第十三話-特訓は中々始まらない
魔術の理屈や定番ネタの封殺に頭を悩ませつつ、俺たちは着々と目的地へと近づいていく。
思いのほか荷物運びが頑張ってくれたお陰で、想定していたよりずっと早く移動できたらしい。
でかしたゾルフ。
「そろそろ日も暮れてきましたね。この辺りならいい感じに土地も開けてますし、体を動かすのにも丁度いいでしょう。今日はここまでとしますか」
そう言ってエラメリアは後ろを振り向く。
ゾルフは短く返事をすると重たい荷物を放りだした。
二の腕を辛そうに揉んでいる。
平気な顔をしつつも実は結構無理していたようだ。イケメンである。
俺はまだ体力は有り余っていたが、旅は余裕があるうちに休憩するものなのだと教わったのでゾルフに続き荷物を下ろす。
一日中ひたすら歩くのは結構キツいものである。
しかし最初こそ筋肉痛などに悩まされていたが、数日もすればあっという間に慣れてしまった。
木登りでもそうだが、この身体は活動的な事に関しては順応が早すぎる。
ゾルフが重そうに抱えていた荷物も昨日に比べちょっぴり軽くなったように感じた。
元の男としての本能も働いているのか、こと肉体に関しては何よりも発育が良かった。
揉んでみても特に変わった風もないが、内部では筋肉も頑張っているのだろう。
この成長速度が魔術方面にも働いてくれればいいのだが。
これを言うとエラメリアは「将来が楽しみですね、でも筋肉のつけすぎには注意してください」と心配していた。
一方ゾルフは反応が違っており、なにやら難しそうな顔でぶつぶつ呟いていた。
「これは一日腕立て100回・・・いや200回か・・・」なんて、何に対抗心を燃やしているのだろうか。
俺の方が筋力が付けばエラメリアにポイされちゃうと危惧しているのかね。
彼女がそんなことする訳がないのにな。
さて、そうこうしている内にあっという間に夕方になった。
せっかく三人もいるので協力して堀や罠なんかを作ってみた。
なので魔物対策もバッチリだ。
陰湿な罠なんかはあっという間に習得してしまった。
現世での俺の地が出てしまってるのかもしれない。
エラメリアに呆れ半分に褒められたのは嬉しかった。
また一つ俺は賢くなったわけだ。
そしてゾルフからは、金持ちパーティはちょっとした休憩でも大規模な罠を張る変わり者もいるそうなので、旅先で出会った人たちに近付く際は注意しろと釘を刺された。
昔ゾルフが泥棒しようと近付いたパーティに血祭りにされかけたのだとか。
自業自得過ぎて逆に俺の意識に警戒心を植え付けた。
そして安全な地を確保したら、お次はいよいよ剣術の修行だ。
現世では一時期モン〇ンやらゴッド〇ーターなどの狩りゲーにも没頭していた。
魔術が存在する世界だ。
それらを組み合わせた大規模な剣技があってもおかしくはない。
「気〇大回転斬り」、とか「木〇葉大旋風」なんてのも再現できるのだろうか。
木ノ〇大旋風は違うな。
期待値も高まり、俺は漏れ出す息を鎮めることが出来なかった。
激しい興奮に体が震えてくるのが分かる。
脳内では既にリ〇レウスを完封している自分を思い描いていた。
顔が現世のままで今一つ締まりがないのは黙っておく。漲ってきたぁぁぁ!
よし、と力強く頬を張ると熱意の籠った視線でエラメリアを見つめる。
俺は準備万端だ。あとはエラメリアを待つのみだ。
「じゃあさっそく特訓を始めようか、師匠! まず俺は何をすればいい?!」
だがエラメリアからの反応は薄かった。
気合に満ち溢れた俺とは対照的に、彼女は少し申し訳なさそうな目でこちらを見てくる。
「ん? どうした? やらないの」
「あの・・・ステフ。恐らく貴方の事でしょうからいろんな夢を抱いていることと思います」
「あ、バレた? 恥ずかしながら実はそうなのです。闘気とか纏って激しい攻防とか昔から憧れてたんだ。でもわかってるよ、俺もすぐプロになれるとは思ってないさ。まずはコツコツ素振りからとかなんだろ」
「確かに素振りは大事なのですが・・・それよりも重大なことが」
「もしかして剣を握る前にランニングとかからだったりもする? いやぁそれは惜しいけどちゃんと走るよ。何事もまずは基本からだしな。まだ体力も有り余ってるし、いくらでも走り回ってやるぜ!」
「そうではなくてですね・・・まず前提として私たちの剣が・・・」
「まさかエラじゃなくてゾルフが俺に教えてくれることになるの? うーん、まあ、強くなれるならそれも甘んじて受け入れようともさ。別に教えてくれる人が変わった所で何も支障はないしな。ちょっと残念だけど」
「ステフお「すいません、実は私たちの剣がありません!」
エラメリアが耐えかねたかのように叫んだ。お陰でゾルフが何か言おうとしていたが搔き消されてしまう。
それはどうでもいい。え、今なんて?
「剣が、無い・・・?」
「本当に申し訳ありません・・・私もうっかり忘れていました。私の剣は荷物として結構かさばるので、目的地にあらかじめ送ってもらってたのです。本来旅行のつもりで旅に出ていたものですから・・・武器は杖と罠類しか常備してないのです」
「マジか。あ、でもゾルフが持ってたり」
「悪いが俺は即興型だ。その場にあるモノが武器になる。もちろん剣でもナイフでも何だろうとゴザレだが、生憎今の持ち合わせは短剣しかねえ。ホラ、腰についてるコレだ」
「うわ、ほんとだゾルフの短い・・・これじゃあ満足(に修行が)できねえな」
「ああん? これでも何人も落としてきたんですがァ?!」
「な、なんで急にキレるんだよ怖え。・・・そうだ、だったら俺もまだまだ初心者だし、その辺の木を削ったりして剣に見立てるという手も!」
窮地といった表情で提案する。
もしこれで何も練習できなかったらこの俺の滾ったパトスはどこへやったらいいのだろうか。
せっかく漲ってきたやる気と緊張感を、ここで手放すわけにはいかなかった。
そして運よくこの策が充分考えるに値する内容だったみたいだ。
エラメリアが顎に手を当てて考える。
「そうですね、それならあるいは・・・。魔術で多少重さを調整すれば、充分に練習にはなるかもしれません」
「本当か! だったら今すぐ切り出して・・・」
「ですが私の知り得る限り、木を素早く斬る魔術は存在しません。どうしても作り終えるころには夜になってしまいます。なので、非常に癪ですがここはゾルフの短剣で切り出してもらう他なさそうです」
「マジかぁ・・・そういうことでゾルフ、悪いんだが少し協力してくれないか? サクッと済むからさ」
そう聞いた瞬間、ゾルフの目がキラリと光ったような気がした。
「えぇ~、なにその都合のいい立ち回り。結構気分を害するんですけど~。それにオレさっきから二人に適当にあしらわれてるしなぁ。正直、そんな態度でハイという方がおかしいっつうかぁ~」
急激に態度を作り替えるゾルフ。
明らかに人を見下すような物言いに俺もエラメリアも怒りを隠せないでいた。
今になってさっきのお願いを取り下ろしたいとさえ思う。
なんでこんな奴にお願いなんてしちゃったんだ。
だが仕方がない、現在俺たちが持っているモノを総動員させても簡単に剣が作れないのは俺も理解していた。
だったらここは素直に頭を下げておくのが無難だろう。
適当に謝ってとりあえず木を加工してもらわなくては。
目的のために多少のことは我慢しよう。
「悪かったって。ホラ、俺ら仲間じゃん? 戯れというかそんなんだって。気を悪くしたならこの通り、謝るから」
そういって頭を下げる。ゾルフは面白くなさそうにこちらを一瞥した。
「どうだかな。本当は『適当に謝ってとりあえず木を加工してもらわなくては』って思ってるんじゃねえのか?」
「なんで分かったんだ?!」
しまった。一言一句違わぬ指摘につい動揺して正直になってしまった。
しかし一度口にしてしまってはもう取り返しがつかない。
ゾルフは軽蔑的な目で一瞬こちらを眺めた後、再び横を向いて黙り込んでしまった。
彼がどうして本心を見破ったのかわからないが、とにかく不味い状況なのは一目瞭然だった。
少し冗談が過ぎてしまったようだ。
「嘘! ゴメン! ジョーク! そんなこと一ミリも思ってないから! 頼むから俺と目を合わせてくれ・・・」
「・・・ふぅ。アホのステフは置いといて、エラたんはどうなのよ。オレに謝る気ある?」
無視されてしまった・・・。頼むエラ、あとは任せた!
再び必死な目でエラメリアに訴える俺。
もう後には引けないんだ・・・通じてくれ。
エラメリアと目が合う。
そして俺の視線の意味するところに気付いたか、エラメリアは物凄く嫌そうなため息をついた後に渋々といった様子で頭を下げた。
「数々の目に余る行為、ここで謝罪します。なのでどうか剣を切り出してやってください」
「ムホッまじか。エラたんがオレに頭を下げる日が来ようとは。いや~人生何があるかわからんね」
偉そうな声で下卑た笑い声を上げるゾルフ。
エラメリアの口の端がピクピクしていることに彼は気付いてないのだろうか。見てるこっちがヒヤヒヤするので本当に止めて欲しい。
もう少しだから耐えてくれ、エラ!
必死の願いが通じ、エラメリアはひたすらにゾルフの戯言に耐えた。その後ゾルフは数分に渡り俺とエラメリアを散々扱き下ろし、満足したのかようやく重たい腰を上げる。
そして言った。
「まあなんだかんだ言ったが、これもエラたんとオレの仲だ。それにパーティとして色々世話にもなってるしな。ここはひとつ、エラたんの顔に免じて快く承ってやるとしよう」
嘘言え。じゃあさっきまでのツラツラと並べ立てた言葉は何なのだ。
もちろんそんなことは言わない。
「・・・ありがとうございます」
「ありがとう」
「おうよ。ただな、最後にこれだけはやってもらうぜ」
「俺にできることならなんでもするよ」
「・・・できる限りのことは」
「そうか。よし、それなら二人には――」
そういって大仰に間を取る。なんだ? 俺らに何を望むんだ? 肩もみぐらいなら甘んじてやってやるぜ。
ゾルフは雰囲気たっぷりに息を吸い込むと、最後にほぅっと空気を吐き出した。
ニヤリと笑って言う。
「オレにおっぱいの大きさを確かめさせろ」
ゾルフの体が水平にブッ飛んでいった。
*****
「エラァァァァァァ?! なんてことを! 最後の最後だったのに」
「いえ、ちょっとこの男が言っていることが聞こえにくかったので」
「それで魔術で吹き飛ばすってなかなか信じられないぞ?! しかも明らかに炎系の爆発魔術だったし」
「安心して下さい。私はこの男にしか危害を加えませんよ」
「全く安心できないんだが・・・おーい、ゾルフ、大丈夫か?」
急に変なことを言い出したゾルフが悪いのだろうが、それでもエラメリアもやりすぎだ。
大事な仲間が死んでないといいのだが。
俺はボロボロになったゾルフの元へ駆けつける。
彼は仰向けになって白目を剝いていた。
髪の端々から煙を上げるゾルフを抱き起し、膝の上に乗せて介護してやる。
頬をペチペチとたたいてよびかけてみたが、全く反応が無かった。
口に手を近づけてみたが、風は通っていなかった。
オイ、本当に死んだんじゃないんだろうな!
不安になった俺は一度ゾルフを地面に下ろすと、急いで心臓辺りに耳を押し付ける。
ゾルフの上で四つん這いになり、丁度覆いかぶさるような形になってしまった。
正直気持ち悪いことこの上ないが、まずはゾルフの命の方が先だ。
祈るようにしてその鼓動に意識を集中する。
・・・・・・ドクドクドク。
どうやら心臓は止まってないようだった。
心なしか鼓動が早すぎる気もするがショックのせいだろう。
きっと焦った心臓が体中に血を送り込んでいるのだ。
なにせ呼吸が止まるほどだからな。
そうに違いない。
そうと分かればその後の行動は早かった。
とりあえず心臓をマッサージした後に人工呼吸だっけか?
昔ソッチ系のゲームでそんなシーンがあったから微かに覚えている。
あの時は主人公の男の子は幼馴染の服を引き裂いてマッサージをしていたが・・・。
まあゾルフは薄着だし、そこは省略してもかまわないだろう。
俺は過去にゲームで見ていたシチュエーションだったからか、焦っていても自分が為すべきことはちゃんとわかっていた。
両手を重ねてゾルフの心臓辺りに添える。
全身の意識を集中させてタイミング良く力を加えていく。
確か正確には数回ごとに休憩を挟まなければいけないらしいが、俺にはその辺を配慮する余裕は残っていなかった。
力の調整が効かずちゃんと出来てるか不安だったものの、しかしゾルフは俺の手の動きにあわせて「オホッ・・・コポォ・・・」とちゃんと声を漏らしていたから大丈夫なのだろう。
そしてある程度回数をこなした所で人工呼吸に移る。
・・・だがいざ口を付けようとすると、自然と心の抵抗が芽生えてきた。
この状況で気にするのもどうかと思うが、これは俺のファーストキスなのだ。
初めての相手はラブ〇ラスの□□□□ちゃんって決めている。
こんな薄汚い男に果たして俺のキスを上げてもいいのか・・・。
困った俺はエラメリアに助けを求めた。
といっても、彼女に代わりを務めてもらおうと思ったわけではない。
俺が求めているのは、そういう類の医療系魔術だ。
吸い出す効果を持つ魔術ならなんでもいい。
一縷の望みをかけて俺はエラメリアに尋ねてみた。
「そんな便利なものは存在しません」
そうか・・・。
繊細な動きを可能にする魔術ならあるいはと思ったんだが。
可能性は潰えてしまったか。
エラメリアが口を隠しているのは悔しさや反省を俺に悟らせないためだろうか。
何か手はないかと次いで問うてみたが、残念ながら手持ちには何もないようだった。
よく見るとエラメリアの肩が微かに震えている。
きっと責任を感じて泣いているのだろう。
俺は仕方なくエラメリアから顔を背けた。女性が泣いている姿には耐性が無いのだ。
結局のところ俺には一つの道しか残されていないようだった。
本来なら絶対にやりたくないが、エラメリアを元気付けるためにもここは一肌脱いでやろう。
俺は覚悟を決めた。
あの時、エロゲでは確か鼻を摘まみながら互いの口を塞いでいた。
そして、主人公が人工呼吸を初めてすぐ、顔を真っ赤にした幼馴染が目を開くのだ。
要するに彼女は最初から目が覚めていたということ。
その上で男に服を脱がされ口づけまで甘んじて受け入れたという。
今思えばトンデモ無い女だな。
まあ逆にそこに萌えるんだが。
それは置いといて。今は目の前のこの男だ。
ゾルフは当然幼馴染のように目覚める筈もなく、ただひたすらに息を止めて停止していた。
微かに体が痙攣している。
顔は朱を通り越して既に白くなり始めていた。
これは早くしないと不味い。
揺らぐ覚悟に精一杯ムチ打ち、これは医療行為だノーカウントだと自分に言い聞かせる。
しかしもちろん、その程度で納得するほど寛容な考えは持っておらず。
せめてもの抵抗に、俺は心の中で叫んだ。
サヨナラ、俺の初めて。ゴメンね、□□□□ちゃん。
俺はギュッと目を閉じると、無精ひげの生えた男の口に、ゆっくりと唇を重ねたのだった。