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大阪ザリガニ

作者: 坂市さと

マッカーサーと聞くと僕は、大昔の戦争に登場するパイプ煙草を咥えた色眼鏡のアメリカ人を想像するのだが、祖父はアメリカザリガニの事をそう呼んでいた。

大戦の頃に日本にやって来たその生物は、在来種を脅かす様子からそう呼ばれていたのだと思っていたが、案外真っ赤だからという語呂合わせから来ているのかもしれない。

そう考えている間に、先程垂らした凧糸の先の乾物は、溶けたように深夜の公園の池に消えた。


「ああ、勿体ない!」


隣に居る友人はそう言いながら、緑色の池の底を名残惜しそうに覗き込んでいる。


「ごめんごめん、ちょっと考え事してたわ。」


僕が笑ってごまかすと、友人は手に持っていた缶酎ハイのプルトップを外しながら不機嫌そうな顔をする。

外したプルトップはそのままアルミ缶の中へと落とされ、飲料缶としての役割を終え携帯灰皿へと生まれ変わった。


「次、Aさんのつまみでやりましょうよ。俺のスルメばっかり無くなるやないですか。」


友人はそう言って、駱駝色の半ズボンのポケットから青いパッケージのタバコを取り出すと、慣れた手つきでタバコに火を付け、大量の煙を吐き出した。世界の環境問題には詳しくはないが、これが煙害というものだろう。

僕は煙を手で払いながら、若い環境活動家のように「よくもそんな事を」と言ってやりたがったが珍しく耐えた。


「落花生でザリガニが釣れる訳ないやろ。次のスルメ頂戴。」


「Aさん、ずるいわ。これで最後ですからね。」


スルメを受け取ると凧糸を巻き、線香花火を持つようにゆっくりと公園の池へと沈めた。

友人いわく、ザリガニを釣るのにはスルメが特に良いらしい。乾物だから水に浸けると元の状態に戻ったりして、きっとそれが良いのだと思う。

しかし、野生のザリガニはイカなんかを食べるのだろうか。小魚や干し肉の方がよっぽど食いつくのかもしれない。


「こいつら、贅沢やな。」


「何でですか?」


「こいつらが食いそうなもん、全部つまみやん。」


僕が答えると、友人は池に垂らした凧糸を少しだけ揺らしながら、


「さすが大阪のザリガニですね。のんべえですね。」


と静かに笑った。



夕方にはヒグラシの声が聞こえて涼しげだった小さな公園も、今は数匹ほどのアマガエルの声が聞こえるだけで妙に暑苦しく感じる。


「Aさん。ザリガニが一番釣れる餌って、何か知ってます?」


暑苦しさのもう一つの原因でもあるその男は、偉そうな口ぶりでそう聞いてきた。

僕は黙って人差し指の照準を凧糸の先のスルメに向ける。


「スルメちゃいます。ザリガニです。ザリガニでザリガニを釣るんですよ。ザリガニの身を取り出して、糸で縛って池に入れるんです。そうするとね、入れ食いですよ。」


「お前、さっきスルメや言うてたやないか。」


「一番はザリガニです。二番がスルメです。」


友人の言い訳を聞いている間か、それよりもっと前なのか、気付けば僕の垂らした凧糸の先にはスルメは無く、小さな藻が付いているだけだった。


「じゃあ、ほんまにザリガニでザリガニが釣れるんか確かめる為にも、まずは一匹ザリガニを釣らんとな。次のスルメ頂戴。」


色々と小言を言われている間にスマートフォンを起動させ時計を見る。

午前0時15分。深夜の公園には眩しすぎるスマートフォンの画面に、名前の知らない小さい羽虫が何匹か寄ってきた。


「スルメ無いんやったら買いに行こ。ついでに酒と。」


友人に向かってそう言うと、さっきまで文句を言っていた友人が真剣な表情で池の底を睨んでいる。


「ちょっと待ってください!大きい反応あります。多分、ザリガニですよ、これ。」


そう言いながら友人は凧糸をゆっくりと手繰り寄せ始めた。その手付きは熟練の漁師の様であったが、そこには僕が釣った物よりも数段大きな藻が付いているだけだった。

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