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第二十話-忍び寄る陰

=====



 さて、そうこうしている内に俺たちはあっという間に街が見える範囲にまでやってきた。

 とは言っても一角がうっすら見えるだけで、距離にすればあともう一日は歩かなければならないだろう。


「おおお。ゴールはもうすぐだ。最初はあんなに待ち遠しかったのに、目の前にすればこの数日間がものすごくあっという間だったように感じられるなぁ」

「そうですね。ステフはこの街が初めてなんでしたっけ」

「うん。というか、この世界・・・この辺の地域はどこにも行ったことが無いよ」

「では楽しみにしていてください。きっと驚くような光景が広がっていますよ」

「言われなくても。頭の中はとっくに街のことで一杯なんだ。あと一日かぁ・・・。楽しみだなあ」

「ふふ。でも浮足立つのもわかりますが、気を抜かないようにしてくださいね。特にこの先は新たな形態の魔物が出現しますから」

「・・・ああ、わかってる」


 道中、俺たちは様々な魔物と出会ってきた。

 そのほとんどが小さな生き物だったので、近寄れば向こうから逃げていくし、たまに好戦的な奴がいても俺の剣技の練習になる程度の存在だった。


 だがここからは今までと一味違う。

 その理由は、目の前のただっぴろい広野ににあった。


 先ほど俺は街の一角が見えている、なんてことを言った。

 だが一つ考えてみよう、昨日まで俺たちはどこにいただろうか。

 そう、答えは木々の生い茂った浅めの森である。

 そんな見通しの悪いところにいては当然街なんて視認出来る筈がない。

 なのに俺は今それを確認できている。

 なぜか?


 ここが既に森の中ではないからだ。


「ただそうは言うけどさ、森を抜けて見通しが良くなったんだから逆に安全なんじゃない? 魔物が近づいてきてもすぐにわかるし」


 俺たちはたった今森を抜けた。

 目の前には街まで続く雑草だらけの足場。

 深い森のせいでウェンポートにたどり着けなかったり、探している最中に迷子になったりするのを避けるため町の人々が木々を取っ払ったのだそうだ。

 だが、視界を切り開いたことで便利を感じたのは我々だけでは無かった。


「そんなことはありません。道が開けたということは、即ち集団での動きがよりやりやすくなったということ。ちょっとでも気を抜くと、あっという間に何十頭もの魔物に囲まれてしまいますよ」

「マジか・・・でもちょっとぐらいの大きさだったら俺でも太刀打ちできるだろうし、いざとなったらエラの魔法で切り抜ければいいじゃないか」

「まあ、それはそうなんですけどね。でもここに住む魔物は小さくて力が強く、何より素早い。至近距離まで近付かれると非常に厄介なことになります」


 なるほど、ともし自分たちが魔物に囲まれてしまったらどうなるかを想像する。

 ・・・ただ足手まといになって二人に守られながらコソコソ進む俺の姿が容易に思い浮かんできた。

 とても数多い魔物相手に木の剣で斬りかかれるほどの実力が無いことは自分でもよくわかっている。

 頑張って戦おうとしても、結局いつもみたいに空回りしてヘマするのが関の山だ。


 うん、確かにこれは危険だ。

 非常にマズい。

 俺の体裁的な面で。


「そっか・・・わかった。気を引き締めて行こう」

「ええ。そうしてください」


 その言葉に一度頷くと、辺りを警戒しながら一歩ずつ足を踏み入れる。


 見た感じこの辺は大丈夫そうだな。


 それは他の二人も認識したようだった。

 エラメリアは俺とゾルフに目配せすると、自分が先頭になって歩き始める。

 それに続く俺。

 さらにその後にゾルフが着いてきた。


 前はエラメリア、中に俺、後ろはゾルフといった完全防護形態(守られてんのは俺)で着実に進んでいく。

 警戒を怠らなかったためか、出始めは問題なく事が運んでいった。

 このまま丁寧に渡って行こう。



-----



 どのくらい経っただろうか。

 体感的には5、6時間程のように思われるのだが、空を見上げれば太陽はまだ全然傾いていないようだった。

 街との距離も全く縮んだように思えない。


「エラ、これあとどのくらい歩けばいいの・・・?」

「珍しいですね、ステフがこんなに早く弱音を吐くなんて。まだまだですよ」

「いやもう緊張がほどけそうなぐらい疲れたんだけど・・・。どんなに警戒しても魔物一匹出てきやしないし」

「そういったところからの油断に彼らは付け込んでくるのです。ホラ、もうちょっとですから頑張ってください」

「うーい・・・」


 エラメリアの応援に力なく返事を返す。

 しかしどんなに元気づけられようと、ここまで疲弊した体力は回復しそうになかった。


 というか、この辺本当に何も出ないな。

 どんなに気を張ってもここまでスッカラカンだと徒労に包まれている感がひどい。

 意味もなく精神がゴリゴリ削られる感覚に脳が疲弊していく。


 今どんなに喝を入れられようとも俺の気分が高まる勝算は低いだろう。

 少し一休みしないとすぐにでも倒れてしまいそうだ。


 そういう考えから休憩を申し出ようとしていると、ゾルフの方から声が上がった。


「エラたん、ちょっとストップ」

「どうしました? お手洗いですか? だったら私たちは先に行ってるのでお気になさらず」

「いや違うから。てかおかしいだろ。パーティなら待っててくれよ」

「はぁ、あなたのつまらない冗談に付き合っている暇は無いのですが・・・魔物の群れでも見つけましたか?」

「釈然としねえ・・・まぁいいや。そうじゃなくて、ほら後ろ」

「?」


 ゾルフに言われて背後を振り返るエラメリア。

 つられて俺も確認してしまう。


 と、ちょっと離れた先に大きめの黒い影がズンズンこちらに向かってきていた。

 何あれ。牛?


 もちろんこんな場所にそんな動物がいるはずもなく(そもそも牛なんているのだろうか)、よく見るとそれは大きな箱のような物体だった。

 派手な外見に身を包んでおり、先頭になにやら巨大トカゲのような魔物が繋がれている。

 似たようなものから考えるに馬車的な何かだろうか。

 ともかく衝突しないよう道を譲るように移動する。


「運び屋だな。あの装飾の度合いから察するに、市長クラスといったところか」


 こともなげに言うゾルフ。

 視線だけで何か問うた所、その名の通り人や物を運搬する業者のことらしい。

 なるほど、この世界にはそんなものが存在するんだな。

 覚えておこう。


 そしてそれらは、装飾や使役している魔物のランクで乗車するお客さんたちを区別するんだとか。

 目の前に迫ってきている運び屋は、街のトップ層の人々が使用するレベルなんだそうだ。


「いいなぁ。俺たちも乗せてもらえないかなあ」

「普通に考えたら無理だろうな。アイツらアホみたいにケチンボだし」

「あら、それはあなたが不遇を受けてるだけでは? 私とステフぐらいなら簡単に乗せて貰えると思いますが」

「・・・本当にそうなりそうで反論できない。まあ乗せて貰った所で足元見られるだけだし、近付かねえのが吉だな」

「結局何もアテにはできないか」

「だな」「ですね」


 はぁ。

 思わずため息が漏れる。

 そんな軽口をたたき合いながら、パーティは再び前を向いて歩きだした。

 乗れないならあんなもの視界に入れ置く必要もない。

 見てたって気分が重くなるだけだ。


 どんよりした空気に当てられ、鈍足にさらに拍車がかかった。

 みるとあのエラメリアでさえ疲れた雰囲気を背中から滲ませている。


 無理もあるまい。

 あんな便利な乗り物が近くにあるのに俺達は使えないんだから。

 いっそ中に乗ってるヤツ引っ張り出して奪えないかな。


 そんな野蛮なことを真剣に考え始めた頃だった。

 ふと顔にかかる大きな影。

 何ぞやと思って顔を上げると、真横には例の運び屋が悠々と通過しているところだった。

 いつの間に並ばれたのだろう。

 考え事をしていたせいで全く気が付かなかった。


 ていうか距離近すぎじゃね。

 何? 当てつけかよ。


 殺意の籠った目で乗車席を睨みつける。

 スライド式のドアで完全に覆われていたため、こちらがいくら睨んでも相手方に気付かれることはなさそうだった。

 だったらと俺はより一層過激な態度で乗車席に怨念をぶつける。

 ただ睨みつけるだけでなく眉間や口を歪ませた、顔全体での不快アピールだ。

 後ろでゾルフがドン引きしていたが、心身共に疲弊していた俺には気に掛けることもできなかった。


 だが、不注意はこれだけにとどまらない。

 俺は完全に油断しきっていた。


 乗車席のドアが横にすーっと開いた。

 そこには利用者であろう裕福そうな身なりの男性。

 整ったちょび髭を生やしたその男は、偶然にも開いた瞬間俺の方に顔を向けていた。

 バッチリ目が合ってしまう。

 ちなみに俺の不快マックスフェイスは継続中だ。


 固まる俺。

 それは相手も予期していなかったのだろう、ドアを手で支えたまま何も言葉を発することなく立ち尽くす。

 そしてそのまま、速度で押し負けした俺たちを置いて前方に進んでいってしまった。


「・・・」

「・・・」

「・・・」


 無言の三人。

 誰も何も話せない。


 そりゃそうだろう。

 いい年のオッサンが真顔のまま横を通り抜けていく様は誰が見てもシュールだ。

 俺とゾルフはまあ因果を把握しているからまだ理解できるとして、俺の変顔の件を知らないエラメリアからしてみれば全く意味が分からないに違いない。


 そのまま誰一人として反応を口にすることなく歩んでいく。

 それでも三人の目はいまだに運び屋を捉えて離さなかった。

 ・・・俺はいつ顔を戻せばいいのだろう。

 完全にタイミングを失った。


 呆然とする俺たちをよそに、運び屋はどんどん先に進んでいく。

 気まずい雰囲気の原因である俺からしてみれば、今すぐにでもあの車とはおさらばしたかった。

 そう思ってしまったからだろうか。

 運び屋はどんどん速度を下げ、少し先で停止してしまった。


 待ってヤバいどうしよ。

 顔を見られちゃったよ。

 上流階級の人が利用しているみたいだし、中からSPみたいな方たちが降りてきてとっちめられたりするんだろうか。


 そんな個人的な不安をよそに、気にしたそぶりも見せず進んでいくエラメリア。

 本心では気にしているのかもしれないが、ここで立ち止まるのも変だろう。

 無関心を貫くことにしたらしい。


 そして先頭がその気なら俺も付き合う他あるまい。

 同じく無関心無関係の振りをしながら、仕方なくエラメリアの後を追う。


 しかしやはり期待を裏切るが運び屋一同。

 俺たちが車の横に差し掛かった時、中に乗っていた男性がひらりと飛び出す。

 そのままつかつかと俺たちの方に歩み寄ってきた。

 というか、主に俺の元へと近寄ってくる。


 目の前までやってくると、男性はおもむろに俺の肩に腕を回し、もう片方の手で俺の片手を取りながら耳元で囁く。


「お疲れのようですね、お嬢様方。見たところ我々の目的地は同じ。ならばもしよければ私の車にお乗りになりませんか?」

「ひゃいっ?!」


 めちゃくちゃイケボのオジサマだった。

 キザなセリフと動作が良く似合っており、全く嫌味を感じさせない。

 その所作からはかなり高い生まれであろうことを直感させる。


 そして俺はというと、相変わらずの耳の弱さで軽く意識が飛びそうになっていた。

 男に感じさせられてなるモノかと必死でつなぎとめる。

 それでも頭は完全に思考力を失ってしまい、このあとどうすればいいのかわからなくなる。

 早く返事をせねばという気持ちだけが先行して、軽いパニックに陥ってしまった。


 この時、上擦った声で返事をしたまま固まってしまった俺に、二つの救いの手が差し伸べられた。

 ふいに男の肩を抱く力が弱まる。


「ちょっと。何をしているんですか。うちのステフに気安く触れないでください」

「おいおいオッサン。マナーが足りてないんじゃねえの?」


 見ると、エラメリアは男性の腕をしっかり掴んでおり、後ろからゾルフが肩を捻り上げていた。

 男性は自分の置かれている立場に気が付いたのか、心外そうな顔で身を引く。

 それに合わせて二人も手を放し、俺を引き連れて男性から距離を取った。


 男性はそれでも整った顔を崩すことなく、胸に手をあてて優雅に一礼。

 そして、堂々とした立ち振る舞いで自己紹介を始めた。


「申し遅れました、(わたくし)街の長を務めております、エルバーク=ジスと言う者です。この長い距離を歩で行く御三方がいらっしゃると操縦の者が申しておりましたので、良かったら同席はいかがかとご相談に参りました」


 反応したのはゾルフだ。


「やけに怪しいオッサンだな。オレは騙されないぜ、お前もどうせ他の市長と同じように過剰に私腹を肥やす糞野郎なんだろ? そんな奴が高々一般人に手を差し伸べるとは到底考えられねえなあ?」


 あからさまな敵意を以て声を荒げるゾルフに、エルバークと名乗る男は驚いたような顔をした。


「はて、どこかで見たようなお顔だと思えば、あなたはあのゾルフ殿ではございませんか!」

「ほぉん。どっかで会ったことあったっけか。こっちは覚えてないけどな」

「滅相もございません。私が一方的にあなたのファンであるというだけです。聞くところによると、あなたは()の凶暴な銀の狼を一人で討伐されたんだとか。それも一度ならず何度も」

「そんなこともあったな。ただあんたがオレのファンだってこと自体はありがてえが、信じるには値しねえな。気遣いには感謝するがオレたちは歩きでいく。構わず先に行ってくれ」

「いえいえ、誤解なさらず。私はあなたの様な剣豪ではなくそこのか弱い女性たちを乗せて差し上げようというのです。ゾルフ殿は腕だけでなく脚にも自信がおありでしょう? どうぞ、我々に構わずお先にどうぞ」


 ゾルフの明確な拒絶に、エルバークさんも負けじと言い返す。

 表情こそ穏やかであるもののその声と内容には確かな攻撃が見て取れた。

 その証拠にゾルフのこめかみに青筋が一本、走っている。


「・・・そいつはどうも。だが悪いがオレ達は三人で一つのチームでね。”パーティは最後まで仲間と共に”。街に着くまでオレらは一緒だ。生憎だがあんたらの暇つぶしにつきあってやれるほど暇じゃねえんだよ」

「そうですか、そうですか。あなた個人の言い分はわかりました。ではこうしましょう」


 エルバークさんはそう言って二度、手を打ち鳴らした。

 それに合わせてそそくさと前に出てくる男が二人。

 どちらも手には食器の乗ったお盆を抱えていた。


 目を向ければ、そこには色とりどりの菓子類と紅茶が。

 丁度小腹もすいていた頃で、思わず涎が垂れそうになる。

 簡易食や木の実などで腹を満たしてきた俺には久々のご馳走だった。


 こんな慣れ親しんだ食べ物を見たのはいつぶりだろう。

 思わずがっついてしまう。


「すげぇ! え、これもらっていいのか?」

「ちょ、オイ! ステフ!」

「もちろんですとも。但し条件が一つ」

「いいぜ、なんでもする!」

「・・・なんでも?」

「ああ! 俺に出来ることなら」

「ぐへ」

「?!」


 なんか気持ち悪い声をだしたぞエルバークさん。大丈夫か?

 だが目の前の菓子類に意識を奪われていた俺にはそれについて深く言及することはない。

 はやくその条件とやらを聞きたくて堪らなかった。

 エルバークさんは口元を上品に拭いながら続ける。


「では私たちと一緒に車に乗り、街に着くまでお相手をしてください」

「それだけでいいのか?」

「ええ、構いません。私を満足させることが出来ればその菓子類を毎日振舞うことを約束いたします」

「毎日!」


 こんな豪華なものが毎日食べられるだと・・・?


 俺の心は完全にお菓子の方へ傾いていた。


「そうです、毎日。高価な食べ物がいくらでも食べられるなんて、あなた方には夢の様な話でしょう?」

「そりゃもう」


 エルバークさんはここで一旦言葉を切った。

 そしてさっきまでの口調とは打って変わって低い声で、内緒話をするように続きを口にする。


「・・・しかし、もし私を満足させられなければペナルティがあります」

「ペナルティ?」

「はい。完遂できなかった場合、あなたには私の右腕として働いていただきます」

「秘書ってことか。それはずっと・・・?」

「そう言いかえることもできます。私がいつも右腕でシていたことを、代わりにあなたにやってもらおうというのです。その時はさきほどおっしゃられたように『なんでも』シてもらうつもりなのでご注意を。そして契約期間ですが、そうですね、あなたにも都合がありましょうから・・・一週間。それでどうです?」

「一週間か・・・。エラ、どうだろうか」


 さっきから黙ったままのエラメリアの方を向いて尋ねる。

 彼女はエルバークさんの意味するところを正確に探っているのか、額に手を当てて熟考している。

 時折「これは不味いです・・・私がしっかりしていないばかりに・・・・・・」みたいな言葉をつぶやいているが、真意の程は知れない。

 彼女の返答は期待できそうにないな。


 だったらと今度はゾルフの方に顔を向ける。

 しかし頑張って「どう? やってみない?」と尋ねてみるも、彼は彼で「俺たちの絆が・・・菓子で・・・そう思ってたのは俺だけ・・・・・・?」なんて、よく聞き取れなかったけど何事か呟いていた。


 なんなのこの二人。俺が勝手に決めちゃってもいいのかな。

 仕方がないのでエルバークさんに自分の見解を伝える。


「そんな凄い条件なら是非ともやらせていただきたいんですが、見ての通り二人がコレですので・・・。またの機会ということでいいですか? ホントにすいません」


 とてつもなく悔しい思いが湧いてでてくるも、俺はこう答えることしかできなかった。

 さっきのゾルフじゃないが、俺たちはパーティだ。

 一人だけ自分勝手な行動をすることは許されない。

 エルバークさんは少しの間俺の返答を吟味した後、何か思いついたようにニヤリと笑った。


「それがあなたの答えですか。・・・なるほどね」

「・・・? あのー?」

「ああいや、なんでもありませんよ。失礼しました。ではそんなあなたにもう一つお得な条件をお付けいたしましょう」

「お得な条件」

「そうです。それもきっとそちらの二人のためになる、ね」

「マジですか? それってどんなのです?」

「ふふ、簡単です。一週間私のそばで働くことになれば、そちらの二人に多額の補償金と宿泊施設をご提供しましょう」

「なんだそれ! そっちに得がほとんど無いじゃん・・・大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。それほど私の秘書として働くには価値があるシゴトですから」

「・・・俺、そんな大層なことできませんよ」

「お気になさらず。本当に簡単なオシゴトばかりですから。ただそれは、私一人ではもう満足した精・・・成果が出ないんです」

「うーん」

「さあホラ、早く。じきに日も暮れてしまいます」


 光の加減は先ほどからあまり変わっていないように思えるが、そういわれると焦ってしまうのがニホンジン。

 冷静な分析ができないまま、その場の流れでうっかり返事をよこす。


「・・・わかりました、その話乗らせてもらいます」


 俺はとうとう頷いてしまった。

 だが実際これは正しい選択であるように思う。


 だって俺がどう転んでも三人に得しか無いじゃないか。

 俺がエルバークさんを満足させられたら毎日お菓子が食べれるし、反対に失敗してもかなりの金額が手元に入る。

 一週間の激務なら何とかなるかもしれない。


 俺がそう伝えると、エルバークさんはひそかに拳を握りしめていた。

 そんなに俺と話がしたかったんだろうか。

 案外街の長というのも一人で寂しいものなのかもしれないな。

 面白い話は出来ないけれど、せめて気分が良くなるような相槌ぐらいは打ってあげよう。


 エルバークさんは「ではこちらに」と言うと、俺の手をとって車内に誘導しようとする。

 俺は慌てて止めた。


「少し待ってください、ちゃんと二人に説明してからでないと」

「えっ。いやちょっ」

「おーい、二人とも」


 制止するエルバークさんの手を放し、すぐにふたりの元へ駆ける。

 ちょっと大きめの声を出したからだろうか、二人はすぐにおれの方に意識を向けてくれた。


 そんな彼らに事情を説明する。

 誤解の無いよう、エルバークさんの言っていた内容を一言一句違えることなく話した。

 すると、みるみる彼らの顔つきが変わっていく。


「――てわけで、俺はこれからエルバークさんと一緒に行こうと思う。俺だけズルい事してるみたいで悪いんだけど、でもきっと得、になるか、ら」


 言い終わらぬうちにエラメリアとゾルフはエルバークさんの元へ駆けて行った。

 なんだろう。

 彼らも挑戦したいのだろうか。

 だが見た感じそういった話をしているようには見えない。

 どちらかと言うと、激しく言い争っているようにも見えた。


「オイ、てめぇ! これはどういうことなんだ説明しろ!」

「どうもこうも彼女が言った通りですよ。あの子はうちで働くんです」

「勝手に話を進めないでください。私たちは誰もいいとは言ってませんよ?」

「ああ、そのことなら彼女がご自分で承諾されました」

「んなの無効だろうが。どうせお得意のでまかせで騙したんだろ?」

「失礼な! 誓ってそんなことはしていません。あなた方がなんと言おうと、これは決定事項なのです。お引き取りを」

「ふざけないでください。誰があなたみたいな犯罪者と一緒に行かせますか!」

「は、は、犯罪者?! ふざけるな、私は街のトップだ! つまりどんなに変でも私こそがルールなのだ。貴様ら一般市民ごときが私を犯罪者呼ばわりするな!」

「とうとう本性を現しやがったなコノヤロウ! いい度胸だ。面貸せゴラ!」

「うるさい! 何だ貴様らは。誰に向かってモノを言っている。天下のエルバークだぞ?!」

「ロリコンが天下を獲ったら世も末ですね。少子化対策程度には活躍できそうな王じゃないですか。それでも結局、臣下に裏切られて即パァでしょうけど。丁度去年みたいに」

「・・・貴様・・・貴様! 言ってはならんことを! もういい、頭にきた。そこの少女、こんな奴らおいて行きましょう!」

「待てよまだ話は終わってねえぜ」

「そうです流れで押し切ろうとしないでください」

「クソッタレが! 思えば、貴様らは一体なんの権限であの少女の行く末に関与しているんだ!」

「え」「それは」

「何度も言わせるな、この件は彼女自身の決定だ。私の私情は押し付けていない。だったら貴様に止められる筋合いはない!」

「・・・いやあるわボケ! 仲間が命の危機に晒されたら助けるのがオレたちの役目だろうが?!」

「そうです! ステフは私たちが救います!」

「なにをう!」


 そろそろ手が付けらんなくなってきたっぽい。

 業者さんも側近さんも突然の主人の乱心にオロオロしている。


 はあ、仕方が無い。ここは俺が止めに入ってやるしかないか。


「みんな落ち着いて。よく話し合おう。多分俺の言い方が間違ってたんだ」

「「「あなた(お前)は黙ってて(ろ)!!!」」」


 え、えええ。なにそれ。俺が何かしただろうか。

 おかしいな、二人にはちゃんと全部つたえたはずだし、万が一にもここまでになるような伝達ミスは起きてないはずだ。

 何が良くなかったんだろうか。


 あまりの突然さに逆に冷静になった俺は、このことについて深く思案する。

 そのせいで俺と三人の間に空気の歪が生まれてしまった。


 隔たりがさらに両者の距離を開ける。

 その場は盛り上がってる三人チーム、静かに黙考する俺、どうしていいかわからない業者や側近達という謎の三部構成によって成されてしまっていた。


 ギャーギャー騒がしい三人は更なる熱い討論を繰り広げる。

 誰にも介入できない、それでいて他人の緊張も煽っていくいくという最悪なシステムが完成してしまっていた。

 周囲の方たちはもう放心したように、ぼーっとそれらを眺めていた。



 だから、身の危険がすぐそこまで迫っていることなどに誰も反応しなかった。

 無暗に声を荒げて揉めていたせいで、俺たちは背後から忍び寄ってくる黒い影に気が付かなかったのだ。


 最初に気付いて悲鳴を上げたのは運び屋の運ちゃんだ。


「ヤバい逃げろ、クラッドウルフの群れだ!」

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