「マジ!?」
「安心しろ。大地人しか来ないから」
クモリの声だった。
彼女の横にはレインの姿もあった。
「タイヨウ!無事だったか!」
「無事……うんまぁ……無事かな……。実家の庭先の鉢植えの名前を忘れちゃったけど……」
レインはタイヨウの姿を見るや、子どもめいて突進した。
「クモリさん、観客の動員ありがとうございます」
「おおヤマセ殿か。かまわん。本人はとにかく、孫まで連れてこさせるのは苦労したがな」
「助かりました。ところで、レインさんを自由に行動させていいんですか?」
「ここは非戦闘区域だ。特技の使用も不可能だし、危険はないだろうさ」
「そういえば特技は使えないんでしたね」
「あ、マジ?〈オーロラヒール〉とかもダメ?」
タイヨウが会話に割って入る。
「ここをどこだと思ってるんだ。ダメに決まってるだろう。一応聞くが、特技を使わずとも"らいぶ"はできるんだろうな?」
「う〜ん……ま、まぁ、ま〜、任せて〜……!」
やっとのことで絞り出した"自信"を、タイヨウはクモリに見せつけた。
◆
時刻は午後六時五十分。
日も暮れ、ろうそくの明かり揺らめく薄暗い会場は、観客で埋め尽くされていた。
「おじいさんがいっぱい」
舞台袖からこっそりとタイヨウが眺めると、確かに高齢者男性が整然と座っていた。
そして彼らの周りには10歳前後の男の子・女の子が無数に飛び回っている。
「言ったとおりでしょう?元老院貴族たちと、そのお孫さんたちです」
「たしかにこれなら緊張しないかも!なんか二階の特等席に若い男の人がいるのは気になるけど」
「あれはー……お気になさらず。さぁ、いきましょう、タイヨウさん」
◆
午後七時。
ろうそくの火が消され、会場が闇に満たされた。
子どもたちのざわめきのみが空間に響く。
突如、一つのスポットライトが壇上を照らした。
それを皮切りに、パパパッと三つのスポットライトが一つの場所を照らした。
そこには、アイドル衣装に身を包んだタイヨウの姿があった。
「みなさんはじめまして!アイドル冒険者のタイヨウです!」
彼女はゆっくりと一礼した。
先ほどのまでのざわめきは消え去り、あたりは静寂に包まれた。
観客は呆気にとられた。
およそ聖職者らしくない、赤いミニスカートに白のブレザーをまとい、頭には狐耳のはえた黄色いフードをかぶるというスタイル。
"冒険者の聖職者による儀式の見学会"に斎宮が参加すると聞かされ、興味本位でついてきた元老院貴族たちにとっては、まったく予想外の光景であった。
「突然ですが、みなさん!この中で、冒険者を見たことがあるよ〜って方はいらっしゃいますか?」
タイヨウは自ら手を挙げながら、観衆に質問した。
元老院貴族たちからの挙手は無かったが、その孫たちからはポツポツと手が挙がった。
「ありがとうございます!じゃあ今度は!冒険者とお話ししたことがあるよって方はいますか?」
すると、手を挙げていた子どもたちの大半が、その手をおろした。
一方で二人か三人、手を挙げ続ける子どももおり、特にそういう子どもは周りの観客に自慢するかのようにピンと高く突き挙げた。
「え〜っと、いち、に……三人ですね。分かりました!ということはみなさん、冒険者がどんな人なのかよく知らない感じですよね。でしたら!今日のライブで私たちについていっぱい知ってもらえるようがんばるので、応援してくださいね!」
そう言ってタイヨウは〈妖声天女の杖〉を取り出した。
アイドル御用達。マイク型の杖だ。
この時点で多くの貴族が怪訝な表情でタイヨウを見た。
彼らは斎宮が冒険者の宗教儀礼を視察することになったと聞いたので、特段深い理由もなく同席していた。
しかし目の前に広がるのは、神聖性のかけらもない光景であった。
「これは何だ」「まったく冒険者というのはよくわからん」という声がちらほらと上がりタイヨウの耳に入る。
彼女はそうした声にかまわず、マイクに口を近づけた。
「みなさん歌と踊りは好きですか?私たち冒険者は大好きです!今日は、冒険者の歌と踊りをいっぱい披露するので、楽しんでいってくださいね!」
タイヨウは目を閉じ、息を深く吸った。
直後、会場のスピーカーから音楽が流れ出す。
〈エルダーテイル〉のオープニングテーマ。
大地人にも聞きなじみのある曲だ。
クラシック調の優雅なメロディーのため、宮廷音楽としても人気が高い。
タイヨウはそのテーマに、歌詞をつけて歌った。
透き通った、よく通る歌声であった。
「これが"ライブ"か」
二階席中央を陣取る斎宮〈トウリ〉は、横に控えるヤマセに確かめた。
「はい斎宮様。たしかに大地人の儀式と異なることも多く、違和感を覚えることもあるかとは思います。そのつど私の方で解説させていただきますのでご安心を」
「あれがアイドル、冒険者の聖職……」
自身が大地人聖職者の頂点でもある斎宮はそう呟き、舞台上を跳ね回るタイヨウをまじまじと見つめた。
「ーー以上!"Beginnig"でした!この曲知ってるって人はどのくらいいますか〜?」
すると子どもたち全員が手を挙げた。
ライブ前までは騒いでいた子どもも、今では一様にタイヨウの方を向いていた。
「またまたありがとう!次も!みなさんにとってなじみのある曲だと思います!」
会場に〈エルダーテイル〉の戦闘曲が流れ出す。
これもまた大地人にとって知名度の高い曲であったが、原曲のままではなく、アップテンポなアレンジが施されていた。
「これも有名な曲ですよね!私も大好きです!これから歌おうと思うんですけど、実はこの曲、ひとりでは歌えません!そこでみなさんに助けていただきたいです!いいですか?」
するとタイヨウはパンッと手拍子を一つ打った。
「こういう感じで、手拍子してください!私が合図するので、お願いします!!」
そう言ってタイヨウは歌い踊り始めた。
一番が終わり、間奏が流れたところで、タイヨウは手拍子を求めた。
タイヨウはパンパンパパパンと手を叩く。
「これだけ!これだけを続けててください!」
子どもたち全員が同様の手拍子を続けた。
「そうそう!OKです!そのまま!じゃあ二番いきます!」
タイヨウ自身も手拍子しつつ、舞台を右へ左へ移動しながら、小さな身体を精一杯動かして歌った。
「なんなのだこれは?観衆を儀式に参加させるなど、正気とは思えぬ」
斎宮の横に座るウーデル公爵はヤマセをにらみつけた。
「この"双方向性"こそ、現代の〈アイドル〉が行う儀式最大の特徴と言えます」
斎宮は「ほぅ」と言って、解説を求めた。
「以前の聖職者は孤高の存在として、一方的に儀式を披露するスタイルでした。しかしそれで引き出せる"魂の熱量"はひとり分にしかなりません。熱狂を起こすにも限界があったわけです。そこで現代の聖職者は観衆を巻き込み、彼らの力を活用し、儀式の熱をさらに上げていくスタイルをとっているわけです」
ヤマセの詭弁を聞いても、ウーデル公爵は苦虫を噛み潰した表情を崩すことは無かった。
斎宮もまた仏頂面の表情を変えず、黙ったままであった。
そして二曲目が終了する。
「みなさん最高です!完璧です!そして三曲目!三曲目は冒険者の曲です!なんと今回は!みなさんにも歌っていただきます!」
会場がざわつく。
元老院貴族にとって、歌は聞かされるものであり、歌うものではない。
「ら〜ら〜ら〜。これだけ!これだけです!お願いします!」
スピーカーから元いた世界で流行ったポップスが流れる。
「ら〜ら〜ら〜。はい!ら〜ら〜ら〜!」
子どもたちは一斉に歌い出す。
しかしあいかわらず貴族たちからの反応は無かった。
タイヨウは子どもたちの歌声をバックに、歌い出した。
「明日に向かって羽ばたいて〜♪はいここで!手拍子もください!」
会場は音と、歌声で満たされた。
調和した歌声が、あるいは不協和音が、反響し合い熱を生み出していく。
三曲目が終わった後も、息をつかせることなく四曲目、五曲目と続けた。
タイヨウの動きも、歌声も、照明も観衆のボルテージと比例するようによりダイナミックに、より派手になっていった。
赤、黄、緑、青、紫、色とりどりの光がサーチライトめいてタイヨウを照らす。
その光の追跡を翻弄するように、タイヨウはステージ場を縦横に踊りまわった。
「みんなもどんどん歌って!この輝きを放てるのは!?はい!」
「き!み!だ!け!!」
見たこともない踊り、聞いたこともない音楽は、貴族の館で静かに育った子どもたちの、無垢な心を突き刺した。
心地よい貫通が、二つ三つと増えていく。
それにつられて心臓の鼓動も激しくなる。
はたから見たら狂乱とも言える状況がそこにはあった。
二階席に座る〈星詠み〉たちも、同じ気持ちであった。
しかし彼らは、動かずにただジッと、タイヨウの方を見つめるだけだった。
星詠みの一人であるクモマもまた、歯がゆい気持ちで見ていた。
「歌いたいか?」
隣に座る姉が言った。
「うん、でも……」
主であるウーデルも、斎宮も微動だにしない。
そんな中で自分たちだけが行動に移すことなどできなかった。
「ほら、これつけろ」
クモリは〈変色竜の外套〉をクモマにかぶせた。
驚いたクモマは姉の方を見る。
クモマの視線の先には、"自分"の姿があった。
〈イガのシノビ〉秘伝〈変化の術〉だ。
「お姉ちゃんが化けててやるから、行ってこい」
「い、いいの?」
「なぁに、他の奴らはタイヨウに夢中だ。下でどれだけ動いたって叫んだって、バレないさ」
クモマが一階席に降りると、そこは別世界であった。
音が、光が、熱が、汗が、空間に乱れ飛ぶ。
観衆の多くが、天井に向かって手を何度も何度も突き出している。
その中には、孫たちの熱烈な誘いを断りきれなかった、〈元老院貴族〉の姿もチラホラとあった。
会場全体が一つの大きな熱となり波となって、クモマに襲いかかる。
「やっぱり無理……戻ろう……」
そう言って出口に向かった。
次の瞬間、何者かがクモマ手をつかんだ。
動転した彼は「ヒッ」っと小さく悲鳴を上げた。
「お主も来てたのか!一緒に見よう!」
レインだった。
「ドラゴンさん!?どうして僕が見えてるの……」
秘宝級の隠密アイテムでも、レイドボスの前では効果を発揮できなかったのだろう。
彼女はクモマを客席最前列まで引っ張った。
「みんなぁ!クライマックスいくよー!!一緒に!歌って!踊って!」
「ハイ!ハイ!ハイ!」
子どもたちが、元老院貴族が、レイドボスが、タイヨウとが融合し音の世界を作り出している。
これが冒険者の儀式。
彼にとっての儀式とは、暗い夜空を孤独に眺め続ける作業であった。
こんなにうるさい儀式があるのか。
こんなにまぶしい儀式があるのか。
こんなに、楽しい儀式があるのか。
彼は高鳴る胸を抑え、タイヨウの一挙手一投足を追った。
「籠もったままでは前に進まない♪さぁ!」
タイヨウは観客にマイクを向ける。
「飛・び・出・せ!」
レインは他の観客とともに手を突きだし、叫んだ。
クモマはドギマギしながらその光景を眺める。
彼はそれに参加する勇気が出なかった。
下を向き、〈変色竜の外套〉を深々とかぶった。
「最後!もう一回!!」
タイヨウが叫ぶ。
その時クモマの手を、レインがつかんだ。
「さぁいくぞ!クモマ!」
そう伝えた。
クモマは上を見上げる。
わずか50センチ先に、タイヨウが立っていた。
彼女は確かに、クモマを見つめていた。
「みんなでいくよ!!」
クモマはレインと共に、手を突き上げ、精一杯叫んだ。
「「飛・び・出・せ!!」」
◆
ライブが終了するとすぐに、物販の屋台がヤマセにより設営された。
かつてないほどの売れ行きであった。
特に〈乙姫の回転石〉は、売り子のタイヨウも目を疑う程であった。
グッズでは最も値が張るため、あまり売れない商品だったが、今回は観衆の大半が買ってくれたように感じる。
(お金持ちばっかり……、この人たち何者なんだろ……)
とタイヨウは思うものの、恐いので彼らのステータス画面を見ようとはしなかった。
子どもは我先にとグッズと金貨を持って押し寄せた。
「押さないでください!一列に並んで!」
タイヨウ、ヤマセ、イタチはうれしい悲鳴を上げながら整理を進めた。
とはいえ相手は年端もいかぬ子どもたち。
並ぶという概念は受け入れがたいようで、作業は難航した。
しかししばらくした後、騒ぎ声がにわかに収まった。
それどころか会場全体が静寂につつまれた。
子どもたちは一人の客をじっと見つめている。
二十代半ばの青年。
斎宮〈トウリ〉であった。
彼は一直線にゆっくりと歩みを進めると、タイヨウの前に立った。
(ずっと仏頂面で見てたお兄さんだ……)
彼はライブ中と同じ顔でタイヨウを見つめた。
「あ、お兄さん!ごめんなさい!今列作ってるんでーー」
タイヨウの口をヤマセが乱暴にふさぐ。
「失礼いたしました。ご所望は?」
「いや、礼を言いに来ただけだ。面白いものを見せてもらった。感謝する」
するとタイヨウは条件反射のごとく「こちらこそ来てくれてありがとう〜」と斎宮の手を握って笑顔で感謝の言葉を述べた。
ヤマセもさすがに血の気の引いた顔をしている。
斎宮の背後からは目を血走らせたマルヴェスがずんずんと近づいて来る。
「〈冒険者の聖職〉というのは、ずいぶんと簡単に人に触れるのだな」
斎宮はひょうし抜けしたような顔で言った。
「だってその方がお互い嬉しくない?」
タイヨウも同じ表情で言った。
「…………。たしかにな」
そう言って「ははは!」と笑った。
斎宮がこの日ようやく見せた笑顔だった。
「あ、ヤバ、握手するのは商品買った人だけだった……」
「なるほど。商売っ気も忘れぬか。マルヴェスが目を付けるわけだ。ならばどれ、それを買おう」
斎宮はTシャツを指さした。
ヤマセは即座にそのTシャツを五枚ばかり取ると「お代は結構ですと」言って、マルヴェスに渡した。
「また来てね!え〜と……〈トウリ〉くん!」
タイヨウはステータスの名前欄のみを確認し、言った。
「そうだな。〈タイヨウ〉。また、あいまみえようか」
トウリはそう言うとマルヴェスを連れ、会場を後にした。
◆
「良いのですか!?首をはねるべきでは?」
廊下に出た後も、怒り冷めやらぬマルヴェスは斎宮に直訴した。
「よい。相手は冒険者だ。はねても詮無きことよ」
「これだから冒険者は!伝統を重んじる心が全く無い!あれを聖職者と呼べますでしょうか!」
「マルヴェス」
「これはお見苦しいところを……」
「なぜ、冒険者はかように気安き存在であると思う?」
「それは奴らが劣った存在だからです!」
「違う。我らよりも強いからだ。魄も、そして魂もな。恐れを知らぬ。だからこそ、あ奴らはいとも簡単に伝統を破壊できる」
「何をおっしゃるのです……!」
「決めたぞマルヴェス。余はあやつらを支援する」
「主上!それは!」
「異論があるのか?」
「…………いえ」
斎宮は先ほど手に入れたTシャツをマルヴェスから受け取ると、着物の上から着た。
「見よ。〈Tシャツ〉と呼ばれる冒険者の服だ。余計な装飾をいっさいそぎ落とし、機能性のみを突き詰めた、冒険者の英知の結晶。余は、このTシャツのような存在になりたい」
斎宮はマルヴェスにそう伝えた。
「主上……!」
彼のTシャツの真ん中には、大きく漢字で〈後方彼氏面〉と書かれていた。




