最後の通信
こちらは読み易さを考慮していない趣味作です。
"モールスのアマチュア無線に自信があるよ!"と言う方はどうぞ。
そうでない方は、信号部分を訳したものがございますので、そちらへどうぞ。
信号訳版
https://ncode.syosetu.com/n7047gk/
ただ、雰囲気を楽しみたいなら、こちらの方が良いかもしれません。
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暗く、静かな部屋の中に、清らかな電子音が響く。
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年代ものの檜の卓には、音を発する無線機と、接続された電鍵。半ばまで文字で埋まった紙と、一本の鉛筆。
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それに向かって椅子に座るのは、微かな光を受けて輝く黒髪に、白磁の肌の女性。
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年は20ばかりだろう。無線機を見据え、その音に耳を傾けている。
繰り返し鳴っていた電子音が途絶えた時、彼女はその手を電鍵に宛てがった。衣擦れの音だけが、空気を震わせていた。
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彼女は電鍵を叩く。トントンと小気味良い音が、電子音と共に鳴りわたる。
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彼女は電鍵から手を離し、鉛筆を取った。
紙に何事かを書きつける。その時、無線機が明瞭な音を発した。
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紙には新たに、「JA8QIOA 8:26」と記されていた。速書きの割に綺麗な文字は、彼女の几帳面さをよく表している。
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窓から差し込む微かな光が、僅かに電子音に揺れる。
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彼女は通信音を聴きながら、さらに紙に書き込んでいく。「599 箱舟市 ハナ」と。
その姿は、部屋の静けさと相まって、神秘的でさえある。
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音が絶える。既に彼女は電鍵に手を合わせていた。
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彼女は微笑みを浮かべながら打電する。部屋が暖かくなったかのように錯覚した。
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打電は明瞭で、その打文にも丁寧さが見て取れる。
まるで音楽でも奏でているようだ。
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彼女は次の通信を待つ。少しして、無線機が朗々と音を出し始めた。
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彼女の笑みが深まる。卓の下で、足を揺らし始めた。
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鉛筆を走らせる彼女。「Overcast 12°C 少しさむい」と書き入れる。
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更にそこに「NARA」と書き加えた直後、無線機は沈黙した。
彼女は楽しそうにしながら、再度電鍵を叩く。その音は、心なしか弾むようだった。
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それを打ちつつ、彼女は窓の外を眺める。青空ばかりで、雲は欠片も見当たらない。
それは、どこか虚ろな空だった。
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外気の冷たさを思い出したのか、空いている右手で左手を摩る彼女。身体も少し縮こまっている。
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部屋を僅かに震わせる音は、彼女の手で止められた。彼女は未だ楽しそうだが、少しだけ顔に翳りが現れていた。
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翳りはさらに増した。別れが近づいたからだ。電子音が重く聴こえた。
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彼女は寂し気な顔になる。しかし、別れを告げない訳にはいかない。いつにも増して丁寧に、彼女は電文を打った。
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彼女は立ち上がった。椅子を引く音、衣擦れの音。
そのまま紙を持って、部屋の外へと向かっていった。扉が開け放たれた。澱んだ空気が散っていく。その外からは、こんな音が流れ込んできた。
「この星が亡ぶまで、あと3時間を切りました。接近するブラックホール周辺のガスや塵の影響で、電波障害が起こります。これが最後の放送となるでしょう。––––」