第六話-ステフの努力
さて、首飾りの件だがなんやかんやあってありがたく頂戴することにした。その後の顛末をさっくり示しておこう。
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「これって一回つけたらほんとに取れないのか?」
「取れませんね。上級の魔術師4人がかりでも難しいと思いますよ」
「流石不死鳥ってところだな」
「それに、その首飾りはすでにあなたとつながっています。加護を持つ装飾等の備品は持ち主の心と通じ合います。一心同体に近いイメージですかね。だから装飾品は、旅を共にする冒険者が自分にふさわしいかどうかちゃんと判別してから持ち主を選ぶんです」
「それで俺が選ばれたと」
「そういうことになりますね」
「ひとつ聞いておくけど、もし選ばれなかったらどうなる?」
「もれなく首と体がバイバイします」
「・・・」
「すいません、冗談です。そんな私を非難するような目で見ないで」
「悪趣味な冗談だな! 一瞬本気でビビったわ」
「実際のところは、装着することが出来ないんです。その首飾りで言えば後ろで止まってくれない、みたいな」
「ほーん、なるほど。装飾品に拒絶されちゃうわけか」
「ええ。まあ私はステフなら大丈夫だと思ってましたけどね。不死鳥は”しぶとさ”と”したたかさ”を好みます。ステフはしたたかではありませんが、どんな困難にも迷わず立ち向かっていける芯の強さが感じられていましたので」
「バカで悪かったですね」
「そうは言って無いでしょう。でも、あなたに着けてもらって本当によかったです。ステフは危なっかしいですので、ちゃんと何かに守ってもらわないと」
「それは・・・まあ、自分でもわかってるけど」
「冗談です。あまりにステフが可愛すぎるのでつい。でもほんと、ステフにその首飾りは似合ってますよ。装備のこともそうですが、あなたは基本的になんでも似合いますね」
「そ、そうスかね・・・あんまり外見はよくないと思うんでスが・・・」
「またご謙遜を。ご自分の容姿に自信を持ってください、ステフはマジで可愛いです」
「お、おう。ありがとう・・・でもこの身体俺のじゃねえしなあ(小声)」
「何かいいました?」
「いや何にも」
「そうですか。まあ一度つけたら当分外れないわけですし、いつまでも意地張っても仕方がないので受け取ってくださいな。私はもちろん、不死鳥もそう望んでいるはずです」
「そう、かな」
「ええ、間違いなく。首飾りから強い意志を感じます。一般に魔力が蓄積されている装具には持ち主に魔力による干渉を図ります。その首飾りからは特に強い波動を感じますよ」
「そっか、不死鳥が・・・俺を選んで」
選ばれし者という単語にはいつまでたっても弱い俺だった。
「わかった、エラ。俺が一人前になるまでこれはお借りします。不死鳥が俺を認めてくれるまで責任もって預かるよ。そんで首飾りが外れた時、改めてエラに返すことにする」
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必要ないこともいくらか混ぜてしまったが、概ねこんなかんじだ。
こうして俺は不死鳥の首飾りを手に入れたのだった。もちろんいずれちゃんと返却することにはなるのだが。
まあひと時のお洒落だと思って楽しませてもらおう。
こんな機会はなかなか無いしな。
アンティーク調の首飾りに心躍り、上機嫌でエラメリアの後を追う。
「いやー、こういう飾り物はいままで使ったことが無かったからなんかムズムズするな。でも悪い気はしない。ありがとな、エラ」
「ふふ、喜んでもらえてなによりです」
「♪」
じゃらじゃらと音を立てて弄ぶ。
うーん、いい感じ。見かけによらず結構軽いんだな。
これなら走ったり木に登ったりしても気にならなそうだ。
「ところでステフ、いつの間にか敬語が無くなってますね」
そういやちょっとばかり口調が軽くなってしまった気がする。
エラメリアに遊ばれてるうちにいつの間にか砕けてしまったようだ。
やっぱり調子に乗りすぎたかな。
「ごめんなさい。失礼でしたよね。俺、気が緩むとすぐ調子に乗っちゃって」
「あ、そういう意味で言ったわけじゃないんです。ステフが敬語だと、何かよそよそしい感じがしてたので。そうして話してくれた方が距離が縮まったみたいでいいじゃないですか」
「でもエラは敬語使ってるし・・・」
「じゃあ私も敬語を外しますよ。きゃるん! ステフの友達、エラメリアだゾ☆ こんな口調でなんだけど改めてよろしくぅ!」
「やっぱ無しで。俺だけにしよう」
「気持ち悪がるなら最初から言わないでください///」
「ごめん・・・」
何とも言えない気まずい空気が流れる。
俺に近付こうと頑張ってくれたのは分かる。
でも悪いけど、エラメリアは絶対やってはいけない砕け方だった。
てかエラメリアの砕けるの基準おかしくね。
そうこうしているうちに昼になった。
「さて、いい時間ですしこの辺で昼食にしましょうか」
「やりい。こっちではどんな昼飯なんだろ」
「あら、一気に調子が上がりましたね」
「やー俺、こっちで昼飯食ったことないですから。昨日もダウンして食えなかったし・・・」
「済んだことなんですから忘れなさいて。ご飯もステフのところとそんな変わらないと思いますけど」
そういって鞄から小瓶をいくらか取り出す。調味料かな?
物珍しそうにじろじろ眺めていると、ステフ、と声をかけられた。
「なんでしょう」
「その辺から、いくつか木の実をとってきてください」
「木の実? わかった」
近くに生えていた木にするする登る。
一度木登りを経験したからだろうか、思いのほか身軽に動けた。
木のてっぺんまでくると適当な実を3個捥いで降りる。
「これでいい? ちゃんと食えるやつかな」
「ありがとうございます。これはリジュの実といって、硬くて赤い実が特徴なんです。実は水分も多く、甘い蜜を大量に分泌するので食べるジュースなんて呼ばれてるんですよ」
「ほー、俺の地域では林檎と呼ばれる果物に似ているね。どれ一口」
シャクっと齧ってみると、ほんのり甘いカブのような味がした。どちらかというと野菜に近い気もする。
けど確かにジュースと言われればジュースのような味をしていた。
まあ普通においしい。
腹が減ってたこともあって、俺はすぐに一つを平らげてしまった。
もう一個食べたいが昼飯前なので我慢しよう。
「これは焼いてホットリジュにします。それとこれだけじゃ少ないので、あの黄色い実もとってきてくれませんか」
「ほーい」
これまたサクサクとってくる。
ちょっと木の上で味見してきたのだが、ゴーヤの苦い汁を水で薄めたような味がした。
流石にこれはそのまま食べたくないな。
「どうぞ。結構苦いね・・・」
「どうも。これはサグの実といって、このままでは食べれません。ちゃんと手を加えます。最終的には程よい苦みに落ち着くので安心してください。・・・さて、では少々簡素ですがこれから調理をしますよ。ステフにもいずれマスターしてほしい料理なのでちゃんと見ててくださいね」
「わかった」
そういってエラメリアはリジュの実を一つ手に取った。
微かな動きも見逃すまいと真剣な表情で見守る。
「まずはこれを二つに切ります」
パッカーン。実が彼女の手の上で綺麗に真っ二つになった。はぇ?
「そしてこの青い瓶の粉を振りかけて加熱するだけ。10分ほどで出来上がります」
ブォッとおとをたてて燃え上がる。そのまま用意していた皿の上において放置。
どういうわけか実を取り巻いている炎は直接それを焦がさず皿の周りをドーム状に旋回していた。
なんだか外枠の無い釜土みたいだ。
「ホットリジュが出来上がるまでにザクの実を食べやすくしましょう。最初に千切りにします」
スタタタタタ。
「次にこの用意していた干し肉を切って混ぜます」
ブチブチ、まぜまぜ。
「最後に塩コショウで味付けして中身の出来上がりです。冷えているのでお好みで温めてください。そこらへんに生えているケチャの葉で包むとヘルシーでおいしいですよ」
プチッくるりん。
「調理はこれでおしまい。あとはホットリジュが完成したら出来上がりです。一番簡易で冒険者に親しまれてる料理がこれです。なんでも、パーティによっては代々引き継がれた秘伝の調味料を加えるとか。残念ながら私にそう言った類ものはありませんが。――あ、丁度ホットリジュが出来たようです。ちゃんと火が通ってますね。これを皿に並べたらオッケーです。ステフわかりましたか?」
「わかってもできるか!」
とうとう爆発した。
いや、流石にね、うすうす気付いてはいましたよ。加熱とか火を使うものは魔術に頼るんじゃないかって。
でもさ、まさかその前段階から魔法を使うってどうなの。
俺に出来る事って調味料振りかけることぐらいじゃん。
「そんなに難しいことはしてなかったと思うんですが」
「魔法を使うことを基準に考えないでください。俺はこれっぽちも使えないんだから」
「魔術が使えない? 御冗談を、ステフ。今どきの子供なら5歳で一般的な魔術を習得していますよ」
「これがマジなんですわ・・・」
「うふふ、どこでそんなジョークを教わったんです? いくらなんでもそんなのに騙される人はいませんよ」
「・・・」
「ふふ・・・え、本当なんですか?」
「だからそうだと言ってるじゃん。俺のトコでは魔術とかそんなの必要なかったんだよ・・・」
「ステフは珍しい地域で生まれたんですね・・・。でも困りましたね、魔術が使えないとなるとほかの事でも支障を来たします」
「教えてくれれば使えるまで練習するよ」
「いえ、いくら何でも一から魔術を教えるのは難しいです。私も幼いころに感覚で教わっていたので、人に教えるということが出来ないんです」
「適当でいいよ。どんな感じで魔法を使ってるの? 右手に何か込める感じ?」
「うーん、大体そんな感じですかね。ただこうしたい、と思った時には既に発動していることがありますから」
「ほんとに感覚的なんだな・・・。こうかね」
昔本で読んだことがある。右手に空間を意識しながら力を注ぎ込むとうまい感じにに発動するとか。
当然著者が実際魔術を使えるわけじゃないんだからアテに出来るとは思ってないけど、それでも結構理に適ってるとは思った。
それを思い出しつつすぐさま実践してみる。
「ん・・・くぅっ・・・」
だめだ、どんなに力を入れても何も起きない。そもそも体内で何かが流れたような感覚が感じられない。
やっぱり経験が足りないのかな。
そう聞いてみるとエラメリアは複雑そうな顔をした。
「うーん、どうですかね。普通は誰かに教わらなくてもいつの間にか使えるようになっている場合がほとんどなんです。だから、これは単に――」
「――俺のセンスがないと」
「・・・」
「そっか。魔法とかそういうのって結構憧れてたんだけどなー。残念」
「気を落とさないでください。要因としてはステフの生活環境が魔術とかけ離れてたせいかもしれないです」
エラメリアは気を使ってそう言ってくれているが、内心ショックだった。
この身体がどういう構造かわからないけど、センスばかりは生まれつきの物だろうからな。
魔力の流れを全く感知できないところから察するに、あまり魔法に適してないのかもしれない。
それに対して身体能力ばかり高いのが少し悔しい。
せめて魔力で身体能力を高める、の方がカッコよかったのに・・・。
「それって練習したら後々使えるようになったりしないかね?」
「んー。前例がないのでわかりませんが、おそらく可能だと思います。魔術とは人の生命力を魔力に変換して使用しています。この話は長くなるので省きますが、ステフが人族であるなら不可能ではないと思いますよ」
「じゃあまだ俺にもチャンスはあるわけだ。まずは簡単な魔法から練習していこうかな。さっきエラが使ってた魔法はどうなの?」
「確かに火は便利ですが、練習するなら水を生成する魔術の方がいいと思いますよ。火を生成することも可能ですが、維持するのに結構な集中力がいるので思いのほか難しいんです。それに比べて水魔法はイメージしやすく入れ物さえあればいいので楽ですよ」
「わかった、そっちにする。困ったらまた色々助けてくれる?」
「もちろんいいですよ。いつでも来てください」
「ありがとエラ。やっぱ頼りになるなあ」
「大げさなんですから。さ、お昼の続きですよ。話していたので冷めてはいませんか」
当然のように微笑んで快諾してくれた。
有難い限りだ。
魔法が使えるようになった自分を想像し、思わずにやける。
魔法使い、かっこいいじゃねえか・・・!
でもやっぱアレだな、火だな。魔法と言ったら爆発魔法だろう。
水をさっさとマスターして火属性の魔法を練習したいな。
妄想に胸を躍らせつつ、忘れていた飯を手に取る。
「では改めていただきます」
「どうぞ」
「あむ・・・むぐむぐ・・・あ、美味しい! ちょっと冷えてるけど全然イケる」
サンチュ巻きみたいな味だ。餡が塩コショウで辛めに作られてるので外の葉と程よく調和している。
肉も乾燥しているが、この味なら食感もよく逆に全体的な味を引き立たせる役割を果たしていた。
頭の中で食レポしている内に、あっという間に二本平らげてしまう。
少女の身体になったせいだろうか、思ったより腹が膨れたな。
「いい食べっぷりですね。作った側としてはこの上ない喜びです。ではデザートにこちらをどうぞ」
胃のあたりを撫でながら食後の余韻に浸っていると、エラメリアがもう一つの皿を寄越してきた。
林檎の様な芳醇な香りが鼻をくすぐる。
ホットリジュなどと言われてた物だ。
「んはぁ~いい香り。ではではこちらもいただきます」
一気にかぶりつく。
「?!」
「どうです?」
「う、うめぇぇ・・・なんだコレ、めっちゃ甘い! 小麦粉を使ってないのにアップルパイみたいな味がする!」
「ステフの地域ではそのように呼ばれるんですね」
「それよりこっちの方が全然上・・・はぁ幸せ」
「本当においしそうに食べますね。見てるこっちが幸せになります」
そういってエラメリアはくつくつ笑った。
そんなに顔が緩んでただろうか。でも仕方がないじゃない、現世ではカップラーメンとポテチぐらいしか美味しいものを知らなかったんだから。
こちらもあっという間に完食してしまった。
やべえ、食べ過ぎて腹いてえ。贅沢な痛みだ。
「ふはぁ~。こんなおいしいのが毎日食べられるなんてエラは幸せ者だなぁ」
「街についたらもっと凄いものがありますよ。楽しみにしていてくださいな」
「俺はこれでも充分だよ。でももっとうまい飯・・・気になる」
「うふふ、ステフは食いしん坊ですね」
こちらに来て間もないからな。飯が一番の楽しみなのだ。
魔法の次は料理を極めたいものだ。そしたら毎日うまいものが食える。
程よく落ち着いたところで移動を再開した。
今日も魔物に出会わなかった。まだ安全な道なのだとか。
身の安全こそが一番なのはわかってるけど、ちょっと味気ないな。
スライムぐらいのザコ敵なら現れて欲しいものだ。
てかそもそもスライムとかいるのか?
「スライムですか? 居るにはいますが、ほとんどが人工スライムばかりですよ」
「え・・・人工? 魔物って作れるの?」
「全ての魔物が作れる訳ではありませんが、スライムなどはできますよ。作るというよりかは培養ですね。特殊な方法を使えば養殖するよりもずっと早く作れるそうです」
「ええー信じられん。なんのためにそんなことを」
「スライムの体液は美容に効くそうです。倫理的な面から各地から圧力がかかってますが、裏では政治家達が高値で取引しているらしいですね」
「ほー。お偉いさんが法を犯すのはどこも一緒なんだね。エラも使ったことあるの? 肌きれいだし」
「馬鹿なこと言わないでください。私はどちらかと反対です。自分たちで利用するために生き物を産み殺めるなど、人のすることじゃないです」
エラメリアは本気で怒っていた。
エラメリアは魔物に対して何か思い入れがあるのか。はたまた本当に命の重みを嘆いているだけか。
わからないが、少なくとも魔物の利己的な利用には抵抗があるようだった。
この世界では魔物に対してどういう気持ちで向き合ってるのかわからないから、迂闊なことは口走らないでおこう。
エラメリアが本気で嫌そうな顔をしたのでこの話はそれ以上触れないことにした。
「でも実際この辺りには小動物もいないね。いつもこんなもんなの?」
「・・・そうですね。確かに本来ならもうちょっといてもいいとは思うんですがここは少なすぎる気がします」
「エラ理由知ってるの?」
「心あたりが無いとは言えませんがあんまり関わらない方が賢明でしょう。まあまず私たちには関係ないのでステフが気にすることはありません。野生動物の気まぐれ程度に考えてください」
「ええぇ・・・その持って行き方超気になるんですが」
「強いて言うなら『臭い奴がやってきた』って感じですね。あとは察してください」
「なにそれ」
エラメリアの返答は要領を得ないものだったが、さっきとは別の感情でこの話には触れてほしく無いようだった。
これはもしかしてアレか? ヴォルデ〇ート卿的なやつか? 名前を出しちゃいけないやつなのか?
俄然興味が湧いてきたが、エラメリアが口を割らない以上この話はこれまでだ。
なぜか妙な空気に流されてお互い口をつぐむ。え、気まずい・・・。
どれくらい歩いただろうか、精神的にも体力的にも疲れてきた頃だった。
「よし。じゃあ今日はこの辺で休憩しましょう」
「あれ、もう? まだ空は明るいよ」
「ここが一番平坦で開けたな地なので安全なんです。これ以上進むと道が酷くてとても寝泊りできるような状態じゃなくなるんですよ。それに旅の鉄則は『常に余裕をもって行動を!』、でないといざという時に動けませんじゃ困りますから」
「なるほど。じゃあ今日はここまでだね。丁度疲れてきた頃合いだから助かったよ」
その場にどっかり腰をおろす。
筋肉痛の痛みは多少緩和されたものの、やはりある程度の刺激は感じられていた。
自分の太腿をむにむにと揉みほぐす。
しっかし、細いなあ。現世の俺なら手で作った輪とおんなじぐらいの太さだろう。
こんなのでスクワットなんてやったら大変だ。
「まだ休んではいけませんよ。これからすることはいくつかあります」
「えーマジか。何するの」
「まず薪を燃やして暖を取ります。ステフは火魔術が使えませんが、骨組みは作れるようになってもらいますよ」
「わかった。結構楽そうだね」
「そうですね、基本的に薪を取ってくるだけなので」
「じゃあサクッと拾ってくるね」
「あ、ちょっと」
エラメリアが後ろで何か言おうとしていたが、早く済ませて休憩したい俺には気にしてられなかった。
なに、この程度なら任せろ。
昔レジャー観光などの機会で教わったことがある。できるだけ乾燥してる木がいいんだろ? それくらいなら触って確かめればいい。
お、あの枝とかいいんじゃないか。乾燥して真っ白になってるしよく燃えるだろう。
ひょいと手を伸ばす。――これこそ迂闊だった。
「一本げっとー・・・っうわああああぁぁ?!」
蟻の様な虫が大量に絡みついていた。
へしっと折れた枝の隙間から、白い小さな虫が何百何千と這い出てくる。
「キモイキモイキモイ!」
全力で逃げるも怒った蟻の集団に追いかけられる。
マジで必死だったのでさっきまでの疲れは完全に忘れられていた。
とにかく逃げる。
途中、そろそろ撒いたであろう所まで逃げてきたタイミングでちらりと振り向く。
すると、そこにはさっきより増えていたシロアリ(小)の大群が全力で追ってきていた。
「ぎゃああああ! エラ助けて!」
情けなくも一心不乱に叫ぶ。
捕まったら殺される。たとえ死ななくてもアレに纏わりつかれるのだけは死んでも嫌だ。
数秒おきに波立つ鳥肌がとてつもなく不快に感じられる。やべ、吐きそう。
エラメリアの助けはまだか? それとも俺はこのまま死ぬのか?
なけなしの体力も底を尽き、そろそろ舌をかみ切る用意もし始めた頃だった。
「ストロングファイヤ!」
視界の隅で爆炎が上がった。それは熱風をまき散らしながら俺に迫ってくる。
その後グァッと音を立てて着火。どうやら俺のすぐ後ろに落ちたようだった。
振り向けば肌を焦がす熱線が。
燃え盛る火が落ち葉や枯れ木に次々引火し、俺と蟻の間に巨大な炎の壁を作り上げる。
俺は呆気にとられて後ろを眺めていた。
足はいつの間にか止まっている。しかし更なる脅威を心配する必要はないようだった。
蟻たちは突然の火の手に驚いて後ずさり、追跡不可と判断するや否や蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
白いモヤが薄れていく様は霧を彷彿させる。だが気味の良い光景で無いのは間違いない。
やがて蟻が一匹もいなくなったのを確認し、緊張が解けてその場にへたり込む。
心臓は太鼓のように強く波打っているのに、呼吸はヒュッヒュッと短いテンポを刻んでいた。ものすごく気分が悪い。
脳裏に焼き付いた虫の大群に呆然としていると、エラメリアが走ってやってきた。
「ステフ、しっかり!」
「ああ、エラ」
「とりあえずこれを飲んで」
そう言ってコップ一杯の水を飲まされる。エラメリアが駆けつけてくれたこともあり、俺は大分落ち着きを取り戻していた。
俺の呼吸が整ったのを見てエラメリアが口を開く。
「ごめんなさい、ステフ。私がちゃんと話していなかったばかりに」
俺は静かに首を振る。残念ながらまだ正常な言葉は出せないでいた。
「薪を集めるときは絶対拾ってはいけないんです。どの木も健康体であり、枯れることはまずありません。それなのに枝が落ちているということは、内部から虫や病気に浸食されている場合がほとんどなんです。とくに原因が蟻などの場合、住処を奪われたと警戒した虫たちの軍団に襲われることがあります。火さえ使えれば切り抜けることは容易なのですが・・・。すいません、次からは事前に説明しますね」
俺は無言でうつむいていた。
人の話を聞かなかったのは俺だ。行動を慎むよう注意していたのにまたエラメリアに迷惑を掛けてしまった。
流石に三回目となると自分の学習能力の低さに落胆するしかない。
とてもエラの目を見ることが出来ず、なんと答えてよいかわからなくなり黙ってしまった。
とはいえ、エラメリアの援護がなければ死んでいたのは間違いない。言葉はなにも思いつかなかったが、とにかくエラメリアにはお礼を言わなくてはと思った。
「エラ、その」
「ところでステフ、この炎はあなたが放ったんですか」
今度こそ完全に言葉を失った。は? 俺が・・・なんだって?
「これエラじゃないの?」
「私ではありません。恥ずかしながらステフとの距離が空きすぎて追いつけませんでした。私がここに着いた時には全部終わってたんです」
「でも俺じゃないよ」
「じゃあ一体で誰が・・・あ」
きょろきょろ辺りを見回すと、エラメリアは何か気がついたようである一点に目を止めた。
視線を追うも、特に何かが見られる訳でもない。
「とすると私たちの荷物が・・・」
「どうしたの?」
「ステフ、急いで荷物のところまで戻りますよ」
「え、ちょっ」
そのままエラメリアに抱きかかえられるようにして運ばれる。
俺がなにかあったのか尋ねると、エラメリアは不快そうに眉根を寄せた。
「おそらくですが、あなたを助けたのが『奴』なら私たちの荷物を見れば一目瞭然でしょう」
俺を抱き上げていたのにも関わらず、エレメリアはとんでもないスピードで荷物置き場までたどり着く。
そこで見たものに、俺も彼女が言わんとしていることが分かった。
俺たちの鞄(といってもほとんどがエラメリアのものだが)がひっくり返され、中身がすべてぶちまけられている。
そしていつの間にか組まれていた薪の火を前にして、一人の男が座っていた。
「やはりあなたでしたか・・・」
「おっエラたんじゃん~。マジお久」
その男はぐるりと顔をこっちに向けると、不敵な笑みを浮かべて挨拶を寄越した。
長いローブに身を包んだ、軽薄そうな顔の若者だった。
口にはもぐもぐと何かを食んでいる。
得体のしれない風貌の男に、俺は緩んだ警戒心を引き締める。
一触即発の雰囲気に気圧されながら、間違いなく何かが起こるだろうことを俺は感じ取っていた。
これからのことを思えば蟻に襲われた程度どうとでもない事だろう。
この男が絡んできたことにより俺たちの旅は一気に狂う。それはいい意味でも、悪い意味でも。
始まって早々不穏な空気を醸すパーティに俺は不安を隠せないでいた。
ようやく話も進んできました。自分でも不安がいっぱいの作品なので、是非ご指摘やご感想などを頂けたらなと思います。
今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m