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#13 人の数だけ理由がある



走る。


走る。


ジョジペパは走る。


月食大会8kmという距離は、普段フルマラソンを走る彼にとって苦でも何でもない。

力を抜いて走っても30分は楽に切れるだろう。


だがジョジペパは手を抜かない。

その目に宿る眼光は真剣にして鋭い。

足が速いだけでは勝負の決め手に欠けると理解しているのだ。

確かに最初と最後のポイントでは馬雀が食べてくれるだろう(本音を言えば海鮮天丼一口くらいは食べたかった)。しかし、中間の第二、第三のポイントでは彼自身が食べなければならない。

宗教上の理由とでっち上げて免除されないのは、先のやり取りで判明した。

走って食べて、走って食べて、それは、彼にとって初めての経験なのである。


「ジャップどもに負ケル訳にはいかないのデース…!」


走りながら漏れた言葉には、彼の苦々しい想いが込められていた。






ジョジペパが生まれたのは、アメリカ合衆国がデトロイト州の、かつては車産業で栄華を誇っていた都市だ。


そう、『かつて』である。


アメリカ車は日本車に押され、駆逐され、今や見る影もなく衰退した。

自動車産業に傾倒しきっていたデトロイト州にとって、これはとてつもない大打撃であったのだ。


人々は職を失い、貧困に喘ぎ、街ひとつが丸ごとスラム化した所も少なくない。


道路には車ではなく、デモで練り歩く失職者達。ちょっと裏通りに入れば酒とドラッグと暴力が支配する空間。

いきなり拳銃を突き付けられたのも一度や二度ではない。おかげで逃げ足だけは速くなった。


そんな環境の中でもジョジペパは、まだ恵まれていた部類にいた。


ジョジペパがまだ産まれる前、彼のファザーは自動車会社を退社。別業種に転職したため、街の貧困の煽りを受けずに済んだ。

もちろん収入は減ったし、マザーもスーパーマーケッツストアーでパートをする事になったけれども、それでも街の奴等よりは格段にマシであった。


荒んだ街だったが、生まれ故郷には違いない。

彼はなんだかんだで自分の街を愛していたし、それは今でも変わらない。

だから、街の人達の苦しみを共に出来ないことが罪悪感となって心を引っ掻くのだ。


両親の教育方針にも頭が痛い思いをした。

彼の両親は、なんとジャップに称賛をおくっていたのだ。


「ニーズに適し、優れている方が売り場のシェアを独占できる。それはビジネスとして大変に正しい事なんだ。

ここの奴等はそこから目を逸らし続けている。

お前はそうなるんじゃないぞ」


ジョジペパは父の言っている事が理解出来ない。彼にしてみれば、日本車なんて個性も魅力も感じられない、ただ便利なだけの機能を羅列した鉄の箱に過ぎなかった。


たが両親のジャップ贔屓は年々酷くなる一方だ。

ジョジペパをジャップ語教室に通わせ、食卓には和食が並び、あろうことか日本車を乗り回していた。


今にジョジペパ一家は街から完全に浮いてしまい、周りとの軋轢は深まるばかりだ。

車は何度も壊されたが、その度に「ほら見ろ! こんなになってもまだエンジンがかかるぞ! 凄いなあ!」と笑顔のファザーを見てジョジペパも諦めた。


「うわあ! ジャップ被れだ! やーい! みんな逃げろー!」

「デトロイトの恥さらしが! 坊主に売るような物はこの店には無いよ!」

「ごめんねジョジペパ。パパが、アンタとは付き合うなって……」

「くせぇくせぇジャップくせぇ! おい誰かファブリーズ持ってこいよー!」



ジョジペパは孤独だった。

孤独だから、強くなれた。強くなって、デトロイト州マラソン大会で優勝し、自らの実力で自らの立ち位置を自らで掴み取った。


ただ、結局は翻訳出版社の日本書部門に就職出来たのはファザーの教育の賜物だった訳で、そこは複雑な思いをしている。




先日のことだ。


新しい翻訳のプロジェクトで原作者と会う機会があった。

日本ではベストセラーであっても、USAで通用するかは未知数。

こちらもビジネスであるからして、翻訳の際に米国風にどれだけ表現を変化させるか、主人公の年齢をハイスクールまで下げてはどうか、タイトルをネットスラングを交えた長文でキャッチーな物に変えてはどうか、表紙は美少女イラストを全面に押し出してはどうか、後書きで作者とキャラが会話の掛け合いをするなんてどうかなど、直接本人と話すのが一番であるからだ。


原作者の馬雀(バージャック)


一目見て解った。彼女も、孤独であると。


なんという事か……。

自分と同じ孤独を持つ存在が、こんなジャップガールだったなんて。


「翻訳の際に表現をそちら側に適した形にするというのは当然でありますし、歓迎するところですわ。

そちらの実績や仕事ぶりも、よく噂に聞きますし信用しております。期待しておりますわよ。あと、今言われたそれ以外の提案は却下」


提案の八割がた却下されショックではあったが、それで仕事の話は早々と纏まった。

ひとつふたつ世間話を挟んでから、ジョジペパはふと、彼女に問うてみた。「孤独ではないか?」と。


「な、なにを仰っているのか、質問の意図がわかりませ……あっ」


つつーっと、彼女の頬に涙が流れる。

「あ、あれ? 嫌ですわ……何で……?」


涙は、止まる事はなかった。

塞ぎ込んでいただろう心のタガが外れ、溢れるように心の内を吐露してしまう。


人と上手く付き合えない。小説を書くことでしか自己を証明できないのに、書けば書くほど周りとの距離が開いてしまう。

ただ友達が欲しかっただけなのに。やっと手に入れた友情も、紛い物だって本当は分かっている。

それでも、それがどんなに歪でも自分には宝石のように大切で失いたくない。

なのに、それすら許されない。月食大会に負ければ失ってしまう。嫌だ!




ああ……。彼女は昔のワタシだ。


ジョジペパはそう思った。


孤独で、強くならざるを得なかった自分。

だけれども、心の中ではずっと、誰かに助けて欲しかったんだ!


馬雀がジャップだろうが関係ない。彼はかつての自分を救うと決意した。

何よりも同志(バージャック)に涙を流させる奴を許せない。


そうだ。



走る。ジョジペパは走る。



馬雀に笑顔を届けるために。







「おい、ジョジペパ」


呼び止める声に、走りながら首だけ振り返る。

オードリーだ。


ジョジペパのスピードに付いていっているのだ。バレー部のレギュラーなのも伊達ではない。


空になった容器を手に、ニタニタと笑っている。

嫌な笑い方だと思った。


「くくく、なあジョジペパ。海鮮天丼……超美味かったぞ?」


「むきぃぃー! ファァック!!」



ジョジペパは理解した。

オードリー、この敵は必ず叩き潰さねばならないと!







他メインキャラの誰よりも異端な野郎キャラの内情を重点的に書く、という誰特展開が書けて個人的にとても満足した一話です。

ええ、自己満足ですとも!

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