幼い頃から優秀な双子の姉が中学に○○の不良少年と出会ってしまった話
私の名前は鈴平海。自分が言うのもなんだけど、小さい頃から本を読むことやゲームをするのが好きで性格が根暗です。
私には双子の姉がいて名前は鈴平空。私の正反対で明るくて皆に平等に優しい心の持ち主です。
そして勉強も運動も平凡な私と違って、姉は成績はいつも上位で運動神経も男子と並ぶほど良い。
そのせいで、双子だからといって周りの人たちはよく私と姉を比べています。
曰く、顔立ちが同じなのに姉は可愛くて、私は地味
曰く、同じく本をよく読むのに姉は頭がよくて、私は普通
曰く、姉はよく外で友達と遊んでるのに、私はゲームばっか
などなど全て並べてもキリがない。
そんなふうに私たちを比べているのは赤の他人だけだったら良かったが、残念なことに両親もよく私たちを比べています。
私の家での扱いはそんなに酷くないが、所々両親の愛が姉に傾いているように見えた。
ひねくれの私はこれが仕方ないと思っていた。ご飯はちゃんと与えてくれるし、小遣いなども平等に与えてくれる。ただ私を褒めることはあまりなかっただけだ。
そんな私たち姉妹はもう結婚しました。私の旦那は学生時代サッカーやってて人当たりのいい人です。そしてなんと旦那とは幼い頃からのお付き合いで、いわゆる幼馴染のカップルです。相当大企業に努めており、結構幸福な家庭を朽ちけましたと思います。
一方姉は学生時代に不良少年に惹かれてそのまま結婚しました。姉の旦那さんは前科を持ち、どこの会社にも所属せず木彫の職人として自分の工房を持って、姉はその経営を手伝っている。正直言って小さい工房で普通に生活するのにも少しきついようです。
これだけ聞くと、立場逆転って感じなんですけど、姉は不幸になったっていのは少し微妙と思います。
なので皆さんにも聞いてほしいです。姉とその不良の旦那さんの話を。
まずは私と姉の関係なんだが、これは至って良好です。前に言ったように姉は皆に平等に優しい。それは私にも同じことです。むしろ、妹の立場があってほんの少し私を特別優しくしてくれることもあります。勉強を教えたり、一緒にゲームしてくれたりなど姉は私に合わせてくれることも多々ありました。
だから私は姉を憎んだりはしない。毎日比べられて、コンプレックスを感じることもあったが、その度に姉が私に向けた笑顔を見てどうでも良くなった。
こんな生活は私たちが中学に入るまで続いていた。
中学に入って間もなく姉は学校中の有名人になった。小学校を卒業したばかりとは考えられない大人びいた雰囲気、頭の良さ、運動神経の高さ、先生方からの信頼の高さ、それら全てが抜群で入学から一ヶ月に姉は誰も認められる学校一のマドンナになった。そんな姉に並んで立っている妹、中学にも比べられる生活が続いているんだな。と私が思った。
ちなみに、姉以外に私たちの学年で有名な生徒は4人いました。
立花悠介。私と姉と小学校からのお付き合いで幼馴染。小学校の1年から3年まではゲームの仲間だったが、4年から彼はサッカーを始まってジュニアサッカーに名をあげた。今や一年ながらもサッカー部のエース。
高山光子郎。有名な大企業の社長の息子でイケメン。お金持ちだというにも関わらず自慢することなく皆と同じ学生です。というスタンスで皆に接してきた。学校の王子と呼ばれている。
雪原亜美。子役として芸能界にデビューして、今はアイドルとして活動している。仕事で学校を休むことはちょくちょくあったが学校に来る度にいつも祭り上がられた。
この4人の存在のおかげで、私たちの学年は奇跡の世代と呼ばれている。
いや、どこのマンガの世界だよ!?
最初にそれを知った時本気でそう思った。
おっと、もう1人紹介するの忘れたところだった。
最後に1人は、前の4人と違って悪い意味で有名だった。
青木隆弘。いわゆる不良少年です。サボりやケンカ、様々な校則違反を行った男子生徒。先生方の手にも負えない大問題児。噂では相手が大人にも関わらずその人を病院送りにしたという。恐怖の対象として学校中の皆に知られて避けられている。
そんな色んな意味でヤバイ人たちの集まりのうち学年ですが、平凡な私には姉関連(比べるもの対象)以外に関係なかった話だった。2年に上がるまでは。
春休みが終わり、中学2年生として初日を迎えた私と姉は、クラス分けの表示を見ていた。自分の名前を見て、姉は残念そうに言った。
「また違うクラスになったね…」
「そうね。ま、私はその方がいいけどね」
「もう、海ちゃん冷たい〜」
「はいはい」
「今年は亜美ちゃんと一緒か……忙しくなりそう」
「私は……悠と一緒だ……」
「本当?海ちゃん最近悠くんとあまり話していないよね。せっかくの機会だし、昔みたいに仲良くなれたらいいね」
「だって……何かもう違う世界で生きているようだし……」
「そんなこと言わずに、一度ゆっくり話してみて。悠くんも海ちゃんのこと気にかけているのよ。また3人で遊んでできればきっと楽しいよ」
「……うん。ま、機会があれば話してみてもいいかな」
そう、2年から私は奇跡の世代の1人、悠あらため立花悠介と同じクラスになった。ゲームの仲間の時代、悠は私を姉と比べることなどしなかった。だから彼がサッカーを始めても実は遠くからいつも彼を応援していた。ただ、有名になった彼は姉はともかく地味な私が話しかけたら周りが承知してくれない。
クラスが一緒になっても、彼に話しかけてみたら他のクラスメイトがどんな反応するか目に見えている。だから姉のそう言っても私は悠に話しかけるつもりはなかった。
ただ、その時私は悠の名前に夢中で、他のヤバイ人の名前を見過ごしてしまった。
「青木隆弘。以上」
ホームルームが始まってクラスの自己紹介が行い自分の名前だけを言ってさっさと席に戻った青木。そう、私は学校一の不良少年とも同じクラスになっていた。関わらなければいいと思っていたが、どんな因果応報か席替えで私と青木の席は隣同士になっていた。もう、正直悠のことは頭からさっぱり消えた。
え、なんで?私が何をしたっていうの?ちょっと違法でネトゲのキャラのステータスを上げただけだけど?それに関しては本当に反省してます。一から作り直すので勘弁してください。お願いします。
と、最初の時に私の心の中は大混乱でしたが、彼はサボることは多かったのでほとんど会うことはなかった。
ただ、青木がクラスにいる時でも以外と私にとって良い環境になった。例えば、クラスの自称上位カーストの女子たちが私にちょっかいを出してる時
「おい。ギャーギャーやかましいぞ、このアマァ……」
などと高圧な殺気(?)を出して周りは静かになった。いや、本当に殺されるかと思ったよ。やはり彼がいると心臓に悪い。
ま、それはそれとして、以外なところは他にもあった。例えば、
「鈴平」
「えっ?」
「なんだァその阿呆ヅラはァ…?」
「いいえ、すいません。自分の名前を覚えてて驚いたというかなんというか……」
「初日に全員自己紹介したろうがァ…何をバカ言いやがるゥ?」
「え、それって全員の名前を覚えたってことッスか?それはまた……すごいッスね…」
彼は記憶力はとてもよくて、成績も実はトップの中に入ったのだ。それで青木は多くサボっても最低限の出席を満たせば留年の問題はない。ハイスべマックな不良ってやつだ。羨ましい。
「つーか、テメェそんな口調だったかァ?」
「あれ…?普通は違うッス。なぜか青木さんと話す時こんな喋り方になったッス。変ッスね…」
「知るかッ。さん付けも何か気がかりだがまァいい」
「そういえば、何か用ッスか?」
「福田からテメェに渡せって言われた。そんだけだ」
「国語の福田先生ッスか?あ、今月の図書に入荷する本のリストッスか!?ありがとうございます!」
先生から頼みを律儀にこなせることも、まあこれはたまにしかしないが、以外でした。そんなギャップを知ってしまってから私は少しだけですが、青木に対しての緊張感は下がり、挨拶などの世間話を話せることになった。
そして、ある日の昼休み。用を済ましてトイレから出た私を待ち伏せた人がいた。
「海、ちょっといいか?」
「悠…?どうしたの?」
「お前さ……最近あいつとよく話しているよな」
「あいつって…?」
「青木隆弘」
「え、?青木さんと?私が?そんなに話した?」
「なんでさん付け?まあ、いつもではないが、他と比べると、な。その時のお前の様子も何か変だし、もしかしていじめられたり、とか?」
「いやいやいや、そんなめっそうな。ただの挨拶と世間話だよ。変な様子は、ま、相手は青木さんだし、緊張せず話すのは無理よ」
「そ、そっか?それなら…良かった、かな?」
「もしかして、心配してくれてる?」
「そりゃお前、幼馴染だろ」
「悠…」
なんと、姉の言う通り、悠は変わっていなかった。更に悠はこう言った。
「お前が空とのことで他の奴らに何を言われるか知ってたからさ。そんで、今の俺が大勢の前に話しかけたらどうなるかも知ってる。言い訳だが、話しかけづらくなった。ごめん」
「いえ、悠の言う通りだし、私もそれを恐れて悠を避けてた。だからお互いさま」
「海……」
「それに私、悠が頑張ってサッカーやっているのをみてカッコいいと思って、いつも応援してるよ。やっと言えて良かった」
「あ、ありがとう。じゃ、今度もまた話そうぜ」
そして私と悠の関係は昔のようにはなれないが、また新しい形で仲良くなれたと思う。
私は上機嫌なまま教室に戻ると私の机の隣、青木の机に人が集まっていた。
青木にモテ期が!?
なんて心の中にふざけたが、理由は分かっていた。その中心に姉はいるでしょう。
概ね、姉は私に会いに来たら私がいなかったので私の隣の席、青木の席に待つことにしたんでしょうね。
さて、どうしたものか。これじゃ、姉に近づくことができない。それに、もたもたすると、
「おい。邪魔だァ」
とか思っていたらやっぱり本人キタァ!!
クラスの皆も青木の存在に気づき、さっさとその場から去った。姉を残して。
「そこ、オレの席だがァ」
「ご、ごめんなさい……」
姉は慌てて立ち上がった。青木は姉を見て、そして私を見て、また姉を見た。
え?何今の?というか、姉にさえ容赦ないッスね青木さん。
「鈴平の…確か姉貴かァ…」
何気ない一言を発した青木だが、姉はそれを聞いてなぜか目を大きく開いた。そして、元気いっぱいで言った。
「はい!鈴平海ちゃんのお姉ちゃんです!」
「お、おう。まァ顔見れば分かるがァ」
「分かるッスか!?」
「なんでテメェも驚いてんだよォ!?双子だろうがァ!?」
「はい!私たち顔が同じの双子なんです!」
「だから顔見れば分かるっつってんだよォ!ッだあァ!付き合ってらんねェッ!後ろに使われてねェ椅子あっからそれ使えェ!終わったら元の場所に戻せェ!オレは寝るッ!邪魔すんじゃねえぞォ!」
「了解ッス!いい夢を!」
「オレ、今何つったァ?」
「………」
「よし」
ようやく黙った私を見て青木は自分の席に座り早速寝た。
早ぇ
その間姉は教室の後ろ側から椅子を持ってきて、何事も起きなかったように普通に小声で話した。いや、青木のことを聞いてきたんだが。クラスの連中はというと、皆揃いも揃ってポカーンとしてた。
これが姉と不良少年の初めての出会いでした。
それからはどうやら姉は青木のこと気にかけていた。すれ違ったら挨拶したり、休みの時間に話しかけたり、ご飯に誘ったりしていた。そして、青木がケンカで傷だらけのまま登校する時にも姉は心配していた。今や姉の方が青木との接触が多い。
私はそんな姉のことを心配でした。相手は不良。どんなにいい面もってても、深く関わるものではないと私は思った。それに、本人も言った。
「テメェは正解だァ。オレァ正真正銘のろくでなしだからよォ。関わっていいもんじゃねえェ」
そう言われて、私はできるだけ姉を説得した。だが、姉は止まらなかった。青木には申し訳ないが私もうどうしようもなかったのだ。
そんな中、学校の王子さまこと高山光子郎は私たちの教室にやってきた。クラスの女子たちはざわめいたが、彼はそれを無視して私、ではなく青木のところにまっすぐ来た。
「君が青木隆弘か?」
「んだァ、テメェ?」
「僕の名前は高山光子郎。単刀直入に言う。空さんに近づかないでほしい。君が空さんの妹くんを利用して彼女にちょっかい出すことは知っている」
「え、私!?」
「………高山つーったかァ…なるほどなァ……で、それがテメェの書いた台本ってかァ?」
「何?」
「へッ、いいぜェ。乗ってやる。それをそのままあの女に言え。オレもそろそろうざいと思ってねェ」
「どういう意味だ?」
「別にィ…欲しい物のためなら何でもやる。だろィ、ボンボンの坊っちゃまよォ」
「………僕の言葉を肯定したことに取ってやるよ」
それだけ言い残して高山は教室を出た。
「いいッスか?」
「何が?」
「やらなかったことが言いふられるッスよ」
「どうでもいい。そもそもオレの評判なんざァ高がしれてる」
「もしかして、そうやって今まで噂を否定してこなかったッスか?」
「まァ、中にゃホントのこともあっから……油断すんじゃねえぞ」
「……うっす」
それ、自分で言うんですか?
不思議に思いながらも私は素直に青木の言うことを聞いた。そしてその日の放課後、私は福田先生に呼び出された。
「鈴平、正直に言ってくれ。お前、青木に脅されているのか?」
「されてません」
「即答かよ。ま、そうだろと思った。あのバカが」
「福田先生は……青木さんのこと結構気にかけてますね。他の先生はビビって無視してるのに」
「それを職員室で堂々と言うお前の神経はどうなんだ?ま、色々あるんだよ。てかお前、今青木をさん付けで呼んでなかった?ホントに脅されてねえだろうな?」
時々見たが、青木が何かをやらかした時福田先生だけが飽きることなくいつも彼に注意したり説教したりしていた。そして青木も、うざったい顔してたが、いつも最後まで聞いていた。二人の間に何かの関係があるらしい。あ、深い意味はないからね。私、腐ってないから。
職員室を出て教室に戻ると、姉は青木と二人っきりで、それとなく雰囲気を出して話していた。思わず私は隠れて盗み聞きした。
「お前よォ、あの坊っちゃんから話聞いてなかったかァ?」
「坊っちゃんって高山くんのこと?うん、聞いたよ。だから隆弘くんに会いに来たんだ」
「何んだと?」
「妹を利用したの?」
「………」
「……私ね、あなたの言葉でしかあなたを決めつけない。あなたが何も言わないなら、自分の目で見たあなたを信じます。そう決めたの。そして、今私が見たあなたはそんなことはしないと思ってます」
「………チッ、厄介な女だなァ、お前は」
「はい。そうは簡単に払うことができませんよ」
「言ってろィ…………空、綺麗だなァ……」
「あ……うん。綺麗ですね」
二人はただ無言で窓の外に見えた夕日に染めた空を眺めていた。その姿はとても絵になると思った。そして同時に、姉はもう手遅れだと悟った。
だから私はその日鞄を取らずに帰った。校門で部活を終えた悠と会って何も持てない私を不思議に思われたが適当に誤魔化して私たちは二人で一緒に帰ることにした。家に着いたら姉に連絡を入れるの忘れずに。
暫くして、姉は私の鞄を持って帰宅した。その後ろに姉を送りに一緒に来た青木の姿もいた。
「海ちゃんダメでしょう、鞄忘れて帰っちゃ」
「イヤ〜ゴメンネエチャン。ドウシテモイソイデヤリタイげーむガアルカラ」
「もう……でも、たまにはいいかな……」
もじもじしてる姉。うむ。計画通り。
「おい、鈴平ァ…ちょいこっち」
「どうしたんッスか?」
「……次にまたくだらねーマネしてみろィ……そんとき命がないと思えェ……」
福田先生!ただいま青木さんに脅されました!確かに殺害の脅迫でした!既に私の余命が縮んでます!というかお二人さん!さっきまで眺めてた窓は校門に向かってるからね!夢中しすぎて私が出るの気づかなかった!?なにそれ尊い!
「どうしたの?」
「こっちの話。んじゃ、帰るわァ」
「うん。今日はありがたう。また明日ね、隆弘くん」
青木は返事せずに、ただ手を振って帰った。その時の私は、
「じゃ海ちゃん、中に入ろう。海ちゃん…?ちょ、どうしたの!?顔真っ青だよ!海ちゃん!?」
未だに恐怖でフリーズしてた。
それから時が流れ、私たちは3年生になった。なんと、私と青木は奇跡の世代全員と同じクラスになった。ちなみに担任は福田先生です。
うわーい。超面倒くさーぃ。一方姉は私と青木と同じクラスで超喜んでいます。うん。まあ、この笑顔見れるからいっか。それに、亜美とは今やマブダチだし。
2年の時、悠にまつわる私と亜美の間に戦いが起きた。ま、単に亜美が私の悪い噂をばらまいて悠との関係をぐちゃぐちゃにしたかっただけ。さすがに私はせっかくできた仲を壊されたくないので噂の源を探った。噂の元が亜美と分かった時事を多くしたくない私はタイマンでケリをつけた。その後、お互いの心の中を洗い出した私たちはマブダチになった。
そして私は成り行きで悠と付き合うことになったが、まあそれはどうでもいい。ただ、実はその時姉は力を貸したいと言ったが青木に止められたらしい。姉に曰く、青木は私についてこう言った。
「鈴平がお前に勝るモンがありゃそらぁ図太さだァ。この程度で折れるヤツじゃねェから、たまに好きにさせときゃいい」
などとふざけた事を言ったのでそれとな〜く文句を言ったら、
「ホントのこと言っただけだが?テメェはとっくにアイツの妹であり続ける覚悟はできたんだろィ?いい根性してんじゃねえか」
と私の本心を見抜かれてぐうの音も出なかった。更に姉はこの時初めて私を羨まんでいた。妹として複雑です。
話を戻して3年生になった私たち、ここからが姉の運命を大きく変える事件が始まる。
まず、最初から周りの目を気にしない姉はクラスで堂々と青木に絡んでいた。多少不思議に思われたがこれも姉の平等な優しさと周りは無理やり納得した。ただ1人、皆は気づいていないが、高山は苦い顔で姉と青木を見ていた。
そして、3年生になった私たちには受験と言うものがある。皆希望の高校に入るため頑張っている中、青木は高校に進学しないという話が出た。その真相を確かめるために姉はある日の放課後に青木に訪ねた。
「隆弘くん、高校に行かないって本当?」
「直球だなァおい。まァ、ホントだァ」
「……どうして?」
「きょーみがねぇ。そんだけだァ」
「違う…よね?隆弘くんにもきっとやりたい事はあるよ。高校に行かないなんてもったいない。私、手伝うよ。今からでも遅くない。だから、私と一緒に……」
「ちょっと姉ちゃん…!」
「さっきからごちゃごちゃうるせー」
明らかに感情的になった姉を止めようとしたが、青木は今まで聞いたことない厳しい声を発して、姉も私も、そして周りの人たちも黙ってしまった。
「テメェにオレの何が分かるってんだァ?」
「隆弘、くん……」
「大体よォ。オレの進路に口出しするなんざァテメェはオレの何だってんだァ?母ちゃん?姉貴?まさか彼女でも言いてぇのかァ?どれも違ェよなァ」
「そんな、つもりじゃ……」
「ただの他人だろが。他人に進路を言われる筋合いはねぇ。うぜーからもう失せな」
「……!!」
姉は顔を真っ赤しながら教室を飛び出した。今まで見守った高山は立ち上がり、
「やはり君は最低な人だな」
と青木に捨て台詞を言って姉を追いかけた。
私も姉が気になるが、その前に確かめたい事があってマブダチの亜美に頼んだ。
「分かったわ。ほら立花、あんたも来なさい」
「え、なんで?ちょ、引っ張るな、コラ!」
さすが亜美、私の意図を察してくれて邪魔ものの彼氏を退治してくれた。さて、どう切り出すか。と思った時にあっちから切り出してきた。
「オレァ謝んねぇぞ」
「必要ないが、少しは言い過ぎる自覚はあるようね。私はただ気になっただけ。なぜそれまで否定的なんですか?」
「……見当は大体ついてんだろィ」
「つまり……ケンカはやめられないということ?」
「ああ……頭ん中はいけねーってわかっても手が出てしまう。分かんだろう?暴力に酔ってる男にゃ未来がねぇ」
青木は様々な問題を起こした生徒だが、その中に強烈なのはケンカの数。そしてほぼ毎回相手を病院送りした。この点があって私はどうしても青木をろくでなしな不良だと思ってしまう。そして、どうやら本人も同じ考えのようだ。
「諦めたんですね。自分の事を」
「そうも言えるなァ」
「分かった。私はあんたに何かを言うつもりはない。姉にもこれ以上口出ししないように言っておく。ま、そもそもあんたにはそういう相手はもういるッスよね」
私がそう言うと、我々の担任、福田先生が教室の入り口に現れ、
「青木、ちょっと指導室まで面貸せ」
と教師が生徒に対するあるまじき行為、喧嘩腰で呼び出しをした。
「ったくその通りだァ。1年から飽きることなく絡んできやがってよォ。担任になって悪化したんだからテメェの姉貴を相手にする余裕ねぇんだァ」
「あんたが自分を諦めても、あんたを思う人は同じく諦めるだなんて甘えな考えをしない方がいいッスよ。これ、経験談ッス」
「そうかィ。覚えとくよ」
青木は福田先生に連れて行かれて、私は姉の鞄を拾い姉の下に行った。
下駄箱で亜美と悠、そして高山に励まされた姉を見つけた。私はとりあえず他の3人をおいといて姉に声をかけた。
「らしくなかったね」
「うん。自分でも驚いた。恥ずかしくて飛び出してしまった」
「え、何?どういうこと?」
「海くん、何を言ってるんだい?」
男二人は私たちの会話を理解できないようだがまたして亜美はシンプルに彼らに言った。
「バカね。教室での空の言葉は普段の空の優しさではないっていってんの」
そう、姉が青木に発した言葉は優しさから出た言葉ではない。もちろん、青木を思う気持ちはあったがそれより基になった気持ちは、
「私の我儘よ。私は隆弘くんと一緒に高校に行きたかった。ただもっと一緒にいたかった。隆弘くんの事情を構いなしで。自分の思いがこんなに身勝手なものだと思わなかった。でも、それで気づいたの。私は隆弘くんが好き。それはダメな事でしょうか」
やっと自分の気持ちに気づいて開き直ろうとする姉に私は真正面から自分の意見をぶつけた。
「ダメです。今の姉ちゃんと青木さんが付き合ってはいけません」
「海!?」
「何よ?悠。うるさいわね」
「彼氏に邪魔虫だなって視線を向かないで!ってかお前、なんでそんなはっきりとダメ出しできんの!?先の話聞いてなかった!?」
「聞いたけど、それで何?感動しろとでもいいたいの?バカ言え。姉ちゃんは今感情に流されているだけ。正直に言って。例えば姉ちゃんは青木さんと一緒に落ちる事ならそれでいいと思ってるでしょう?」
「……お見通しだね」
「だからダメです。そんな甘い覚悟で姉ちゃんを男、ましてや青木さんと交際させるわけにはいけません。姉ちゃんにはもうちょっと周りを見てほしいです」
恋は盲目する。姉を自滅するような人生を歩ませることは許さない。そんな私の思いを姉に通じたようで姉は頷いてくれた。
「分かった。海ちゃんの言う通りにするよ」
「ありがとう。じゃ、帰ろっか」
一段落になったところでその場の全員で帰る事にした。まあ、そう思ったのは女性だけのようで、男どもはさっぱり分からない感じのようだ。高山に至っては何も納得できない顔してて、でも何も口出しできる状態でもなかった。
帰り道、亜美は気になった事を聞いてきた。
「ところで、青木とはこれからどうするつもり?」
「雪原くん、それはもちろんもう関わらないようにするんだよ」
「え、何言ってんの高山?今まで通りすればいいじゃん」
「いや海がさっき交際を認めないって言ってたよね!?」
「だからそれは男女の付き合いの話。だれも同級生として関わるなとは言ってない。彼女の話をちゃんと聞いてよね、悠」
「さすがは海。その図太さはうちの事務所のババアのメイクより太いわ」
「炎上を起こすような物言いはやめてくんない?ま、姉ちゃんがそうしたいなら私は止めないってこと」
「うん。私はそうするつもりよ」
「でも空さん……君の気持ちはどうあれ、あの男は君に対して暴言を放って傷つけたのは事実だ。そんな男に、」
「心配してくれてありがとう。高山くん。でも私は大丈夫よ」
「でも、青木をそのままほっといていいの?」
「青木さんの問題は自分の中にある。私たちの立場では何もできない。だからとりあえず福田先生に任せてもいいでしょ」
「「「福田先生?」」」
福田先生の名前を出したら亜美たちは何言ってるの?って顔してるが、姉はどうやら理解できるようだ。
「……なるほど。なぜ今まで気づいていなかったんでしょう?海ちゃんの言う通り、私ちゃんと見えていなかったみたい。福田先生なら隆弘くんの力になれる。なんだか、少し安心しました」
姉はようやく肩の力をぬけるようでこちらも安心だ。姉はきっと青木に抱いてる問題も気づいて、だけどそれを自分がなんとかせねばって思っているでしょう。大切な人を思う気持ちは確かに大事だが、それで周りを見えなくなったらその先は破滅だ。二人だけの世界なんて存在しない。常に私たちの周りには他の人がいる。たまには大切な人を助けるのに自分とは別の人、もっと適任の人に頼むのも大事なのだ。幸せなカップルは周りの祝福があるからこそ幸せになれると私は思う。
さあ、姉はそろそろ目を覚ましてきてるッスよ。次はあんたもさっさと自分との決着をつけてくるッス。青木さん。
その時私は2人の問題が解決するのはただの時間の問題だと思っていた。
3年生としての夏が始めたころ、学校に連続の事件が起きた。リンチ、カツアゲなど様々な暴力の被害がうちの生徒たちに降り掛かった。被害者たちは口に揃えて言う。青木隆弘にやられたと。
元々悪い印象が目立った青木は学校中に疑われた。ある日、青木は福田先生と共に校長室に呼び出された。真相の確認だろうと気になった姉と私は、そしてついでについてきた悠は校長室の外から耳を扉につけて盗み聞きしようとした。
途切れ途切れで聞こえるが、大まかなに言うと、教頭先生とPTAは青木に全ての責任を押しつくしようとして、福田先生はそれを止めようとしている。校長先生と青木本人は黙って様子を見てるだけのようだ。
暫くこの状況が続いて、教頭先生はとある言葉を発した。
「…これだから親なしの子供は……!」
そこに青木は反応しようやく声を出した。
「…くだらねぇ…」
「な…!?ちょっと待て!どこへ行くつもりだ!?話はまだ終わってない!」
「テメェらで好きに解釈すりゃいい……どうせ何いっても意味ねーしよォ……」
どうやら青木は出ていこうとするらしい。ヤバイ!と思う瞬間、福田先生が聞いたことない大声で青木を止めた。
「いい加減しろ!!」
「…!福田ァ…ッ!」
「青木てめぇ、いつまでグズグズするつもりだ…!?何も言わねえで全て背負う自分がカッコいいとでも思ってんのか…!?ふざけるのも大概にしろ!だったらなんであいつらを受け入れた!?てめぇ1人で堕ちたけりゃてめぇの勝手だがよ、てめぇを思ってる人たちが悲しむことになったら筋が通れねえだろ!てめぇも彼女たちを思ってるのなら、その義理を果たせ…!中途半端なことすんじゃねえ!」
「…義理だとッ…」
「話せ、青木。お前が正しいと思ってることをちゃんと言葉にしろ。意味がなくても、それが他人と繋がりを持ってる人の責務だ」
その場は静まりに返った。おそらく教頭やPTAの方々は面食らっただろう。こっちも結構驚いた。今はもう耳を扉につけていない。それだけ大声で福田先生が話していたんだ。いつもだるそうな福田先生がそこまで怒るなんて、青木のことを本当に思ってるようだ。そして、暫くしたあと、青木が話した。
「……オレァやられたヤツの名前を聞いたことねーし、顔を合わせたこともねぇ。誰がそいつらをやったか知らねぇ。言えるのはそれだけだァ……」
そう言って青木は校長室から出て、私たちを見て一瞬苦しい顔に見えるがすぐに振り返ってどこかに行った。姉はその苦しい顔を見たからか青木を追いかけた。そこで校長先生は決断を下した。
「本人がそう言っている以上、決めつけるのはできない。が、彼を放っておくのも生徒たちを不安にさせる。よって、青木隆弘くんは未定期間で自宅待機させる。教頭先生、施設に連絡を。福田先生、もしものこと場合、青木が自宅にいる間に事件が収まらなかったら真相調査及び事件解決の手伝いを頼む」
そして話し合いは終わった。私は悠と共に福田先生につきまとって青木のことを聞き出した。先程教頭先生が言った親なしの子供が気になった。そこまで聞いたら仕方がないと福田先生は話してくれた。
「青木は小学校3年生から両親をなくした。ただそれは幸か不幸か定かではない状況だった。青木の父親はDVの男だった。毎日青木とその母親は父親に暴力を振るわれた。大体の子供は恐怖で人間不信になるんだが、青木は違った。アイツは母親が傷つけるのがたまらなかったようで怒りが爆発し、父親に反撃した。アイツは自分の父親を包丁で刺さった。それを見た母親は精神崩壊になって精神病院に送られた。父親は未だに意識不明。それから青木は今まで施設で育てられた。ただ、9歳まで育てられたあの家庭の影響で青木は暴力に対する抵抗は低い。だから喧嘩っ早くなったのだ。彼自身も悪いことをしてると自覚はあったが子供の記憶に刻まれた環境はなかなか消えないのだ」
想像はついたが、本当に複雑な過去があったんだな。教室に戻ったら姉はどうやら同じ話を青木本人から聞いたようだ。そして姉は決心した表情で言った。
「海ちゃん……ごめんね。私、もう彼に人生を捧げると決めたの。でも、何もせず落ちるのはしないよ。できることを全部やる。だから……」
「姉ちゃん……それだけじゃないでしょ?」
「……うん。私1人だけでとか、隆弘くんと2人だけでとか無理はしないわ。だから、必要な時に力を貸してくれる?」
「もちろん。ねえ、悠」
「さり気なく俺を巻き込むな、お前は……ま、いいぜ。空も幼馴染だし、青木も俺にとっちゃ今は友達だと思ってる。しっかし、青木との話を思い出すな…」
「あんた、青木さんと2人で話したことあったのか?」
「おう。一つ意見が一致してて意気投合になったよ。アイツ以外このことを話せる相手がなかったな」
「それは?」
「鈴平姉妹は実はお互い似たもの同士で、最高の姉妹って話」
「なッ……!?」
「これは……一本取られたね、海ちゃん」
それから、青木がいない学校生活が始まった。事件が発生することがなくなり、クラスの雰囲気は明るくなった一方で姉は静かになった。暗くはならなかったが、以前のように皆に明るく優しく振る舞うことはなかった。今は私や悠、そして亜美や親しい人間以外にほとんど話していなかった。同級生が姉に話しかけられても、うんそうだね、とか適当な相槌しか返ってこない。その中、しつこく姉に話しかける輩が1人いた。
「空さん、そろそろ機嫌を直してくれないか?皆心配しているんだ」
「あら、高山くん。私は別に怒ったりしないけど?」
「……君の気持ちは分かる。好きな人がああなるなんて信じられないだろう。でも、前に妹くんに言われたように君の周りには君のことを思う人はいるよ。だから、どうか僕たちにも心を開いてほしい」
「そうね。だったらこの場言わせてもらうわ。私は受験に向かって勉強に集中したい。なので極端に遊び時間を減らしたいの。皆さんに冷たい態度を取ってしまったら申し訳ない。でも、妹の勉強を見なければならないから、じゃなきゃ一緒の高校に行けなくなるから」
「えッ?初耳だけど、私もあの超ハイレベルの高校に行かなきゃならないの?高校も姉ちゃんと一緒じゃなければならないの?……あ、ああ、分かった。頑張るから。超勉強するから。絶対姉ちゃんと一緒に行くから。だからその顔やめて。お願い、300円あげるから〜」
「というわけでごめんね、高山くん」
姉はさっさと私を連れて教室を出ようとしたが、諦めが悪い高山はまた姉に声をかけた。
「空さん待って!もういいじゃないか!?青木のことは残念だが、彼がいない今学校やこのクラスの雰囲気がよくなった。君も実感してるだろ。だからもう青木のことは…、」
何か、青木のことを諦めさせようと言葉に並べる高山に対して、姉は初めて冷たい視線を人に向けた。
「高山くん。いい加減、黙ってもらいませんか?貴方がなにを言おうと私の隆弘くんへの気持ちは変わらないよ」
「…!な、なぜだ!?なぜそこまで!?一体彼の何が君をそこまで思えさせる!?僕と彼の違いはなんだ!?」
「彼は……何も特別なことはない。彼と時間を過ごしたら気づいた時に私は彼を愛してしまった。ただそれだけよ」
そのはっきり言った姉の言葉は有無を言わせない、無条件の愛を感じた。どうやらあの時青木を追いかけたとき過去を知ること以外に何かが起きたようだ。好きから愛してるってなったし。
そして姉は今度こそ教室を出て私はそれについて行った。後ろに高山が変な雰囲気を出すの気づかずに。
1学期の期末テストの最後の日、また事件が起きた。姉が誘拐された。私は直感でそれを気づいた。双子特殊な一心同体の体質かな、姉がピンチになるのを感じた。それに、私と違って姉は連絡なしで私より先に帰るのはない。
そして、見当はついている。青木の事件をこっそら調べてるとき犯人の正体を少しずつ分かったから。そして、その目的も。だから今はとても後悔している。なぜ油断してたんだろ。
起きたことは仕方ないが、今動きたくても証拠はない。目撃者もない。私はまず福田先生に連絡を取った。すると先生は、
「……分かった。おれがなんとか警察を動かせてみる。だからお前は待ってろ。無茶なことをするんじゃなぇ」
と言ってくれたがそれでは遅い。その間に姉が何をされるのか想像するのも怖くてパニックになった。もう、あの人に頼るしかない。そう思った瞬間私は走り出した。施設の住所や彼の部屋の位置はもう知っている。
施設に着いたら勢いで玄関を突破して2階にある彼の部屋に直進した。
「鈴平ァ…?」
「青木さん、助けて……姉ちゃんがヤバイッス!!」
そう言って青木は一瞬もなく私を抱き上げて部屋の窓から建物の外に出た。そのまま彼は施設の裏側に向かって2mの壁を2段ジャンプで飛び越えた。いやこいつの身体能力人間を越えてる!?
「犯人の見当はァ…?」
「は!えっと、おそらく青木さんを嵌ったヤツと同じッス!」
「テメェが仕入れた情報全て教えろ…!」
そう言われて抱き上がれたまま鞄からノートを取り出して調査から得た情報を全て話した。犯人はおそらく高山。目的は姉を手に入れるため、姉の恋愛対象の青木を社会的に消すつもりだが、効果なしと分かって強引に姉を攫ったのだろう。そして、青木を嵌めるための偽装事件の場所を教えると、
「それぞれの現場から5km範囲で高山グループが所有してる空き建物はァ…!」
「探索します!……あった!高山グループが半年前に買い取った廃止した工場ッス!」
「結構遠いなァ…!仕方ねぇ…!」
青木は地元の小さな商店街に向かった。私もここを知っている。県内の中心にでかいショッピングモールができてから人気は下がったが、客に対してとても親切な店の人たちはそれでも常連を失うことはなかった。それに安い。そして実は青木のケンカはほとんどこの商店街に起きていて、それら全ては嫌な客や商店街の人たちに迷惑をかける暴走族などを相手していたのだ。青木は施設に引き取られたからよくここに遊んできて商店街の住民たちに良くしてもらったようだ。彼らのおかげでケンカ以外に青木はずれることはなかった。事件と関係ないが調査の時に姉と知っていて姉はますます青木に惚れていって商店街の住民たちに挨拶を交わして何か正妻みたいに振る舞ってた。初めて姉が怖いと思った。
青木は商店街に入るなり様々な人に声をかけられたが、止めることなくゴメン!急いでるんで!とだけ走りながら言った。そして、とあるバイクの修理店に着いた。私をおろして、青木すぐに店の人に頭を下げた。
「おやっさん!頼む、バイクを貸してくれ!」
「隆弘おめぇ…!それにあんたは…この前聞き込みに来た双子の姉妹の…」
「妹の海です。私からもお願いします」
私も青木に続いて頭を下げた。バイクに行ったら確実に走るより、電車で行くより早い。視線は地面に向いていておやじさんの顔を見れないがきっと戸惑っている。
「……オレァ今行く場所から帰れるか正直分かんねぇ。ぜってーに返すとか無責任に約束もできねぇ。だが、それでも、お願いしやーっす!」
「隆弘…ほれ」
「…!うぉッ!鍵にヘルメット!?」
「嬢ちゃんも行くんだろ?ほい、ヘルメット」
「……青木さんの代わりに私が絶対返します!」
「必要ねぇよ。隆弘。何年かかってもいい。絶対におめぇが帰ってこいよ。いいよな、会長」
そう言われて振り向くと、商店街の人々は私たちを、青木を笑顔で見ていた。その後ろに、商店街への入り口辺りに施設の追手を邪魔するものも見えた。そして、会長と呼ばれた老人は言った。
「隆ちゃん。隆ちゃんはいつも悩んでるけど、わしらは隆ちゃんに感謝してるよ。いつもこの街を守ってくれてありがとう。だから、今は隆ちゃんの大切なものを守りに行ってあげて。そのためなら、わしらも力を貸す。そして、またこちらに帰ってきて。みんなはいつでもお前の帰りを待ってるから」
「じいさん……みんな……ック、ありがとうございやす!!この恩は一生忘れねぇ!!」
青木はみんなに向けて土下座して礼を言った。そして、修理店のおやじさんは彼を立たせて急がせた。
「おう!ほらとっとと行け!」
「青木さん……」
「ああ…!」
背中に叩かれて、商店街の人々に見送られながら私たちは姉のいる場所へ向けて出発した。
安全運転を無視してフルスピードでバイクを走らせ、30分も満たないうちに廃止工場が見えた。青木は止めずにパイクをジャンプさせて窓から突っ込んだ。ちょうど、いやおそらく青木は狙って、飛び込んだバイクの前輪が中にいる高山の顔に直撃した。
私と青木はタイミングを見てバイクからジャンプしてすぐ姉のがいる場所に走った。
姉は酷い状態だった。作業台に縛られ、服や髪は切られて、そして身体に、何よりも顔に一生残る傷がついていた。
「隆弘、くん……海、ちゃん………来て、くれたん、だ……」
姉の声は弱々しい。私は今までない暗くて熱い気持ちに呑み込まれようと気がした。側に青木がいなかったらそうしたのだろう。飛ばされた高山は立ち上がって私たちに何か言ってくる。
「青木ッ……!それに、鈴平の劣化妹かッ…!ハッ!今来ても無駄だ!あの女、少し顔がよくて人気があるからって調子に乗りやがって!折角僕の女にしてやろうと思ったのにフレやがって!だからこれはその報いだ!あの女、僕が傷ものにしたんだッ!!ハハハハッ!ざまあみろ!僕に逆らうからこうなったんだ!そもそも………」
何かを言い続ける高山。私と青木にはそいつの言葉が何一つ耳に入れなかった。私たちは静かに姉を縛るロープを一つ一つ解いて、青木は自分の上着を脱いで姉にかけた。その時、彼は少し姉の顔を自分に近づき、優しく撫でた。
「……だからオレみたいなヤツ、放っとけって言ったろうがァ…ッ」
「……関係……ないよ……だって……隆弘、くんが……いなくても……あんな人は……無理、だもん……」
「へッ………それも、そうだな………遅くなってすまねぇ。もう大丈夫だから、お前の大好きな妹の胸にでも休みな」
そう微笑みしあう2人、そして青木は今度姉の身体を私の方に傾けさせた。私は受け取り、姉の暖かさを感じた。その間も高山は話しているが、しかっとされると感じたか今度は怒鳴ってきた。
「貴様ら!!僕を無視するな!!!どいつもこいつも、僕をなめやがって!!!僕は高山グループの御曹司だぞ!この世に僕が手に入れないものはいない!!!そんなものがあれば、僕の手でそれを壊してこの世から消してやる!!僕が……ッ!!」
「喋るな」
青木は立ち上がりゆっくり高山の下へあるきながら言葉を発した。
高山は喋れなくなった。近づく青木から逃げようとしたが、
「動くな」
高山は指一本動けなくなった。ただ恐怖の中で自分に下りる暴力を来るのを見ていただけだった。それが目の前にたどり着いた時、
「息するな」
「……ッ!!!」
高山は息ができなくなった。無慈悲にも青木の拳は高山の顔面に降り掛かった。音からすると鼻の骨でも折れたんだろう。
それで満足したか、青木は再び私たちの下に戻った。これで帰ろうと思ったが、外には30人くらいの人が待ち構えていた。おそらく高山の差金。彼が1人でこのことをする訳ないからな。その時、私の携帯に連絡が入った。
「福田先生から、あんたの脱出と交通違法でようやく警察を動かせるらしい。救急車も呼んだ。場所は教えたが、来るまで15分がかかるッス」
「外のヤツらは待たねー。その間、オレが相手にしてやる。逃すわけにもいかねーしなァ」
「……いいッスか?」
「どのみち、施設から逃げ出したときにゃポリ公との無沙汰は避けられねぇ」
「すいやせん」
「まァ、別にいい。こうやって実感できるんだ。オレァ人を守るために戦える。お前らを守るために暴力を振るう。なんか責任を押し付けようと感じになったんだがよ〜、オレの気持ちを受け止めてくれるか?」
「何を言ってるッスか?今更ッスよ。ね、姉ちゃん?」
姉は小さく笑いながら、少し瞼を開けて青木の名前を呼んだ。青木はそれに応えようとして、伸ばされた姉の手を掴んだ。
「わた、し……は………私、たちは………ずっと……あなたの……ことを……待って……いるから……ね……」
「…あんがとうなァ、2人とも」
青木は優しく姉の頭を撫でた後、工場の外に再び向かった。
「空を頼むぞ」
「言われるまでもないッス」
そう言い残して青木は30人とケンカを始めた。実際にケンカするのを初めて見たが、不良マンガみたいで青木は30人の相手でも押されることはなかった。
外のことは心配ないと私は悟って、手持ちの薬で姉に最低限の手当をする。ちょうど手当が終わると、何かが立ち上がり言葉にもならない声を出した。
「ぎぎぎ、ぎざまッ………よ、よぐも………」
そういえばまだ生きてたんだな高山。青木の状態を見て勝ち目を見出したと勘違いしてたのかな。仕方ない。最後の念押しをするか。
私は文房具からペンを取り出し高山に向けて歩いた。何か言ってきてるが全て無視して彼の伸ばした手を左手でつかみ、胸ぐらを右手でつかみ、彼の足をすくい崩されたバランスを利用して彼に馬乗りした。そして、持ったペンを彼の目玉の直前まで向かせた。私は至って真顔で言った。
「青木さんの言ったこと忘れたの?喋るな、動くな、息するなって言ったよね?青木さんがなくなるとそれが無効になると勘違いしてた?それはいけないね。じゃ〜、お仕置きとして目玉1個、抜いてやろうか?」
「……ッ!!………ッ!!!」
「ふむ、反省してるみたいだから、今回はやめるけど。次、また姉ちゃんに手を出したら、分かるよね?命は取らないわ。その代わり、毎日1個1個、あんたの身体の部分、ちぎってやる」
「……ッ!!……ッ!!」
「よろしい。素直なあんたに1つのアドバイスをプレゼントしてあげる」
私は馬乗りで彼の身体を抑えるまま、自分の唇を彼の耳に近づき呟いた。
「この世は理不尽な暴力にありふれてるの。青木さんや私だけじゃないわ。あんたがどこに逃げたって、そこにまた同じことをしようとしたら、その時は覚悟した方がいい。横のサラリーマンはいきなり殴りかかるかもしれない。通りがかった店員さんに熱いコーヒーをぶっかけられるかもしれない。目の前の女子学生に刺されるかもしれないからね」
「…………ッ………………ッ…………ッ」
顔をあげると、高山はまた恐怖にのまれたと見えた。青木さんや私に対してではなく、おそらくこの世に対して。それを見て私は微笑んだ。
「いい子だ。それじゃ、二度寝してなさい」
そう言って私は高山の顔面を青木と同じところに殴った。これでその鼻は直せないだろ。え?慈悲?言ったはずよ。理不尽な暴力はどこにでもあるって。
高山が気絶してるの確認した後、私は姉の下に戻り、ちょうど福田先生や警察たちが来たところだった。姉、高山、そして高山の手下の25人が病院送り、残りの5人は私と青木と共に警察につれていかれた。福田先生とすれ違った時、私と青木が怒られた。
「無茶するなって言ったろうが。全く。青木、鈴平妹、ちゃんと事情を話すんだな。おれもできることだけやるんだから、諦めるんじゃねえぞ」
そう言われて、青木と私は深々と福田先生に頭を下げた。謝罪だけではなく、感謝の気持ちを込めて。そして私たちは福田先生に言われた通り全ての事情を話した。
結果、
私は高山の傷害の共犯者として、1週間自宅で監視処分。
高山は姉と今まで青木の偽造暴行の被害者の犯人扱われるが、親がつけた凄腕の弁護士や不安定な精神によって、未定期間の自宅監視とカウンセリングの強制参加。カウンセリングの先生がいいと言うまで、処分期間は続く。
青木は高山、手下30人、そして今までケンカ相手の傷害の犯人として、少年院の送り、5年間。保護者なし、弁護士もなし、本人の反省の色もなし。しかし、福田先生のフォローによって、そして青木の小さいころの育った環境も検討にして、青木のは過激な正当防御と見なされ処分期間を5年間に押えられた。
こうして、私たちの中学3年目に起きた事件が終わった。
姉は助けられた日以来、青木と顔を合わせることはなかったが、姉の気持ちは未だに消えていない。姉は良い高校入って良い大学に進学して、青木が出た時に彼を支えるように頑張っている。
ちなみに、事件から負った傷はやはり消えていなくて、今は周りにドン引きされてる。両親は泣いた。が、姉本人はなんとも思わなかった。今まで通り成績をトップに維持し、運動神経も落ちず、みんなに平等な優しさを振る舞った。以前と違って顔の傷のせいでチヤホヤされていなかったが、これはこれで楽って姉はもしろ喜んでいた。そして、チヤホヤ時間がなくなって、私のスパルタな勉強会が長くなった。姉は本気で私を一流の高校と大学に連れていくのだ。
そして、なんとか私は姉と同じ高校と大学に進学できた。
高校では姉は親友と呼ばれる女性と出会った。名は東山久美子。ヤクザ、東山組のお嬢様である。顔に傷を負ってるにも関わらず堂々としている姉の姿を見て気に入られて仲良くなった。将来は実家の家業を手伝うことのようです。うん、底辺にとってこれほど強い味方は他にない。
大学も久美子は一緒で、姉と久美子は経済学部に入った。私は文学部に。
大学生の2年目の夏、青木の少年院の出る日が近づいてきた。正確の日程とその後の予定は福田先生から聞いている。福田先生はあの事件以来、1月に1回青木と面会してきた。青木の状況は今まで福田先生を通して知っていた。
青木は少年院で木彫を学んで、出た後に木彫の職人として生きていくつもりのようだ。ま、前科を持った彼には普通の会社に働くのは難しいだろう。
例の商店街に、商会の会長がその話を聞いて青木のために場所を用意した。青木はそこを寝床と工房にする予定。
青木の解放日の当日、福田先生は青木を迎えに行って、私と姉、そして悠は彼らを待ちながら商店街の青木の家になる場所を掃除していた。昼頃に福田先生は青木を連れて来た。5年ぶりの青木、私と悠は身を下がらせて、姉と青木に感動の再会をさせた。
「よォ。元気そうだなァ」
「ええ。久しぶりだね」
2人はお互いの存在を確かめるために目を離すことなくずっと見つめてあっていた。やがて、商店街の人々も集まり、青木の帰還のお祝いを行った。そうそう、久美子も今はこの商店街の一員だ。高校の時、実家の家業を広めようと悩んでる時、姉はこの商店街を久美子に紹介し、治安の悪さを改善するために警備会社を立てる企画を提出した。その企画はスムーズに進み、今はこの商店街も東山組の縄張りになって迷惑な客や暴走族は来なくなった。
宴は進み、みんな青木と姉がようやく付き合うことができると確信して、喜び反面、男性陣は青木をからかってきた。だが、青木から出た言葉は以外なものだった。
「え、付き合わないけど」
え?なんで?と全員の目が点になった。
「いやいや、少年院を出たばかりの野郎に空と付き合ってさせてたまるかってんだァ。そんなこと、オレァ許さねぇぞ」
だからそれ自分のこと!とみんなが突っ込んだ。
恐る恐る姉の反応を見ると、姉もまた冷静に言葉を発した。
「まあ、あなたがそんなことを言うのは予想済み。だから暫く今のまま、知り合いのままで私も構いません。だから、私が勝手にあなたの手助けをすることも口出ししないでくださいね」
「お前なァ、そりゃオレのことだから口出し権利あんだろォ。大体お前、折角良い大学行けてんのに将来予想不能な木彫の工房なんて見てんじゃねぇよ」
「あら、予想不能に何が悪いの?そんな状況だからこそ、私が学んだ経済学を活かすチャンスよ。あなたは何も心配せず、一流製品の作成に集中していいわよ」
「お前、ちゃんと考えるのかァ?人生は遊びじゃねーんだぞォ」
「だからあなたは………」
「いやお前は………」
と、いきなり始まった痴話喧嘩、いや、夫婦喧嘩だ。
嗚呼、これは放っといて良いやつだ。とその場全員が悟った。
横に福田先生が泣いていた。気づいた私はドン引きした。
「え?先生、どうしたの?」
「あの、青木がッ……ちゃんと、対話してるッ……クッ……ホントにッ……成長したんだなああああッ」
まあ、そんな具合で、笑顔有り涙有り、皆が青木の帰還を心底から祝った。
それから更に5年後、青木の工房は数人の常連を得て、幾分収入も少しだけ安定になってきた。オーダーメイドの他に、青木は自分の発想から出した作品も作って、売っていいものは姉が青木の家の前部を整えて木彫店みたいなものを開いて当番を務める。姉は青木工房の看板娘として地元に知られた。青木は不本意だったが、なんだかんだ言って2人は良いコンビとして工房を回してきた。
それでも生活はきついので、1月に1、2回に青木は東山警備会社にバイトしている。警備しているのはほとんどがVIPのため、こっちの方が収入が高い。制服も黒スーツでSPみたい。社長(若頭)にも気に入られ、社員として誘われたが青木は断った。
とにかく、きついとは言え安定な生活をようやく手に入れたので、青木はとうとう降参した。青木は姉にプロポーズしたのだ。どんなふうにプロポーズしたのか気になったので姉に聞いてみたら、その日の作業が終わって、店も閉じた後にお茶の間の時に青木が言い出したようだ。
「……そろそろ結婚でもすっかァ……」
「そうね。じゃあ明日、家に挨拶しにくる?」
「おう」
だそうです。何かドライですね〜、と思う方は次のうちらの両親への挨拶を聞いてください。どうぞ。
「オレにゃ幸せにします。なんて無責任に言うことはできやせん。前科持ちで普通じゃねえオレにゃ普通な幸せは得られやせん。娘さんにも、将来の子供にも迷惑をかけてしまうんでしょ。だから、言えるのはただ1つだけ。オレの全身全霊をかけて、一生守ります。どうか、娘さんをオレに預けてくれはできないでしょうか」
そう言いながら青木は私たちの両親に向かって深々と頭を下げた。その横に姉は何も言わず、大和撫子如く一歩を引いて旦那さんの顔を立たせていながら一緒に頭を下げた。
その行為こそが姉の決意の示しになった。
中学の時の事件から、姉は青木のことを両親に話していて自分の思いを貫く決意を伝えた。
そんな2人の決意を聞いた両親は、父が代表してこう応えた。
「我々は今まで、ずっと空を甘やかしてきた。甘やかすことしかできなくてダメな親です。空の眩しさに目を取られて、そこに静かで綺麗な海があることを忘れるほどまでに、ホントにダメな親です。今は俺らの力がなくても、2人とも立派になっていた。だから、これが因果応報というのなら、せめて空に親として厳しさを教えてあげたい。空、これが君の選んだ道だというのなら、必ず最後までやり遂げなさい。どんなにきつくても、君を守ろうとする旦那さんを裏切ることだけはいけません。いいな」
「はい、お父さんの言葉、心の奥に締まって参ります」
「うむ。では隆弘君、空は君に預けます。どうか、よろしくお願いします」
「はい。必ずや約束を守り致しやす」
と、ドラマティックに姉の結婚が決まった。夕飯を食べた後、青木は工房に帰り、姉はそのまま実家に泊まった。久しぶりに姉ちゃんと一緒に寝てた。
ここまでは長かったな。そう思った私は姉に1つ気になったことを聞くことにした。
「そういえば姉ちゃん、中学の時、初めて青木さんと話した時になぜそれで青木さんのことを気になられたの?そこだけが不思議と思うんだ」
「……初めて認められた気がしたの」
「え?」
「小さい時から皆言うんでしょ?本当に姉妹なの?とか。双子なのに全然似ていない。とか。私を鈴平海の姉として認めてくれる人はいなかった。それでも私は海ちゃんのいい姉になれるように頑張った。でもそれは裏目に出てしまった」
「姉ちゃん……まさか……」
「だから隆弘くんが私を鈴平の姉貴、つまり海ちゃんのお姉ちゃんだと呼んでくれた時とても嬉しかった。私は鈴平海の双子の姉、鈴平空です。という自信を取り戻せた気がした。それからは隆弘くんをいつも目で追ってしまってスキがあれば話しかけることになった。我ながらチョロかったね。でも、それだけ海ちゃんとの姉妹の絆が私にとって大切なんだよ」
「そ、そうか……」
その夜、私は眠れなかった。姉は私のひねくれた性格のせいで受け入れたこと、ずっと1人であらがっていたんだ。それらの言葉で私だけが傷ついたって思い込んでしまった。姉も同じく傷ついたというのに。普通、感動の涙を流すんだけど、私は違った。赤面になったんだ。
え、何これ?つまりあれなの?姉の頑張った理由は妹のためっていう?うわ〜マジか!?超恥ずかしいんだけど!超照れるんだけど!もし姉が兄だったらラブコメ展開よろしく『兄妹だけど愛があるからいいよね』ってなるわ!絶対惚れてしまうわ!今は百合の趣味がないからギリギリ落ちていなかっただけだ!
結構パニックになったので翌日に私はすぐ婚約者の悠に会って相談した。
「というわけで今すぐ私を抱け」
「ぜってーイヤだ」
「あぁ"、婚約者が誘ってんのに何ぬかしてんだこの腰抜けが…!」
「そんな理由で乗れるか!!!」
「いちいち細かいわね…!目の前に発情してる雌がいたら食いっちまうのが雄だろうが…!」
「言い方!!ってか、俺は結婚前にお前に手を出さないって言ったよね!空だけでも怖かったのに、隆弘が義兄になるって決まった今手出したら俺ぜってー殺される!!まだ死にたくないいいいい!!!!」
などと私の旦那の情けないエピソードでしたが、ま、さらっと流しましょ。
姉たちの結婚式は商店街の住民の協力でローカルの神社で和風の式で行った。その商店街は古典的こともあって、実は青木の家である工房も和式で、普段姉と青木は和服を着ている。結婚の服装は、姉は古い和菓子屋のお婆ちゃんの白無垢を貸してもらい、青木は東山の黒紋付き羽織袴を貸してもらった。すっかり和風派になった2人にはとても似合っていた。そういえば成人式のときも、姉はもちろん振袖でしたが青木も東山の紋付き袴ではなかったものの、お茶屋の爺ちゃんの下がりでもらった紋付き袴を着ていて、2人が並んだ時本当にヤクザの夫婦に見えた。中学の同級生たちは見惚れてたながらも近づけない雰囲気を感じた。
それにしてもつくづく2人は商店街の人たちや親しい人たちに心底から祝福されるなと感じてた。福田先生に至っては青木の父親として参加していた。
式中、ずっと泣いていたな〜先生。そんなキャラでしたっけ?それにしても、あの青木が先生に父親として参加してほしいってよく素直に言えるな。
そう思って後で姉に聞いたらどうやら酒の場で言っていたようだ。
結婚後、2人はきつい生活の中でもお互い支え合って今でもたくましく生きている。結婚1年目、2人の間には息子が生まれた。母の優しさと父の厳しさの下に、芯が強くて人のために動ける男の子に育った。その名は、
「とまあ、めでたしとは程遠いが、こうして信くんが生まれたことは2人の確かな愛の証拠だよ」
「いや俺が聞きたいのはそういう話じゃねーんだよ、海叔母さん」
「あはは〜ママ、話に夢中しすぎて聞いてないみたいだよ、信兄ちゃん」
「いや〜悪いな、信。海、こういうところあるから。こら、聡美も笑わない」
「騒がしいって思ったらおめぇら来てたのかァ」
「青木さん、おつかれッス。いや〜今日も男度が半端ないッスね〜」
「……鈴平ァ、今ならまだ軽い。何しでかしたか素直に言えェ」
「青木さんと姉ちゃんの馴れ初め話を信くんに言っちゃったッス。テへ」
「よ〜し。鈴平ァ工房に来い。作業の片付けを手伝ってもらうぞォ。空の手料理抜きな」
「そりゃないッスよー!軽いと言ってたじゃん!」
「……聞きたいのはなんで義兄弟になったのに鈴平、青木さん呼びしてるんだ?海叔母さんと親父。あと、その口調」
「ああ〜、本人も気づくまで時間がかかったが、海のその口調は尊敬と恐怖とふざけが混ざって生み出されたものだ」
「尊敬と恐怖はなんとなく分かるが、ふざけ?なんで?」
「信兄ちゃんも鈍いね〜。それは2人が仲良しだからだよ〜」
「隆弘くんは海ちゃんにとって初めてだからだよ」
「母ちゃん。初めてって?」
「初めての仲良しの友達。だからさっきの話のタイトルを言うとね、『幼い頃から優秀で大好きな双子の姉が中学に友達の不良と出会ってしまった話』となるの」
「いや『友達の不良』は『〇〇の不良』の正体なんだが『大好きな双子の姉』はどこにもなかったよね。俺の夫としての立場が本当になくなるから、マジでやめて。お願いします。お義姉様〜」