2.暁月紫苑の初仕事 (2)流鏑馬ロキは離れたい
お読み頂き、ありがとうございます。初仕事編、第二話です。
「私を、流鏑馬家から離れさせて」
流鏑馬ロキは望んだ。
「ご注文、ありがとうございます」
僕は、恭しく礼をした。ロキにとっては皮肉のように聞こえたかもしれないけれど、僕に礼儀を求めるのが間違っているんだから仕方が無いね。
「でもって、いろいろと詳しいお話を聞かせて頂きたい訳だけれど、今日はもう遅い。僕は寝床に帰るけど、君は?一旦おうちに帰る?」
「嫌だ」
「じゃあ、どうするの?」
「…」
ロキは思案顔になる。顔をしかめると、ますます目の下の隈がはっきりとして、恐ろしい形相になる。
「あんたについて行ってもいい?」
ん?これは予想外の方向に話がいきそうだぞ?
「家に帰れば良くても監禁。ホテルやネカフェに行くのもいいけど金を持っていない。それに、外にいると家のものが追ってくる危険性があるから」
追手がいる可能性があるのか…。確実に仕事を成功させるには、まず、確実に顧客を得ることができないといけないよね…。
「分かったよ。今日は、僕の寝床に泊まって。あんまり良い所じゃないけどね。...でも、大丈夫なの?」
「何が?」
この子には貞操とかいうモノがないのかな?
「たった今知り合ったばかりの男と、同じ場所で一夜を過ごすなんて」
「わたしはあんたを完全に信用してる訳じゃない。でも、家よりもあんたのほうが信用できる。それくらい流鏑馬家は『ヤバい』ところなんだ」
ふうん。そういう君の方が、もっと『ヤバそう』だけどね。なんて言える訳もなく、曖昧な笑いを浮かべる。
「じゃあ、行こうか。」
「...」
町外れにある廃工場。その前に佇む2人。そのうちの1人がおもむろに口を開いた。
「なに、ここ」
「廃工場だよ?」
うん、どこからどうみても廃工場だ。昔は鉄工をしていたようだけれど、今は、誰も立ち入らない。
「そういう事が言いたいんじゃない。ここ、あんたの寝床?」
「そうだけど?」
「酷い」
「言ったよ?あんまりいい所じゃないって」
「それにしても酷すぎる」
「帰る?」
「嫌だ」
デスヨネー。
「仕方が無いじゃないか。僕はほとんどお金を持っていないんだから」
「貧乏かよ」
「お金が無いと困るよね〜」
「そんな経験した事ないから分からない」
うわぁ。うわー。そういえばロキはお嬢様だったよ。ガチな方の。
(絶対金欠とかになった事ないんだろうな〜)
お、そうだ。いい事思いついた。
「何ぼーっとしてんの?さっさと案内しなさいよ」
「おっと、お嬢様がお怒りだ!命の危険を感じる!」
ロキの形相はこの世のモノとは思えないようなものになっている。
「何?馬鹿にしてるの?何なら仕事の話、なかったことにしてもいいんだけど?」
なかなか言うじゃないか。
「ふうん?いいけど?でも、本当に困るのはどっちなのかってことを忘れてない?」
「ゲスが」
「僕、教育という物を一切受けていないから」
微妙な表情をしたロキが口を開きかけたけど、その前に被せるようにして言った。
「さ、行こうか」
不気味な廃工場の中に入って行く。
「眠れない」
うん。
「眠れる訳がない」
そうだね。
「ねえ」
なんだい?
「布団ほしい」
「ないよ」
「嫌だ」
...
「あのさぁ、人の寝床に泊めて貰ってるんだから、少し我慢して?」
「私、今まで固いマットレスで寝た事がないのよ」
お嬢様め...。
「家から離れるんだったら、これからどんな環境で生きてくか分かんないよ?もしかしたら、スラムみたいな場所で寝泊りする事だってあるかもしれないし」
ロキはしばらく「むー」と唸っていた。
「...分かった。我慢する」
うん。これでよし。
「決めた。家から離れられるなら、こういう所は全部捨てる」
ん?何か言ったかい?
「独り言。何でもない」
そうかい。
「「おやすみ」」
X X X
カタカタカタッ、カチッ、カタッカタッ、パチン。
聞きなれない音が、僕を目覚めさせた。
起き上がって辺りを見渡すと5メートルほど離れた所に、見慣れない女の子が居た。
(あ、そうか。昨日はあの子を泊めたんだっけ)
ロキは赤い眼鏡をかけ、ノートパソコンをいじっていた。
「何してるんだい?」
ロキは、画面から顔を上げない。
「ネットの情報からこっちの居場所が突き止められるかもしれない。だから、このパソコンの情報をネット上から消してアドレスを変えたり、GPSを操作したりしてんの」
そう。よく分からなかった。どうやら僕は、機会には弱いようだ。僕がそんなことを考えている間も、キーボードの音は、絶えず鳴り続ける。ロキは無表情で、画面を見つめている。
「それって…、難しいの?」
一通り作業が終了したのか、「パタン」とノートパソコンを閉じる。
「知識があれば、大抵の人はできる。でも、その知識は大抵の人は触れることが難しい…、と思う」
言いながら、眼鏡を外した。
僕は、昨日の夜思いついたことを実行しようと、話を切り出した。
「報酬についてのことなんだけど…」
「ああ。いくらになる?金ならあるから」
僕はゆっくりと歩きながら言う。
「いやあ、今すぐには払ってもらわなくていいよ。ていうか、君自身はお金を払わなくていい。…でも、流鏑馬家には沢山払って戴くことになるかな」
何か言おうとしたロキを遮り、僕は勢いよく振り返った。
「お支払いは以下のふたつの方法で行って頂きます」
お読み頂き、ありがとうございました。
後で読み返してみると、今回はあまり話が進んでいませんでした。申し訳ありません…(汗)
次回は紫苑くんが活動的に…なるはず…です(どうなることやら?)。
次回も読んで頂ければとてもうれしいです。