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第二十二話-クラッドウルフの群れ②

 俺は不安定な足場の中で立ち上がると、怒りに任せてエルバークさんの胸倉をつかんだ。


「この薄情者! 助けてもらった恩を忘れてコレかよ!」

「違う! 私は彼らの意思を尊重したのだ!」

「はっ、逃げ出しといてそれか。言い訳にもならないぞ」

「彼らの尊い犠牲を無駄にしてはならない。ここで全員食われてしまえば元も子も無い」


 開き直ったようなその発言に、俺のイライラはMAXになっていた。

 敬語なんてとっくに忘れている。


「犠牲? あの二人が? 見てなかったのか、俺達が足手まといになっても優勢だった奴らだぞ。少しすれば全部倒してこっちに向かってきてたはずだ」

「それは確かにそうだろう」

「だったら・・・」

「だが彼らが到着する頃には我々が一人たりとも生きてはいるまい」

「なっ!」


 その言葉に俺は息をのんだ。

 心辺りがあったからだ。


「君こそ外の状況をちゃんと見ていたはずだ。彼らが戦いを再開すれば必ずクラッドウルフが我々の誰かを襲っていた。今一番彼らの足枷となっているのは、人質となった私たちなんだよ」

「・・・そりゃ、わかるけど」

「それにさっきの話に戻るが、彼らには生き延びる術がある。明日には街にも到着出来よう。なら私たちが出来るのは、彼らの戦闘の妨げにならないようすぐにでも立ち去ることだ。違うか?」

「違い・・・ません」

「これは苦渋の決断だ。わかってくれ」


 そう言ってエルバークさんは悔しそうな顔をする。

 その顔は本当に悲壮に満ちており、これ以上の反論は許されない雰囲気だった。


 実際俺も彼らなら生き延びることはできると確信している。

 今俺たちが車で逃げても、時間差で街には到着するに違いない。

 反対にここで立ち止まれば、きっとまたクラッドウルフたちに目を付けられ人質となってしまうだろう。

 それは二人も望まない事であるとは重々承知している。

 その案に賛成するほかなかった。


 しかし、やはりパーティの中で俺だけが逃げたという後ろめたさは残っている。

 二人は気にしないだろうが、俺はこういった事に関しては後々まで引きずるタイプだ。

 普段通り顔を合わせられる自信がない。


 悶々と思考する俺を横目に、エルバークさんは従者を呼びつけるとその手に菓子を取った。

 そして優しい声で俺に声を掛ける。


「あの二人なら大丈夫だ。ゾルフ殿と言ったか、彼の武勇伝はここまで伝わっているぐらいだ。心配することもないさ。・・・ホラ、これでも食べて落ち着きなさい」


 言われるがままに紙袋に浅く包まれたそれを受け取る。

 だが最初に感じていたような嬉しさや期待といったものは、全く湧いてこなかった。


 それでもエルバークさんたちが見ている手前、手にしたものを口にしないというのもなんだか失礼だ。

 俺はゆっくりとした動作でそれを口に運んでいた。


――サクッ


 一口齧り、幾度か咀嚼する。

 マカロンを挟んでいる生地の様な、うっすら甘く果物が香る上品な焼き菓子だった。


「どうかな?」

「・・・おいしいです。ありがとうございます」

「好きなだけ食べてくれ。紅茶もある」


 無愛想にも無言でうなずくと再びその焼き菓子を食べる。

 だがどんなに舌は喜ぼうとも、俺の頭はやはり二人の事で一杯だった。


 考えれば考えるほど思考の闇にはまっていく。

 嫌われはしないだろうか。見捨てたと誤解されてパーティ解散になんてならないだろうか。


 もちろん二人に限ってそんなことをするはずも無いが、それでも人は心中で相手の事をどう思ってるかなんてわからない。

 それに、交友関係にかなり乏しいのが俺だ。せっかくできた仲間をこんなにあっさり失ってしまうのは、想像しただけでも胸が痛んでしまうのだった。

 思えば、エラメリアにちゃんとした恩を返せていない。最低でもそれが済むまでは離れ離れになるなんて考えもできない事だ。



 次から次へと湧き出す不安要素に、人前だというのに目に涙が浮かんできた。

 見られたら恥ずかしい。

 さもお菓子の味を吟味するかのように目を閉じることでその場をごまかす。

 だが、それはばっちりエルバークさんにもみられてしまったようだ。


 ふっと優しく微笑むと、慈愛に満ちた表情で口を開く。


「・・・君は優しいね」

「そんなことないです。二人の足を引っ張るだけで何もできないし。ぶっちゃけ俺はただの足手まといにしかならないから、パーティにいない方が良いのかもしれません」

「・・・いいや。君のその性格はきっと彼らの糧になっている。私が保証しよう」

「保証って、どういう――」

「こういうことさ」


 そういって、俺は急に頭を抱き留められた。もちろんエルバークさんにだ。

 抵抗する気も起きず素直に身を任せる。

 彼は俺を胸に抱くと、再びあの甘い声で囁いてきた。


「色々思うところはあるだろう。でも今は、全部置いて眠りなさい。目が覚めて落ち着いたら、もう一回考えればいい」

「んっ・・・はい」

「良い子だ。おい、彼女に毛布を」


 そう言って彼は従者から毛布を受け取り、俺にかけてくれる。

 すぐに体は温まり、高ぶっていた意識が段々と落ちついていく。


 エルバークさんは俺の全体重を支えるように抱き留めてくれている。

 すいません、と身を退けようとすると、彼はもっと強い力で引き寄せてきた。


「構わないさ。君一人なら軽いものだ。それに、さっきの仕返しの意味もこめているからね」

「仕返し?」

「お姫様だっこだよ。忘れたとは言わせないさ。これでも私は根に持つタイプでね」


 そう言われては何も返す言葉は無い。

 それにこの状態も心地よい。エルバークさんが調節してくれているのだろう。

 彼もいいと言っているし、遠慮せずに受け入れさせてもらおう。


 考えすぎて頭も痛くなっていた。というか、体が熱い。心臓がどきどきと波打っている。

 なんだこれは? こんな感覚一度も体験したことが無いぞ。近似するものに心当たりがない。


 ・・・もしかしてこれが恋といえるものなのだろうか。

 昔読んだ少女漫画で、こんなもどかしい気持ちを弄んでいた女の子の話がふと頭を過る。

 俺の心情を可能な限り言葉にするなら、あの表現こそが正しいのではなかろうか。


 んなバカな、と考えて先日考えていたことを思い出す。

 確かエラメリアと一緒に寝ていた時のことだ。

 あの時俺は、エラメリアに欲情しなくなったという旨の感情を抱いた。そして考えたのは、俺はだんだんと女の子みたいな考え方になりつつあるのではないかということ。

 このドキドキもその延長戦で、エルバークさんの優しさに触れたことでもしや恋に落ちてしまったのではないかと考えたのだ。


 いやいやいや。あり得るわけないだろう。


 と本当は言いたい。

 しかし、それはただ俺が意地になっているだけなのではないか、なんて不安に感じてしまう。

 女の子になりつつあるのを否定したくて、男性を好きになるかもしれないという現実から目を背けたくて、そんな言葉を漏らしているだけではないのか。

 説得力のあるその文句に、俺は再びはっきりと拒絶の言葉を口にすることは出来なくなっていた。

 果たして、このモヤモヤは一体何なのだろうか。


 いくら考えても答えが導き出せない疑問に、諦めて思考を放棄する。

 別になんだっていいじゃないか。気持ちなんて。

 せっかくエルバークさんが俺が落ち着いて寝られるように体を張ってくれているのに、無意味なことで頭を悩ますのは一番しちゃいけない事だ。

 少なくとも彼に好意は抱いているのだから、その気持ちだけ確認すれば他はなんだっていい。


 熱に浮かされたか、視界が霞み段々気持ちよくなってきた。もうこのまま眠ってしまいたい。

 心の中でひっそりと感謝の言葉を伝えると、彼の体に自分の体重をすべて任せたのだった。



 とはいえ、一度意識してしまったからには頭から離れてはくれない。

 脳は既に寝る態勢に入っているのに、体は無意識のうちにエルバークさんに擦り寄るかのように動く。

 制御できないその行動に、自分の事なのにかなり困惑していた。

 同時にさらに身体が熱くなってくるのを感じる。

 湯気が出ているのではないかと錯覚するほどだ。


 火照った頬を隠すようにもぞもぞ動いていると、気が付いたエルバークさんが穏やかな声音で尋ねてきた。


「どうしたのかね?」

「・・・なんでもないです」

「そうは言ってもかなり苦しそうに見えるが・・・」

「いえ、本当に大丈夫ですから」

「顔も真っ赤だ。どれ、ちょっと見せてみなさい」

「あっ」


 彼はゆっくりと俺の頭を離すと、自分の顔を眼前に寄せてくる。

 そのまま流れるようにおでこをくっつけた。

 先ほどの悶着の件もあり、俺の心臓は一際大きく跳ねる。心中を悟られまいと、表情を隠すのに必死だった。


「ふむ、熱は無いようだな」


 平然と言ってのけるとすんなり顔を離す。

 俺は若干惜しい気持ちを感じた。


「だが汗が凄い。このままだと風邪をひいてしまうよ」

「ほんとだ・・・いつのまに」

「緊張がほどけて疲れが出てしまったのだろう。拭いてあげるから服を脱ぎなさい」

「はい・・・」


 彼の言葉を深く考える程の余裕はない。

 俺は言われるがままに服の裾に指を掛けた。上半身を晒すことに関しては、特に恥じらいは感じなかった。


 肋骨まで持ち上げた所で引っかかりを覚える。

 手探りで調べてみると、アーマー部分がつっかえているようだった。

 後ろ手にホックを外そうと試みるも、なかなかうまくいかない。


「仕方がない子だ。私が代わりにやってあげよう」

「すいません」

「気にすることはないさ」


 背中を向けるとエルバークさんはすぐに外してくれた。

 そのまま彼は服に手を掛ける。


「はい、バンザイして」

「ん」


 これまた特に疑問に思うことなく手を上げる。

 ここまで来たら遠慮することはあるまい。完全に任せっきりにして、俺はぽぅっと虚空を見上げていた。

 意識は半分飛んでいる。


 ゴム生地のぴっちりとしたスウェットが、エルバークさんの手によって脱がされようとしていた。

 そして胸辺りまで捲られた所で、突然にそれは起きた。



――バンバンバン



 ドアが外側から全力で叩かれる音がする。

 ちなみに今は走行中だ。

 エルバークさんはビクゥッ!と体を震わせると、恐る恐る傍らにいたお付きの人と目を合わせていた。首を振り自分にもわかりませんと伝える従者。

 そのまま時間が経過することしばし。



――ドンドンドンドン!!



 さっきよりもはっきりと、拳で殴っているのではないかと疑う程の音が再び車内に響き渡る。

 エルバークさんは口に指をあててシーっとすると、再び俺の方を見てタオルをチラつかせる。続きをしようかと尋ねられているようだ。

 外の音は無視することにしたようだった。となれば俺もそれに従う他あるまい。


 こくりと頷くと、下ろしかけていた手を再びピンと伸ばす。

 裾に手を掛けられる。丁寧にゆっくりとたくし上げられた。


 謎の衝撃音に一瞬我に返り、初めて気が付いたのだが、なんだかエルバークさんの鼻息が荒い。ふんっふんっと必死で何かを押し殺すようなたん呼吸を繰り返している。

 もしかしたら彼の方こそ病気なのかもしれない。

 あとでちゃんと医者に診てもらうよう伝えておかねば。


 そんなことをぼーっと考えていると、あっという間に服を脱がされてしまった。

 どこかの隙間から漏れてくる風がスースー冷たい。

 軽く身震いすると、腰にかけてあった毛布を肩のあたりまで引っ張った。

 別に背中を拭いてもらうぐらいだから大丈夫だよね。


「ふ、む。まあいいか。先に背中から拭こう」

「お願いします」


 こしこしと濡れたタオルで優しく擦られる。

 舐める様な刺激に必死で声を押し殺す。時折強く押し付けられると、何とも言えないくすぐったさが体表を駆け巡る。

 エルバークさんはそんな俺の反応を楽しんでいるのか、「ここがくすぐったいのかな?」なんて言いながら脇や横腹などを重点的に攻めてきた。

 そのたびに俺の身体は敏感に反応してしまう。

 数日風呂に入っていなかったためか、ねっとりと汗ばんでいた体は少しだけすっきりした気がした。


「さて、こんなところかな」

「・・・んぁっ・・・はぁ・・・・・・ありが、とうございました」

「このくらい礼を言われるまでもないさ。さあ、あとは前をさっさと拭いてしまおう」

「えっ。いや、そっちはいいですよ。そのくらいは自分でやれます」

「遠慮する必要はない。ここまでやってしまったらもう、前を拭いたってかわらんだろう?」

「それはそうですけど・・・」

「それとも私に体を見せるのはやっぱり嫌だったかな? ・・・だったら済まないね。悪気は無かったんだ」

「別にそんなつもりじゃないです! ・・・じゃあお願いしてもいいですか?」


 実際男性に体を見られること自体は全く嫌ではない。そこは男だったころに依存しているのだと思う。

 だがやはり同性に前を拭かれるというのは少し抵抗があるし、何よりくすぐったがり屋のこの体ではじっとしていられるか不安に思ったのだ。


 だけどそんな悲しそうな顔をされてしまえばこちらも拒否することはできない。

 それにさっきまで平然としてたくせに、こういう時だけ恥じらうなんて自分でも意識しすぎじゃないかとツッコミたくなってしまう。

 なんか気持ち悪いじゃないか。

 そう思うと、結果お願いすることしかできなくなってしまった。


 ちょっとだけ抵抗しつつも恐る恐る毛布を下ろしていく。

 それに合わせてエルバークさんの鼻息も荒くなっていった。


「むふー! むふー!」

「・・・あのぉ」

「なにかね? 私の事は気にせず続けたまえ」

「は、はあ」


 何かと不安に感じることはあるものの、まあエルバークさんなら大丈夫だろうと勝手な信頼を押し付けて納得する。

 知らぬ間に俺は彼に対してかなり心を許してしまっていたようだった。

 ここまで人を信用したのは、エラメリアの時と合わせてまだ二回目だろう。

 出会ってすぐに密接な関係になれるなんて、とても昔の俺一人の力じゃ成し得ないものだ。

 そりゃエルバークさんが色々気を使ってくれているのは承知している。

 しかし順調に上がってきているコミュ力に、少なからず嬉しさを感じていた。


 そんなことを考えている間にもスルスルと肌が表れていく。

 そして鎖骨の下、ポッチのちょっと上まで見えてしまった時、またも例の音によって遮られてしまった。



――ガンガンバンバンドスン!!!!



 ドアを破壊せんとするかのような猛烈な打撃音がドアから放たれる。

 これには流石の俺もびっくりして顔を向けた。

 穏やかな雰囲気がまたもや一瞬で壊れてしまった。


 エルバークさんはと言うと、せっかくの落ち着いたムードを滅茶苦茶にされたことに怒りを感じたのか眉間に青筋を立てながらそちらを睨みつけている。

 今回は先ほどとは違い、中々止みそうに無い。こちらがドアを開けてやるまで意地でも殴り続けるらしい。

 今にもドアが吹っ飛びそうな勢いだった。

 一体誰がこんなことを?


 車内の出来事は一旦脇に寄せて事の次第を見守る。

 時の経過に伴ってエルバークさんの怒りが蓄積されているのを俺は眺めていた。

 三分ぐらい経った頃だろうか。

 エルバークさんが唐突に席を立った。悠然とした所作でドアの方へ歩いて行く。

 そして外側からは中の様子が見えないようにうっすらドアを開くと、あらん限りの声で怒鳴り散らした。


「せっかくのゆったりとした時間を邪魔する恥知らずはどこのどいつだ!? 私が直々に制裁を加えてやろ、うか・・・!!?」


 果たしてその眼には何が映ったのだろうか。

 エルバークさんの言葉は、語尾に行くにつれてだんだんと小さくなっているようだった。

 そんな中、聞き覚えのある間抜けな声で返事が返ってくる。


「・・・え、あー。なんか、ごめんな。こっちも必死なんだわ」

「・・・ゾルフ殿でしたか」


 移動している運び屋と並走していたのは、まさかの俺のパーティメンバーたちだった。

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