第七話-怪しい男
戻ってくると俺たちの荷物は滅茶苦茶にされていて、近くには火を熾して座っている男がいた。
男はニマニマ笑いながら挨拶をしてきた。エラメリアとは面識があるようだ。
「エラこの人誰? 知り合い?」
「・・・こんな人は知りません」
「おうおう、ひどいねぇ。懐かしのダーリンとの再会だというのにさ。・・・おん? ちょっとエラたん後ろのカワイイ子はだぁれ? もしやオレに紹介してくれるの?」
「!」
「ステフに近付くな!」
男は立ち上がってこちらに手を伸ばそうとする。
すかさずエレメリアが俺の前で庇うように立った。
エラメリアが怒鳴っているところを初めて見た。自分が言われたわけでもないが思わず体が強張る。
だが、それでも男はひょうひょうと聞き流していた。
「おお、おお、怖いねぇ。後ろのカワイコちゃんもびっくりしてるぜ」
そういうと男は俺の方を向く。
「やあ君、こんなこわーいオネエサンなんてほっといてオジサンと楽しいことしよっか? 大丈夫何もこわくないからサ」
「お、お断りします」
よく見ると男が羽織っていたのはローブではなく俺が使ってた布団だった。寒かったんだろうか。
俺が不思議に思って見ていると、それに気付いた男が自分から説明してくれた。
「ん? コレ? いやぁ鞄漁ってたらエラたんの布団らしきものを見つけたからくるまってみたんだ。風呂もろくに入ってないのにいい匂いがするんだぜ。女の子って不思議だねえ」
そう言って布団に鼻をうずめる。
ただの変態だった。
エレメリアの匂いをくんかくんかしたくなるのはよくわかるが、それでも本人の許可なく鞄を漁った挙句異性の布団にくるまるのはどうかと思う。てかそれエラのじゃないし。
「ステフの布団! やめなさい汚らわしい」
そう言ってエラメリアは男から布団を奪った。俺が使ったから汚らわしいって意味じゃないよね?
男は大げさに「おお、寒ぃ」と身震いすると、再び火のそばに寄って行く。
エラメリアは敵意を滲ませたまま男の背中を睨んでいた。
男は気付いてないのか平気な顔で火に手をかざしている。
俺は完全に蚊帳の外だった。
「エラ、いまいち状況が読めないんだけど・・・。この人エラの元カレ?」
男が噴き出す。エラメリアは慌てた顔でこちらを振り返った。
「ち、違います! あんな奴の言葉は信じないでください。誰がこんな男と・・・」
「そうなの? でも少なからず知り合いみたいだけど。えーと、悪い人ではないの?」
「・・・悪い人ではありませんが、害虫みたいな奴ではあります」
またも男が噴き出した。「害虫て」と苦笑している。いやさっきから口の中の物も飛び出していて汚いんですが・・・。
男が反応したのが気に食わなかったのか、エラメリアはムッとした顔を彼に向けた。
そこでようやく男も話に加わってくる。
だが相変わらず体は火に向けたままだ。
「オレとエラたんは同期さ。昔いろいろとヤリあった仲でね。詳しくは本人にききなさいよ、オレが言うとこじれっから」
そういってくっくっと笑った。
エラメリアが小さく何かを呟く。しかし完全に男の方に注意が向いていた俺には届かなかった。
そこで男が思い出したようにすくっと立ち上がると、ゆらりとこちらに体を向ける。エラがピクッと反応していた。
そのまま腰を折り曲げ、ニヤつきながら口を開く。
「そうだ、自己紹介がまだだったな。オレはゾルフだ。ゾルフ=テルノス」
「はあ、どうも。ステフです」
「ステフか。かわいらしい名前だねぇ。外見とも相まって思わず手が出ちゃいそうだ」
「・・・ゾルフさんはホモなんですか?」
「ホモ? え、ステフは男なのか?!」
「や、今は一応女ですが」
「・・・?」
ゾルフと名乗る男は初めて困ったような顔をした。俺何か変なことでも言ったかな。
迷っていたのも束の間で、すぐに適当な理由をつけて納得したらしい。ゾルフは改めてこちらを見る。
「君は変わってるねえ。これは育てがいがありそうだ」
「それは、どうも・・・?」
「それはどうもと来たか。はっはァ、久々に面白い女の子に出会ったぞ。決めた、オレもお前らについていく!」
ゾルフはそう言い切ると再びくるりと背中を向けた。腰を下ろすとそばに置いてあった瓶を手に取り豪快に呷る。酒だろうか。
何を言ってるのかイマイチわからず呆然とする俺をよそに、激しく反応したのはエラメリアだった。
「ちょ、ついてくるってどういうことですか!」
「そのまんまの意味だよ。エラたんらはパーティ組んで旅してんだろ? 面白そうだからオレも参加することにしたんだよ」
「勝手に決めないでください! それに私とステフは遊んでるわけじゃないんです。そんな適当な理由でついて来られたらたまりません」
「オレもやるからには本気でさ。一人でも多い方が安全だろ? 大丈夫エラたんには手を出したりしねえよ。そこのカワイイ子にはわからんがな」
そういうとゾルフは下品に笑った。笑い方といい話し方といい怪しさMAXだ。
エラメリアはつかつかとゾルフの方へと歩み寄ると、持っていた瓶を取り上げて無理やり立たせた。
「なおさらダメです! ふざけないで。さっさと荷物をまとめてこっから出て行ってください」
「あぁ~それいいとトコのやつぅ~」
さしてショックを受けた風もなくエラメリアから離れると、火から少し離れた位置でまた腰を下ろす。
「逆に聞くけどなんでダメなの? エラたんには何の害もないじゃん。むしろ守ってやるんだから得なんじゃない?」
「あなたに守ってもらわなくてもステフと二人で十分やっていけます」
「エラたんは昔から腕っぷしだけは良かったからねえ。でもステフは違うでしょ? さっきもオレが助けに入らなかったら今頃どうなっていたか」
「っ・・・やはりあなたが・・・」
ゾルフはうごうごと両手の指を動かしてエラメリアに近付ける。
彼女は鬱陶しそうな顔でそれを払いのけた。
薄々感づいてはいたがやはりこの男が俺のことを助けてくれたみたいだ。
話の流れはよくわかんない人だけど、せめてお礼は言わなくちゃな。
そこでようやく俺も話に参加する。
「あの、やっぱりさっき助けてくれたのはゾルフさんだったんですね。ありがとうございました」
「ステフ・・・」
「お嬢ちゃんは礼儀正しいねえ、どこぞの誰かさんと違って。見習ってほしいものだよ。あとオレのことはゾルフでいい。さんなんて他人行儀なものはいらねえよ。ついでに敬語もとってくれ」
「・・・わかった。で、ゾルフはこれから俺らと一緒に旅することになるのか?」
「ああ、そのつもりだ。一人こわぁいオネエサンがいるが、まあ別に気にする程の事でもないだろ」
エラメリアが憤慨した顔で、瓶の中身をゾルフに叩き付ける。おい俺も射程に入ってるじゃん。
飛沫を恐れ慌てて目を閉じる。
しかし一向にそれらしきものは飛んでこなかった。
うっすら目を開けると、中の液体はゾルフの眼前でふよふよ浮いていた。
「ちょっともー、いきなり何なんだよ。ステフに散っちゃうでしょうが」
そういって俺の頭を撫でる。俺も特に抵抗しなかった。というか、目の前の光景に反応できなかったというのもある。
液体が魔法の力で浮いているのはわかるが、やはり見慣れぬそれに完全に俺の目は釘付けになっていた。
指でツンツンと触ってみると、僅かながら弾力があるのが分かる。俺が指を進めてくのに合わせて液体も形状を変化させていた。
少しひんやりする。
だが触れた指先を見てみたが液体はこれっぽちも付いてない。
どういう仕組みなんだろう。
それを見たゾルフの目がキラリと光る。
「ステフは魔術を見たのは初めてなのか?」
「いや、エラのを結構見せてもらってる。けど俺が住んでたところには魔法なんてなかったからな。何度見ても不思議な光景だ」
「ふうん。ならオジサンのも見てみるか? 本気を出したらこんなもんじゃないんだぜ?」
「マジで? 見たい見たい!」
「いいだろう。だがこれは結構危険でね、ステフの顔にもかかっちゃうかもしれないな」
「え・・・それって触れるとやばい奴?」
「うーん、ある意味やばいな。最悪ステフの理性が吹っ飛んじゃうかも。なにせオジサンの杖はエラたんのと違って黒くて太くて硬いからな。それに発動に時間もかかる。ただステフに手伝ってもらえたらもっと早く発動するぜ」
「・・・残念だけど、危なそうだから今回は遠慮しとこうかな」
「そっかぁオジサンも残念だよ。久しぶりに若い子で発散したかったんだけどな」
「ごめんな、また今度見せてよ。今はこれ以上危ないことをしてエラに迷惑が掛けられないんだ」
「わかった、いずれな。危ないと言えばこの会話も十分危ないんだけどな」
「?」
はて、今何か不味いことでも口走っていただろうか。
まあいっか、機会があるときにでもその魔術とやっらを見せてもらおう。
きょとんとした顔をする俺をゾルフは眩しそうに撫でてきた。
普段なら男に撫でられることには激しく抵抗しただろうが、俺を救ってくれたからかゾルフの手はそんなに嫌じゃなかった。
心なしか体が温まってくる。てかあれ、なんだか頭がクラクラして・・・。
「ステフ?!」
そのまま俺は倒れた。
不味いと思いつつも意識は遠のいていく。あまりに突然の事だったので成す術もない。
最後にエラメリアの叫び声だけが耳に届いた。しかしそれに返事ができるほどの気力は俺には残っていなかった。