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第十七話-師匠マジぱねえっす②

 神業。

 彼の技を見てそう呼ぶ以外の言葉を俺はまだ知らない。


 感動を表現したい。

 なにか言葉を発することで今の自分の気持ちを誰かと共有したい。

 そういった思いに駆られるも残念ながらここには俺とゾルフしかおらず、そもそも単純な言葉さえ口をついて出ることが無かった。

 精々「あ・・・」とか「おお・・・」なんて言葉が漏れ出す程度である。

 あまりのもどかしさに背中が疼く。


 だがいくら苛立ちを覚えても全て無に帰す。

 それほどまでに目の前の光景は圧巻に値するものであった。

 自分の語彙力を恨むか、はたまた世界を知らなすぎる己の浅はかさを呪うか。

 否、どちらでもない。

 強いていうなら、彼のその恐るべし実力に畏怖の念を抱き、ただひたすらに眺めることを赦してもらおう。

 俺は余計な音を発するまいと口をつぐんだ。


 ゾルフの技は簡潔に説明すれば、物理法則の無視だ。

 カッコよく人体の超越とでも言おうか。

 やっていることは至極単純、ただ剣を振り回すだけ。

 しかしその単純さゆえ俺にはゾルフとその他大勢との明確な隔たりがあることを認識せざるを得なかった。


 剣を振り回すと言ってもただヒュンヒュン回しているだけでは無い。

 例えば先ほどゾルフが見せてくれた一般的な(この時点で俺は限界を感じていたが)力の流し方、それとは違いある一つの手順を抜いてしまっているのだ。


 それは、”いなす”作業。

 エラメリアもゾルフも、連続攻撃を繰り出す際には一撃一撃の力を持ちうる筋力を繊細に駆使して次の攻撃へと繋げていた。

 そこには確かな技術と己の限界を知る完璧なまでの完成度が見受けられる。


 だが今ゾルフが行っている作業は、まるで何も考えずに木の棒を振り回す子供と同様だ。

 力の流動、剣の軌道、己の力の制限、などといったものを全く考慮することなくただひたすらに剣をぶん回していた。

 ただまあここまでは誰しもが納得できる範囲であろう。

 問題は、彼のその一振り一振りがそれぞれ”全力”であり、そして次に繋げようとする動きが一瞬たりとも見受けられない点にある。


 それぞれの斬りこみはこれまでと大きく変わり”速く”、”重く”に重点を置いている。

 それ自体は構わない。

 だが、この動きは連続して技を繰り出す場合において非常に負荷のかかる動きなのである。


 ゾルフの技は角度や力を微調整して次の技に備えようとする動きは一切無く、代わりにその調整をすべて無視することによって一振りの威力を格段に上げることに成功した。

 よって必然的に「振り切る」ことになってしまうのである。

 こうなっては次の一手を繰り出すことは普通考えない。

 一撃必殺のつもりであろうそれを防がれたなら、次は素早く体制を立て直して逃げに転じることが本来の動きとなろう。

 しかし彼は、それら全ての行動を裏切ってすぐさま次の全力の斬りこみへと繋げたのである。



 ここまで長々解説を入れといてなんだが、ぶっちゃけ何を言っているのかわからないだろう。


 そりゃそうだ。

 俺もよくわかってないんだから。


 だから素直に見たまんまを説明すると、ゾルフが最初の一太刀を浴びせ全力の一振りが終わったなー、と思えば、そう感じた次の瞬間にはまた同じ全力の振り切りが目の前を通過しているのである。


 ・・・うん、やっぱりわからんな。

 俺ってば説明マジへたくそ。

 これは別に時間が巻き戻っているわけではない。


 俺は勉強がさっぱりだが、あえて算数的に考えてみよう。

 丁寧に手順を紐解いて考えるのだ。

 以下の箇条書きはそれぞれは俺が体で感じたおおよその時間である。

 参考にしてほしい。


 ・ゾルフの全力の一振りをし終えるのにかかる時間は目算0.4秒。

 ・振り切ったのち次の一手に繋げるための時間は一瞬(0.1秒としとこうか?)

 ・上の条件から考えると、ゾルフは1秒間で2回、即ち10秒間に20回もの全力の斬りを見舞うことが出来る。


 ここまで説明すればおおよそ彼がどの程度の事をやっているのか想像がつくだろう。

 考えてみて欲しい。

 一体人は全力のふりをどのくらいの力で振り下ろすだろうか。

 さらに言えば、一体この世のどこにその全力の振りを急停止させてもう一度次のモーションに移ろうとする人間がいるだろうか。


 率直な話俺が住んでいた世界にはそんな猛者はいなかった。

 モン〇ーパンチの石川五右衛門でさえここまででは無かったであろう。多分。


 要するに俺が言いたいのは、かの五右衛門さえ到底及びばないであろう剣技を目の前の男はやってのけてしまった、ということである。



 そりゃ何も言えなくなるわ。

 なんてったって、ゾルフはこの神業を俺にもさせようとしているらしい。

 しかも短期間のうちに。


 いやバカか。

 思わず教えてくれる人にバカって言っちゃうくらいにはバカか。


 ここまでの技を身に着けるために、今後の人生全部修行にブッ込んでも体得できるかどうかの話である。

 果たしてゾルフは、俺のどの辺を見てその技を使えると判断したのだろうか。

 その技を俺に自慢したいがためにここまで持ち込んだのではないかとうっかり疑うわ。

 前に「今度凄いの見せてやる」っていってたし、その可能性も無きにしも非ず・・・。


 と、あまりの非現実さに我を忘れて思案してしまっていたが、思えばここは現世とは違う世界。

 言ってしまえば夢の世界。

 人業じゃないナニカがあったって何ら不思議はないはずである。

 それこそ魔術なんてファンタジーだけの世界だし・・・。


 でもその存在を認めようとは言え、いくら何でも俺程度が使えるようになるとは思っていない。

 この身体についてはよくわからないが、少なくとも思考や態度は過去の俺に依存している。

 だから現世での非現実は俺にも成し得られないのではないか。

 前例として魔術には不向きであるようだったし、そう推測するには十分な材料も揃っていた。


 羨望と落胆の二つ気持ちが入り混じった思いで俺はゾルフの技を見届ける。

 あまりの凄さに時間間隔が狂ってしまっていたのか、実際ゾルフが技を使っていた時間はほんの数秒程度だったようだ。

 それほどまでにこの技は凄く、その分使うエネルギーも半端ではなかった。

 一定量の動きを見せつけて剣を収めた彼は、肩で息をしながら体ごとこちらに向いた。


「はぁ・・・はぁ・・・わかったか? これが今のステフに必要なスキルだ」

「待ってくれ、それ明らかに人間業じゃないだろ。一日2時間程度の練習量でこと足りる程の技じゃないよな・・・」

「もちろんすぐにとは言わねえよ。ウェンポートに着いてからでも充分練習時間は設けられる。もちろん、こんなぱっと見滅茶苦茶な技を見てすぐにできるようになるとは誰も思わんだろうさ。けどなステフ、お前もオレやエラたんと冒険してみたいだろ?」

「う、うん」

「だったらこのくらい出来て当然だ。むしろ出来なかったらステフの力じゃ遠く及ばん。危険な場所に連れていくことは出来ねえ」

「くっ・・・。だけど他のちゃんとした武道とか魔術を練習すればそれなりには・・・」

「言っとくけどな、さっきの技は別に超レアって訳でもないんだぜ。それこそ100人に1人ぐらいの割合で転がってるんじゃねえの? ステフが今までどんな甘っちょろい世界で生きてきたのか知らねえが、ちょっと難しい技すらも習得できないならそこまでの実力者だったってことだ。オレたちは必要としない」

「・・・」


 ゾルフの口調はいつにも増してかなり厳しい物言いだった。

 彼の言った話はどこまで本当かはわからない。

 だがもし事実なら本当に俺なんて足手まといにしかならないだろう。


 当初の予定では、安全な街でのほほんと過ごすことが目標だった。

 それは今でも変わらない。

 だが、エラメリアやゾルフと話をするにつれ彼らとともに冒険をすることもまた夢に思っていたのではないか。

 そのためにはどうしても彼らと同じくらいの実力は不可欠になろう。


 それに、俺は何度も心に誓ったはずである。

 どんなに厳しい事でもやれる限りの事はやろうと。

 それがエラメリアへ恩を返すことになるのだから。


 この件は俺一人の問題ではない。

 辛そうだから、なんて口が裂けても言えない。


 もちろん最初からそんなことを口にする気はサラサラ無かった。

 だったら。

 なんと返事をすればいいのか、もうわかるだろう。


 燃える心を隠し切れぬまま、確固とした思いを胸にしかとゾルフの目を見据える。

 彼もまた俺の目を捉える。

 俺はこくりと頷くと、ゆっくりと口を開いた。


「わかった。やるよ。絶対に習得してゾルフやエラメリアと冒険に行くんだ」

「・・・キツイぜ?」

「承知の上だ。最初から難しいのはわかってるんだ。限界まで自分の力を出し切るさ」


 言った後に照れくさくなり思わず顔を赤らめてしまうも、それでも目をそらすことなく俺の意思をちゃんと伝える。


 ゾルフはどう反応するだろうか。

 暑苦しいと突っぱねられるかもしれない。

 けど、例えそうなったとしても俺は今の気持ちを変えることはしないだろう。

 それほどまでに決心は固まっていた。


 そしてゾルフはというと、俺の言葉を最後に固まってしまっている。

 どう返すのが正しいのか迷っているようだった。

 やっぱり引かれたのかもしれん。


 けど俺は容赦してやることなく、下からのぞき込むようにして彼の言葉を今か今かと待ち受ける。

 適当なことは言わせない雰囲気の完成だ。

 もしこんな中で妙な事口走ったらぶっとばしてやる。


 そんな思いが伝わったのだろうか。

 ゾルフは困ったように頭をボリボリ掻くと、短くため息をついて両手を上げた。

 降参のポーズである。


「すまなかった。ステフの気持ちはよくわかった。お前が本気だということもな」

「うん。ちゃんと最後までやり遂げるよ」

「・・・だったらオレも付き合ってやるしかないわな」


 そう言ってにへらっといつもの胡散臭い笑みを浮かべる。

 今度こそ俺はゾルフの信用を勝ち得たのだ。


 彼は照れ隠しのように木の剣をブンブン振り回し、エラメリアの方に目配せを送っている。

 視界の隅でエラメリアが頷いているのが確認できた。


 それらを見て、ようやく俺も緊張が解けて安堵する。

 平べったい胸に手を当てると、心臓のあたりがトクトクトクと素早く波打っていた。

 深呼吸を繰り返して呼吸を整える。

 と、そこへゾルフから声がかけられた。


「悪かったな。オレもあそこまで強く言う気は無かったんだ。ただああでも言わないとステフもやる気になんねえだろ?」

「ああ、お陰で目が覚めた思いだよ。時間はかかるかもしれないけど、いずれちゃんとマスターして一緒に戦えるようになるさ」

「まあ無理して戦わんでもいいんだがな。あくまで護身のためっぽいし。無理させてステフが怪我すると、オレがエラたんに殺されるから程々にな」


 俺とゾルフは顔を見合わせて笑った。

 ああ、久々に気持ちのいい笑いだ。

 心も体も洗われたような感覚を覚える。

 現世ではついぞ知ることのなかった喜びだった。

 この気持ちを忘れないようにして、これからも頑張っていこうと思う。



 お目当ての魔術がイマイチで、二番手の剣術が思いもよらぬ期待をかけられるという不思議な展開となってしまったが、思いのほか程この状況を楽しんでいる自分に気が付く。

 元来より逆境を乗り越えて強くなる主人公系の物語は好きな方だった。

 ただそういったものは、他人の人生だから楽しめるのであって、もし自分がこいつらの立場だったら絶対嫌だな、とこれまでは思っていた。


 でも実際は違う。

 努力や苦労といったものの先にある目標を見据えながら日々精進していくのはとても素晴らしいことだ。

 面倒ごとの一つですら愛着を感じてしまう。


 こういった日々のコツコツとした積み重ねを、昔は大っ嫌いだった地道な努力を、俺はいま楽しんでやれているのだ。

 そういったことにも気づけたお陰か、どこか晴れやかな気持ちで息を吐く。


 なんか一息ついたような雰囲気だが、この後もまだまだ鍛錬の時間は続く。

 次は俺が剣を振る番だ。

 ゾルフにあれこれ指導してもらいながら、しっかりと力を付けていこう。


 剣を握る右手に目をやる。いつみてもほっそりと白く頼りない腕だ。

 この腕を使って先ほどのゾルフの動きを再現しろというのだから難しいことこの上ない。


 だが、俺はもう不可能だとは思わなかった。

 なぜだかわからないけど、やってみれば出来る気がした。


 改めて柄を握り直す。

 重さも密度も今一つ足りないその剣は、それでも暖かい波動を手の平に伝えてくれる。

 頼りない剣に絶対の信頼を寄せて、高く、高く持ち上げる。

 そうすれば剣が俺の思いを受けて止めてくれる気がした。



 出来る。

 今の俺ならきっとうまくいく。

 そんな思いを胸に、一気に振り下ろす!




 小気味よい風の音が、微かに耳を穿って行った。

 うん、いい感じ。

 この感覚は、まさにアレだな。

 そう――


 俺の剣は、これからだ!


 ・・・ってね。

中途半端な時間での投稿失礼します・・・。

当初の約束(水曜日のあさ6時に投稿するぜ☆ってやつ)を守れずすいませんでした。

これからもちょいちょい遅れてしまうことはあるかもしれませんが、どうかご勘弁を・・・。


ついでの話として、せっかくのTSモノだというのに期待していた萌え要素が少ないんじゃないかとご指摘を受けました・・・。いえホントにまことその通りでございます。自分でもアレ?こんなのだっけ?って思うことが多々あります。ハイ。でもこのメンツだと結構難しいのでございまする・・・。

なので、ウェンポートに着いてからはいっぱいそういうシーンを入れたいと思っています。お楽しみに!(予定です)


予告:サブタイは、『変態ばっかのウェンポート』

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