≪エラメリア=シーストーン3≫
※先に注釈
前にステフが襲われたアリたちですが、種族としては魔獣に入ります。本文でそのような表記があるのでご注意をお願いします。
二人っきりの旅に心が躍る!・・・なんて夢は、結構すぐに潰えてしまいそうです。
ステフとの旅は何一つ問題はありませんでした。
途中なにやら筋トレを始めようとしたりしていましたが、優しく諫めてやるとすぐに止めてくれました。
あんなかわいらしいステフがムキムキになったりしたら私どうしていいかわかりません。
ほかにも色々とやらかしてしまうステフでしたが、まるで昔の私を見ているようで微笑ましく思えていました。しゅんとしているステフもかわいかったですし。
それでもステフにちゃんと注意する様は、自分でも師匠になったかのようでした。
ああ、あの時は私の師もこんな気持ちだったんでしょうね・・・。
そんなこんなで私にとっては安定した滑り出しを見せた旅でしたが、道中不穏なものを見つけてしまいました。
辺りに動物が全く見られないという現象に不安は感じていたのですが、それを見つけるまではその可能性を深く考慮していませんでした。
銀の狼の体液です。
そいつは数年に一度、世界の各地で出現します。
そしてひっそりとほかの動物を食らいながら成長していきます。
子供の内は討伐も難しくはありませんが、成長個体になると手の施しようもありません。
それでも幼くとも充分強いのでどちらにせよ出来るだけ避けて通りたい道でした。
ステフですらその怪しい状況に気付いてからは、私も警戒を怠ることなく道を進んでいきます。
銀の狼は体外に体液を分泌します。それは汗のように体毛に絡みついており、魔術を吸収してしまいます。
物理攻撃に関しても、遠距離からの攻撃は威力をかなり緩和されてしまいます。
倒すにはかなりの重量を持った剣でないとまず無理でしょう。
しかも狼は賢く素早いので、高確率でカウンターを用意しています。
私も剣術はある程度嗜んではいますが、魔術を抑えられた戦いではステフを守り抜く自信がありません。
恐らく二人とも餌食になってしまうでしょう。
そして私がこの狼を懸念する理由二つ目。
銀の狼が出現すると、決まってやってくる輩共がいます。
剛腕の持ち主たちです。脳筋・・・んん、剣術に長けている猛者たちは銀の狼のみを狙って遠出してくる者もいます。
銀の狼はその討伐難易度の高さゆえ、世界の国々から多額の報酬が支払われるのです。
普段なんの収入を得てなくても、この狼一体倒せば10年は遊んで暮らせるレベルの。
魔術では腕が振わずとも剣術や体術に自身のある者は決まって銀の狼を探して回っているのです。
毎回多くの命が散っているのにも関わらず一獲千金を夢見る彼らは本当にどんな神経をしているのやら・・・。
しかし呆れてはいるものの、かくいう私も昔一度だけ、銀の狼討伐に着手したことがけあります。あの時もゾルフが唐突に言い始めたことでした。
それは一生忘れられない、忘れてはならない経験となって私たちの心に刻み込まれます。
私が孤児院にいた頃の話です。
夜中みんなでダラダラしていた時、遅くまで外に出ていたゾルフが部屋に駆け込んできました。
なんでも、大物を見つけたので皆で狩りに行こうというものでした。
その時丁度私たちも本格的な剣術や魔術を習っていたこともあり、結構わくわくしてゾルフについて行きました。
仲間をいくらか引き連れて赴いた先は、銀の狼が気持ちよさそうに眠っていたところでした。ゾルフは各々に指示をだすと、自分は大きな鎌をもって狼の前に立ちました。
この頃にはまだ銀の狼の体液について教わっていなかった年頃です。
ゾルフは首を撥ね損ねた場合に備え、覚えたての魔術を出せる私たちを周囲に置いていました。
幸いにもそこは茂み。大人たちに邪魔されるようなことはまず考えられませんでした。
しかし、それが逆に裏目にでてしまったのです。
ゾルフは鎌を振り下ろしました。首に直撃です。
しかし、致命傷を負わせるには至らなかったのです。
一撃で仕留められなかったからには次のプランで決行するしかありません。
目を覚ました狼に、私たちは動く隙も与えぬよう全方向から攻撃魔術を打ち込みました。
そしてそれらは当然のように吸収され、私たちは意味もわからぬままあっという間にひたすら逃げ惑うのみとなってしまいました。
隙を見て逃げ出そうとした仲間もいましたが、いち早く捕まり狼の餌食となりました。
どうして攻撃魔法が効かないのか理解してなかった私たちはただただ走り回って攪乱することしかできませんでした。
味方のことなど考える余裕すら無い荒れっぷりです。
その後頻繁に放っていた爆発系の魔術を聞きつけた冒険者によって通報され、駆けつけた騎士によって私たちは保護されました。
でも大切な仲間をこの時三人も失ってしまいました。
その日から私は、銀の狼には絶対近付かないようにしているのです。
ですがそうすんなり片付く話でもありませんでした。
この件はゾルフを含め皆押し黙っていたので真実は明かされず、国からの厳重注意ということで一旦は収まったのですが、またしてもゾルフが狼を見つけてきたことにより状況は大きく変わりました。
例の件があったにも関わらず嬉しそうに招集をかけるゾルフに私たちは心底呆れ、あまりの軽率さに軽蔑的な視線を向けて無視していました。
思えば、この頃からゾルフには冷たく当たっていたように思います。本人は全く気にも留めていませんでしたが。
そんな私たちの反応は意にも介さず、だったらとゾルフは一人で討伐に行ってしまいました。
私たちは始めこそあんなやつどうなってもいい、などと無視を決め込んでいましたがすぐに不安になって大人に報告しました。
すると大人たちは血相を変えてゾルフと銀の狼の元へと飛び出していきました。「なんでもっと早く言わなかったんだ! ゾルフになにかあれば君たちのせいだからな!」そういって皆夜の林へと駆けて行きます。
どうして私たちが怒られなければならなかったのでしょう。
幼心ながら、私たちは大人への反発心を抱いていました。今では彼らの言い分も理解できます。
しかし、その後の結末により私たちの不満など吹っ飛んでしまいました。
数十分にも及ぶ戦闘の末、ゾルフは生きた状態で大人たちに保護されたようでした。
しかも銀の狼は重症。致命傷をいくつも負わされた狼は立っているのもやっとという状態で発見されました。
そしてやってきた騎士によって息の根は完全に止められます。
ゾルフはその瞬間怒り狂って喚いていたそうです。
強敵をあともうすこしというところで横取りされたので当然と言えば当然ですけどね。ざまあみろ、とその時は思いました。
結局国によって働きを認められたゾルフは史上最年少で騎士団入りします。
本人は嫌がっていましたが、施設の職員たちに懇願されて渋々入団。
職員としても早く問題児を手放したかったのでしょう。自業自得だと思います。
しかし、この瞬間施設の誰もがゾルフの実力を認めたのは事実で、私もこの時少しだけ羨望の意を彼に向けていたのも本当です。
結局ゾルフはまともな生活を送ろうとせず、騎士団の中でもかなり浮いていたそうです。
なので居場所を失った彼はちょいちょい施設に顔を出していました。新しく入った子供たちは仲間を失った経験もないのでゾルフに寄って行きましたが、私は釈然としない思いで彼を眺めているだけでした。
ゾルフのせいで三人死んでしまったのです。彼はそのことについてどう考えているのでしょうか。
一度本人にそう聞いたことがあります。すると、当たり前のようにこう答えました。
「招集をかけた時に意気揚々と集まったのはあいつらだろ? あの瞬間パーティは結成されたんだ。報酬だってどいつが打ち取ろうが山分けだって話だった。だったら誰がどうなろうがそれは自己責任だ。俺だけが非難されるっていうのも筋違いだぜ」
たしかにそれはその通りだと思います。私もこのとき言いくるめられたような気になって何も言い返せませんでした。
ですが、後々考えるにやはり配慮が足りないとは思いました。
仲間が同じ討伐クエストで亡くなっているのに、全く気にした風もなく話を進めていくのは如何なものでしょうか。
こう感じるのは私だけ? やはり私は冒険者に向いていないのでしょうか?
そんなゾルフでしたが腕だけは確かだったので、なんとか騎士団に在籍しているような状況でした。
銀の狼の出現を耳にすると一番に国を出発するほどだそうです。
そして過去に二回、前代未聞のたった一人での討伐経験を持ち合わせているのです。
帰ってくるときはいつもボロボロで、それでも笑顔だけは一流のそれでした。
世界に名を轟かせたゾルフでしたが、それ以外においては全く持ってゴミ同然だったため、すぐに人々の視線から外れました。
あまりに不躾なその態度に、剣術のことなど置いといて誰も近寄ろうとはしませんでした。
たまに金目当てですり寄ってくる女もいたそうですが、一晩だけの関係で長続きはしなかったそうです。
というのも、どういうわけかゾルフは報酬金を全額失っていました。それも一度ならず、何度も何度も。
本人は賭け事で一夜のうちに使い果たした、などと言っていましたが流石にその量は不可能だろうというのが私の見解です。
そのせいで彼はいつも一文無しで生活していました。まあゾルフの懐事情などどうでもいいことです。
掻い摘んで思い出した些細な事案ばかりですが、おおよそゾルフと私たちとの苦く懐かしい過去が思い返されました。
話を戻しましょう。
つまり、私が心配している第二の事案がコレです。
銀の狼が現れたということは、即ちこの男も近くにいるということ。
どういうわけか私は彼に目をつけられているらしく、見つかってからまれでもしたら迷惑です。それに、ステフの事も知られたくないですし・・・。
あ、いや別にゾルフに取られるとか心配してたわけじゃなくてですね!
・・・でも天性の才なのか彼は女性を手駒にするのが上手なのです。
嫌悪感を隠さない私でさえも何度か危ない目にあいました。
鈍感そうなステフなら大丈夫だとは思いますが、それでも万が一ということがあるのでできるだけ彼との接触は避けたいものでした。
――そしてその予感は見事的中。
運悪くも団を出遅れたゾルフに見つかり、ステフが目をつけられてしまいました。
通常なら無理やり突き返すところですが、間の悪いことにステフが魔物に襲われていたせいで・・・。
助けてもらったこともあってステフがゾルフに懐いているので、どうもうまく引きはがしようがありません。
ゾルフもいつも通りの洞察力で的確にステフの弱いところをつついていますし・・・。
彼の魔術を見ているときの目なんて、私も向けられたことなどありません。
なんとかこじつけてステフと同じ布団で寝ることにしましたが、所詮は気安め。ゾルフがついてくるとなっては気が気ではありませんでした。
そのせいで本来考えたかったことに頭が回らない・・・どうしよう。恨みますよゾルフ。
そして次の日。
早速ステフがゾルフのウェンポート行きの話に心奪われ、ゾルフが勝ち誇ったような顔で私を見てきました。
この男・・・絶対私の心中を察している・・・。
ですがここで却下してしまうと折角積み上げてきたステフの好感度も落ちかねません。
それに、ウェンポートにも久々に出向きたかったのも事実ですし。
渋々といった様子でその案を承知すると、ステフは人が変わったように喜んでいました。悔しいながらも、私もその姿につい口がニヤけてしまいます。
せめてもの抵抗に、ステフの修行は忘れさせまいと軽く注意を促します。
ステフは残念そうに顔をしかめながらも、やはり魔術への憧れが強いのかキラキラした顔で頷いていました。
まあ、今回はこの顔が見られただけでも良しとしますか。
絶対口にはしませんが、ゾルフにも少しだけ感謝です。
私たちの本当の旅はここからになるのでしょう。
正直ゾルフのせいでわくわくよりも不安が強いのですが、ステフの為にも私自身の為にも精一杯頑張ろうと思います。
まずは今日の昼から。ステフに魔術を教えるところから始まります。
とりあえずステフに頼れるお姉さん的なところを見せつけておきましょうか。
なんだか自分でも当初の目的を見失ってそうですが、まあ気にする程の事でもないでしょう。
私は眩しく輝く太陽に手をかざすようにして歩を進めます。
今日もまだ平和です。でも、これからもそうだとは限りません。
その時に備え、ステフの面倒見はもちろんの事自分自身の鍛錬も怠らないようしっかり胸に刻みつけておかねば。
ウェンポートへは後20日ほどでしょうか。
予定より結構遅れてしまってますね。ですがたまにはのんびりとした旅もいいでしょう。
私たちは景色を楽しみながら、ゆったり目的地へ向かいました。
師に会いに行くのはもう少し後になりそうです。どうかお元気で待っていてください。
ここで一旦エラメリアの話はおしまいです。実は盛大なキャラ崩壊も考えていたのですが、流石に自重しました。
きゃるん☆なエラメリアも書いてみたかったな・・・。