第1話 無神格
ガーナラッシュの、神者の集い本拠地の、一番高い塔。薄暗い塔の最上階に、3人の人影が揺れる。
がちゃりと、その中の細身の男が目の前の扉を開いた。
部屋には、これでもかというほどに、神封じの呪文が書かれた紙で覆い尽くされている。
「アヌビス、ホントにこんなところに人が住んでやがんのか?」
神封じの呪文を無効化する呪文が書かれた木札を持ち、扉を開けた男とは別の、大柄な男が、扉を開けた男に向かって尋ねる。どうやら、扉を開けた男はアヌビスというらしい。
「信じられないか?マルス」
アヌビスが大柄な
男に答える。その瞳には、確固たる意志が宿っていた。
「でも、何も“こんなもの”まで使う必要なんて…」
もう1人の、今度は女が眉をひそめながら言う。扉に向ける視線には、怯えと軽蔑が含まれている。
「アルテミス、確かにコイツは危険だ。だが…」
アヌビスはニヤリと口元を歪めると、部屋の中心まで歩を進めた。
そこには、御札で編まれた首輪で部屋に繋がれ俯いている、やせ細った少年の姿があった。少年は壁際に座り込み、前方には骨が転がっている。
「まだ、ガキじゃねえか…」
マルスがそう漏らした。
「ああ。だが、無神格持ちだ」
そう言って少年を眺めるアヌビスの瞳は、ギラギラと獣のそれと同じように輝いている。その輝きに、アルテミスはごくりと息を飲んだ。
「おい。無神格」
アヌビスが少年に話しかけた。
すると、少年はゆらりと顔を上げた。この世界では生まれるはずのない、黒髪に黒い瞳。どろりと溶けた黒い瞳が、アヌビスと他の2人を捕らえた。
「プロメテウス」
少年のか細い声がそう言った。
「は?」
「プロメテウス。僕の名前。中身は自称ゼウス」
そう言うと少年、もといプロメテウスはまたゆらりと顔を俯かせた。
「はっ、ゼウスだと?神々の王が、神格が無いはずないだろう」
「うん。多分嘘」
プロメテウスは、あっさりとそれが嘘であることを認めた。どうやらプロメテウスは冷めた性格らしい。
「それで、アヌビスさんが来たってことは何かあったの?」
「ああ。お前に、いやお前達に例の怪物達の正体を突き止めて欲しい」
「お前達?」
「後ろの2人も一緒だ。男の方がマルス、女の方がアルテミスだ。2人はこの街の神者の集いの幹部だ」
「わかった。でも、どうやって突き止めればいいの?」
「簡単なことだ。まずはこの地図を見ろ」
そう言うとアヌビスはどこからか筒状に丸めてある紙を取り出し、床に広げた。
「まず、このあたりにここ、ガーナラッシュがある。そして、ここに赤く染まっているところがあるのがわかるな?」
「うん。火山地帯だね」
「ああ。スパルタ火山だ。そこから怪物共が湧き出したのを見たという情報が入った。また、古城イリオス、ピュロス荒野、アテナイ森林でも同様の目撃情報が寄せられている」
「それで確かめる兼潰してこいと」
「まあ、そんな感じだ。生け捕りはしなくていい。できないだろうからな」
「了解」
プロメテウスの言葉を聞き、アヌビスは満足そうににんまりと笑った。
「お前の旅の準備をさせて来よう」
そう言ってアヌビスは上機嫌で階段を下りていった。
当然部屋には3人が残される。
「よろしくね。アルテミスさん。マルスさん」
これから共に旅をする2人に向き直り、プロメテウスは微笑み手を差し出した。
マルスが握手をしようと差し出された手に触れようとした、その瞬間
「触らない方がいいよ」
ふいにプロメテウスがそう言った。表情もいつの間にか無表情に戻っている。
「さっきの、中のがやったから。喰われるよ」
喰われるという単語に反応し、手をひっこめるマルス。
「多分出発は明日になるから、早く出ていってよ」
プロメテウスはそう無愛想に言い、丸くなって寝息を立て始めた。
残された2人は顔を見合わせ、静かに階段を下りていったのだった。