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レイドボス、アイドルになる  作者: こくそ
メインストーリー
5/40

05 公爵家の思惑

目覚めると、そこは大神殿だった。

白に囲まれた、箱のような空間だ。

奥には祭壇が置かれていた。

偶像のない祭壇だった。

その手前で、タイヨウは仰向けになっていた。

彼女は上体を起こすと、両頬をパンッと一回叩いた。


「ぐぅ……みんなごめん……」


事故とはいえ、ライブを途中離脱してしまった罪悪感にさいなまれる。

その場でのたうち回りたい気分だったが、周囲に人がいることに気づき、少しの冷静さを取り戻した。

タイヨウのすぐ横では、パーティ単位で壊滅したのか、五人の男女が固まり語り合っていた。

反省会だろうか。

彼女は外に出ようと、気だるげに立ち上がった。

高さ約五メートル、押して開けるには躊躇するような、重厚な木製扉が出口を塞いでいる。

タイヨウは扉のステータス画面を開き、開閉欄を選択した。

「大神殿から出ますか」とのポップアップが出たので、「はい」を選んだ。

すると次の通りポップアップが出現した。


-----------------------------

〈ID認証〉

申 請 者:タイヨウ 

所  属:Plant hwyaden

アクセス:不可

-----------------------------


タイヨウはアレっと思い、再び退出を選択したが、同じ文面が出てしまう。

しかたがないので手で扉を押して出ようした。


「痛!」


静電気のような痛みが、タイヨウを襲った。

タイヨウのリアクションを見て、〈武士〉の青年が声をかけた。


「どないしたん?」


さっき反省会をしていたパーティの一人だ。


「え、えと、あの、あ、開かなくて……」


「ヤバいやん。どれどれ……」


青年が軽く押すと、不快なきしみ音を上げながらも扉は開いた。


「なんや、開くやん」


「え、あ!ごめんなさい……!」


扉の向こうには、大通りが広がり、その両側には苔むしたビルが立ち並んでいた。

見慣れたミナミの風景だった。

タイヨウはおかしいと思いながらも、外へ出るために一歩踏み出した。


「痛!!」


タイヨウは電柱に激突したような衝撃を受け、尻餅をついた。

姿勢をそのままに右足を伸ばして、境目をチョイチョイとけっ飛ばすと見えない壁のようなものがあった。

どうも、タイヨウだけがはじき出されるようだ。


「姐ちゃん!ケガないか!?」


再び青年が駆け寄ってきた。

少し遅れて他の四人も心配そうな表情を浮かべ、こちらへ向かってきた。


「あ!大丈夫です!大丈夫ですから!」


タイヨウはワタワタしながらそう言うと、扉の方に目をそむけた。

そこには一人の女性が立っていた。

短く切りそろえた銀髪に眼鏡をかけ、わきの下が大きく開いた装束を身につけていた、隠密風の少女だった。


「タイヨウだな?」


「え!あ、はい!そうです!」


「案内したい場所がある。安心しろ、おとなしくしていれば危害は加えない」



地球世界で言うところの大阪中心部、心斎橋に当たる商店街を二人は歩いていた。


「あの、どこに向かっているんですか?」


タイヨウは、自身を連行する女性に聞いた。

ステータス画面には名前をクモリとある。


「黙ってついてこい」


とだけ言い質問には答えてくれない。

今更ながら、なぜ自分は連行されているのか。

やはり、

繁華街である元の世界の心斎橋筋と同様に、通りはにぎやかだった。

人の往来は、昨日の〈イズモの町〉以上に盛んだ。

実店舗が軒を連ね、商品も武器防具や薬、古書、たこ焼き、タピオカミルクティーなどバラエティに富む。

これらの品々を、冒険者は〈ギルドパス〉を提示するだけでいくらでも手に入れることができる。

これこそが〈Plant(プラント) hwyaden(フロウデン)〉に所属する最大のメリットであった。

高級な生活を望めば、苦労して冒険依頼をこなし、〈ギルドパス〉のランクを上げなければならないが、一方でまったく働かなくても最低限文化的な暮らしは営める。

タイヨウはこのシステムを利用して〈お立ち台〉探しに専念していたわけである。

探索を優先させるために、〈Plant hwyaden〉からの冒険依頼をすべて断ってきた。

正直なところ、タイヨウは〈寄生(リーチャー)〉であった。

やはり、その点咎められるのだろうか。

ギルドから追い出され、〈ギルドパス〉も剥奪されてしまうのだろうか。

タイヨウが杞憂しているうちに、クモリは角を曲がって路地裏へと入っていった。

タイヨウも後に続く。

メインストリートから一歩入った小路は、閑散としていた。

クモリは、黒カビた二階建ての廃ビルにタイヨウを案内する。

彼女はビル横についた赤茶色の錆びた階段をコツコツと上がり、ドアを開けると、タイヨウに中へと入るよう促した。

内装はことのほか綺麗だった。

赤絨毯が敷かれ、大理石の机と、黒い革張りのソファが置かれていた。

しかしそんな豪勢な内装よりも先に、タイヨウの目に入ったのは、イタチ、ヤマセ、そしてレインの姿だった。


「イタチ!みんなも!なんでミナミに!?イズモにいたんじゃ……!」


タイヨウの脳裏には〈ヤマタノオロチ〉に襲撃される〈イズモの町〉のイメージが浮かんだ。


「もしかしてあの後、みんなも死んじゃったの?〈イズモの町〉は……?」


「安心してください。町は無事ですし、私たちも無傷ですよ」


ヤマセが答えた。


「我がヤマセたちをここへ連れてきたのだぞ!」


レインは胸を突きだして言った。

〈イズモの町〉から〈ミナミ〉まではゆうに百キロを越えている。

途中には砂漠もある。

歩けば一週間はかかる距離だ。

彼女が言うには、その道のりを三十分で飛行してきたらしい。


「そして!〈ヤマタノオロチ〉を倒したのも我だ!」


「レインが……?いつの間に……?だって相手は〈レギオンレイド〉でしょ……?」


HP三十五億の巨大怪獣〈ヤマタノオロチ〉を、〈レイド〉ランクエネミーの〈天泣ノ蒼龍(レイン)〉が倒せるはずはない。


「"きのう"だ」


「昨日?いや、いつ倒したかじゃなくて……」


「違う〈黄ノ雨(きのう)〉。雨で倒した」


おとといのレイド戦でタイヨウたちが経験した黄色い雨のことだ。

五秒ごとにダメージを与えてくる、雨を呼ぶ広範囲魔法。

受けるダメージは時間が進むにつれて増えていく。

最初のダメージは「一」。

五秒後に「二」ダメージを、

さらに五秒後に「四」、

「八」

「十六」

「三十二」

一分時点で「四千九十六」

二分時点で「約八百万」

「そして二分四十五秒時点でだいたい四十億!我にかかれば、敵なしだ!ははは!!」


「四十億……。雨ってレイドエリア外でも降らせられるんだ……」


「どうにも、雲さえあればどこでも降らせられみたいだ。なんなら今ここで見せようか?人の姿だから、無害な雨しか降らせられないがな」


そう言うとレインは両手をパンっとあわせて詠唱を始めた。

しかし「詠唱不可」の注意書きがポップアップし、強制的に中断されてしまった。


「ここは〈全特技禁止区域〉だ」


クモリはレインに言うと、タイヨウに視線を移し、一礼した。


「申し遅れた。私の名前はクモリ。〈執政公爵家〉のシノビだ」


「ぜんざい屋じゃなかったのか?」


レインは首をかしげた。


「……やりにくいな、伝えたい用件がある。隣の部屋に移ろう。タイヨウと、責任者にあたる者はついて来い」


「我は!」


「レインにはぜんざいをあげよう」


「わぁい!」


タイヨウとヤマセは、イタチにレインのことを任せると、クモリの後につづいて隣の部屋へと移動した。

コンクリートに囲まれた、家具も装飾も一切ない部屋だった。

クモリは、低い口調で、ゆっくりと口を開いた。


「あれの封印を解いたのはお前たちか?」


「封印?解く?ああ、外に出したってこと?別にそんな……大げさに言わなくても」


タイヨウは軽くひたいをかいた。

クモリはそのしぐさを見てから、愚痴るように言った。


「これだから冒険者は……、聞いただろ?さきの〈ヤマタノオロチ〉退治の話」


「そうね。すごいわね。すごすぎてまだ信じてないもの」


するとクモリはタイヨウの前に〈思い出の水晶玉〉を出した。

水晶玉には彼女が撮影した映像が映し出されている。

砂の上に築かれた、宝の山だった。

大量の金貨に、不思議な形状をした剣や鎧、大量のアイテムが輝いている。


「これは?」


「〈ヤマタノオロチ〉、および眷属たちのドロップアイテムだ」


「おおお!」


大量のボスを一掃しなければ到底実現しえない光景だった。

タイヨウとしても、こんなものを見せつけられたら、信じるしかない。


「どうだ、信じたか?なおこれらは国有財産として、〈執政公爵家〉が責任をもって接収した」


「おおぉ…」


「現場にいたから分かるが、あの〈雨〉は〈戦略級魔法〉に該当する代物だ」


このクモリの発言にヤマセが反応した。


「〈戦略級〉。それはすごい。スクープですね」


セルデシアの魔法にはいくつか等級がある。

個人の動作を肩代わりする〈動作級〉

一つの戦闘を左右する〈戦闘級〉

二つ、三つの戦闘を左右する〈作戦級〉

城塞を一撃で葬る〈戦術級〉

ここまでくると、伝承の中でしか見れない魔法となる。


「〈戦略級〉は、戦術級よりも上、戦争を左右できる威力を誇ります」


ヤマセのうんちくを聞いても、タイヨウとイタチは深刻に捉えている様子はなく、「へーすごいんだ」と一言発しただけだった。


「タイヨウは、昨日足を滑らして死んだそうだな」


クモリが言うと、タイヨウはうなだれ、顔を紅潮させ、うなずいた。


「そのとき降っていた雨、あれも〈黄ノ雨〉の一部だ」


「砂漠から十数キロも離れた〈イズモの町〉に、億単位のダメージを与えられる雨を降らせられるんですか。夢の魔法ですねえ」


雨は本来、〈アラガミ闘技場遺跡〉のような密閉空間の中での使用を想定した魔法だ。

その前提ではせいぜい〈戦闘級〉の魔法に過ぎなかった。

しかし雲の規模が飛躍的に巨大化した"外"においては、雨の威力もまたけた違いに上がってしまったのである。

雲の範囲次第では、〈戦略級〉以上、〈大陸級〉まで化けるポテンシャルを持っている。


「公は事態を憂慮されている」


公とは、ウーデル公爵のことだ。

ヤマトを統一した〈皇王〉の藩屏(はんぺい)たる四公爵家の筆頭、〈元老院〉を主導する、〈執政公爵家〉の当主。

大地人貴族の中で最も権勢を誇る人物だ。


「タイヨウ、お前が〈龍〉を外に出した張本人であることは既に聞いている」


「だってレインがアイドルになりたいって言うから……」


「アイドル……?」


「ほらこれ、レインからクエストを受けてね。"〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉を〈アイドル〉にせよ!"って」


タイヨウは顔の横あたりを指差した。

おそらく"受注中のクエストリスト"を見せているのだろうが、本人以外はリストを視認できない仕様なので無意味であった。


「……つまり〈龍〉を〈アイドル〉にすれば、封印できると?」


クモリがタイヨウに問う。


「たぶん?えっと……メインテキストに、"〈天泣ノ蒼龍〉は〈アイドル〉になりたがっている。彼女の望みを叶えて上げよう"ってあるから、クエストを達成すれば満足して元いた闘技場に帰ってくれるんじゃない?」


「クエストの、具体的な内容は?」


「……特に書いてない」


「まぁいい。よく聞け、冒険者。お前たち三人は罪に問われる立場にある」


「なんで!?」


「危険生物解放の罪を犯したからだ。今回の場合、特殊封印生物の解放に当たるから、即実刑となる」


「実刑に!?実刑とは!?」


「刑務所にぶち込まれるってことです」


ヤマセが答えると、タイヨウは目を丸くしてクモリにすがりついた。


「なんでもするから許して!?」


クモリは彼女を冷たく見下ろすと、


「本来なら許しがたい罪だ。しかし、〈弧状列島ヤマト〉を統べる斎宮陛下より大権を賜り、八紘(はっこう)を照らさんとする公の大御心はヤマト海よりも深い。哀憐の心をもって、〈イズモの町〉を救った功績により、お前たちの罪を赦すとおっしゃられている」


と伝えた。


「やさし〜」


「その代わり、責任をもって〈天泣ノ蒼龍〉の封印に努めるように」


「はーい。じゃあ帰っていいですか」


「待て。そして喜べ。封印にあたり、〈執政公爵家〉が全面的に協力することになった」


「なんで?」


「魔物を封じ込めることこそ、〈執政公爵家〉、そして公爵家の影たる〈イガのシノビ〉の責務だからだ。我らは古きより王権に危害を加える魔獣や魔法の品々を封印・管理してきたのである」


「そりゃ、どうも……」


「それで、我らは何を手伝えば良い?〈アイドル〉はどうすればなれるんだ?」


「〈アイドル〉?えっと…」


どんな形であれ、人前でかわいく歌って踊れば一応はアイドルだろう。歌も踊りも私が教えればよい。なにも〈執政公爵家〉なんて大それた存在に手伝ってもらわなくても、とタイヨウは思ったし、そう言おうとしたが、口を開く前にヤマセが会話に割り込んできた。


「失礼しました。〈アイドル〉の説明がまだでしたね。直訳すると"偶像(ぐうぞう)"、つまり"崇拝される者"という意味になります」


彼はにこやかに言った。

クモリは手帳と筆を取り出すと、メモし始めた。


「ほう、聖職者か。具体的には何をするんだ?」


「歌って踊ります」


歌舞(かぶ)、なるほど……。巫女のようなものか。ならば後援者の貴族が既にいるのだろう?」


「〈アイドル〉は一人の貴族ではなく、多数の崇拝者により支えられています。」


「つまり"教団"を形成しているのか」


「崇拝者は歌舞(ライブ)のさなか、灯火(サイリウム)を振るなどして自身の心の熱を示します。そして彼らは〈アイドル〉の肖像(グッズ)福音(レコード)を購入することで、対象を支えます」


「〈アイドル〉が何者かは、分かった。ではどうすればなれる?何か儀式が必要なのか?」


「アイドルになる方法はいくつかあり、どれも険しい道のりになります。実際に〈アイドル〉をマネジメントしているこの私が最もオススメしたいのはーー」


ヤマセは言葉を切って、空中を指さした。指先にポップアップが表示される。そこには"アキバ・アイドル・アリーナ"とだけ書かれていた。


「文字通り、アキバで開かれる歌舞の式典ですが、これに出場し、最も優れた者に選ばれるという方法があります」


おいおいそりゃないだろう、とタイヨウは思った。

その大会は、私たちが"上"から優勝しろと命じられてる大会ではないか。

レインが優勝したら、私はどうなるんだ。

昨日のイズモライブの失敗で、ヤマセPはとうとう私を見限ったのか。

タイヨウは、しけた目線を彼に注いだ。


「なるほど、その式典が言うなれば、聖職者(アイドル)になるための"儀式"に該当するのだな」


「勝者の歌舞を見た者は、口をそろえて"神光臨"と言うのだとか」


「〈アイドル〉とは、よほど高貴な存在なのだな。人間でもない〈龍〉になれる地位とも思えないが」


「誰であれ最後まで勝ち抜けば、きっと崇拝者を得て、"神"と讃えられることでしょう。そこでレインさん優勝のために、偉大なる公爵家様に手伝っていただきたいことが、三つだけあります」


「言ってみろ」


歌舞(ライブ)に使う"曲""振り付け""衣装"この三つを作っていただきたいのです。それも、とびきり上等なものを」


「正攻法で勝つつもりか」


「審査員を買収するのは簡単ですが、正攻法の方が、栄光ある執政公爵家の施策としてはふさわしいかと。なにより本式典は、東夷(イースタル)皇国(ウェストランデ)の力を誇示する好機です。なので、観衆を魅了し、崇拝者に変えられるような"曲""振り付け""衣装"を用意していただきたいのです」


「……わかった。手配しよう」


「ありがとうございます。公爵家のため、レイン封印に向け粉骨砕身努力する所存です。それでは、失礼します」


そう言って二人は、クモリに背を向け、そそくさと部屋を後にしようとした。


「待て」


クモリに呼び止められたタイヨウは、顔だけを振り向けた。


「えっ、あっ、すみません……なにか……」


「期限は?いつまでに用意すればいい?発注するために必要だろうが」


その言葉を聞き届けてから、ヤマセはくるっと身体を反転させ、笑顔で答えた。


「式典が8月開催ですので、曲は来月5月までに欲しいです。振り付けは6月、衣装については7月中旬までで結構。また詳細は後日打ち合わせしましょう」


「了解した」


「あ、衣装ですが、二人分作成をお願いしますね。うちのタイヨウとユニットを組んで出場するので」


その後は解散となったが、タイヨウは開放感を感じることができずにいた。

廊下を歩く途中、彼女は隣にいるヤマセを肘でつついた。

ヤマセはタイヨウを一瞥(いちべつ)し、ボソっと呟いた。


「タイヨウさん、レインさんとのユニット名、希望ありますか」


公爵家の力を利用してレインを優勝させ、彼女のバーターとしてついでに私も優勝する。

なんともなさけない作戦である。

たしかに、大会に優勝しなければ、アイドル企画は打ち切りなのだが。

そして、打ち切られた後、私は社会的に死亡するのだが。

タイヨウは歩みを止めしばらく黙り込んだ後、一言、彼に伝えた。


「"フォックス・テイル"……とか、どう?」



ヤマトの多くの町・村が煉瓦づくりの家で構成される中、摩天楼ひしめく〈ミナミ〉は、いかにも先進的な都市だった。

"最新"だの"新型"だのという言葉に弱いクモリにとって、ミナミはとても居心地の良い町であった。

中でも一番のお気に入りスポットは、〈ミナミ〉から一キロほど南に建つ〈亞辨皇(あべんのう)ファルカスの新塔〉。

〈弧状列島ヤマト〉最大、高さ三百メートルを誇るビル型ダンジョンだ。

その頂上、展望台広場で、クモリはビル群を眺めていた。


「いい眺めだろ?」


クモリは隣にいるレインに言った。


「いいな!空を飛んで見るのとは、また違った風情がある。特に海の向こうのあの島が気に入った」


クモリはレインの指し示す〈ヨミジ島〉や、眼下に広がる〈ミナミ〉について解説をしてやった。

レインは興味深く話を聞いていた。

気候、植生、生活習慣、流通する食料、武器・防具、なかでも機関車といった最新科学については両者の興味が一致し、特に盛り上がった。

ようやく会話が一段落した頃には、夕陽が水平線に溶けていた。


「既に冒険者たちから聞いていると思うが、今後レインのアイドル修行を応援することになったので、よろしく」


「よろしくな!助かる!我も〈アイドル〉が何なのかよくわからなくてな!」


レインはクモリに手を差しのべた。

クモリは彼女と向き合って、がっちりと握り返した。

小さな手から、冷たい感触が伝う。

この子どもと、あの〈龍〉とが同一生物なのが未だに信じられないクモリは、彼女の顔をまじまじと見つめた。

純真な深紅の瞳を持つ、あどけない少女。

それがクモリの、一貫した彼女への評価であった。

レインはクモリの目をジッと見返すと、白い歯をのぞかせ、言った。


「で?何をたくらんでる?」


レインのささくれだった言葉に、一瞬眉尻をピクッと動かしたクモリであったが、すぐ次のように切り出した。


「…………〈執政公爵家〉で世話している〈星詠(ほしよ)み〉の一人が、失踪してな。ようやく居所が分かったんだが、どうにも近づきにくい場所なんだ。力を借して欲しい」


「何だそんなことか!たやすい!すぐに行こう!どこだ!?」


レインはクモリの肩を両手でパンパンとたたいた。

クモリは海上にかすかに浮かぶ巨大な鉄橋を差して言った。

元の世界では〈明石海峡大橋〉と呼ばれた建造物だ。


「あの橋の向こうの〈冥門海峡〉にいる。レイドボスの巣だ」

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