2.暁月紫苑の初仕事 (1)流鏑馬ロキとの出会い
君は…前にも会ったよね。僕のこと覚えてる?そう、僕は暁月紫苑だ。嬉しいなあ、こうしてまた会うことができて。
えっと、今日は何の話をするんだっけ?いやいや、冗談さ。僕が忘れるわけないじゃないか。僕は毎日ここで、君が来るのを待ちわびていたんだから。それなりに上手く喋れるように、練習だってしたくらいさ。嘘じゃないよ。僕はこの世で、嘘がいちばん嫌いなんだ。だから、安心して。
今日する話は、僕の趣味のような仕事のことさ。どういう仕事かっていうと…んー、アドバイザー兼スポンサーって感じかな。まあ、細かいことは僕の初仕事の話を聞いてもらったほうが分かると思うよ。
X X X
僕が仕事を始めたのは、人間を愛するようになってから。その時から僕は人間をこの上なく愛していたけれど、もっともっと愛せるように、そして人間の役に立てるように、何かできる事はないかって考えた。
結局いろいろ考えたけれど、僕にできるのはこれくらいしかなかった。
『人間の欲望を叶えるお手伝いをすること』 だ。
そして僕は初仕事をしようとある夜、街へでかけた。夜の街は綺麗だよ。幻想的だし。何より、人間の欲望がたくさんある。誰に声をかけようかなーと周りを見渡しながら歩いていると、高校生くらいの女の子が1人、コンビニの前で座り込んでいたんだ。直感で分かったね。あの子は何かを叶えたがってるって。
「こんばんは。どうしたの?こんな所で。君、高校生?こんな時間に1人じゃ、親御さん心配してるんじゃない?」
彼女は訝しげに僕の顔を見た後、小さな声でこう言った。
「通報しますよ...?」
「え、やめて?」
それでも尚、スマホを手にしている彼女をなんとかたしなめて、僕は改めて、彼女の容貌を観察した。
肩の下あたりまで伸びた栗色の髪。眼は真っ黒で光がない。目の下には薄く隈ができていて、肌には血の気がなかった。とてもじゃないけど、健康とは言いがたい顔だったね。
でもそれ以上に、彼女の身なりには驚いた。高校生としてはやけに上品なワンピース。よく見ると、髪留めだけで何万円もする海外の有名なブランド品じゃないか。もっとよく見ると、彼女が身に着けている腕時計やピアス何かも、全部普通じゃ買えないものばかり。相当なお金持ちと見た。
「君の名前は?」
「...」
やっぱりいきなり聞くのは良くなかったかな、と心の中で反省してると彼女は小さく、こう言った。
「人に名前を聞く時は自分から名乗るのが礼儀でしょ」
「ああ、失敬失敬。僕は暁月紫苑。乙女座のAB型さ」
「私は流鏑馬ロキ」
流鏑馬家といえば、日本だけでなく世界の経済に影響力のあるような大金持ちじゃあないか。
「で、どうして君はこんなところに独りでいるの?」
ロキは目を伏せて言う。
「私はさっき家出した」
「どうして?」
「父と喧嘩になったから」
「どうして?」
「私が父に進路のことで逆らったから」
「どうして?」
僕が何度も同じことを言ったから、ロキはイラッとした様子だった。
「じゃあ聞くけど、あんたはどうして私に声をかけたの?」
僕は初仕事をなんとか成功させたかったから、単刀直入に言った。
「僕の仕事の顧客になって頂きたくて」
「え?」
ロキは虚だった眼を見開いた。
「あんた、詐欺師なの?」
「心外だなあ。僕がしてるのは、世の為人の為になる仕事だよ」
「どういうことよ。全然分からないわ」
訝しげな表情で問われた。僕ってそんなに怪しいかな?
「簡単に言えば、人間の望みを叶えるって感じかな」
「やっぱり怪しい...」
「ほんと、怪しい者じゃないって」
「じゃあ、私の望みも叶えてくれるっていうの?」
やはり、ロキは何か叶えたがってたんだ。僕の見立ては間違っていなかった。
「もちろん」
「仕事ってことは、報酬が必要なんでしょ?」
「まあ、そうだね。でもそれは、どんな依頼かによるよ」
そうか...と、思案顔。10秒くらいそうして、顔を上げる。
そして、ロキは望んだ。
「私を、流鏑馬家から離れさせて」
やはり、ね。
第2話をお読み頂き、ありがとうございました。
初仕事編は5回までの予定です(それよりも長くなるかもしれないし、短くなるかもしれないです)。
ヒロインかもしれない、流鏑馬ロキさんの登場でした。これからどうなっちゃうんでしょうか。紫苑くんの初仕事を、嘲笑しながら見守ってあげてください(笑)
次回もよろしくお願いします。