メリーさんじゅうよんさいの電話
アメリカはまだ当日だから問題ないよね! ……え?
それはそれは煌びやかで楽しい、家族・恋人達の笑顔溢れる聖夜の電話。
非通知設定で突如としてかかってきたその電話に出ると、しばし無言が続いたのちに、女性の声で囁くように聞こえてくる。
「私、メリーさん。今地下鉄○×駅の前にいるの」
澄んだ声、しかしながら何処か不気味さを感じさせるその内容。
メリーさんと名乗ったその女性からの電話は、それだけを伝え終えるとプツリと途切れてしまう。
一体何が目的なのか。ただの悪戯か。
何れにせよ、電話に出たものに残るのは、不気味さのみ。
の、筈だった。
それから一時間も経たぬ内、携帯の画面には再び非通知での着信を知らせる表示。
操作し、再び電話に出ると、先ほどと同じく無言が続いた後、女性の声で用件が告げられる。
「私、メリーさん。今○×駅の前にいるの。これから快速列車で○×駅まで行くの」
現在地の表明と共に告げられる彼女の行動予定。
一体彼女は何を伝えたいのか、何を目的でこのような奇妙な電話をかけてくるのか。
通常ならば気味を悪がる所。
だが、電話を切ろうとした刹那、メリーさんと名乗った女性も予期していなかった反応が電話越しに返ってくる。
「え! 快速!? 待って待って!! それ駄目、快速は駄目だって!! 普通、普通電車で来てよ!!」
「……え?」
「まだ準備とか終わってないし、料理もまだ……兎に角! ゆっくり来てください!!」
こうして一方的に切られた電話。しかも切ったのは、メリーを名乗った女性側ではなく、電話をかけた側だ。
当然、用件を伝え終えたら電話を切る筈だったメリーさんは、加えて一方的に乗る電車の指定までされて呆然とせずにはいられなかった。
「何、何なの?」
しばし手にした携帯を眺めながら、メリーさんは相手に考えに思いを馳せるのだった。
それから更に数十分が経過し、メリーさんは再び非通知設定で三度目となる電話をかけた。
数度の呼び出し音の後、相手が出たのを確認すると、本日三度目となる用件を伝える。
「私、メリーさん。今○×駅の前にいるの。これからタクシーにの……」
「だぁぁっ! 歩いて、歩いて来てください!! あ、やば! 吹きこぼれて」
だが、今度は食い気味に自身の要求を告げると、再び一方的に電話を切るのであった。
「何なのよ! もう!!」
一度ならず二度までも勝手な要求をされ、遂に感情が爆発するメリーさん。
「こちとら電車ん中でイチャイチャしやがるカップル見てイライラしてるっつうのに!!」
そのお蔭で、先ほど電車内で目にした個人的に不快な光景を思い出し、地団駄を踏むメリーさん。
「あ~、何様よ!!」
もはやメリーさんのイライラは限界値を超え、顔中に青筋を立てまくる。
「もういいわ! タクシーで行ってやろうじゃない!」
そして、少しでもこのイライラを解消すべく、メリーさんは相手の要求に逆らい当初の予定通りタクシーで相手の自宅へと向かう事にした。
駅前のタクシー乗り場へと足を運び、後はタクシーに乗り込むだけの筈、だったのだが。
「……っち、何こんな所でもイチャついてんのよ」
零れる様に微かな心の声を漏らしたメリーさんの視線の先には、タクシーを待つ一組のカップルの姿があった。
互いに寒さを凌ぐ為、肩を密着させ一つのマフラーを二人で分かち合っている。
そして、メリーさんからすれば地獄の業火に焼かれろと思わんばかりに二人だけの世界を形作っていた。
「……いいわ、やってやろうじゃん」
そんなカップルがやって来たタクシーへと乗り込み、そのまま待っていれば次はメリーさんの番がやってくる。
だが、何故かメリーさんはタクシー乗り場を後にすると、そのまま徒歩で相手の自宅方向へと向かい始めた。
「日頃の営業で鍛えた脚力、なめんじゃないわよ!」
あのカップルと同じくタクシーを使ったら、私は負けを認める事になるのではないか。
そんな考えが頭をよぎったのかよぎってないのかは定かではないが。
メリーさんは結果として相手の要求通り、徒歩で相手のもとへと向かうのであった。
それから時が経つこと数十分後。
相手の自宅アパート前まで歩いてきたメリーさんは、再び携帯を手にすると、相手の携帯に電話をかけ始める。
そして、相手が出ると、決まり文句と共に用件を伝えるのである。
「私、メリーさん。今貴方の自宅アパートの前にいるの」
「本当ですか!? よかった、間に合った……。あ、じゃぁ、待ってますから!!」
「え? ちょっと!?」
待っている。
まさか相手が自分の事を待ち遠しく思っているなど予想もしていなかったメリーさんは、電話を切る事も忘れ相手にその言葉の意味を確かめようとした。
だが、一歩遅れて、相手が先に電話を切ってしまう。
「……一体何なの」
今までこの様な反応を示した者はいなかった。
身勝手な要求に、待ち遠しいかのごとく言動。
相手の真意が分からず、困惑の色を隠せないメリーさん。
分からないものは、怖いもの。
このまま相手の部屋に向かうべきか、躊躇するメリーさん。
しかし、これは自分自身の使命。引き返すと言う選択肢を頭を振るって振り払うと、意を決し、相手の部屋を目指し再び足を踏み出すのであった。
そして数十秒後。
メリーさんは、相手の部屋の玄関前に立っていた。
手にした携帯を操作し、相手の番号に電話をかける。
「私、メリーさん。今、貴方の部屋の前にいるの」
刹那、当然目の前の玄関が開けられると、中から一人の男性が姿を現す。
「お待ちしてました!」
人当たりの良さそうな笑顔と共に、男性はそんな言葉を口にするのであった。
「……は?」
まさか出迎えられるとは思ってもいなかったメリーさん。男性の出迎えに、だらしなく口を開き唖然としている。
だが、そんなメリーさんの事などお構いないに、男性は部屋の中に入るよう誘い始める。
「どうしたんですか? 入らないんですか?」
「ちょっと待って! ねぇ何なの! 一体さっきから、何でそんなに嬉しそうにしてるのよ!」
程なくしてメリーさんは正気を取り戻すと、手招きしている男性に対して、遂に正面から疑問をぶつけ始める。
すると、男性は暫く笑顔を消し真顔に戻したかと思えば、再び笑顔を見せて返答を切り出した。
「だって、最初に声を聞いた時、素敵な女性なんだろうなって思って出会ってみたら、本当に素敵な女性だったんで、つい嬉しくて、興奮してしまって」
「え……」
「メリーさん、でしたよね。名前も素敵です」
「え、ちょっと、な、何よ、急に何言って……。そもそも私の事分かってるの!? 私、メリーさんよ。あの都市伝説の!? コスプレ趣味じゃなくて本物よ!」
「はい、存じてます」
確かにメリーさんの格好は、使命の為に必要な仕事着の白のゴスロリ風ではあるものの。
そんな彼女をを都市伝説、メリーさんの電話のメリーさんであると認識してなお来る事を拒まず。寧ろ、積極的に歓迎している相手の男性。
怖がり、脅え、逃げ出し、その様な反応を示すのが今までのパターンだった。
だが、今回はそれらどのパターンにも当てはまらないイレギュラー。
もはや、メリーさんは今回の使命の相手である男性に対して、使命を全うする気概を完全に喪失してしまった。
「まぁ、もう完全に調子狂う」
「?」
「つまり、貴方は私の事全く怖がってないのよね」
「はい」
笑顔で首を立てに振るう男性を前に、メリーさんはため息を漏らすのであった。
「もういいわ、帰る……」
「え!? そんな! もう帰るんですか!? もう遅いし、今から駅まで歩いていったら終電だって出てませんよ」
「心配ありがと、でもいいわよ。タクシーでも拾って帰るから」
「それに夜道に女性一人は危険です!」
「私メリーさんなんですけど」
「それでもです!」
何故男性は自分の事をここまで心配してくれるのか、訳が分からず更に困惑するメリーさん。
「それに風邪引いちゃいますよ、こんな寒空の下歩いていくと」
「カイロ持ってるから別に寒くなんか……、くちゅん!」
「ほら」
強がろうとした矢先、可愛いくしゃみが零れてしまうメリーさん。
「う、うぅ」
「部屋に入って温まっていきませんか?」
「……じゃぁ、ちょっとだけ」
「はい。どうぞ」
男性の言う通り、防寒完備ではないためこのまま寒空の下を歩いていけば明日風邪を引く事は必須だろう。
なので、不気味さを感じてはいるものの、メリーさんは男性の好意に甘え彼の部屋へとおじゃまするのであった。
「……うわ、何これ」
「ちょっと急いで飾りつけしたんで、不恰好な部分はありますけど、どうですか?」
「まぁ、いいんじゃない」
部屋の奥へと足を踏み入れ、リビングダイニングでメリーさんが目にしたのは、見事なまでにクリスマスインテリアされた光景であった。
小さなツリーに星や靴下の飾りつけ、リースやスワッグが白の中に緑を栄えさせ、その他小物が各所で雰囲気を引き立たせている。
ただ、急ごしらえの部分も、細かく目を凝らすと見えてしまう。
「よかった。……あ、座ってて下さい。今温かい飲み物を用意しますから」
「えぇ」
男性がキッチンへと向かうのを他所に、メリーさんは言われた通り部屋に置かれたテーブルの椅子に腰を下ろしてくつろぎ始める。
彼が戻ってくるのを待つ間、メリーさんは部屋のインテリアを見渡し。
いいセンスしてるじゃない。
と内心そのセンスの良さを褒めるのであった。
「お待たせしました。安物ですけど、ホットワインです」
「あら、随分お洒落なものを出すじゃない」
「あ、もしノンアルコールがいいなら紅茶を……」
「いえ、それで結構よ」
テーブルに置かれた二つのホットワイン。
カップから立ちの上る湯気からは、蜂蜜や柑橘系の香りと共に心がホッとする癒しの香りも感じられる。
「ねぇ、いただく前に一つ聞いてもいいかしら?」
「はい、どうぞ」
「どうして貴方は、そんなに私を歓迎してるの?」
カップを手に取り口をつける寸前、メリーさんは核心を探る質問を彼にぶつけた。
すると彼は、暫く自身の手にしたカップを見つめ。やがて口を開く。
「その、こんな事言うと恥ずかしいんですけど。俺、聖夜なのに予定もなく一人で過ごしてて。で、寂しいな誰かと過ごしたいなって思ってた矢先にメリーさんから電話がかかってきて。そうだ、メリーさんと一緒に過ごせたらな……なんて」
一人で寂しいから、もはや都市伝説でも何でもいいから誰かとこの聖夜を過ごしたい。
一連の歓迎の裏には、そんな男性の切なる願いが込められていた事を知るメリーさん。
「何その、くだらない理由」
「あはは……」
苦笑いを浮かべる男性を哀れみの眼差しで見つめていたメリーさん。
しかし、ふとその口角が上がる。
「でもまぁ、いいわ」
「え?」
「どうせ私も、今日の仕事は貴方だけの予定だったし。付き合ってあげるわ」
「本当ですか!!」
「えぇ」
「それじゃ、乾杯していいですか!?」
「いいわよ」
「じゃ、乾杯!!」
「乾杯」
部屋に響き渡る乾杯の音、そして、男性の顔に溢れる笑顔。
そんな男性の笑顔に釣られ、メリーさんの顔にも、笑みが零れるのであった。
その後は、まさに飲み会であった。
ホットワインを飲んで温まった後は、通常のワインに切り替え、男性が手作りしたおつまみをつまみつつ二人でワインを飲み続ける。
「でよ、そのおやじったら、私の事見て『何だ幼女じゃないのか』って言ったのよ! 何様よ!! 私が十代じゃないからって、あのロリコンおやじ!!」
「大変なんですね」
「同期の子の中じゃもう殆ど男作ってさ、男いないの私と花ちゃんだけでさ、週末なんて……」
「分かります」
「大体! 若けりゃいいってもんじゃないのよ!! でも男は見た目じゃないとかなんとか言っときながら、結局肌艶のいい若い子を……」
しかし、ワインを飲んで気持ちが大きくなったからか。メリーさんは男性に自身の心の内をぶちまけ続ける。
そんなメリーさんの愚痴を、男性は嫌な顔一つせず、笑顔で聞き続ける。
「んぁ? あ、もうこんな時間じゃない? やば、明日も出勤なのに」
心の毒をぶちまけ続け、ある程度ぶちまけ終えスッキリした所で、メリーさんはふと現在時刻に気がつく。
既に終電はなく、既に日付も変更して久しい時刻。
「それじゃ、今日は楽しかったったわ。じゃ、私そろそろ」
しかしそれでも、メリーさんは明日の、厳密に言えば後数時間後の出勤に向けて、一旦自宅へ帰ろうと椅子から立ち上がると、玄関を目指す。
だが、その足取りはふらふらしており、とても正常とは言えなかった。
「待って!」
「っ!!」
そんな千鳥足のメリーさんを慌てて追いかけた男性は、メリーさんを後ろから抱きしめる。
「な! なに!!」
「そんなふらふらじゃ危ないよ」
「大丈夫よ、私、メリーさん、だし」
「でも、危ない」
「うぅ……」
「それに、もう少しだけ、いやもっともっと。メリーさんの話、聞いていたいんだ」
「……え?」
「メリーさんの色んな事、これからもずっと一杯、聞いていたいんだ。楽しく笑いあって」
耳元で囁くように告げられる彼の要望を聞き、お酒のせいなのか、メリーさんは自身の胸が高鳴るのを感じていた。
同時に、自身の顔が赤らんでいくのも。
「だから、……メリーさん。付き合って、くれますか」
「……こんな私でも、いいの?」
「はい」
「……私、メリーさん。今、貴方の隣にいるの。これからも、ずっと」
いつもと違う、けどいつもよりも温まる。そんな台詞と共に、メリーさんの顔には一筋の煌く星が流れていた。
おまけ。with、花ちゃんさんじゅうよんさい。
聖夜の翌日。
いつも通り出勤したトイレの花子さんは、始業前の時間を利用し自身のデスクで携帯をいじっていた。
そこに、同期で親友の一人であるメリーさんが、何やら嬉しそうに出勤してくる。
「おはようメリー」
「おはよう、花ちゃん」
「何かいい事あったの? 随分嬉しそうじゃん?」
「ふふ、どうしよっかな、言おうかな」
トイレの花子さんとは隣のデスクであるメリーさんは、自身の笑顔の理由を語るか語るまいか勿体付ける。
「ちょっと、いいから話してよ! 気になるじゃん!」
「えへへ……。実は、ジャーン! 私、彼氏出来ました!」
「……」
一瞬メリーさんの言っている意味が分からなくなるトイレの花子さん。
「え? ちょっと待って。メリー、彼氏出来たの?」
「うん」
「いつ?」
「昨日」
「何処で出会ったの?」
「仕事先で」
「……」
幸せオーラ全開のメリーさん。
一方のトイレの花子さんは、一応メリーさんの幸せを祝福する言葉を口にすると、トイレに行くといってその場を後にする。
こうしてトイレの花子さんがオフィスを後に足を運んだのは、宣言通り、トイレであった。
「嘘でしょ、メリー、嘘だと言って」
誰も利用していないトイレの洗面台に向かって、一人信じられないとばかりに独り言を呟くトイレの花子さん。
「抜け駆けなしって言ったじゃない……」
かつて交わした女同士の約束。
だがそんな約束は、儚くも崩れ去った。
「あーマジか。先越された。ヤバ、まじでどうしよ。あぁ、駄目、落ち着け、落ち着くのよ私。唯一無二の親友のメリーに男ができたからってここまで気持ちを乱すことないのよ」
トイレの中を歩き回り心を落ち着かせようとするトイレの花子さん。
やがて、少しばかり心が落ち着いた所で、再び洗面台に設けられた鏡の自分と向き合う。
「……ん、待てよ。メリーに男が出来たって事は、口裂け女さんはこの間結婚したってムカつくこと言ってたし、隙間女さんはもう既婚だし。首なしライダーちゃんも、確か学生のころから付き合ってる彼がいるって言ってたし……」
そして、ふと他にも同じ職場で働く女性たちの恋愛関係を思い出し、すべてを思い出し終えた時、彼女はある事に気が付く。
「嘘、もしかして、今職場で男いないのって、私だけ……」
愕然とするしかない事実を前に、トイレの花子さんは独り、目の前に鏡を眺め続けるのであった。
始業を告げるチャイムが鳴ろうとも。
読んでいただき、本当にありがとうございます!