現実的な彼女と生きてるひこうき
手違いで、途中で公開してしまいました。
すみません!
加筆して、改めて3話として編集しています。
「理乃~。写真撮ろうよ!」
満開の桜の木の下、学校生活を思い返して感傷に浸っていた理乃を、友人が元気な声で呼んだ。
「こっちー。こっちこっち!」
また別の友人が大きな声で呼ぶ。
会うのは今日が最後だというのに、友人達は晴れやかな笑顔をしている。
クラスの中でも仲の良い友人は3人いるが、皆同じ高校に進学を決めた。そのためか、彼女たちは卒業は寂しさよりも、進学後の期待感の方が高いようだ。
(私とはもう当分会えないんだけどな~)
そんなことを思いながら、理乃もまた笑顔で友人たちのもとへと急ぐ。
目まぐるしく毎日が過ぎるこの季節。彼女たちは友人との別れというものの実感がわいていないのだろう。
理乃もまたそうなのだから、中学校の卒業式というのはそういうものなのかもしれない。
「理乃とはもうなかなか会えなくなるもんね。あの桜をバックに記念撮影~」
「夏休みとかは帰ってくるんでしょ?」
「ちゃんと言葉覚えた~?」
友人たちが矢継ぎ早に話しかけ、理乃は苦笑する。
そういえば、夏休みや冬休みの長期休暇のことを考えてなかったことに、理乃は気づいた。
(そっかそっか。夏休みがあるじゃん! ママに頼んで日本に帰ってこよう!)
感傷的だった心が一気に晴れやかになる。
友人とのしばしの別れは寂しいが、新しい生活に少しもワクワク感がないかというと嘘になる。
理乃の未来予想図に海外留学という文字はなかったが、これを貴重な体験として、楽しむ心の余裕もなければ。
「は~い。撮るよ~」
友人の合図で、理乃は満面の笑顔で写真に収まった。
* * *
委員会の後輩からもらった小さな花束を持ち、意気揚々と家に戻った理乃を衝撃が襲った。
靴箱がない。傘立ても。
靴を乱暴に脱ぎ捨て、家に上がり込んだ。
狭いアパートは、ほんの数歩で全体が見渡せる。
使い込んだキッチンも家電がひとつもなく、ガランとしている。
寝室も、子供の頃にシールをベタベタ貼って叱られた勉強机も、布団もない。
そのかわりそこにいたのは、パンパンになったリュックキャリーバッグがふたつ。そして、その間にちょこんと母が座っていた。
「お帰り! 理乃!」
「ママ……。それ、どういうこと?」
「あ。これ? 買っちゃった!」
ふたつあるリュックキャリーバッグの内ひとつは、理乃が修学旅行の時母に買ってもらったものだった。背負うこともできるキャリーは、エスカレーターのない階段ではとても役立った。母はそれと色違いを購入したらしい。無難なグレーの理乃の物とは違い、母のリュックキャリーは華やかなピンク色だった。
だが、問題は母がピンク色のリュックキャリーを買ったことではない。
「そうじゃなくて……。この部屋、荷物全然ないじゃない」
「うん。ザケスさんが迎えに来るから」
笑顔でそう言いながら頬を赤らめた母はとても可愛らしい。ここにザケスがいたらデレデレだろうが、理乃は違う。
「そうじゃないの。バッグが新品だとかそうじゃなくて……って、ええ!? ザケスさんが来るって? 迎えに? なんで? 今日? 荷物? だから?」
冷静に話そうとはしたものの、部屋に荷物がないことと、ザケスが来るということが頭の中で結びつくと、理乃は頭の中に浮かんだ単語を次々と口にした。
「いやだぁ。理乃、落ち着いて。だって、理乃が渡航はママの準備が整ったらいつでもいいって言ってたじゃない」
「そう、だけど! でもホラ、ぱ、パスポートは!?」
「ザケスさんが用意してくれてるわ。理乃の写真も渡してあるし」
「しゃ、写真? なんの!?」
「受験用に、制服で撮ったのあったから」
写真渡しただけでパスポートってどうにかなるものなのだろうか? もしかして……私はもう日本国民じゃないのかもしれない。そこまで考えて理乃は愕然とした。
国際結婚……ならぬ、国際再婚の場合、子供の国籍がどんな風になるのか、理乃はよく知らない。
もしかしたら既に日本国民ではなく、なんと書いているのか分からないパスポートを渡されるのかもしれない。
「ママ、私って……」
「あ、ザケスさんよ!」
手にしたスマホが軽やかな音で着信を知らせる。ワントーン高くなった声で嬉しそうに電話に出る母を見て、理乃は大きな大きな渦に飲み込まれるような気がした。
勢いよく立ち上がった母は、理乃にグレーのリュックキャリーを押し付けると、理乃の手を握って玄関へと引っ張った。
理乃はただ、この手を離してはいけないと、ぎゅっと握り返した。
空港へと向かう道中、ザケスは車内で母と理乃に指輪を差し出した。
それは親指大の涙型の透明な石がついた大振りな物だった。
結婚指輪だとしたら、母に渡すならともかく、理乃に渡す理由がない。
理乃が戸惑っていると、早速指にはめた母が嬉しそうに微笑んだ。母の指輪の石は、淡いピンク色に輝いていた。
(あれ? さっきまで透明じゃなかった?)
ゴシゴシと目をこすって見ても、母の石の色はピンク色だ。理乃が持っている指輪の石は、透明だというのに……。
(あ。ママのだけ最初からピンクなのかな? 親子だからって同じってわけないよね。花嫁はママなんだし)
そう結論づけたものの、これをどうしたものかとザケスと見ると、ザケスは理乃にも指にはめるように言った。
「でも……私がもらう理由が……」
「これは、身分証明書のような物なんだよ。わが国民は皆持っているんだ」
「あ。そういうことですか」
それならば……と、理乃が指にはめると、どうしたことか、指輪の石がチカチカと光り出した。
その光は、青、黄、緑、赤、紫、と次々に変わる。
「あら、不思議ねぇ」
「え? なに? なにこれ?」
呑気な母の反応に対して、理乃はわけが分からない。ザケスに問いかけるも、当のザケスは険しい瞳で指輪をじっと見つめていた。
「ザケスさん、これって……」
「あら。消えちゃった」
「え?」
母の言葉に、視線を指輪に戻すと、指輪は透明に戻っていた。
どういうことだろう?
再びザケスを見上げると、先ほどまで難しい顔をしていたとは思えない程の笑顔で、理乃を見ていた。
「な、なんですか?」
「いや。リノはおもしろいね」
「は?」
「ご歓談中に申し訳ございません。間もなく到着いたします」
後部座席と運転席の間にあった仕切りが少し開くと、運転手が空港への到着を告げた。
先日の運転手とは違う人物だった。
空港に到着すると、ザケスは母と並び、悠々と先を歩く。
長身でキラキラの宝石をつけた民族衣装姿のザケスは、周囲の注目の的だ。
近寄りがたい雰囲気があるのか、込み合った空港内でも自然と人が道を開ける。その様子に気を取られ、そのままついて行くと、いつの間にか人もまばらな通路に出た。
広く作られた通路は、先ほどまでの白を基調とした明るいものではなく、ブラウンを基調としたシックなもので、足元の絨毯は毛足が長くふかふかだ。
(これ……VIP専用とかいうやつ……?)
だとしても、搭乗手続きや荷物検査はいつするにだろう?
(出国手続きとか……いつやるんだろ?)
母は隣を歩くザケスを見上げ、嬉しそうに話している。
もしかしたら、通路の雰囲気が変わったことすら気がついていないのかもしれない。
「あのぅ……」
「ん? なんだい?」
「どこに行くんですか? もうだいぶ奥まで来たと思うんですけど……」
「格納庫だよ」
格納庫という言葉を聞いて、理乃は驚いた。
飛行機を持っているセレブとは聞いていたが、まさか自家用機で出国すると言うのだろうか?
「だ、誰が運転を……」
「私だよ。大丈夫。慣れているから」
そんな、ちょっとドライブとでも言うような雰囲気で話しているが、そんな簡単なものなのだろうか? 整備とかいいの……? 理乃がそんなことをぐるぐると考えていると、ドアが開けられ、そこはもう滑走路だった。
遠くにTVでよく見るロゴの飛行機が遠くに見える。
3人がいるのは、滑走路の端のようだった。
敷地の隅には、大きな倉庫がたくさん並んでいる。これが格納庫なのだろう。
ザケスはその中のひとつの前に立つと、理乃と母を手招きした。
「では、わが国に行こうか」
見上げるほどの大きな扉に、ザケスが手をかける。
大きな音をたて、扉が徐々に開いていく。
中には、一体どんな飛行機があるのだろう? 気になった理乃が中を覗くと、突風が理乃を襲った。
砂ぼこりが目に入り、両手で目を覆う。
ザケスの大きな手が、理乃の背中を前に押し出し、両目を強く閉じたまま、ヨロリと一歩を踏み入れた。
ザクリ、と柔らかな感触が足を包む。
風が止み、涙を浮かべながらもなんとか目を開けると、……そこには荒涼とした大地が広がっていた。
「なに……ここ?」
理乃が慌てて振り返るも、そこには入ってきたはずの扉がない。それどころか、空間を仕切る壁もなく、見渡す限り赤土の大地だ。
ブォン! と、なにかが風をきる音がして、再び理乃の周りに砂ぼこりが舞う。
「ゴホッ、ゴホ……ッ」
一体なにごとかと、見上げてみると、そこにはギョロリと大きな丸い目を理乃に向ける、巨大な生物がいた。
頭までの高さだけで3メートルはあるだろうか。小さな頃に図鑑で見た恐竜のような肌質に、横に広がる大きな羽。鍵爪が鋭い後ろ足は大きく、大地にガッチリを食い込んでいる。それに比べると比較的小さな前足もまた、鋭い鍵爪がついていた。
ブォン
音を立てて、太く長い尻尾が大地を打ち、砂ぼこりが舞った。
「これ……これ……あの……」
恐怖よりも先に、今自分の身になにが起こっているのかが理解できず、理乃は呆けたような声を出した。
「まあ! ワイバーンじゃない?」
興奮したように母が声を上げる。
ワイバーン? なんだろう、それは。
そもそも、飛行機に乗るため、空港に来たはずではなかっただろうか?
「だって、ひ、飛行機、あるって……」
「うん、飛行騎」
「ひこうき……?」
「飛行騎」
ザケスが慣れた手で、ワイバーンを撫でる。
すると、ワイバーンは嬉しそうに目を細め、また尻尾を振りおろした。
これまでにない程の猛烈な風が理乃を襲う。呆けていた理乃は、まともに風を受け、後ろに吹っ飛んだ。
強かにお尻と背中を打ち付ける。
「リノ!」
「まあ、理乃!!」
遠のく意識の中、理乃を呼ぶ声が聞こえる。
(ああ、これが、夢だったら、いいのに……)
そう思いながら、理乃は意識を手放した。