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第十四話-怒りのキッス


 ひとっ。


 嫌でも全神経を集中させてしまう。

 敏感になった俺の唇は、触れあっている微かな面積からゾルフの思いのほか冷たい体温を感じ取っていた。


 力加減を限界まで調整してできる限り触感を刺激しないよう努めてはみたが、やはり鋭敏になっている口は余計な情報まで脳に伝達してきた。

 一瞬の喪失感に絶望し、行為の目的を見失いそうになる。

 それでもなんとか心を保って人工呼吸のやり方を頭に思い浮かべる。

 このまま俺が息を吹き込んで、ゾルフに無理やり空気を取り込ませればいいはずだ。


「んっ・・・」


 慣れない感覚にドギマギしつつ空気を送り込む。

 しかし、接面を小さくしたためか隙間から漏れてしまった。

 無理して吹き込んでも不快な音を立てるだけに終わる。

 うう・・・嫌だけどちゃんと塞ぐしかないのか・・・。


 今一度人命救助だと強く自分に言い聞かせる。

 いくらか深呼吸をして気持ちを落ち着けた。


 よし、やれる。きっとすぐに終わる。

 気合いだけは充分、既に不快感は遠のいていた。


 今度こそ空気が漏れぬよう顔を強く押し付ける。

 互いのくっついている面がふにっと押し合い、柔らかい唇が大きく形を変える。

 歯が触れそうなぐらい密着した唇は、今までにないくらいの情報を脳に送り込んできた。


 異性だろうと同性だろうと、他人と唇を合わせると心臓がドキドキするんだなと超どうでもいいことを考える。

 しかし、同時にこの時俺は微かな違和感を覚えていた。

 ゾルフの唇は骨で出来ているのかと思うぐらい硬くなっていたのだ。


(気を失うほどの痛みだろうし、硬直ぐらいするだろう)


 多少の疑問に首を傾げるも、できるだけ気にしないようにしつつ酸素を吹き込んでやる。

 しかしまたしても見えない壁に阻まれてしまった。


 おかしい。

 気道の確保もちゃんとしていたはずだ。

 万が一にも空気が通らないはずもないだろう。

 それこそゾルフが押し返そうとしない限りは引っかかることなんてないはずだ。


 ゾルフが気絶してから既に結構な時間が経過していたため焦っていた俺は、現状を確認しようと思わず目を開いてしまう。

 そうしてやっと、なぜ俺が人工呼吸が上手くいかなかったのかわかった。


「・・・エラ。邪魔しないで」


 犯人はエラメリアだった。

 彼女は俺が瞳を閉じた隙にサッと俺とゾルフの間に手を滑り込ませていたらしい。


 冷たく硬い唇だと勘違いしていたものは、実際はエラメリアの手だったようだ。

 中途半端に口を開いていたせいで全く気付かなかった。


 だがそれはそれとして、エラメリアが邪魔する理由が見当たらない。

 どういうつもりかはわからないが急いでいるので変な事はしないで欲しかった。

 そう言おうとするも、エラメリアが口を開いたことで一瞬の隙が生まれる。


 エラメリアは堪えられませんといった表情を浮かべると、ごめんなさいと言葉を繋げた。


「ステフが一生懸命な姿だったのでつい最後まで見てしまいましたが、すみません、やっぱり耐えられません」

「え? いや、一生懸命も何もゾルフが死にそうなんだけど・・・。エラ、俺も嫌だけど早くやらなきゃなんだ。急に何しようとしてるのかビックリしただろうけど、これは俺の住んでた地域でも有効だった『人工呼吸』っていうれっきとした医療行為だ。止めないでくれ」

「知っています。私たちもその救命法については習いましたから」

「じゃあ」

「ですがステフ、その男にはもう必要ないみたいですよ」

「えっ?」


 そう言ってエラメリアはゾルフの口から手を放した。

 そして特に何をするでもなくゾルフの顔を見守る。


 エラメリアが何を言っているのかよくわからなかったが、彼女が必要ないというのだからそうなのだろう。

 俺も黙ってゾルフの動向を伺った。


「・・・」

「・・・」

「・・・」


 いや何も起きないんだけど。

 妙に手持無沙汰な思いに陥り、エラメリアの方へと振り向いた。

 当の本人は苦笑いでゾルフを見ている。


「はぁ、起きるタイミングを逃したようですね。仕方がありません。・・・起きなさいゾルフ」


 困ったエラメリアは、そう言って手を振るった。

 するとゾルフの眼前に彼の顔よりふた周りも大きな水球が出現する。

 そのままパッシャーンと音をたててゾルフの顔に叩き付けられた。


「ぶわっ! なにすんだオイっ」


 飛び起きたゾルフが急いで顔を拭う。

 袖が水を吸って滴るのも気にせず、息も切れ切れ噛みつくようにエラメリアへ迫った。


「限度ってのをを考えろよエラたん! 息を吸い込もうとしたタイミングで本気で焦ったわ」


 しかしそんな彼をハイハイと適当にあしらうエラメリア。てんで相手にしない彼女にゾルフが憤慨する。

 だがエラメリアは特に気にした風もなく平然と聞き流しており、そのまま俺に顔を向けて注意を誘った。

 つられてゾルフも俺に顔を向ける。

 軽蔑の視線で見つめる俺とバッチリ目が合った。


「・・・ゾルフ?」

「・・・はは」


 ひやりとゾルフの頬に汗が垂れた。

 俺はここにきてようやく合点がいった。


 つまり、ゾルフは最初から気絶などしてなかったということ。

 普通だったら大けがだったであろうエラメリアの攻撃は、実際のところほとんどダメージとなっていなかったようだ。

 恐らく気絶したフリも俺たちをビビらせる演出だろう。心配して損した。


 だがまてよ。

 だったらゾルフは俺が人工呼吸をしようとした時点で回避行動に出るべきではないか?

 そこまでして気絶の振りをすることもないはずである。

 逆の立場だったらゾルフが人工呼吸と口にした時点で起き上がっている自信がある。


 あ、もしかしてこれも俺をからかうため?

 口づけに慣れてない俺を見て笑いものにするつもりだったのだろうか。


 だとしたら許せねえ・・・。

 そんな適当な気持ちで俺のファーストキスを弄ぼうってワケだったのかよ。

 危うくエラメリアが助けに入ってくれなかったら、今度こそ俺はゾルフにとどめを刺していたに違いない。


 憎悪で目の前が真っ赤に染まった。

 だが腐ってもパーティメンバー。無暗に険悪な雰囲気を出すのもどうかと思われる。


 だから、俺は逆にこちらの条件を飲んでもらうことでゾルフを許すことにした。

 俺は黙ってゾルフの方へ体を摺り寄せると、幾らか据わった目で彼を捉えた。


「な、なんだよステフ、そんな怖い顔して。・・・いやすまん、俺が悪かった。二度と変なマネはしないから許してくれ、な?」


 両手を合わせて謝るゾルフ。

 しかし人の大事なものを簡単に奪おうとしたことへの怒りはその程度じゃ清算できるはずもなかった。

 彼の発言を無視して手を伸ばす。

 そしてゾルフの腰から短剣を引き抜くと、彼の眼前へ突き付けて言った。


「じゃあコレ、頼んだぜ?」

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