私が好きなのは 6
あ、と言ってハタナカさんは教室の入り口に目をやった。つられて私も目をやるとそこには、どこかからホンダたちと教室に戻ってきたタダの姿。
ちょうどその時だ。校内放送が鳴った。急な職員会議が開かれることになったという連絡だ。「本日は5時限で終了。部活動は中止です」と言うその声は校長?
声は続けた。「全くねえ、あんだけ月曜の朝礼で毎週クギを刺しているにも関わらず、校内でスマホを使っている子を見つけてしまいました。見つけたくなかったよね。でも見つけるよ。使ったら確実に見つけるって言ってるのに使うからね。2年3組の生徒ですけど」
うわ、クラスを校内放送で特定した。
校長は続ける。「許さないですからね。まず今日の職員会議で2年3組の担任をつるし上げます。全校生徒のみなさん、こんなことがないように気をつけてください。しかも今日の6限は来週1回7限の日を設けて対処しますから」
マジか!と口々に言うクラスメートたち。校長先生、校内での携帯電話の使用に本当にうるさいからな。そういえばハタナカさんも体育祭の時にタダを撮ろうとして校長先生に連行されてたよね…あの時も水本先生が呼ばれて大変だったって愚痴ってた…
「大島!」
タダに呼ばれた。
校内放送に気を取られていた私はハッとして、思わずガタッと立ち上がってしまった。そしてちらっとハタナカさんを見てしまった。またしても私に白目をむいて見せるハタナカさんだ。ハタナカさんの白目にも慣れてきた気がする。
私と目が合ったタダが天井を指差した。
何?思わず天井を見て、そしてまたタダを見ると、違う、と首を振られる。
「今の放送」とタダが言った。「部活ないから一緒に帰ろ」
なんでなんだろう。なんでタダはこっそり誘ってくれないんだろう。なんでこんなみんなに注目されるような感じで私に声をかけるんだろう。
困って返事をしないでいると、「なんで?なんか用事あんの?」と聞くタダ。
いや、え~と、…うん、ともたもた返事をしない私。
「なんか用事あんの?」
タダがもう一度聞き、ぶんぶんと首を振る私をみんなが見ている。
「じゃあ一緒に帰ろ」
もううなずくしかない。
…うなずくしかない、とか言って、私も一緒に帰りたいからうなづいてんだけど、でもみんなに、「あ~~一緒に帰るんだ~~」って思われるのはちょっと嫌だな。ハタナカさんがさっき言ったみたいに、『羨ましがれ!』みたいな風にはとてもじゃないけど思えない。
そしてそれは私が別に謙虚な良い子だからではなくて、みんなにいろいろ思われてるなって感じるとソワソワしてくるからだ。そして面倒くさい。ソワソワしてしまう自分が面倒くさい。女子のみなさんに好かれなくてもしょうがないけど、絶対に嫌われたりはしたくない。ハタナカさんみたいに強気に出れるわけがない。
うん、と小さくうなずいた私にタダが微笑む。
…うわ優しい笑顔だな…かわいい…
そう、ほんわり思いかけたのに、ハタナカさんが「くそっ」とつぶやいたので、ほらやっぱり~~、と思う。
「大丈夫だって」とユマちゃんがニコニコしながら言った。「ほら、女子のみなさんももう、『なんかもう仕方ないのか?これ』みたいな感じになってるじゃん。大丈夫だって」
全然大丈夫じゃないじゃん!それだと全然『公認』ではないよ。
タダと仲の良いホンダがからかうように「ひゅう~~」と言うと、タダは照れている。
…可愛いなどうしよう…
うちの学校は3時限目と4時限目の間に昼休憩がある。タダに誘われたおかげで、4時限目も5時限目もところどころで私の心はふわっと空中に浮かんで、そのままどこかへ飛んで行きそうになった。いけないいけない、と思って先生の話に心を集中させても、またすぐにふわふわっと舞い上がって行く。ふわっ、と、いけないいけない、の繰り返しで私のその4、5時限目の授業に対する理解度は恐ろしく薄く終わってしまった。
ダメじゃん私。
嫌だなこんな風にタダのことばかり考えるようになったら。
実際付き合おうって言われてないのに。『付き合ってるつもりでいたからな』って冗談ぽく言われたけど、それもすごく嬉しい気持ちになったけど、『付き合おう』って言われたわけじゃない。
…ていうかあそこまで言って、なんで『付き合おう』って言わない?
いや、それも何度も思ったけど、言われたとして『うん』て言って付き合ったとしてどうなんだろうと、そのたびに思った。
タダと一緒に帰ったり、休みの日に映画に行ったり買い物に行ったり、お互いの家で勉強したり、それでいつかはキスしたり…その先だって…
そうなのだ。なんでタダは『付き合おう』って言っては来ないんだろうと思ってちょっともんもんとしても、結局は、いややっぱ付き合うまではちょっと、って自分で納得するのだ。
タダとキスとか。
ヒロちゃんが私の告白を断った時に、『小1の時から知ってるからキスとかするとこ想像すると笑けてくる』って結構ひどい事を言われたんだけど、でもまさにそれ。
タダの事だって小6の時から知ってるのにキスとか。
考えたら恥ずかしさが倍増する。タダだってそんな風に考えていたとしたら、私の事を好きだと思ってはくれているんだろうけど今一つ付き合うまでには気持ちがいかないんだと思う。
それで仮に付き合ったとして、タダも最初は楽しいと思ってくれてもだんだんつまらなくなるんじゃないだろうか。
だって私と付き合い続けて、男子が楽しいと思う気が全くしない。
ユマちゃんとか女子の友達だったら、私がつまんない事言ったり、とぼけた事しても、『はいはいはいはいもう~~~~』みたいな感じで許してくれるけど、男子はどうなんだろ。私の事をずっと好きだって言ってくれてるタダだって、あんまりしみしみした私をそばで見続けたらイラつくと思うんだよね。
そもそもある程度私のしみしみ感がわかっているのに、好きだと思ってくれてるのもよくわからないし。
私なんかしみしみしてるだけじゃなくてつまんないし、貧乳だし、振られてもずっとしつこくヒロちゃんの事が好きだった重いところも知ってるのに。
ていうか、そこか?
タダはヒロちゃんの事をすごく好きでリスペクトしてるから、私の事を同志だと思ってるんじゃないかな。私の事が初めて気になり出したと教えてくれた『消しゴムの件』からしてそうだ。
タダが転校して来たての頃、消しゴムが無くて困っていて、私が先生から貸してあげてって言われたんだけど、私の消しゴムはヒロちゃんからもらった大切な消しゴムだったから貸し渋ったあげくに、翌日すぐ返しに来なかったタダに対して、別の消しゴムを渡しヒロちゃんからもらった消しゴムを早めに取り返そうとした話。
この思い出には、『大島は伊藤裕人が好きでせこい』って言う意味合いしかないと思うのに、それでタダは私の事が気になり始めたって言ってた。
やっぱりヒロちゃんだよね。ヒロちゃんが、女子で一番話をしてくれていたのは私だって自負もあるし、それでタダには私の事が、他の女子よりなんとなく良く見えたのかもしれない。高校でヒロちゃんと別れたから、余計私の事を好きなような気持ちになったじゃないかな。
そこを私はちゃんと踏まえておかないといけないよね。浮かれたらいけない。
…それにだいたい大学に行くとしたら離れてしまうわけだし。
付き合ってなくったってそうなったら、きっと寂しいんだろうな。