2.暁月紫苑の初仕事(3)流鏑馬ロキの支払い
僕は、勢いよく振り返った。
「お支払いは以下のふたつの方法で行って頂きます」
ロキの反応を待つ。
「...」
訝しげな表情でこちらを見つめている。
「まず一つ目、流鏑馬家が今後の僕の仕事に出資する事」
「...流鏑馬家が?」
目がいつもより少しだけ大きくなる。
「仕事をするにもお金がかかるし、仕事の報酬だけでは次の仕事が出来ないんだ。だから、君の家に出してもらうよ」
ロキは腕を組み、あごに手を当てた。
「私はいいけど...あの人が素直に払うと思っているの?」
あの人、というのはロキの父親、流鏑馬家当主のことだろう。
「こう見えても僕はけっこうやり手なんだ。君のお父さんに出資させることなんて簡単さ」
「そう。ならいいけど。で、二つ目は?」
たぶんこっちのほうが了承が難しいかもしれない。
「君が今後の僕の仕事に協力すること」
そして僕は、再度ロキの反応を伺った。
目を見開く彼女の表情はとても人間らしいものだった。
プルルル…プルルル…、ガチャ。
「もしもし。私、暁月紫苑と申します」
「誰だ?」
「暁月紫苑です」
「私は、そのような名前の者は知り合いにおらん」
「ええ。今日初めて、お電話をかけさせて頂いたのですからね」
「で、何の用だ?暁月紫苑とやら」
さすが、多大な経済力を持つ流鏑馬家の当主だ。威厳のある物言いをするね。
「娘さん、お家に帰っていないでしょう?」
「ああ、そうだが。しかし、お前が誘拐したわけではなかろう。あれはお前の傍にいるだろうが」
この人、ただものじゃない。今の会話だけで大体の状況が分かるなんてね。まあ、僕にかかれば出資させるくらい簡単だけどね。
「ええ、その通りです。今日お電話させて頂いたのは、ちょっとしたお仕事のお話があってですね」
「言ってみろ」
「私の仕事に、出資していただきたい」
ここは、単刀直入に。こういう人は、変に隠したりすると余計に嫌がるからね。
「それは、私になんの得がある」
お、意外と好反応。
「まず一つ...、お宅の会社の秘密が世間に晒されることを免れます」
「うちの会社を舐めてもらっては困る。お前1人を消すことくらい、造作もない」
そりゃあそうですよねー。心の中で相槌をうつ。ここまでは想定内だからね。
「そしてもう一つ...」
「?」
もうひとつあるのが意外だったのか、ロキの父は低く唸り声をあげた。
しかし、ここからが本番だ。
「ロキさんが、あなたから離れます」
電話の向こうで、息を呑む音が聞こえた。
「ああ、あなたの驚く表情が目に浮かぶようです。さぞかし、娘さんとそっくりなんでしょう。いや、もしくは、全く似ていないかもしれませんねえ...。面影の欠片もないのでしょうか?」
なっ、と激昂したような声がした。それから、短いため息。
「暁月紫苑といったか。お前の目的はなんだ?」
僕は密かに口角をあげた。
「僕はただ、仕事に出資していただきたいだけですよ」
ほんとうに、それだけ。
ロキの父が小さく舌打ちをするのに気づいたが、スルー。
「どうすればいい」
どうやら、了承してもらえたようだ。
ここからは完全に、僕のターンだね。
「では...」