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第二十五話-露店

 ちょっと硬めの土に着地すると、より一層まわりの雰囲気が身近に感じられる。

 ぐるりと見回せば、そこにはたくさんの人々が行き交っていた。


「らっしゃい!」

「この武器は銀貨3枚で買い取りだよ!」

「おっちゃん、そこの活きがいいヤツお願い」

「母さん私この櫛が欲しい」

「へい銅貨20枚ね、コイツはオマケだよ」

「まいどぉ!」


 この辺は交易所なのか、多くの露店が目に飛び込んでくる。

 どうやら金品を換金できる店や、たくさんの動物が並ぶ運び屋などの店が盛んであるようだ。

 他にも土産の様なものが陳列されている所もあり、夕方だというのに景気のいい挨拶があちこちで飛び交っていた。


 そのほとんどが俺でも理解できる言葉だ。

 言語が通じるかどうか不安だったが、ここでもちゃんと日本語が使われているみたいで一安心。

 こればかりは生活する上で一番大事なことだからな。本当に良かった。


 きょろきょろ辺りを伺っていると、後ろから地面を蹴る音が聞こえてきた。

 振り向けばエラメリアとゾルフがいる。

 二人の後に続くようにして、従者に支えられたエルバークさんが出てきた。

 今はちゃんと服を着ているみたいだ。


 全員が出たのを確認してから、エラメリアは運び屋の業者達にお礼を述べる。

 彼らはぎこちない笑みでそれに応じていた。

 いやホント俺が寝てる間に何があったんだ・・・。


 目が合ったので俺もぺこりとお辞儀をすると、一変してにこやかに手を振ってくれる。

 態度の違いに不安を感じつつもこちらも手を振り返す。

 一瞬満足げにうなずくと、彼らはどこかの店へ逃げるように走って行った。

 騒がしい限りだ。


 さて、とエラメリアに顔を向ける。

 彼女もこちらを見ていた。


「凄いなここ! 人いっぱいいるし、見たことない道具とか売ってるし。ちょっと見てきていい?」


 鼻息荒くまくしたてる俺。

 それをエラメリアは苦笑いで押しとどめる。


「興奮するのもわかりますが、それはまた後日。今日は出来るだけ早く宿の方へ向かいましょう。もう目処はついていますので」

「ええー・・・一瞬だけ! ほんの少しでいいから!」


 一歩も引かないで喚いていると、彼女はやれやれと首を振った。

 続いて呆れたように言う。


「分かりました。少しですよ」

「やったサンキュ!」


 それを聞くや否や飛び出す俺。


「うっわエラたんゲロ甘~」

「うるさい」


 後ろでなにやら聞こえてきたが全く気にならなかった。

 いやまあこれは仕方がないじゃない。

 お預けは受け入れられませんって。


 手始めに目の前にあった土産屋に顔を出してみた。

 気付いた店のオッサンが声を掛けてくれる。


「らっしゃい! 嬢ちゃん、見かけない顔だねぇ。冒険者さんかい?」

「あ、はい、そんなところです」

「です? なんだ、よく躾の行き届いてる嬢ちゃんだなあ。オジちゃんに敬語なんていらないから」


 がっはっはと威勢よく笑うオッサン。

 こっちまで清々しい気持ちが伝播してきた。


 いけね、ついコミュ障スキルが発動してしまった。

 確かに見た感じこの辺での敬語は場違いだな。

 じゃあ遠慮なく。


「やー俺、なかなかこの辺りの気候に慣れてなくてな。あんまし街の方に行った事ないんだ」

「そーかそーか、ここいらは知らんのか。オジちゃんはここにずっと住んでてちったぁ詳しいから、分かんねえことが合ったらなんでも聞いてくれ!」

「おう、ありがとオジちゃん」


 礼を言うと、オッサンの動きが一瞬止まった。

 怪訝な顔で商品から目をずらすと、呆けた顔のオッサンがこっちを見ていた。


 見られていることに気が付いたオッサンが、はっとして慌てたように取り繕う。

 その顔は少し赤かった。


「悪い、気にすんな。ちょっと娘の事を考えちまっただけだ」

「ほーん、娘さんがいるのか」

「ああ、丁度嬢ちゃんぐらいのな。反抗期なモンでオジちゃんの事を毛嫌いしてんのよ」

「へぇ、そりゃ大変だな」


 自分と関係なかったことなので、気にせず物色を再開した。

 反応されたのが嬉しかったのか、オッサンは家内の愚痴やらなにやらを始めだした。

 「夜の世話が~」とか「体臭が~」とか、中年特有の問題を次々提示してくる。

 客になんて話してんだ。それがここでは当たり前の光景なのかね。

 どうでもいいけどこの商品変な形してんなあ。どうやって使うんだ?

 あとでエラに聞いてみよっと。


 適当な相槌を打ちつつ色々と見ていると、いつの間にやらゾルフが隣に来ていた。

 オッサンが会話を中断し「らっしゃい!」と声を掛ける。


「おや、あんたも冒険者かい? 今日は多いなあ、何かあったのかい?」

「なんもねえ、オレはコイツの保護者だよ。ガキに色気付いてんじゃねーよオッサン」

「がっはっは、いやそいつぁ失敬失敬。あまりにウチのと違うもんでさ。娘さん、可愛いらしいねえ二番目の息子の嫁にしてえぐらいだ」

「娘じゃねえけど人の連れに手ェ出すなよ。てか見た目だけでテキトーすぎだろ」


 二人が談笑を始めたので商品について尋ねるタイミングを失ってしまった。

 おい、エラメリアはまだか?


 そう思って元の道を見ると、エラメリアの姿が無くなっていた。


「あれ、エラは?」

「ああ、エルバークの野郎と話を付けに運び屋の方に行ったらしいぞ」

「なんじゃそりゃ・・・全くわからん」

「エラたんの事だからまーた怖い事考えてんだろ。気になるなら行ってくるか? オレはもうちょいここに居るけど」

「わかった。少し見てくる」


 不穏な単語にエラメリアの様子を見に行くことにする。

 オッサンに「また後で来るー」とだけ伝え、足早に周辺の店を練り歩く。


 すると、すぐに見覚えのある綺麗な長い銀髪が目に入った。

 近くにはエルバークさんもいる。


 運び屋の店員らしき人も交えてなにやら話しているようだ。

 時折エルバークさんも口を開いていた。

 彼の挙動を若干不安に思い、エラメリアの下へ駆け寄る。


「おーい、エラ!」

「あらステフ。どうしました」

「なんかエラとエルバークさんが一緒にいるって聞いたから、少し様子見に」

「心配してくれてたんですか。ありがとうございます、でも平気ですよ。彼は今凄く従順なので」


 うん、心配してたのは本当だけど、それはエラメリアじゃなくてエルバークさんの方なんだけどなあ。

 いまも「従順」って言った瞬間ビクッと跳ねてたし。大丈夫か本当に。


「ま、それでも一応一緒にね。ところで、これは何をしている最中?」


 誤魔化しつつ現状を確認する。


「目的地まで結構あるので、運び屋を利用しようかなと。それで折角なので、この男に払ってもらおうと思いまして」


 何が折角なのかわからない。

 やってることは完全にカツアゲですよエラメリアさん・・・。


 見ると、エルバークさんは諦めたような微笑を湛えて虚空を見上げていた。


「許してもらえるならもうそれでいいです・・・早く解放してくださいい・・・・・・」


 冗談ですまない話になってきてません?!

 何度も確認するけど大丈夫なのかコレ。


 助けたいとは思うが非力な俺では何もしてやれない。

 せめてもの抵抗に、俺はエラメリアに提案してみた。


「エ、エラ。俺はこの街が初めてだから、ゆっくり見て回りたいんだけど」

「ふむ。ではあちらの足の遅い車に・・・」

「ああいや、そうじゃなくて、自分の足で歩きたいってこと。ほら、ペース配分とかあるし」

「うーん」


 そう言うと、エラメリアは難しそうな顔で何事か思案し始めた。


 チラリと横目で見やると、エルバークさんは有難そうにこちらに頭を下げてくる。

 まあ、さっきは俺たちが助けてもらったしな。

 困ったときはお互い様ってことだ。あんまししっくりこない表現だけど。


 エラメリアに顔を向け直すと、やっと考えがまとまったらしかった。

 こくりと頷きながら口を開く。


「わかりました。ではそれで行きましょう」

「おお」

「ですがやはり時間の関係もあります」

「え」

「なので、途中までは運び屋を利用したいと思います。そこから歩いて宿に向かいます。それでいいですか?」


 言い知れぬ圧力。

 これ以上は文句を付けれそうにない。


 エラメリアの背後を確認すれば、エルバークさんがキラキラした顔で何度も頷いていた。

 結局お金はとることになるんだが良いのだろうか。


 まあ、本人が良いならそれでいいけど。


 俺は「わかった」と返事をした。


「それで行こう。じゃあ、俺はゾルフをよんでくるよ。ここに戻ってくればいいんだよね」

「ええ、おねがいします」

「はーい」


 話を付けてからさきほどいた店の方へ向かう。

 二人っきりにしておくとまたエラメリアが意地悪をするかもしれないので、急ぎ足でゾルフの下へ急ぐ。


 途中後ろを振り返ってみれば、エルバークさんが従者を呼びつけて支払いをしているところだった。

 目の前に店員がいるにも関わらず、わざわざエラメリアを介して金を渡している。

 それに一抹の不安を感じながら、俺は来た道を戻っていった。



 ゾルフの背中が目に入ると同時に声を掛ける。


「ゾルフ、エラがもう出発するってさ」

「ん、わかった。・・・じゃあそういうことだから、また来るぜ兄弟」

「おう、いつでも待ってるぜ兄弟! 嬢ちゃんもまたおいで~」

「あ、ああ。ありがとう」


 商品をあまり観察できなかったことは悔やまれるも、まあまだチャンスはあるか思い直す。

 元気に手を振るオッサンを背に二人並んで歩きだした。


「・・・なあ、二人ともめっちゃ仲良くなってない?」

「そうか? あんなもんだろ」

「兄弟って呼び合ってたし」

「ああ、それか。まあ話が結構込んできてな」

「ふぅん」


 それを聞いて、俺は心にわだかまりが生まれたことに気が付いた。


 ゾルフはあのオッサンとは会ってすぐ兄弟関係にまで発展したのに、数日一緒に過ごした俺はまだ兄弟とは呼んでくれていない。

 そのことに少しばかり悔しい気持ちになる。

 俺は一体彼にとってのなんなのだろうか。


 物言いたげに顔を見上げても、全く気付く様子もなく無視されてしまう。

 直接尋ねるのは流石に恥づかしいので、俺は諦めてその事を考えないようにした。

 ・・・かなり難しいけども。



 モヤモヤとする気持ちのせいで妙に白けた雰囲気を醸していたら、あっという間に運び屋のところに来てしまった。


 丁度俺たちが乗る車を出している最中であるようだ。


「エラ! 連れてきたよ」

「ありがとうございます。こちらもほとんど準備が出来ましたよ」

「おお、これがその」

「ええ。街を見やすいように、あえて天井と壁の無い安めの車をお借りしました」


 安いという単語に若干安心する。

 エルバークさんもほっとしたような顔で経過を見守っていた。

 みんな笑顔でなによりです。


 気が付くと陽も結構傾いてきている。

 先ほどよりも辺りが暗く感じるのは気のせいで無かろう。

 その証拠に、あちこちの露店で光魔法による照明が周囲を照らしていた。


「ありがとう。じゃあそろそろ出発しようか」

「そうですね、モタモタしてると夜になっちゃいますから」


 そう言ってエラメリアは俺を手招きする。


 寄っていくと、彼女は俺を抱き上げて座席に座らせた。

 乗るところが地面から高いところにあるため、身長が低いと登れないのだ。


 続いてエラメリアが飛び乗る。最後にゾルフが運転手の隣の席に座った。

 結構狭い造りで、前後二人ずつで座るような形になった。


 出発の間際でエルバークさんに声を掛ける。


「エルバークさん、何から何までありがとうございました! また今度お礼をさせてください」

「気にしなくていいさ、こちらこそ楽しかったよ。ありがとう」


 実際は散々な目に合っただろうに、気を遣ってかそんな言葉を送ってくれる。

 彼の優しさを感じながら、精一杯の感謝を込めて手を振った。


 それを最後に車はのっそりと出発する。

 きちんと舗装された道は、ゆっくりとした走行でも揺れを感じなかった。

 これは快適だ。

 それも全部ひとりの市長のお陰である。


 ある程度距離が離れてもなお、その市長はこちらを見送ってくれている。

 俺はエルバークさんの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。

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