私が好きなのは 4
「ちょっとそれ!」
大きめの声がロッカーの方で聞こえて私もつい振り向いてしまった。
後ろのドアから入って来たのはハタナカさんだった。
いや、ハタナカさんなのは声でわかったけど。だからマズいって思ったけど。
「やぁだっ、イズミ君!それってもしかして!」さらに大きな声を出すハタナカさん。「ユズりんからのプレゼントじゃないのイズミ君?ねえねえねえねえねえ!そうでしょ!?おはようイズミ君」
教室が一瞬しん、と静まり返ってまたザワっとする。
声が大きすぎるよね…わざとやってんのかな…わざとやってるよね。
ビックリしたのか、おはようも返せないタダ。
タダでもこういう感じでの事でビックリするんだな。いつも淡々としてるのに。…なんかちょっと面白いような気もするけど…
あ、まずい、ハタナカさんと目が合った。やっぱり全然面白くなかった。ニヤッとした悪い笑いをするハタナカさんだ。
「ユズり~~~ん!」ハタナカさんが大声で私に手を振ってくる。「おはよう~~~~」
いっせいにクラス中が私の方に注目したので、「あ…」、と口ごもってすぐに返せない私にハタナカさんがすぐにまた大声で繰り返す。
「おはよ~~~~」
え…これは…
同じくらいの大声で返さなきゃいけないやつ?
出来ない出来ない。でも笑顔のまま私を待つハタナカさんに結局負けて少し手を挙げ、普通より少し大きめの声で「…おはよう」と返す私。
その返しにニッコリ笑ったハタナカさんがまた大声で言った。「今イズミ君がロッカーになおしたマフラー、ユズりんがあげたマフラーでしょ?」
マジか!と思う。
そうなんだよね。仲のいいユマちゃんと、そして仲がまだそんなには良くはないハタナカさんだけは、私がタダの誕生日にマフラーあげたのを知っていたのだ。
ゆっくり、うん、とうなずく私。困った顔をしているのが自分でもわかる。
「あれ?」とハタナカさん。「ユズりん、なんで困った顔してんの?思ったほどマフラー似合ってなかったの?」
やっだぁ!、みたいな感じで笑いながら聞くハタナカさんに、思わず眉間にしわを寄せてしまった。なんでそこまで突っ込むかな。ていうか、なんでタダまで黙ったまま私の返事待ちなわけ?大きな声を出したくないから二人のいる所まで私も移動したい。でもみんな思い切り見てるし。
その場で「…そんな事ないよ」と、もごっと答えるのがやっとだ。
「え?」と片手を耳に当て、『なに?なに?なに?』のしぐさをするハタナカさん。
もう…。
「そんな事ないよ」と今度はさっきよりはっきりと答える。
「そんな事ない?」とハタナカさん。なんか楽しそうな顔して見えるんだけど…。「そんな事ないって、似合ってもいないし似合ってなくもないって事?」
なんでそうなる、なんでそこまで聞いてくる。
あ~~…みんな見てる…そしてタダがなんでか私を睨んでるんだけど。嫌だな。ダメだ私。落ち着け私。何でもない何でもない。ちょっとくらい注目浴びたって何でもない。何でもないなんでもない…
タダくらい、何言われてもしれっとした感じでいないと。
だから腹に力を入れて、頑張って言う事にした。
「え…と、似合ってた!」
わ~~~、やっぱり恥ずかしい!だからもごもご付け足してしまう。「…私は…似合ってたって思った…けど」
うわ、タダが嬉しそうに笑った!ダメだ私が赤くなる赤くなる。
でも良かった。相当恥ずかしかったけど言って良かった。教室ザワついてるけどもうそりゃしょうがない。そしてハタナカさんがタダの横で、私に白目を向いて、ぶ~~~、って顔してるけど。
じゃあ何で聞いてきたんだって話だよね。
前は本当にハタナカさんの事が苦手だったけど、それで今みたいなところもほんとどうなの!?って思うけど、今はそれでもどちらかというとハタナカさんの事は好きだと思う。まあまあまだ苦手は苦手だけど、それでも好きになってきた。今みたいな白目向いた顔も前だったら怖いだけだったけど、今は面白いと思える。本人が本当はどう思ってやっているかはわからないけれど、私に対する絡みに、嫌な感じよりも温かみとか面白みを、どういうわけは私は感じるようになっていた。
この間なんか「私1月誕生日なんだ」って私に言ってきて、「ユズりんからマフラーもらいたいな~~」って言うのだ。嫌味で言ってるのかと思って返事が出来ずにいたら、「そしたらイズミ君と『ユズりんからもらったマフラーを持ってるペア』になれるから」って、やっぱり嫌味にもとれるような、でも何言ってんだハタナカさん、て言えるような感じで言って来た。まあ『何言ってんの』とはさすがにまだ言えないけど。
実際、へら~~っと困った笑いを浮かべるしかできなくて、それで、「笑ってんじゃないってユズりんてば」って睨まれてたけど。
あ~~~でも良かった。
タダが私のマフラー嬉しそうに着けてくれて…
夕べタダとのラインが私で止まった時はちょっとあれ?って思ったんだよね。いや私で止まる事もあるしそりゃ。ちゃんと既読も付いたし。まず私が、別にその後続けてくれるような感じで送ってないし。
でもそういう感じで返信が、来るかな来ないかな、もう来ないよね、やっぱまだ来るかも、とか思うのが嫌だ。そしてそれは私がタダの事を気になって来てるからだ。
マンガとかでよくあるよね?ラインの返信が気になって他の事が出来ないとか。成績がすごく下がったりとか。他の女の子が近付くのも嫌がったりとか。卵が焦げたようなヘタクソな弁当をわざわざ早起きして一生懸命作って来て渡したり、遅くなっても部活待ってたり、無理してバイトして誕生日に何かあげたり…確かにそういう健気さが良いっていう人もいるんだろうけど、私は嫌だ。私が男子で自分の好きになった女の子がそういう健気さ出して来たら、可愛いとかいじらしいって思うより、困ったな、って思っちゃいそう。
…お弁当作ってくれるのは嬉しいような気もするけど、ヘタクソなのは嫌だな…おいしいお弁当作ってくれて、いつもこれくらいはサクッと作れる、別に無理もしてないし早起きもしてないから、みたいなのがいいよね。まあ私は出来ないから絶対しないわけだけど。
あ、なのに今タダに弁当作ってあげる事想像しかかってんだけどバカじゃないの私。
作ったとしたら私だってそこまで卵焦がしたりはしないと思うんだけど、断然タダの方が作るのうまいと思う。断然。だから私がどんなにタダに何かしてあげたい気持ちが高ぶっても弁当を作ってくるのは絶対止めとこう。
それでラインの返信について昼休み、弁当を食べながらこっそりユマちゃんに聞く私だ。
「なに?タダが返信寄こさないの?生意気な!自分の方がユズちゃん好きなくせに!」
「違う違う違うって、声も大きいユマちゃん!返してくれないわけじゃないよ」
「そうなの?でも聞いたことあるよタダって、『何してるの?』みたいなやつには絶対返してこないって」
「あ~~…それは親しくしてない子とかにはそうかもだけど、普通には返してくれるよ。ユマちゃんとヒロト君がどうだかちょっと聞いてみたかっただけ」
私の一番仲の良い女子のユマちゃんの彼氏の名前も、私がずっとしつこく片思いをしていたヒロちゃんと字まで同じヒロト君なのだ。
ユマちゃんがニヤニヤするので「ニヤニヤしないで」と注意すると、まだニヤニヤしながら、「ずっと送ってくるよ」と答えてくれた。
「え?ヒロト君が?」
「もう終わりだって思ってもスタンプからのまたつまんない事送ってきてすごいつなげようとする時ある。なんかさ、自分で終わると寂しいんだって。うっとうしいよね」
へへっ、と嬉しそうに笑うユマちゃんだ。
「なんかそんな感じに見えないのにねヒロト君。ユマちゃんの方が甘えてそう」と言ってみる。
「まあ甘えちゃうけどね!」と嬉しそうなユマちゃん。
いいなあ。
「仲良いじゃん」と言うと、「まあね」とユマちゃんは、ふふん、て顔をして見せて可愛い。
いいなあ。