私が好きなのは 8
「何言ってんの?」
低い声で言ったのはタダでもオオガキ君でもなかった。いつの間にか私の横に立つハタナカさんだ。
ハタナカさんは無言でゴスッと私の脇腹を殴った。
「痛っ!…え、ハタナカさん…」
たじろぐ私に、「そこまで痛くないよね」と睨むハタナカさん。
「…え…なんで…」
「なんでじゃないよね」睨んだままのハタナカさんがきっぱりと言った。
「ユズりん怖いわ。『普通』とか」
「…」
「びっくりする。『普通』つったよね確かに言ったよねイズミ君のマフラー姿普通つったよね?しかもオオガキに言ったよね?」
「…」
…言ったけどでも、それは恥ずかしかったからで…
「言ったよね?」もう一度すごまれる。「どうせ『恥ずかしかったからでぇ~~』みたいな事しみしみ思ってんでしょ?」
うわ~~、と思う私。しかもそんなに私のダメな脳内の感じをデフォルメしてものまねしながら言わなくても。
「何でそんな事言った?」とさらに尋問するハタナカさん。
「…」
いや、それは今ハタナカさんも言い当てたじゃん。恥ずかしかったからだって。
「『…』、じゃないから」と厳しいハタナカさん。
いや、ほんと厳しいんだけど。
何が厳しいって他クラの女子のみなさんがギャラリーになってるところで問い詰められるのがキツいよね。
確かに喜んでくれたタダに対して『普通』っていう言い方は良くなかったって自分でも思ってるけど…
ハタナカさんが私の顔の前に人差し指をピッ、と持ってきて言った。「自分で選んであげといてさぁ。そんな言い方するってどうよ。似合うだろうなってあげたんじゃないの?」
「…」…そうだけど。
「あげたんじゃないの?」
強めにもう1回言われてうなずく私。
なぜタダは何も言ってくれない。…言うわけないか。『普通』とか言っちゃったしタダも怒ってそう…と思ってタダをチラっと見ると笑っていた。
なんでここで笑う?
あまりのハタナカさんの追及にオオガキ君が口を挟んでくれた。「どうしたん、ハタナカ。ハタナカがそんなにムキにならなくてもよくね?」
「ムキになるわ。私らどんだけ自分で選んだものとかイズミ君に使って欲しくても、まずあげる事すら出来ないのに」
「なんで?」とオオガキ君。
「イズミ君がいらないって断るからに決まってんでしょ!いいからオオガキ口出さなくて」
全く気にすることなく続けるオオガキ君。「え~~~、なんでだろ。くれるって言うならもらえばいいのに」
「あんたはそこらへんのやつからなんでももらえばいいじゃん」と言うハタナカさんにコラコラと思う。
周りで女子のみなさん聞いてるから!
が、ハタナカさんは結構大きめの声で続けた。「イズミ君はユズりんからしかもらわないんです!」
止めて!!
ハタナカさんは誰の味方でどんな立ち位置なんだろ…
ズワワワッッとしたよね、周りが。ザワザワを越えた。もう私はこの場から退散したい。
「ならさ」とオオガキ君が言った。「余計見たいんだけどユズルちゃんどんなんあげたか気になるわオレ。だってまだ付き合ってないんでしょ?まだ付き合ってないのにどんなマフラーあげんだろうと思って」
タダが言った。「なんでオオガキが気にすんの?」
「そりゃ気になるよね」とオオガキ君が言うのでドキッとしてしまう。「だって来年の体育祭まではオレのユズルちゃんのペアだからね」
「いつまで体育祭引きずってんだよ」とタダが言う。
「来年の体育祭まで引きずる予定」とオオガキ君。「いいじゃん気になんだから見せて見せてイズミ君早くして見せて。ほんとはみんなに見せたいくせに」
なんでマフラーがこんなにフィーチャーされてんだろ…やっぱもっとこっそりしたものあげたら良かった。家の中でしか使えないようなものあげたら良かった。
あれ…タダがロッカーへ行った。
…もしかしてこの流れで着けるの!?
え!マジで着けた!
さっきのタイミングで退散しとけば良かった…
「どう?」と言ったのはタダでもないし、もちろん私でもない。ハタナカさんだった。
なぜ?
「へ~~~」とオオガキ君。
「「「「「「「やだ~~~~~」」」」」」とギャラリーのみなさん。「「「「「「やっだぁ~~~~~」」」」」
「そうかそうか、ユズルちゃんそんな感じの色選んであげるんだね」うんうん、うなずきながら言うオオガキ君だ。「いい色じゃん。へ~~~。似合ってるよイズミ君良かったじゃん」
「…」
オオガキ君にそんな若干上から目線の褒められ方をして答えられないタダだ。
「ユズルちゃんは何色のしてんの?」オオガキ君が私に聞いた。「マフラー何色?オレは黒」
黒か、似合いそうだね。
「で?ユズルちゃん何色?」
タダに巻いてもらった赤いマフラーの感触が蘇る。
「…え、と…」とタダの顔をチラっと見てしまうと、タダが言った。
「赤」
「「赤?」」とオオガキ君とハタナカさんが声を合わせた。
「オレが去年から使ってたやつ」とタダ。「大島がマフラーくれた時に代わりにオレが使ってたの渡して、大島は今それ使ってる。今日はしてきてねえけど、いつもそれ使ってるから」
「「「「「「「ぎゃああああああ~~~~」」」」」」」
ギャラリーのみなさんとハタナカさんが叫んだ。「「「「「「「「マジで!!!」」」」」」」
「なんでマフラーして来ない」
校門で私に追いついて来たタダが言った。
みなさんの反応がつい怖すぎて即座にカバンを取って恐ろしい速さでザワつくみなさんの間をかいくぐり、1階の靴箱まで走って靴を履き替えた。
ダメだ、いたたまれず逃げ出してきてしまったどうしよう…タダはなんて思っただろう。もう嫌われたかも…と思ってしみしみし始めたところに声をかけられて、「…ふぇ?…」と変な声を出して振り向いた。
「ふぇ、じゃねえわ」
「…」
「いや、さっき大島もオレが渡したやつ毎日使ってる、みたいな感じで言ったけどな」
「…」
「しょうがねえじゃんオレがマジ単純だったわ。朝も喜んだけどな。似合うってみんなの前で言ったから大島が。踊らされたわオレ。ハタナカに言われて無理くりっぽい感じがあったのにな」
「…」
「なあ、なんで大島はマフラーして来なかった?」
「…いや…別に…まだそこまでの寒さじゃないっていうか…」
「寒いだろもう」
「…ん~~~まあ…ねえ」
「まあねえじゃねえわ。なんかちょっと期待してたわ。昨日ライン送ったから大島も合わせてオレのマフラーしてくんじゃねえかって」
「…」
そんなつもりで言ってくれてたの?
「まあしてこねえとは思ったけどな。大島だから」
「…そんな事ない…家でしたよ。家でっていうか、この前夕方親と出かける事あった時使った」
『あれ?そんなの持ってたっけ?』と言う母に、『友達にもらってたんだけど使ってなかったやつ』ってビミョーなごまかし方をして、『そうなの?』って言われたやつだ。
タダにもらった日の夜に、部屋で首に巻いてそれをちょっと口にまで持ち上げて深く息を吸ったら、うちのとは違う柔軟剤の匂いがした。きっと去年使って春が来て、タダのお母さんが洗ってなおしてたのを私に渡してくれたから。
その時の事を思い出して赤くなりそうだ。マズい。タダは今年は1回も使ってないと思うけど、タダが使ってたのを巻いてるんだ、って思いながら息を吸ったよね…すぅ~はぁ~って。
恥ずかしい!そんな事絶対秘密だ。