ラブカクテルス その52
いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ。
本日はいかがなさいますか?
甘い香りのバイオレットフィズ?
それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?
はたまた、大人の香りのマティーニ?
わかりました。本日のスペシャルですね。
少々お待ちください。
本日のカクテルの名前はのびのびたからでございます。
ごゆっくりどうぞ。
俺は面倒くさがり屋だ。
なんにせよ、楽をして何でも済ませたがる。
だから仕事も長くは続かない。
今日もフラフラとナケナシの金を握りパチンコ屋へと足を向ける。
この間は千円で五万円になったから、今日もきっとが、必ずや待っているに違いない。
俺はココというときには運が強いのだ。
しかし、あっという間の出来事で全ては呑まれた。
たばこの一本も吸い終わらないうちに。
そんな時もある。
俺は寒くなった懐を抱えて、最後のたばこに火を付けようと、ライターを探した。
しかしやっと見つけたライターは何度擦ってみてもなかなか火が起きずにイライラした。
なんだか今日もツイてない。
仕方ない。金貸しにでも行って、少し融通してもらうとするか。
そしてその場で体をくるりと回した瞬間、目の前にいた人に危うく当たりそうになって、なんとか体を交したつもりが、普段の運動不足のせいか、まともに相手に当たってしまい俺はヨロけた。
さっきからのイラツキからか、ついその相手を呼び止めて罵声を浴びせたが、なぜかその男には見覚えがあった。
どこで見た顔だろう?
すると、その男も俺を知っているらしく、やがて驚きの声で、俺の名前を呼んできた。
俺はその声で、その男が誰だかようやくわかった。
以前通っていた競馬場の傍の一杯呑み屋に顔を出していた常連の一人だ。
男は俺と同じモノグサで、酔っ払った二人の会話は妙にそんな話しの調子が合い、俺と男は毎晩のように下らない話しを酒のツマミにして呑み明かした。
しかし男はこの頃その店に顔を出さなくなっていて、俺は少し心配していたところだった。
だが驚いたことに、その男ときたら、普段会っていたときとは随分違う雰囲気の格好でそこに出くわしたものだから、俺は一目でそれがその男だとわからなかったのだった。
呑み屋での男の格好といえば、いつも同じ野球帽にヨレヨレの灰色のパーカー、そしてあちこち破けたジーンズにくたびれた赤いスニーカーで、しかしその時の男の格好は、やたらに光沢のあるスーツに、いやらしくないシックな革靴。しかも頭にはお気に入りだと言っていた野球帽はなく、代わりにきれいにセットされた髪がいい香りを放っていた。
男は久しぶりと、曇りない笑顔で声を掛けてきたものだから、俺はと言えば、その代わり様に驚くばかりで、冷静に掛ける言葉がなかなか見つからなかったくらいで、口をやっと開いて出たのは、ドモッた、よっ、の一言だった。
知っている目の前の男は、他人だった。
男は俺に見た目で判るその貧乏臭さに顔を少し歪ませ、オイオイまだそんな生活してるのかと俺に言った。
俺は少しムッとして知ってる他人に、その胡散臭い変わり様をなじりながら、まるで唾を吐くような態度で跳ねかいしをしてみたものの、結局それはヒガミにすぎなかったのかも知れない。
男はそんな態度の俺に、楽ができて人生やり直せるやり方を教えてやろうか。昔のよしみでと、得意気な顔をして言ってきたが、その表情には俺の知っているモノグサな男の口元が戻りつつあった。
俺はとりあえずライターを貸してくれるように頼んだが、男はもうたばこを止めたと言った。
本当にこんなド田舎に?
俺がたどり着いたのは、都会からはそれほど遠くないが、近くもないひっそりとした村だった。
そのやっと着いたしなびた駅から、俺は男の言う通りにそちらの方向に向かって歩いた。そしてその間俺は回想に耽った。
男は俺にこう言った。
実は実家から二つ隣の村には昔から神社があって、そこはひっそりとしたものなのだが、地元では有名な云われがある場所で、少し高い場所にあるそこには仙人が住んでいる。そして神社に願を掛けに来た者達が、ある御供え物をして、それがもし、その仙人の大好物であったとしたならば当たりが出る。
その当たりが出たらなんと、なんでも願いを叶えてくれるのだった。
しかし今までにそこを訪れた者が色々な御供え物をしてきたものの、未だかつて当たりが出た試しがないという。
しかし、当てたのだ。
都合でたまたま帰った実家に行く途中、金がなくてトボトボと歩いて駅から実家までの長い道のりを歩きで向かっていて、その途中にその神社。
噂の事を思い出し、ちょっくらお参りでもと気まぐれた考えだった。
しかしいざ、神社に着いたものの、賽銭となる金は持ち合わせていなかった。
そこで偶然に駅前の売店で買った物があり、仕方なくそれを差し出した。
すると、なんと、境内全体が七色に光出し、派手なファンファーレが鳴ったかと思うと、普段固く閉まって開かない御神体を守る扉がギシギシと開きだし、中から仙人が姿を見せたのだった。
驚いたのなんの。
仙人は当ったから願い事を言ってみろと言った。だから楽して幸せな生活をしていける人生を送れるようにと頼んでみたところ、こんなことになった。
男のあの時の笑顔を思い出すと、俺は早足になった。
ここだ。
確かに崖の上には神社があった。
そこに向かって石の階段がそれほどの距離なくして伸びている。
俺はかなりの面倒くさがりだ。
普段もし、この階段を目にしたなら必ずと言っていいほど登ろうとは思わないだろうが、この先に待っている、なかなか味わえない経験への期待に後押しされ、思ったよりもかなり素直に足はそれを蹴り始め、自分でそれが不思議に思えた。
しかし予想通りに足は直ぐに悲鳴を挙げ始めた。
自分でもそんな体を情けないと思いながらもなんとか重力と闘ったが、近くに思われていた神社にはなかなか着くことができなかった。
久しぶりに汗を掻いた。
体中のあちこちがカッカして、忘れていた体を動かすという感覚を思い出させる。
そろそろ道がなだらかなスロープになってきたのでホッとして、踏ん張っていた足の力を少し抜く。
足元は決していいとは言えないが、階段を登ることを考えれば、まぁ少しは楽だ。
ちょっとづつ靴に着いてくる泥に憂鬱を覚えながらも、かと言ってこのまま戻るのも損だと気持ちを度々持ち直させては、なるべく後ろを振り返えらずに先を見た。
そんな道のりの中での俺の心はそのうち、自分一人事問答を始め、そんな事で気を紛らわすつもりでいた愚痴が、なぜか今までの自分の人生を辿り歩く、過去への登山となっていったのだった。
俺は子供の頃はただ平凡な家で育つ本当にただ平凡な少年でしかなく、親は優しく温かく俺を育ててくれたし、別に暮らしに何の不自由もないし、体だって五体満足。
問題はない。
一人っ子だったせいもあり、過保護に育てられた俺はまがままし放題のもの愚さになった。
そのうちに大人というものになると俺は親からの独立を果たし、大して遣りたい事があるわけでもないのに家を出て都会へと向かった。
親のツテで雇ってもらった仕事と、仕送でしばらくは生計を立てていたが、いつの頃からか俺はロクデナシ達と付き合い始めてギャンブルにハマった。
泡銭に溺れ出して、色々なギャンブルに手を出した。
どういう訳か、どんなギャンブルもやり始めは当たるばかりで、少ない金が大金になった。
美味い食事に酒をくらい、また残りをギャンブルに注ぎ込んでいく。するとなぜか当たらなくなる。
どういうことなのか、それからは金が無くなる一方で、もう止めようと思うと、たまに当たる。
全く気まぐれなものだ。
結局のところ、俺はギャンブルをするために金を稼ぎ、損して終わらない様にそれをやり続けるために生きている。そんな気がする。
そして儲けた時の酒と女。
それが俺のその頃の人生の実感できる全てだった。
まぁ、モノ愚さにはこんな人生しかないのではないか。
気がつくと脂がのっていた時期はもう過ぎて、今はチビリチビリの生活だ。
結婚だってもう縁がないだろう。
一人寂しく、このままくだらなくきっと人生が終わる。
でも、俺にも運気がやってきたってことだ。
なにしろ、この山道を登り、神社で御供え物をすれば何だって手に入る。
やはり、何でも手に入るなら何を頼もうか?
一番は、無敵のギャンブル運といったところか。
なにしろ億万長者にしてもらっても、その金を使ってギャンブルをしだして結局はまた同じ繰り返しになるだろうし。
しかしそれでいいのだろうか?
俺はふと、そんな事を想い出した。
何だって叶う頼み事。
俺は考え始めた。
本当に自分に必要な、欲しい物、事、それは何なのか?
そうしているうちにいつの間にか楽だと感じて登っていた坂は、険しさを増して、息はゼイゼイと激しくなっていた。
辺りは段々と霧が出始めて、視界はあまり良くない状況に加えて、足元の地肌もゴツゴツと歩き難くなってきた。
モノ愚さな俺は、そんな中で膝に手をつき一時足を止めた。
俺は何をやっているのだろうか。こんなに苦労する必要なんてないのでは?
しかしこのまま戻ることを考えると、それもこの苦労が泡になり、と、そんな色々な事を考える事自体がなんだかだんだん面倒くさくなり、重い足をまた上げだしたのだった。
そのやる気がない姿の影がヤケに霧に大きく写り出されて、その巨人の様な不気味な影は、今にも俺に逆らって動き出し、こんな俺を摘み上げては、からかい笑い出しそうな勢いで、俺の前にのさばっていた。
そんな影を俺は軽く蹴り跳ばそうとしたが、まんまと避けられた。
やがて坂はいよいよ杖の様な物がないと立っているのも厳しい具合になり、俺は必死にその山肌に食付いた。
なぜか久しぶり負けん気が湧いてくる。
踏ん張るために唸っていた声がだんだんと大きな叫び声となり、その情けない遠声は山々にコダマして、そんな俺を一層駆り立た。
まるで急かされるようなそのコダマに後押しされて、いよいよ目の先には頂上が見えてきたようだった。
俺は最後の力を出しきり、ダッシュを見せた。
そして神社の門を潜り、その場で大の字になって倒れ込んだのだった。
いつの間にか霧は晴れ渡り、そこにはすがすがしさと、温かい日の光が辺りを包むように気持ちよい雰囲気をかもし出していて、まるで楽園か、天国にでも上がってきた気分に、俺はしばらくの間息を落ち着かせながら、その空気を思い切り吸っては吐いてを繰り返し、登り積めた達成感に酔い知れた。
しばらくした後、俺は体を起こして周りを見回した。
そこは地面に白く美しい艶やかな砂利が惜し気もなく敷かれていて、その境内の真ん中にはそれは立派な真っ白い本堂が威厳を背負って建っていたのだった。
俺はしばらく、その時間が経つのを忘れているような静けさに動くことを躊躇ったが、その本堂の中央、奥まった所にある扉を目にして、ようやく自分がここに何をしにきたのかを思い出し、体を立たせたあとに服をパタパタと叩いて、気休めではあったが自分なりに汚れと埃を払い、本堂に上がる準備をした。
俺はなぜか、気が引き締まる想いを感じながら扉の前に立った。
人っ気は感じなかったが、何かがやはりそこにいる気配がある。
俺は緊張した。
そしていよいよ、俺はポケットから例の御供え物を取り出し、お賽銭置き場の横の小さい窓口のようにある、御供え置き場にそれを乗せてみた。
するとそれは、まるでくじ引きにでも当たったような騒ぎになった。
派手な電飾が七色に光り、ファンファーレが静けさを破り散らした。
確かに男の言う通りの展開になり、聞いてはいたものの少し退いてしまう状況に戸惑いは隠せなかった。
そんな俺を後目に、扉がギギギという音を立てて、重々しく開いた。
俺はなんだか派手々しい本堂全体の雰囲気と、扉の開き具合のギャップが気になったが、そこに出てきた仙人の姿を見て、あまりの驚きにそんな事は一気に忘れた。
仙人は水色だった。
想像していたものとはまるで違う、何に例えたらいいのかがわからない、強いて言えば、ダルマだろうか、そんな丸い顔と体をしていた。
仙人はニコニコした顔で、僕仙人っ!と、人をおちょくる声で言った。
俺はイライラする心を抑えて、無理な笑顔を造った。
仙人は、御供え物をありがとうと、礼を言いながら、願い事を言って下さいとまた、子供と話すような軟かな感じで俺に聞いてきた。
俺はだいぶ無理した笑顔を保ち、仙人になんでもいいのかと聞くと、神様は、うんいいよ!と同じ口調で答えた。
俺はなるべく早くここを去りたい気分になり、こう頼んだ。
いつでも好きな時に、好きな場所に行ける、そんな事が何度でもできる。そんな事が叶うといいかなと。
すると、なんで?と仙人は訪ねてきた。
俺は笑顔を絶やさぬように言った。
下に降りるのはまた面倒くさいし、またここに来て頼み事をしたいけど、とりあえずあの山道を登らずに済ませたいから。
それを聞いた仙人は、さすがに横着する事には頭が回るね。と、ボソッと言って、わかったと答えると、腹に付いていた何か袋のような所から、大きな扉を出してきた。
さすがの俺もそれには目を丸くした。
仙人は、行きたい所を思い浮かべて扉を開けると、そこに行くことができる扉をあげると、それを俺に手渡し、また来てね必ずと、言い残すと、扉をまた硬く閉めていなくなった。
俺はその余りのあっけなさに、しばらくただ呆然と立ち尽くした。
扉は仙人の言う通り、かなり画期的な物だった。
とりあえず俺は、扉を使って山の麓、言い替えれば神社の入り口を思い出し、扉を開けた。
扉の向こうは、なるほどどうやらその場所がそこにはあるらしく、恐る恐るそれを潜ってみると、あっという間に俺は下山を果たしていたのだった。
俺は顔をニンマリさせてその扉を抱えて家に帰ろうとして、思い留まった。
いやいや、家に帰るなら、
俺は再び扉を開けた。次は仙人に何を頼もうかを考えながら。
薄暗い本堂の中で仙人は思った。
しかしいくら未来のご主人に言われたからって、過去のご主人のご先祖様をあんなに甘やかしていいのだろうか?
だいたいご主人もあんな演技までしてご先祖をこんな仕掛けに呼び寄せて、未来の道具でまともになってもらおうなんて、本当にうまくいくと思っているのだろうか?
しかし次に来た時には少し真面目になってもらえるようにしないと、この分じゃ確かにご主人は生まれてこないかも。
それにしたって、あのいい加減な遺伝子は直せそうにないけど。
そんな事を心配してはみるが、大好物のどら焼きを目の前にすると、どうしても本題を忘れてしまう仙人なのだった。
うわっー、ネズミーっ!こわっーい!
おしまい。
いかがでしたか?
今日のオススメのカクテルの味は。
またのご来店、心よりお待ち申し上げております。では。