「会いたい」
「会いたい」
彼女が放ったこの一言は、つまるところ、ただの願望であった。
単に、想い焦がれるうちに彼女の内部を制圧し、まとめ上げ、専一な思いとさせた、そのために内に留めておくにはあまりにも激しく、そして息のつまる欲望となり果てたのだ。
そう、言うつもりはなかった、のだ。
しかしながら心の中へ留めておけなくなった彼女は、その対象へ向けてーーこれが最も重大なところであるがーーつぶやき聞かせてしまったのだ。その瞬間は、過ちと気づかず。
彼は、困惑していた。
いかに会いたいと望めども、それは叶わぬ行為であったからだ。彼自身、何度も彼女のもとへ駆けつけることを考え、夢に見、幻惑まで見るほどにその存在を求めていた。もどかしさに、いくら自らの腕を掻きむしっても、下弦の月へ向かい咆哮を上げても、足りないほどに。
しかしながら、遠すぎたのだ。
壁一枚、という距離が、つまりはこの惑星一周分の距離が、この二人にとってはあまりにも遠すぎた。彼はただ空を見上げた。雲は流れなかった。
星々が瞬き、草木が眠るころ。
一組の男女はベランダの柵に寄りかかっていた。
偶然見上げた酔っぱらいは、仲睦まじい恋人とみた。
そばを通りかかった山のふくろうは、幸せに寄り添う夫婦だと目を細めた。
薄い壁の隔てる向こうに、温もりを感じながら。
二人は同時に部屋へと戻っていった。
ちらりと瞬いた、流れ星だけが知る真実。
思いついた言葉を羅列しました
どんな事情を想像するも、あなたの自由です