表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/47

第二十一話-クラッドウルフの群れ①

四日遅れの投稿です・・・。

遅くなって本当に申し訳ありません><

例の欠損したデータですが、書き直している内に全く違った話になりました。

自分ではこういうのもアリだな、と思いながら書いています。


ただ二万文字を越えてしまったため、いくつかに分けて投稿したいと思います。

後半はまだ見直しが済んでいませんので、ちょっと遅くになるかもしれません。

今日中には全部更新し終える予定です。


※久々なのであらすじ

 運び屋を利用していたエルバークという市長に出会い、エラとステフだけ乗車を許可される。

 だがなんやかんやあって彼とパーティ二人が口喧嘩。

 そんなことしてたら魔物に絡まれてしまった。

 響き渡る怒声に俺やお付きの人達をはじめ、揉めていた三人も何事かと警戒態勢に入る。

 辺りを見渡せば、いつの間に寄ってきたのか黒い狼の様な魔物に取り囲まれてしまっていた。


「なんだこいつら?! いつのまに!」

「ステフ、こっちだ!」


 ゾルフに呼ばれ急いで彼らの元へ駆ける。

 こんなタイミングで現状を把握している余裕はあるはずもなく、無心で彼の指示に従った。

 しかし唐突に走りだしたためか、狼も警戒を高めたようだった。先ほどまで気配を消していた殺気も隠そうとする素振りすら見せない。


 エラメリアとゾルフはこういった事には慣れているのか、すかさず非力な者を守るように前面に立つ。

 二人に挟まれるようにして俺とエルバークさんは身を寄せていた。


「20・・・いや25は居るな。距離も近い。これはちっと面倒かもな」

「そうですね・・・これでは魔術で怯ませることも難しいでしょう」

「オレが引き付ける。退路と背後を頼んだ」

「了解です」


 敵の数と配置をすぐさま確認すると、数瞬の思考時間もとられることなく的確な打開策を導き出す。

 俺はと言うと、どんな時でも気を取られることなく冷静に行動する彼らに、自分の置かれている状況を忘れて感激してしまっていた。


 やべえ、カッコよすぎる。これほど頼もしい仲間(パーティ)もなかなかいないだろう。

 ・・・メンバーの一員である俺が何もできないということに関して、非常に心苦しい点はあるものの。


 まあ俺の葛藤はこの際置いといて。

 エラメリアはそっと身を添えてくると、ぼそぼそと何か耳打ちしてきた。


「私たちで少しの間、群れに穴を作ります。その隙にそこの男を連れて車に乗ってください」

「そのあと二人はどうするんだ?」

「開けたところに出ればあとは魔術で蹴散らせます。ここでは思うように立ち回りが利きません。なので出来るだけ早く移動してください」

「わかった」


 頷くと、エルバークさんにこのことを伝えようと顔を向ける。

 だが彼は俺の話に耳を傾けられる程落ち着いていられないようだった。

 しきりに自分の従者を呼んでいる。


「メルバ! タルト! はやく私を助けないか!」

「は、はい。直ちに!」


 しかし、彼らとエルバークさんの距離は少々離れている。

 狼も馬鹿ではないようで、すぐさま主従関係を読み取ると二者の間に走り込んできてしまった。

 これではエルバークさんの直属の助けは近づけない。

 二人の従者は、武器を抱えたままオロオロとしていた。

 やみくもに剣を振っても当たらない。道を開こうと腕を振り回すも、腰が入ってないそれらは全て躱されているようだった。


 市長の護衛を任されているだけはあって、彼らもある程度戦うことは出来るのだろう。

 だが数多くの敵に囲まれた状況では、迂闊に剣を振るって隙を晒すことはできない。結果狼たちに翻弄されるようにして周辺を走り回っている状況だった。


「ええい、使い物にならないやつらめ!」


 命の危機に我を忘れて喚くエルバークさん。

 既に最初に見た上品さは欠片も無くなっていた。

 これが彼の本性なのだろうか。


 お陰でだいぶ落ち着くことが出来た。自分より狼狽えている人がいると無条件に落ち着いてしまう、というのは本当だな。


 大きく深呼吸を一つ。

 色々と不安に思うことはあるものの、俺は俺に出来ることを全うする。

 木の剣を引き抜きながら、エルバークさんと従者に聞こえるように声を上げた。


「エラとゾルフが狼たちの気を引いてくれてる間に、俺たちは車の方まで移動しましょう。中に入れば少しの間は凌げるはずです」

「え? ・・・ああ、わかった」

「では我々はいつでも乗れるように待機しております」

「ああ、お願いします」


 ドアを半分開きすぐにでも飛び乗れるよう準備してくれている人たちにお礼を返し、エルバークさんの腕を取る。チャンスがあればいつでも駆けだせる体勢だ。

 ふと表情を伺うと、彼はよほど頭に血が上っているのか顔を大仏のように強張らせていた。

 行動を示唆したためか急に大人しくなる。

 やりやすくて有難いのだが、なんだかこれはこれで怖いな。


 他の人達が大丈夫なのを確認し、味方の二人が動き出すのを待つ。

 大勢の敵と対峙したまま動かない彼らの間に、視認できるほどの緊張が立ちこめる。

 ごくり、と誰のとも言えない音が響いた。



――ヴァア!


 最初に動いたのは狼だ。近くの仲間を二匹連れてゾルフへと疾駆する。

 この中で一番強いのは彼だと瞬時に見抜き、ボスから倒すことにしたのだ。


「来たぞ!」


 しかしゾルフは、落ち着いて短剣に手を伸ばしたまま動こうとしない。

 エルバークさんが声を荒げて注意を促すも、反応は帰ってこなかった。狼は眼前に迫っている。


 手前で口を大きく開き、それぞれ喉、手首、足へと飛び出す。

 既に逃げても間に合わない距離まで詰められていた。思わず傍観していた俺も鋭い叫び声を上げる。


「ゾルフ!」

「――っは」


 狼と接触する直前。

 ゾルフは短く息を吐くと、腰から斜め上に向けて気合一閃、とばかりに短剣を振り抜いた。


「ガッ?!」


 それは三匹の狼の肉体を、豆腐を切るかのようにするりと通過する。

 狼は己の身体を駆ける異物の存在に気付いたのか、攻撃の手を緩めてゾルフの後ろに着地した。

 ちなみにそこは俺たちの目の前だ。


「グ・・・?」


 しかし狼は倒れることなくその場に立っている。

 恐らく死を覚悟していたのだろう、何も変化がないことに驚いているようだった。


 それは俺たちも同じで、エルバークさんと二人できょとんとした顔をする。見ると他の狼たちも現状に頭が追いついていないみたいだった。

 皆硬直したまま一歩も動かない。

 辺りをきょろきょろ見回していた当の狼と目が合う。

 彼らは「何が起きたの?」と言わんばかりの顔で俺の目を見つめていた。

 わからないよとこちらも無言で首を振る。


「くん?(狼:何か変わったところはない?)」

「こくこく(俺:無い無い)」

「フゥン・・・(狼:そうか・・・)」

「・・・(俺:・・・うん)」


 魔物と初めて意思疎通ができた記念すべき瞬間だった。

 困ったように首を傾げる様が非常にキュートだ。狼と言うよりはむしろ犬の様な行動をとる彼らを思わず可愛がってやりたいと思ってしまう。

 ちょっとした所作で互いの言わんとしていることが手に取るように分かる。俺は仲間意識のようなものを感じ始めていた。

 今ならちょっと頭を撫でてやれば仲良くできるんじゃないだろうか。

 そんな安っちい希望を夢見ていた時だった。


 三匹は自分の身に変化が無いことがわかると、ギラリと再び目を光らせて俺たちを()め付ける。

 当然せっかく生まれた好機を逃すはずがなく、瞬時に体制を立て直すと懐に飛び込んできた。

 作戦失敗、友好的関係成立せず。

 明らかに一般人とはかけ離れた闘気を放つゾルフを放置し、弱そうな奴らから落とす作戦へシフトチェンジしたようだった。


「やっべ」


 慌てて剣を握りしめる。

 しかし少し時間が足りない。剣をしっかり構える前に狼は俺の横腹に噛みつかんとしていた。

 咄嗟にエルバークさんを俺の背後へ押し倒す。少しでも狼から遠ざけようと無意識のうちの動きだった。


「うわっ」

「エルバークさんはエラの後ろに!」


 俺は痛みを覚悟し、言いたいことだけ言うと瞳をぎゅっと閉じる。

 いつ痛みが来ても大丈夫なように体を引き締めた。


「・・・・・・っ」


 ドスッという衝撃と共にわき腹に重くのしかかる狼。反動で俺も後ろに倒れてしまった。

 尻から伝わる地面の硬さを意識すると同時に服に食い込んだ歯がちくりと体を刺す。だが耐えられない痛みでは無い。


 もちろん実際の痛みはこんなものじゃないだろう。まだ当たっただけだ。恐ろしいのはこれからである。


 背筋に大量の冷汗が流れるのを感じる。

 更なる痛みに備えて俺は歯を食いしばった。


「ぐぅ・・・・・・う?」


 だがいくら我慢しても激痛はやってこない。

 おかしい。噛みつくまでの時間は充分あったはずである。あまりの恐怖に、脳が痛覚をシャットアウトしたのだろうか。


 疑問に思い恐る恐る目を開ける。自分のわき腹をちらりと確認してみた。


「あ」


 そこには白目を剥いて気絶している狼の姿があった。

 四肢をだらりと下げ、無様な姿で歯を立てている。時折体がピクピクと跳ねていた。

 他の二匹も確認すると、ちょっと後ろの方で同様に泡を吹いて倒れていた。


「神経がやられてますね。放置すればそのうち絶命するでしょう」


 疑問符を浮かべる俺に淡々とエラメリアが解説してくれる。

 この時初めてなるほどと合点がいく。

 ゾルフはあの瞬間に一気に三匹、両者血を流すことなく敵を仕留めたのだ。


「すっげぇ・・・」

「フッ」


 尊敬の眼差しで彼の後ろ姿を見やる。

 容易く出てくるプロ技に驚嘆。またしても格の差を見せつけられた思いだ。

 鼻を鳴らすゾルフの顔は、心なしかテカテカと輝いているように見える。

 俺も修行を積めば彼のようになれるのだろうか。


 そしてそんな時でも丁寧にツッコミを入れていく方が一人。


「はぁ、恰好つけるのも程々にしてさっさと終わらせてくれませんか。こちらも暇ではないので」

「う、うるへ! ただ剣が汚れるのが嫌だっただけだっつの!」


 俺にへばりついている狼をどかしつつ、ため息交じりにエラメリアが放った言葉。

 ゾルフには大層効いたようで、顔を真っ赤にしながら狼の群れへと駆けだしていった。


「アイツ・・・こんな状況なのに・・・」

「いつもの癖です、仕方がないですね。気に入った女性にはああやって積極的にカッコつけようとするんです。正直うっとうしい事この上ありませんが」

「そっか、エラも大変だな」

「・・・え? あ、ああ、そうですね」

「エラもずいぶん他人に優しいんだから、付け込まれないようにしなきゃな」

「はい、気を付けます・・・。(そっくりお返ししたかったところですが・・・この子はある意味心配なさそうですね)」


 俺の気遣いに苦笑い交じりでそう答える。

 含みのある言い方に一瞬気をとられるものの、まあいいかと疑問を流す。

 実際今のところ彼女はゾルフを毛嫌いしてるみたいだし、大丈夫だろう。

 頼むぜ、エラメリアがゾルフのモノになるなんてマジで耐えられません。


 力強い味方のお陰で心に余裕が出来たからだろうか。気づけば俺たちはいつものような会話を繰り広げていた。

 穏やかな雰囲気がその場を流れる。

 と、そうこうしてたら催促の悲鳴が掛けられた。


「き、君たち! 何をうかうかしているんだ! 速く車の方へ急がないか!」


 うるさいな、人が話している最中に・・・と嫌味を滲ませて後ろを振り向く。

 しかし目に飛び込んできた事態に、怒りも忘れて怒鳴り声を上げてしまった。


「エルバークさん後ろ!」

「えっ」


 今にもエルバークさんに噛みつかんとしている狼に気が付く。

 ゾルフが動き出したことで、俺たちを守ってくれる人員もいなくなったと踏んだのだろう。

 他の狼がゾルフを相手にしている間に雑魚を片付けようという寸法だろうか。


 エラメリアのとなりで腰を下ろしている俺には助ける程の時間があるわけもなく、エルバークさんの首筋に牙が刺さるのを呆然と眺めていた。

 狼は勝ったと言わんばかり口角を釣り上げ、犬歯をむき出しにする。

 首を這う魔物の息遣いに気が付いたのか、エルバークさんが絶望の色を目に浮かべた。


「詰めが甘いですね」


 残念ながらそんな敵の勝機も粉々にしてしまうのが俺のパーティメンバー。

 エラメリアは横目でそれを捉えると、無詠唱で指先から何かを放った。


 ひゅん! と俺の眼前を突き抜けると、それはまっすぐに対象の体に直撃する。


「ギェッ?!」


 狼は声にならない悲鳴を残しながら、遥か後方へと吹っ飛んでいった。

 腹から血をまき散らしながら、そのまま味方の後ろでどさりと倒れる。ピクリとも動いていなかった。

 即死だ。


「・・・!」


 焦ったように陣形を整えるクラッドウルフの群れ。

 そりゃそうだろう。彼らの位置からしてみれば、俺達が何もしてないのに急に味方の一匹が吹き飛んだように見えよう。

 不可視の攻撃程怖いものはあるまい。


 だがゾルフが今現在斬り捌いている同胞も合わせて壊滅的な被害を出した彼らは、それでも俺たちを射止めんと殺意を向ける。

 トンデモ無いタフさだ。もし俺がクラッドウルフの立場なら、とっくに何もかも放り出しているに違いない。

 ただ二人のお陰で戦力差は圧倒的にこちらへ傾いた。

 あとは彼らの油断している隙に車へ乗り込むのだ。


「さて、ここからどうするかだな」


 一歩でも踏み出せばすかさず目の前を阻まれる。

 素早さを活かした完璧な立ち回りだった。完全に退路を断たれる。


 しかしこちらもそれは想定済みだったらしい。

 エラメリアが既にゾルフと打ち合わせていたのか、早口に作戦を伝える。


「ゾルフの合図で私が大爆発を起こさせます。その瞬間にあなたは彼と一緒に車の方に」

「よし、わかった」


 俺の返事ににっこりと頷くと、ゾルフの方へ顔を向けた。


「聞こえましたね! こちらはいつでも大丈夫です!」

「分かった。三十秒待て」


 そう返事をすると、彼の動きが早くなったのが素人目に見てもよく分かった。

 今までクラッドウルフの意識を俺達から逸らすように動いていた。それを明確な殺意を以て殲滅に当たるように切り替えたのだ。

 牽制がてら振られていた短剣が、今度こそ狼らの意識を根っこから()っていく。

 次々と地面に伏していった。



 体感で二十秒ほどかかった頃だろうか。既にクラッドウルフは半分以下にまで数を減らしていた。

 前面ではゾルフがちょっかいを仕掛け、俺達の方へ向かってくる魔物はきっちりエラメリアが処理する。

 時折耳元をかすめる魔術の音が心地よい。対照的にエルバークさんはビクビクと体を震わせていた。


 狼たちは流石に疲弊してしまったのか、集まった獲物を見たりゾルフを警戒したりと常に気を張っていた者も回避に徹している。

 攻防ともに完璧な敵を前に、最早逃げることすらできないようだった。

 いや、みたところ彼らには最初から逃げるという選択肢は無いのかもしれないな。

 群れで行動する場合、一匹が逃げ出せば他もそれに倣ってしまうことがある。それを恐れて逃亡と言う手段は徹底して消しているみたいだ。


 しかし、そうなると有難いのはこちらの方だ。

 戦意を喪失した敵などただの(まと)に過ぎない。無理に逃がして増援を呼ばれるよりは、ここで群れを壊滅させてしまった方がいくらか早いだろう。


 気付けば群れは七匹にまで激減していた。


「これなら敵を全滅させた方が早いんじゃないか?」

「いえ、それは厳しいですね・・・この七匹は特に足が素早い。私の魔術は当然のこと、あのゾルフの攻撃もほとんど掠ってすらいません」

「そうか・・・」


 そんな話をしているとゾルフの方から声が上がった。


「うし、この辺でいいだろう。オレが車とお前らの間を走って注意を引くから、その間にエラたんは魔術を!」

「了解しました」


 どうやらゾルフの方も準備ができたようだ。

 例の”合図”を提示してくる。エラメリアはそれに頷くと、杖を取り出して構えた。


 クラッドウルフはエラメリアの杖に何事かと意識を向ける。七匹の注意は完全にゾルフから離れてしまった。

 そしてその一瞬の隙を逃すはずもなく、ゾルフは群れの背後、即ち俺達と車の背後を走り抜けた。

 途中で二匹ほど剣を撫でるように斬りつけ、充分に自分の脅威としての存在をアピールしていく。

 再び狼たちの目線はゾルフの方に向けられた。


「エラたん!」

「わかってます! ”暴炎”!」


 狼の背後に巨大な火の球を出現させる。

 結構距離をとっていたためか、まだその存在に気付いた魔物はいない。


「”凝縮”」


 その掛け声とともにぐんぐん火の玉が小さくなっていく。

 小さな家ぐらいはあるかと思われた塊が、気が付けば掌に収まる程度のサイズに落ち着いていた。

 太陽と見間違うほどの発光に思わず目を背ける。

 この時になって、ようやくクラッドウルフたちも背後の違和感に気が付いたようだった。

 ゾルフの事も気にかけつつ、ゆっくりとした動作で振り返る。


 そのタイミングを見計らったかのように、エラメリアは最後の掛け声を口にした。


「”起爆”!」


 直後、凄まじい爆音と光が辺りを震撼させる。

 耳を塞いでもなおビリビリと鼓膜を震わせる衝撃に、俺とエルバークさんは放心していた。

 熱せられた暴風がチリチリと肌を焦がす。

 先刻前まで考えていたことを全部吹っ飛ばし、これからどうすんだっけと間抜けなことを考えてしまう。


 落ち着いていた俺でさえそうなってしまったのだ。気を張り詰めていた狼からしてみれば堪ったものじゃないだろう。

 唖然とした表情で炎の残骸を見つめる者、鼓膜が裂けたのか悲痛な声で鳴きながらのたうち回る者、気を失ってこてりと倒れる者など、反応も多種多様だった。


 その姿を、まるでバラエティ番組かなにかを見る様な心境で見守る。

 圧倒的な戦力差を前に為すすべなく立ち尽くす彼らを前に、俺はある種の同情を感じていた。

 ご愁傷様。戦う相手を間違えたんだよ・・・。


 などと要らんこと考えていると、後ろからエラメリアに肩を押される。


「今の内です。急いで車の方へ!」

「あ、ああ」


 ようやく思い出した。

 そうだ、魔物の意識が逸れた内にエルバークさんを連れて逃げるのが俺の役目だったのだ。


 そうと分かればやることは早い。

 俺は無理やりエルバークさんを立たせると、車の方へ向かうよう促した。

 しかし、彼はよほどショックをうけたのか、狼同様固まったままなんの反応をしないでいる。


「エルバークさん! しっかり!」

「ぁ・・・」

「クソッ、こうなったら仕方がない。失礼しますよ!」


 俺は失敬すると、意地でも動かない彼の下に手を差し込んだ。


「! 何を・・・っ」

「すいません、少しの間なんで辛抱してください」


 俺は小動物をだっこする様に優しく抱え上げると、エルバークさんが制止するのも無視して車の方へ駆けだした。


「待て、待ってくれ! この状況は・・・非常に・・・」

「ごめんなさい、でも今はこれしかないんです」

「いや私も自分で歩けるから! 下ろしてくれぇ!!」

「時間のロスになるのでそれも難しいです。我慢してください」


 お気付きになられた方もいるだろうが、そう、今のエルバークさんは俺に”お姫様だっこ”をされている状態である。

 貴族風の服を召している人を抱っこして走る様は、さながらどこぞかのお姫様を悪の手から救い出し逃げているようにも映るだろう。

 こんな素晴らしいシチュエーションにおいて、一つ問題があるとすれば性別が逆転していることぐらいか。

 それなりに鍛えており引き締まった筋肉を持つ大の男性を、見かけでは力も無さそうなひ弱な女の子(中は男)が”お姫様だっこ”で抱え上げている。

 男を抱える俺も大概だろうが、抱きかかえられている本人にしてみればそれ以上に耐えられない行為だろう。

 真っ赤な顔を両手で覆い隠し、「体裁がー」とか「イメージがー」とかぼやいている様子は可愛くみえないこともない。


「いや流石にそれはないか」


 現実から逃げるようにそう呟いている内に、何とか車の元へ到着することが出来た。

 先ほどとは別の理由で固まってしまったエルバークさんを従者に任せ、俺は車の周りにいた狼共を剣で追い回す。

 彼らは容易くその場をどいてくれた。

 これで道は開けた。あとはエラメリアとゾルフが到着するのを待つだけだ。


 エルバークさんとその従者たちが乗車したのを確認し、「失礼します」と一言述べながら俺も乗せてもらう。

 車内は高級そうな物品で溢れかえっており、子供一人が増えただけでもかなり圧迫されてしまった。

 これでは二人が乗れない。

 俺はエルバークさんに荷物を少し下ろすようお願いすることにした。


「すいませんエルバークさん、あの二人も乗れるように荷物を下ろしてもらえませんか?」

「・・・」

「お願いします、この通り!」


 両手を合わせてぺこりと頭を垂れる。

 エルバークさんは指の隙間からちらりと俺を見やると、従者に「やってやれ」と命令した。


「はっ、かしこまりました」

「ありがとうございます!」

「・・・」


 それっきり黙ってしまった。

 まあいいか。お願いは聞いてもらえたし。

 今度こそあの二人を待つだけだ。ほっと息をつき、開かれたドアから外を眺める。


 しかし、すぐにそう悠長にしてる暇もなくなってしまった。


 座席に積んであった荷物を外に放っていた従者が、唐突に怯えたような大声を上げたのだ。


「きゃっ! し、市長、すぐそこにクラッドウルフが!」

「なに?!」


 ピクリと眉を吊り上げると、急いで自分でも確認しに行く。

 俺もそれに続いた。


「・・・うわぁ」


 見ると、四匹のクラッドウルフが車を取り囲むように跳ねている。

 群れが崩壊し、自棄にでもなっているのだろうか。


 そう思ったのだが、ゾルフの方を見ればそれが違うことが分かった。

 彼は群れの一匹を今にも仕留めようとしていたのだ。

 それを見た仲間が、俺達を人質に取ることで剣を収めさせようとしているようだった。


 もちろん二人はすぐそれに気が付き、ゾルフは剣を振り上げたまま腕を固定してしまっている。

 両者共に前に出ようとはせず、怪しげな時間が経過しようとしていた。

 非常に不味い。今車内に入ってこられたら、逃げ場はどこにもない。

 外へ逃げてもすぐ他の狼に捕まってしまうだろう。

 完全にクラッドウルフの作戦にはまってしまった。


 どうしたものかとエルバークさんの方へ顔を向ける。

 彼は俺の方をちらりと見やると、決心したように従者に命令を下した。


「仕方がない、車を出せ」

「?!」


 それは思わぬ戦略だった。

 まさか助けられた身で二人を取り残すとは言うと思うまい。運転手も困ったのか、悩ましそうに俺の方に視線を送ってくる。

 俺は首を振ってその案を否定するも、彼はそろそろと手綱に手を伸ばす。依頼主の発言力には抗えないようだった。


 ちっ、急いで二人を呼び戻すしかないか。


 俺はドアから身を乗り出すと、ゾルフの方へ剣を振った。大声を出しては悪戯に狼を刺激してしまうだけだ。視線の端でちらつかせることで意図を伝えようと言う魂胆だ。

 気が付いてくれと祈りを込めて剣を振る。

 ゾルフがこちらを向く。気付いた!


 だが、彼の口から飛び出したのはまたしても俺の意志に反したものだった。


「はやく逃げろ!」

「でも二人が・・・」

「俺たちもすぐに追いつくから! ドアを開きっぱなしにしてくれれば飛び乗れる!」

「だ、だけど」

「ええい、何をモタモタしている! 早く車を出さないか」

「あ、待って」

「いいからッ」


 エルバークさんを止めようと肩に手を伸ばす。

 しかし腕ごと振り払われてしまい、ぺたんと尻もちをついた。

 業者の方も依頼者の命令とあれば逆らえないのか、若干後悔の念を浮かべて車を発進させる。

 エルバークさんがドアを閉めるのと同時に、ガタガタと不安定な音を立てて動き出す。

 体勢を立て直す頃には既に結構な距離が離れてしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ