01 レイドボス、陥落 〈前編〉
この小説は「ログ・ホライズンデータベース」の記事「実録てとらちゃんアイドルデビューへの道」(https://lhrpg.com/lhz/i?id=2984)を元ネタとしています。
読む前に当該記事に目を通していただくと、より楽しめます。
イラスト:こくそ
少女は、ゴロゴロと転がっていた。
「暇だー…」
地球時間:二○一九年四月四日。
〈大災害〉から十一ヶ月が経った。
一応の平穏を取り戻した弧状列島ヤマトは、花・歌・踊りにあふれていた。
しかし、彼女のいる場所は違った。
イズモ地方、トリヴィアル樹林にあるレイドエリア〈アラガミ闘技場遺跡〉。
その最奥部に位置する〈中央円形闘技場〉は、極端に無音、無臭、無機質であった。
この退屈な空間で、いつか来るはずの〈冒険者〉を、少女は待ち続けていた。
それが〈レイドボス〉である彼女に課された使命だった。
少女の名は〈天泣ノ蒼龍〉。
ところどころ雨を思わせる水色のメッシュの入った、ツインテールが特徴的なフルレイドランクエネミーだ。
レベルは九十。
同レベルの冒険者二十四人がかりで倒すことを想定したドラゴンなのだ。
戦闘時は巨大な東洋龍の姿で戦うが、それでは動きにくいということで、普段は〈高位竜の魔法〉を使い、人間の姿で生活している。
"生活"といっても、何をするわけでもない。
ここにいる限り、食事も、入浴も、睡眠すら必要がない。
というより、したくてもできない。
だからこそ少女は、意味もなく灰白色の石タイルの上を転がっていた。
青と金を基調とした豪奢なドレスが、ホコリにまみれている。
冒険者よ、なぜ来ない?
たしかにここ、イズモ地方は秘境だ。
東にロンガ砂漠。
西にトリヴィアル樹林。
南にサニルーフ山脈。
北にヤマト海。
どれも文化、貿易などあらゆる流れを遮断する壁となっている。
だが冒険者はその程度、ものともしなかったはずだ。
月に一度、少なくとも二月に一度は冒険者が訪れ、戦いを挑まれてきた。
それがここ一年、急に来なくなってしまった。
〈天泣ノ蒼龍〉にとっては、まったく不可思議な異変であった。
彼女が控える〈アラガミ闘技場遺跡〉は、ローマのコロッセオに似た外観のレイドダンジョンだ。
数あるダンジョンのなかでも、難易度は高めに位置づけられている。
道中の〈時計仕掛け〉が強力ということもあるし、それ以上に「迷路」が挑戦者を悩ませた。
〈ホネスティ〉により攻略マップが作成されるまで、ボス手前までの道の方が難易度が高いとまで言われていたくらい、複雑な構造をしている。
一応、ダンジョンを進むほど、最初うっすらと聞こえてくるレイドボスの雄叫びが徐々に大きくなっていくという、ささやかなヒントは用意されていた。
しかし、薄暗く変わりばえのしない迷路を、地図なしでクリアすることは困難を極めた。
〈大災害〉はこの難易度に拍車をかけた。
〈妖精の輪〉も攻略Wikiも使えない中で、この秘境の迷宮ダンジョンに挑む者は一人もいなかったのである。
とはいえ上記の事情、〈天泣ノ蒼龍〉には気づけるはずもない。
彼女はただ愚直に待ち続けるしかなかった。
◆
「飽きたーー……」
少女〈天泣ノ蒼龍〉は転がるのをやめ、床に突っ伏した。
彼女の目線の先には、木製の台が置かれていた。
ベニヤ板を貼り合わせただけの、高さ百五十センチほどの箱型の台だ。
表面はペンキで黒く塗られ、黄色い星のマークが大小十個ほど描かれている。
壁に植物や幻獣のレリーフなどがあしらわれた、石造りの厳かな闘技場には不釣り合いなデザインだ。
「さて……」
〈天泣ノ蒼龍〉はにわかに起きあがると、"台”のもとに歩み寄り、よじ登った。
そして闘技場をぐるりと囲む観客席を見渡す。
もちろんそこには誰一人いない。
彼女は息を深く吹い、胸に手を当てた。
窓を開ければ♪
夜空広がる♪
〈天泣ノ蒼龍〉はおもむろに歌い始めた。
ぐるっと取り囲む壁に反響し、闘技場全体に歌声が響き渡る。
ココロドキドキ♪
ヨゾラキラキラ♪
どこにあるの♪
わたしのシャイニングスター♪
空想のマイクを握りながら、くねくねと、踊りのようなステップを左右に刻む。
さぁ!教えてホロスコープ!♪
手を高く、ピンと突き上げる。
これが、我は誇り高き真竜〈天泣ノ蒼龍〉唯一の趣味であった。
かような児戯、冒険者たちに見られでもしたら……。
………………………………。
でもこれ楽しいんだよなぁ。
どうせ、他にやることないし。
歌い、寝ころび、踊り、寝ころぶ。
これをひたすら繰り返すことはや一年……。
歌は、一番、二番と終わり三番に入った。
窓からもれる一筋の光♪
まぶたをこすり、空を見上げる♪
やっとみつけた、運命のシャイニングスター!♪
その星の名は……♪
…………。
名は……。
えぇと……。
なんだっけ……。
少女〈天泣ノ蒼龍〉は歌うことをやめた。
そして台のへりに腰掛け、足を前後にブラブラとさせた。
遠い昔の記憶を思い出す。
ぼんやり冒険者たちの姿が浮かんだ。
重武装のむさ苦しい〈挑戦者〉《レイダー》たちとは明らかに違う集団。
華やかな衣装を身にまとい、踊るように戦い、奇妙な歌を歌っていた。
何よりも違和感だったのは、彼女たちの表情。
全員が笑顔を絶やさなかった。
この曲も、彼女たちが歌っていたものだ。
しかしその記憶も、ずいぶんあいまいになってしまった。
〈天泣ノ蒼龍〉は眉間にしわをよせ、そのまま台の上で仰向けに倒れ込んだ。
天井が見える。
そこには円盤状の白雲が渦巻いていた。
我はあの雲が大嫌いだ。
あの雲は、〈アラガミ闘技場遺跡〉のフタの役割を果たしている。
レイドボスが飛んで逃げて行かないように、空を塞いでいるのだ。
かごの中の鳥。
閉じこめられ、歌うだけの毎日……。
こんな生活を、いつまで続ければいい?
〈天泣ノ蒼龍〉は寝返りをうつと、頬と耳を台の上に強く押し当てた。
熱くもないし、冷たくもない。音も聞こえない。
彼女は両目を閉じて、思考停止を開始した。
◆
……。
…………。
………………。
かすかに、音が聞こえる。
足音だ。
……誰か近づいてくる。
彼女はあわてて立ち上がった。
自身の立ち位置を確認し、台の中央に両足を合わせた。
そして手首足首ぐるぐるした後、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ね、最後に屈伸運動をした。
ドレスについたホコリを入念にはたき、金色のスカーフをキュッと締め直した。
ようやく戦闘だ……!
長かった……!
待ちくたびれた……!
やっとだよっ……!
くしゃくしゃの表情から、キリッとした顔に切り替え、腕組みをしながら、台の上で待ちかまえる。
金属製の巨大なトビラが、振動とともに甲高い音をたてながら、ゆっくりと開いていった。
立ちのぼる砂煙の中に、三つの人影が見える。
……たった三人?
「……斥候か」
〈天泣ノ蒼龍〉はつぶやいた。
そして目をカっと見開き、凛とした声で高らかに宣言した。
「よく来たな人の子らよ!
我が名は〈天泣ノ蒼龍〉
この闘技場の主だ!」
〈天泣ノ蒼龍〉は久々の戦闘に対する高揚感と、セリフを噛まなかったぞという達成感で、満ち足りた気分になった。
冒険者三人は驚いた様子でぽかんと口を開けている。
「え!?この子がレイドボスっスか!?」
三人のうちで一番長身の女性冒険者が言った。
「話が通じそうです。よかったですね、タイヨウさん」
男性冒険者が言った。
「よっしゃ……!」
小柄な女性冒険者はガッツポーズをしながら言った。
冒険者たちの緊張感のない反応を受けて、〈天泣の蒼龍〉は少し動揺したが、とにかく戦闘、ということでドラゴン形態へ変身するための魔法を詠唱することにした。
少女〈天泣ノ蒼龍〉の身体を、蒼い火柱が螺旋に包みこんでいく。
「ちょっちょ……タンマ!待って!」
小柄な女性冒険者があわてた様子で叫んだ。
「どうした冒険者、怖じ気づいたか」
〈天泣ノ蒼龍〉は炎に包まれたまま挑発した。
「ちょっとそこの……えーと、てん……なく……?ああ、レインドラゴンって読むのね!レイン!ちょっとそこどいてもらえる?」
小柄な女性冒険者は言い放った。
狐耳のついた黄色いパーカーの上に、白銀の重鎧に装備した施療神官、髪は金色のロング。
身長は百三十センチ程度と小柄な冒険者だ。
きっとドワーフなのだろう。
ほか二人と比べて華やかで豪奢な見た目をしているあたりリーダー格なのかもしれない。
「いきなりどけとは無礼な奴。名を名乗れ」
〈天泣ノ蒼龍〉は威圧した。
「"魔法の歌声で、あなたの心をポカポカさせちゃうぞ!"でおなじみのアイドル冒険者〈タイヨウ〉よ!」
小柄な女性冒険者〈タイヨウ〉は、ピースした右手を右目の上にかぶせる、独特なポーズをきめながら言った。
〈天泣ノ蒼龍〉は彼女のステータスを確かめた。
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名前:タイヨウ
レベル:九十二
種族:ドワーフ
メイン職業:施療神官
サブ職業:アイドル
所属ギルド:Plant Hwyaden
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上記のステータスがタイヨウの顔横にポップアップした。
今まで見た冒険者の中では最高のレベルだった。
しかし聞いたことのない所属ギルドである。
中小か、零細か、いずれにせよ大手ギルドではあるまい。
「なんだお主ら、我と戦わないのか?」
〈天泣ノ蒼龍〉は、詠唱をやめ、眉毛を「八」の字にしながら言葉を返した。
「こっちは三人しかいないのよ?戦えるわけないじゃない」
タイヨウはケラケラと笑った。
さらにつづけて、〈天泣ノ蒼龍〉の立つ台を指さしながらこう言った。
「そこで歌って踊らせてもらえればそれでいいの」
「……歌って、踊る?なんのために?」
〈天泣ノ蒼龍〉は恐る恐る聞き返した。
まさかさっきの"アレ"を見られてはいまいな……。
という不安がよぎったのだ。
「〈銀河系アイドル〉になるために」
タイヨウは簡潔に答えた。
〈天泣ノ蒼龍〉は首をかしげた。
その反応から察したのか、タイヨウの隣で黙々と書き物をしていた男性冒険者が顔を上げてフォローに入った。
茶色のベスト姿にベージュのネクタイをしめた、白髪の少年だ。ステータスの名前欄には〈ヤマセ〉と記されている。その他の情報としては種族:法儀族/メイン職:付与術師/サブ職:筆写師……所属ギルドはタイヨウと同一。
「〈アイドル〉ってご存じですか?」
ヤマセは笑顔で〈天泣ノ蒼龍〉に質問した。
「知らん。……いや、聞いたことがあるような、ないような……?」
「アイドルというのはですね、歌って踊って、みんなを笑顔にする仕事なんですね」
ヤマセは表情を崩さずに言った。
「それは仕事なのか?」
「仕事です」
ヤマセは即答した。そして続けて、
「そしてその仕事を極めるためには、〈天泣ノ蒼龍〉さんが今立ってるその台の上、台は正確には〈お立ち台〉といって、ここ以外にも全部で百ヶ所、いろいろなダンジョンにあるんですけど、その〈お立ち台〉の上で歌って踊る必要があるんです。そうするとサブ職〈アイドル〉の"レベル"があがるんですね。これを繰り返していって、無事〈お立ち台〉を百ヶ所コンプリートすると、サブ職〈アイドル〉を極めた〈銀河系アイドル〉になるんですが……」
早口ぎみにしゃべった。
〈天泣ノ蒼龍〉は途中から聞くのをやめた。
そもそも〈アイドル〉が何者なのかという大前提がわからない。
「つまり、旅芸人のようなものか?」
彼女はヤマセの話を遮って聞いた。
「似ていますが、ちょっと違います」
「う……む……?」
「レインがさっき歌ってたやつ、アレよアレ!あんな感じ!」
二人の会話にタイヨウが横やりを入れた。
「………………………………………………………………」
〈天泣ノ蒼龍〉はタイヨウの言葉の意味を理解できなかったが、徐々に脳の処理が追いついていく。
それと同時に自身の顔が熱を帯びるのを感じた。
「あんな感じで、歌って、踊って、みんなを幸せにする、それがアイドルよ!」
タイヨウはどうだ!という調子で胸を張って言った。
「…………ちょ……ちょっとまて!?なぜ知ってる!?」
〈天泣ノ蒼龍〉は顔を真っ赤に染めながら言った。
「こんな防音性のないダンジョンもはじめてよ。歌も踊りもクリアに聞こえてきたわ」
再度言うが、このダンジョンはボスの声がよく響く構造をしている。
しかも部屋に近づくほどその声は大きくなる。
訪れた全員が知っている事実だ(ボス本人を除く)。
〈天泣ノ蒼龍〉は考えた。
真竜たる我の、なさけない姿を見られたのか……。
……………………。
……………………。
……………………。
殺そう。
〈天泣ノ蒼龍〉を包む蒼い炎が、膨張していく。
◆
巨龍が、上空をゆっくりと旋回している。
全長五十メートル、二対四枚の翼を持つ東洋龍が彼女のもう一つの姿だ。
顔に長く白いヒゲをたくわえ、全身を瑠璃ガラスの鱗で覆っている。
戦闘の始まりを合図するかのように、天井の雲も墨色に染まり、ゴロゴロと音を立て始めた。
「え、あたしなんかやっちゃっいました!?」
想定外の事態にタイヨウは頭を抱えた。
「タイヨウさん、〈お立ち台〉空きましたよ。さっさとライブしてきてください。イタチさんは、手はず通りお願いします」
ヤマセは、タイヨウおよび長身の女性冒険者〈イタチ〉に指示を出した。
イタチが前線に出る。
赤いチャイナドレスに身をつつんだ、すらっとした長身と切れ長の糸目が目を引く狐尾族の女性だ。
「〈モンキーステップ〉!」
前衛職である武闘家が、エネミーの気を引くために繰り出す基本技だ。
イタチは猿を思わせる挑発的なステップを刻む。
「〈リフレックスブースト〉」
イタチの後方からヤマセが防御補助魔法をかける。
回避率上昇の効果を持つ、武闘家にかける基礎的な魔法だ。
前衛防御として、よく言えば普通、悪く言えばレイド戦の「メイン盾」としては心もとない戦術である。
レイド慣れしているようには思えない。
戦うつもりはない、という彼らの言葉は真実なのだろう。
〈天泣ノ蒼龍〉は未だ残る恥ずかしさと同時に、ほんの少し軽蔑の念を覚えた。
やはりとるに足らない連中だ。
「〈黄ノ雨〉」
〈天泣ノ蒼龍〉の四肢に、黄色く輝く魔法陣が腕輪めいて展開される。
直後、フィールド上空を渦巻く雲から雨が降り出した。
薄黄色の雨だ。
「あ、マズい。〈黄ノ雨〉です。早急にあの魔法陣を破壊してください」
ヤマセは魔法陣の色を確認するとイタチに指示を出した。
「わかったッス!」
イタチはそう答えると同時に〈天泣ノ蒼龍〉のもとへとダッシュした。
〈天泣ノ蒼龍〉攻略は、この〈雨〉対策が中心となる。
〈雨〉は吟遊詩人の〈援護歌〉に近い性能を持つ。
選択した対象全員にダメージやバフ・デバフといった特殊効果を与えるのである。
〈雨〉にはさまざまな種類があり、それぞれ固有の色を持っているのが特徴だ。
「ところでこの雨はどうヤバいんすか!?」
イタチは上空を飛ぶ〈天泣ノ蒼龍〉を見据えたまま、ヤマセに聞いた。
「いわば"酸の雨"。一分間あびつづけると死にます」
「ヤベぇ!」
「さっさと手足の魔法陣を破壊してください。そしたら〈雨〉もやみますんで」
「OK!〈ワイバーンキック〉!」
イタチはやけくそ気味に特技を連発した。
〈黄ノ雨〉は最も素早い対応が求められる〈雨〉だ。
この〈雨〉に当たった対象は、五秒ごとにダメージを受けることになる。
ダメージは時間が進むにつれてどんどん増えていく。
このダメージの増え方が実にくせ者なのだ。
最初のダメージはたったの「一」。
しかし五秒後には「二」に倍増、
さらに五秒後には「四」、
「八」
「十六」
「三十二」……
と受けるダメージは倍々に増えていく。
冒険者の防御力が差し引かれるため、最初のうちは多くの者がノーダメージでしのぎきることができる。
三十秒時点でのダメージ総量はたったの「百二十七」にしかならない。
しかし六十秒時点になると状況は一変する。
その総量は「八千九十一」。
熟練の戦士職でもなければ次のダメージを受けきることは難しいだろう。
序盤は無害なため油断しやすいが、対応が遅れると取り返しのつかなくなる危険な魔法なのだ。
もっとも、耐久力はそこまで高くはないため、魔法攻撃職で集中攻撃などすれば対策は容易な魔法でもある。
しかし悲しいかな、今回戦うのは武闘家一人。
空飛ぶドラゴンに届く技は限られてしまう。
カンフー映画じみた跳び蹴りである〈ワイバーンキック〉は、数少ない「届く技」であるが、一分以内に計二万ダメージという基準には到底届かない。
もちろん〈天泣ノ蒼龍〉も黙って旋回しつづけるわけではない。
おもむろに天井付近まで飛び上がると、地面に向かって急降下突進を繰り出した。
イタチは間一髪でそれを避ける。
すさまじい風圧がソニックブームとなりイタチを追撃した。
〈天泣ノ蒼龍〉は竜巻めいた軌道を描きながら上昇し態勢を整える。
そして地表に向け、口をめいっぱいに広げ〈蒼ノ息吹〉を吐き出した。
爆炎は地面へとぶち当たると、轟音とともに、床を撫でながら拡散していく。
炎熱が闘技場全体を覆う。
「ッアッチャァ!!」
イタチは転げ回った。
いかに回避力を上げようと、こうした広範囲攻撃にはまったく無意味であった。
既に彼女の体力の七割が削られている。
降雨開始から三十秒が経過、ようやく右腕の魔法陣が壊れた。
残りは三つ。到底間に合わないペースだ。
「無理!無理っス!誰だこんなクソゲー考えたの!」
イタチは振り絞るように叫んだ。
〈天泣ノ蒼龍〉にとっては聞き慣れたセリフだし、見慣れた表情だった。
だからこそ、この後の展開も容易に想像できた。
彼女は雨に打たれながら、名残を惜しむようにゆっくりと旋回を続けた。
「タイヨウ!回復たのむっス!」
イタチの懇願が聞こえる。
そういえば、〈施療神官〉はどこにいったのだろうか。
「イタチさん。ダメです。今ライブ中です。あと二分待ってください」
ヤマセはイタチをたしなめた。
ライブ中?
〈天泣ノ蒼龍〉はタイヨウを探した。
彼女は中央の台の上にいた。
踊っていた。
仲間の回復もせず、攻撃にも加わらず、踊っていた。
どうして?
いや、過去にもこんなことが……。
……。
………ロドキドキ♪
ベッドでゴロゴロ♪
どこにあるの♪
わたしのシャイニングスター♪
あやつの歌う歌、さっき我が歌っていた歌だ。
何百、何千と歌った歌。
大好きな歌。
降雨から、六十秒経過−
冒険者たち全員にダメージが入る。
ヤマセが倒れた。
タイヨウはなおも、歌い続けている。
カーテンからもれる一筋の光♪
まぶたをこすり、窓を開ける♪
六十五秒経過−
イタチが倒れた。
〈天泣ノ蒼龍〉は再び〈蒼ノ息吹〉を放つために、口内に蒼い炎をため込んだ。
やっと見つけた!♪
運命のシャイニングスター!♪
その名は……♪
最後のサビ。
我が思い出せなかった部分……!
〈天泣ノ蒼龍〉は思わず口の中の炎を飲み込んだ。
七十秒経過ー
〈黄ノ雨〉のダメージがタイヨウを襲う。
その数値三万二千七百六十八。
タイヨウはその場に倒れこんだ。
あぁ……!
〈天泣の蒼龍〉は激しく後悔した。
思考も定まらぬ中、少女の姿に変身し、タイヨウのもとへと駆け寄った。
彼女は死に間際の虫のように未練がましく、手足をわずかにもぞもぞと動かしている。
しまった!
〈雨〉を止めればよかった!
せっかく歌詞がわかったのに!
蘇生手段は……。
〈緑ノ雨〉を降らせるか?
いや、あれはダメージを回復効果に代えるだけ……。
ほかの冒険者による蘇生は?
既に二人の姿はない……。
入り口に戻されたか。
反省
無念
自責
慰め
負の思考が頭の中をぐるぐると駆けめぐる。
その直後だった。
〈死体〉が、突如として起きあがった。