第四十一話-忙しい一日⑦
湿度エぐい・・・いっそ殺してくれ。
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茶番もそこそこに、俺たちは何とか喧騒の輪から逃げ出すことが出来た。
建物の陰にゾルフを降ろし、ふぅと一息つく。
「なんであんな所で暴れ出すかなコイツは・・・」
そう言ってコツンと頭を殴る。
すると、案の定起きていたらしいゾルフはすぐにむくりと起き上がった。
痺れる体を撫でながら、空いた手でエラメリアの持っている袋を指さす。
「それは俺の金なんだ。ギルドに預けてたのを、エラたんが勝手に持ち出しやがった」
忌々し気にそう説明してくる。
その間、何度かゾルフはエラメリアの隙を突こうと体勢を立て直していたが、エラメリアがすっと杖を前に着きだすと大人しく引き下がっていた。
なんだか久々に見た二人のじゃれ合いを邪魔しないよう配慮しながら、俺はさらに質問を重ねていく。
「それは大体わかったんだけど、それとゾルフの剣とがなんの関係があるわけ?」
さりげない質問のように見せかけて、実のところコレは立派な情報収集なのだ。
ギルドの仕組みをちゃんと知っておくに当たり、妙な違和感は拭い去っておく必要がある。
ゾルフの短剣とエラメリアが持っているお金との関係もまた然りだ。
「それはですね」
今度はエラメリアが俺の質問に対して答えてくれる。
右手でゾルフを牽制しながら、左手ですっとゾルフの短剣を投げて寄越してきた。
「相棒!」
それをゾルフが犬のようにダイビングキャッチする。
・・・うん。まあいいや。
「ステフもギルドに加入する際にはきちんと説明があると思うんですが――ギルドの各サービスを利用するためには、登録情報を本人と特定するための刻印を必ず持っていなければいけないんです」
なんかケータイ会社の契約説明みたいなのが飛んできた。
理解するのに少しだけ時間を取られてしまう。
えーと、何、要するにこう言う事か?
現世で言うところの”運転免許証”みたいに、「自分は資格を持っていますよ~」とちゃんと皆にわかってもらえるような何かが無いとギルドの恩恵(?)みたいなのが受けられない・・・てな感じ。
「はい、その”うんてんめんきょしょう”とやらはよくわかりませんが、概ねその通りです」
なるほどな。
ってことが分かると、さっきまでの会話から大体の事は察しが付く。
くるりとゾルフの方に顔を向け、確認を取るように話しかける。
「じゃあ、その剣にゾルフを認識する刻印ってやつが付いてるのか」
「ああ。そーいうことだ」
自慢の短剣を撫でながらゾルフは頷いた。
覗き込むように顔を近づけると、意図を汲み取ったらしいゾルフが鞘から刀身を引き抜き、ぐいっとその根元を見せてくれる。
配慮に甘え、礼を言ってからなにやら彫り込まれている文様に目を凝らす。
「これが刻印・・・」
そこにはいくつかの文字が羅列しており、右横には比較的大きく幾何学的な文様が刻み込まれていた。
中々に厨二心をくすぐってくる形状だ。
正直言って超カッコいい。
俺もこういうのがあればなあ・・・。
はぁ~っと見惚れていると、横からエラメリアが補足する。
「ひと昔前まではランクごとに違うプレートに刻むのが決まりだったんです。ですが、破損しやすいのと失くしやすいのとで、そうなるように改装したらしいです。プライネッタ島との交流も進み、技術が進歩したお陰ですね」
またまた教科書みたいな説明だ。
つまり要約すると、「昔はマジ免許証みたいだったけど、先進国との交流が深まり特別な技術を得られたお陰で、今じゃどこにでもスタンプみたく貼っ付けられちゃいます!」ってことか。
「さすがにどこにでもってわけじゃ無いですけど・・・ほぼその認識で間違いないです」
なるほど。
確かに自分が日頃身に着けているモノに刻印しておけば、うっかり落としたり盗まれたりする心配も薄れるわけだしな。
エラメリアがお金を袋に入れて持ち歩いているように、こっちの世界ではカードホルダーとしても機能する財布なんかはあまり見られない。
一体どんな風にしてお金を持ち歩いているのか知らないが、こと免許証みたいなプレート型の貴重品を持ち歩くのには結構不便なのかもしれない。
するとこのどこにでも重要データを張り付けられるシステムは、とても人々の助けになっているのだろう。
それに、最もたる魅力として、ゾルフのように武器――”相棒”などと言って可愛がれる愛用品に自分の大切な証を刻み込めるっていうのは、ちょっぴり・・・いや、かなり男心をくすぐられるものがあるのだ。
刻印システム・・・ナカナカに未来的で素敵なものじゃありませんか。
めちゃくちゃ欲しいです。
・・・ん、でもまてよ。
エラメリアがゾルフの刻印を利用できたってことは、その情報には使用者を確認するデータが含まれてないってことだ。
つまり、現世での俗にいう”ポイントカード”よろしく、落としたり盗られたりした際には、結局他人に利用されると言う事になる。
なにそれ、致命的なところが抜けてんじゃん・・・。
せっかく良い環境を作ったんだから、もうちょっとセキュリティ的な面にもこだわって欲しかった。