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第五話-役に立ちたい

 二日目。

 筋肉痛で悲鳴を上げまくる体を無理やり起こしての起床。当然寝覚めが良いはずもない。


 結局昨日は予定の半分の距離も進めなかったそうだ。

 ただでさえ荷物だけでも重いのに、女とはいえ一人の人間を背負っての旅など出来る筈もなかった。

 それでもエラメリアは魔力を駆使して運んでくれていた。が、すぐに底を尽きてしまった。

 昨日はそれで終わりである。


 最初の意気込みはどこへやら、俺は完全に意気消沈していた。

 率先して荷物持ちを受けたくせに自分が荷物になってしまうとは。

 ミイラの例えじゃないけど、全く笑えない冗談であった。


 自分が情けなさ過ぎて涙が出てくる。


 言い訳じゃないが、現世の俺ならあるいは持つことはできていたかもしれない。

 しかし、やはり引き締まった肉体を持ってるとはいえこの身体は年端かもいかない少女のものなのだ。

 心で勝っても肉体が付いてこれるとは限らないのである。


 このことを教訓にもう無理はしないようにしよう。

 俺じゃなくて、人様に迷惑を掛けてしまうからだ。



 エラメリアは食事中もずっと気に病んでいた俺を気遣い、急ぎの旅じゃないですから大丈夫ですよと励ましてくれていた。

 だが、やはり恩を仇で返してしまった感が強くて心が重かった。

 この借りもまた必死で返していきたいとは思うが、そう意気込み失敗してこの様だからな。

 俺に出来ることが無さ過ぎて、呆れてモノも言えない。


 だが、何度も言うが俺も変わったのだ。

 できない事失敗した事をいくら悔やんでも無駄なのである。

 そんな暇があったら次に活かすよう努力するべきだ。

 だから俺は、まず筋力をつけることを決めた。


~筋トレメニュー~

○朝

・腕立て100回

・腹筋100回

・スクワット100回

○夕

・腕立て300回

・腹筋300回

・スクワット300回


 まあざっとこんなものでいいだろう。

 筋繊維は壊れたそばから酷使してやるとより強くなる、みたいな話をどこかで聞いたことがある。ならこれくらいが丁度いい。

 毎日続けて、一週間ほどもあればかなりムキムキになっているに違いない。

 そうして俺は初めてエラメリアに恩返しができるのだ。

 せっかく華奢な女の子に生まれてきたのに多少惜しい面もあるが、背に腹は代えられない。一番はエラメリアなのだから。


 ムフフ、エラメリアの感動した顔が目に浮かぶぜ・・・。

 大荷物を前に礼を述べる彼女に俺はさらりと言ってやるのだ、「これしきの事、俺にとっては朝飯前さ」と。


 ちょっとクサイけど、やる気を出すには十分な目標だった。ようし、そうと決まれば今日から筋トレだ!


*****



「にじゅうはち・・・にじゅうきゅう・・・んううぅさんじゅう! たぁー痛い」


 スタートから俺はボロボロになっていた。

 ヤバい、思いのほか腕にダメージが来る・・・。


 まだ三分の一すら進んでないのに俺の体力は限界を告げていた。

 筋肉痛の痛みなどとうに慣れてきている。ただひたすらに俺の体力が足りないのだった。

 コレ絶対作戦ミスだろ・・・!


 こんな痛みがあと一週間も続くなど、想像しただけで気を失いそうになる。

 それでもニュー俺は自分の弱い意志に鞭打ってなんとか腕立ては終わらせた。

 そのまま仰向けに寝転がる。ぜぇはぁと荒い呼吸を吐きながら次のトレーニングへ移ろうとする。

 そこで片付けをしながら静かに見守っていたエラメリアから声がかかった。


「・・・何やってるんですか」

「見ての通り、筋トレですよ。昨日は散々迷惑を掛けてしまいましたからね。早く強くなって、今すぐにでもエラに恩返しがしたいんです!」

「なるほど、そうでしたか」


 俺が得意げに言ってやると、エラメリアは感動して言葉に詰まったのか抑揚の無い声でそういった。

 そしてつかつかと俺の方に歩み寄ってくる。

 なんだろう、よしよしでもしてもらえるんだろうか。


 期待に胸を膨らませ、撫でやすくしてやるべく腹筋を途中で止めて頭を浮かせる。

 エラメリアの手がゆっくり頭上に降りてきた。


「てい」

「いだぁ!」


 そしてそのまま俺のおでこに振り下ろしてきた。

 チョップというよりかは手の側面で押すようにして俺の後頭部を地面に打ち付ける。

 強い衝撃に脳が一瞬思考を停止し、自分になにが起きたのか認識するのに時間をとられる。

 ・・・え、今頭割られかけた?


 涙目になりながら流石の俺も抗議する。


「い、いたい。何するんですか! 人が頑張って筋トレしているとこふごぉ?!」


 しゃべってる途中で両頬をエラメリアの(てのひら)に挟まれた。

 そしてちょっと強めに押しつぶされる。


「ふぃっふぁいふがごごご(一体どうしたの?)」

「ステフ、よく聞きなさい。私は一度だってあなたにそんなことを要求した覚えはありません。なのに、勝手に私のためだと言って変なことばかりして。本当に私のためを思うなら、私が言ったことを素直にしていただければいいのです。何も私は善意であなたの気配りを遠慮しているわけではないのですよ」

「・・・ぇ」

「あなたのその行動は、本当に私のためですか? 自己満足になっていませんか? 確かに時には必要な感情ですが、今それは不要です」


 その突き放すような物言いに俺は動揺を隠せなかった。

 なんでこんなにエラメリアが怒っているのかわからなかったからというのもある。


「俺はただ、エラの力になりたいと、」

「だったらちゃんと私の話をきいてください。昨日もそうでした。無理して頑張っても、それは私のためにもあなたのためにもならなかったでしょう?」

「・・・」

「私は私に出来る事、あなたはあなたに出来る事をすればいい。そうしてお互い分担して助け合い、険しい旅路を行くのがパートナーというものなのです」


 柔和な人が怒るとマジ怖いというのは本当だった。

 俺は情けなく目に涙を浮かべてこくこく頷く。


 エラメリアの言ってることは理解できる。

 確かにそうだ。今もこうして無理に筋トレをしていたわけだけど、これのせいで今日の旅にも支障を来たす恐れがあった。そうなればますます到着日が遠のいてしまう。


 だが反対に、こちらに来て日も浅く何もできない俺にとって「身分相応のことをしろ」というのは結局何もするなということに他ならない。

 何度も助けられた身としてはそのような立場で悠々と旅を続けるなどありえない話だった。

 それなら一人で旅した方がいくらか心が軽いだろう。

 己の発言の意味するところに気づいたのか、エレメリアは少し声のトーンを下げた。


「ごめんなさい、ステフ。ちょっと言いすぎました。実は、私も当時は師の右腕になりたいと必死になってたこともあったんです。しかし何もできない私は何かしようとすればするほど師に迷惑を掛けてしまいました。結局はパーティの同期にまで諭されてようやく落ち着いたんですけどね。今のステフはその時の私と同じです。今でこそ師の気持ちが分かりますが、私としてはあなたに難題を押し付けるよりも、早く技を習得してもらう方が何倍も助かるのです」

「・・・はい」


 絞り出すようにしてそう答えると、エラメリアは少し眉を下げるようにして微笑んだ。


「とはいっても、ステフが私のために躍起になってくれてた事はすごく嬉しかったです。だから次からは、無理な方へ頑張るんじゃなくて結果として二人が助かる方へ頑張ってください」

「わかりまひた」


 今度は感動で涙が止まらん。

 彼女はちゃんと俺の気持ちも汲み取って考えてくれていた。

 俺が自分の無力さに打ちひしがれているのも、それでもエラメリアに恩返しをしたくて必死になり、だが失敗が続いてもどかしい思いでいっぱいなのも。

 それは彼女自身が経験したことのある気持ちだった。

 だからすんなり俺に寄り添うことが出来たのだ。


 心が通じたエラメリアの言葉は俺をちゃんとした方向へ軌道修正してくれた。そして今度こそ正しい決意を迫られる。

 俺は、俺に出来ることをやればいい。それは何もすぐに結果が伴う事だけじゃないのだ。今目一杯頑張って、最終的にはエラメリアの手助けになればいい。それまでは迷惑を掛けちゃうかもだけど、その分学ぶべきことはしっかり学んでいくことが大切なんだ。

 今度こそ、俺は本気でエラメリアの目を見つめて頷いた。涙を拭かずしての汚い顔だとは思うが、エラメリアは気にせずにこりと笑う。

 もう一度俺の頬っぺたをぎゅっと押しつぶすと、そのままにょーんと左右に引っ張って無理やり笑わせた。

 ちょっと恥ずかしい。


「もう大丈夫そうですね。ステフってば、泣き虫なんですから。そんな怖がられると私が傷ついてしまいます」

「あっ、ごべんなさい・・・」


 慌てて目元をぐしぐし擦る。

 少し怖かったのは認めるが、全部俺の事を思ってなのだ。

 エラメリアの考えが分かった今、彼女に怖がる要素は一つもなかった。


 少し鼻も詰まってしまったようだが、生憎ティッシュが無いのでズズッと吸い上げる。耳の奥がじーんとした。

 エラメリアは抓っていた手を放すと、おでこにキスをしてから立ち上がった。不覚にもドキリとしてしまう。


「ほら、じゃあ出発しますよ」

「あ・・・」


 寝そべったままおでこを摩っている俺を急かす。慌てて立ち上がった。


「じゃあ、私はこの荷物を持ちますからステフは軽い物を持ってきてください」

「わかりました」


 エラメリアが俺でも持てる雑貨類を分けていてくれたらしい。

 いくらかの荷物が目の前に用意されていた。


 近付いてそれらに手を伸ばしていた時、ふと一つの鞄の上に小さな革袋が置かれているのに気が付いた。

 小物とはいえ、単体で持ち運ぶようなものでもない。

 鞄に入れ忘れたのだろうか。


 確認のためにエラメリアの方を振り返ると、彼女はどこか恥ずかしそうな顔で顔を逸らしていた。

 そしてもごもごと言いにくそうに答える。


「それは・・・ちょっとしたお詫びの品、です」

「え? お詫び?」


 ちょっと意味が分からない。

 聞き間違いかと思って問うてみたところ、エラメリアは「んんっ」と喉を震わせこう答えた。


「中身はあなたに上げます。本当はステフを怖がらせる気はなかったんですが、こういった時どんな顔をすればいいかわからず・・・それでステフを傷つけちゃいましたから、なのでこれはお詫びです。よかったら受け取ってください」


 言われて中身をひっくり返す。

 じゃらっと音を立てて輪っか状の何かが俺の手に滑り落ちてきた。

 数珠? しては少し大きいような。


 端っこをつまんで持ち上げてみると、それはネックレスの様なものだった。いくつもの傷をみるに長年使われてきたことがわかる。


「これは?」

「昔私が初めて冒険に出た時、師が下さった首飾りです。嘘か本当かはわかりませんが、不死鳥の魂の欠片から作られているそうです」

「それってめちゃくちゃ大事なものなのでは」

「はい。なので、ステフがちゃんと持っててくださいね。私と師の大切な思い出の品なので」

「いやいやいや! そんな大切なもの受け取れませんって! お気持ちだけ受け取ってお返しします!」

「不死鳥はその名の通り、不滅の象徴です。その首輪には生命の加護が付与されていると聞きました。かくいう私も何度も死線を越えられたのはその首飾りのお陰だと思っています」

「話聞いて? それとせめて俺がもっと強くなってからにしてくださいよ。今の俺なんかじゃ加護を受けても簡単にポックリですって。すぐ物無くす体質だし!」

「強くなってからだと意味がないじゃないですか」

「それでも俺には無理です! ホント!」

「もう、ゴチャゴチャうるさいですね。貸してください」

「あっ」


 エラメリアに奪い取られた。あああ、そんな風に引っ張ったら千切れるぞ・・・。


「はい、これでよろしい」


 そしてそのまま俺の首に巻き付ける。後ろでパチンと音がして固定された。


「え、ちょ、マジでつけちゃったんですか?」

「ふふ、似合ってますよ。子犬みたいです」

「それほめ言葉ちゃう・・・あぁもう、無理矢理つけても俺は受け取りませんからね!・・・あれ? なんか取れないんですけど」

「ああそれ、一度つけたら首飾りに認められるまで外れない仕様になってるんです。逆にいえば、それが取れるまで命の心配はないので安心してください。加護様様ですね」

「いやもうこれ呪いの道具じゃないですか?!」

「さ、出発しますよ」

「おぉい、どうすんだコレ! ああ、エラ! ・・・本当に先に行きやがった」


 さっさと荷物を担いで行ってしまったエラメリアを急いで追いかける。

 あ、やばい。筋トレのダメージが・・・。


「さて、今日は昨日の分も取り返さなきゃなのでペースを上げますよ。ステフは迷子にならないでくださいね」

「ウェイト、待って超痛い。足腰動かない」

「なんていい天気。絶好の旅日和ですね」

「エラひどい!」


 俺の悲痛な叫び声はエラメリアに届かなかった。

 とりあえず首飾りは後だ。

 早く追いつかなきゃ今のエラメリアならマジで俺を置いていく気がする。


 荒れ狂う筋肉を刺激しないよう、太ももを不格好に支えながらエレメリアの後を追う。

 だが、どういうわけか中々彼女に追いつけなかった。

 ・・・いやあれ絶対エラも走ってるでしょ。


 激痛に顔を歪ませながら、俺は今後独り善がりな行動は絶対に慎もうと決心した。

 と同時に、やはり俺はエラメリアに頼ってもらいたいという男としての強い願望が湧いた。

 今のところ頼りないステフと泣き虫なステフとしか認知してもらってない。

 これは早急に手を打たねば本格的に男の本能を失ってしまいそうだ。

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