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恋愛もの短編集

俺と彼女と夏の対決

オカザキレオ様、にゃん椿3号様主催「君と夏祭り企画」参加作品です。

キーワード: 浴衣、リンゴ飴、金魚すくい、神社、後れ髪。

「竜! 勝負だ!」


 ずびしぃっ! と効果音つきで由香が俺を指さす。さすなよ。

 ピンクのシフォンチュニックに白いショートパンツ姿の由香は俺の幼なじみで高校のクラスメート。肩の下くらいまで伸ばしたまっすぐな黒髪を振り乱して鼻息も荒く俺を睨みつけている。黙ってりゃ整った顔してるのに、言動は粗野で大ざっぱ。はっきりいって残念系美少女だ。だから高校に上がっても浮いた噂一つ聞かない。


「おまえも懲りないな」


 俺はにやりと笑ってポケットから小銭入れを出した。なにしろこれは毎年の行事なのだ。8月の終わり、この残暑の厳しい頃に近所の神社で催される夏祭り、そこでの勝負は小学校の頃から数えて7回目。ちなみに俺は負け知らずだ。


「おっちゃん、二人ぶん」

「はいよ、ひとり300円な」


 ちゃりんと銀色の硬貨を3枚ずつテキ屋のおっちゃんに渡す。節くれ立った手が硬貨を受け取り、俺と由香に一つずつポイ(・・)を手渡した。


 並んでしゃがんで、小さなボウルに水を汲む。汲んだ水にまだ灯ったばかりの提灯の明かりが反射してきらきらしてきれいだ。

 けれど俺たちはそれには目もくれず、ただ眼前のターゲットに集中する。ポイを持つ手がぴくりと動くと、おっちゃんがかけ声をかけてくれた。


「用意、スタート!」


 俺と由香の金魚すくい対決が今年も始まった。



 リュウキンは1点、デメキンは3点。制限時間はなし、お互いポイの紙が破れるまでに何匹掬えるかが勝負で、最終的に点数の高かった方が勝ちというシンプルきわまりないゲーム。ちなみに負けたら相手にリンゴ飴を奢ることになっている。


 俺は掬うとき、ポイははじっこだけを使い、できるだけ水の抵抗が紙にかからないようにスッと入れ、スッと抜く。だから上の方を泳いでいる金魚を狙うのがいい。開始早々から俺は快調に金魚を掬っていった。

 みるみるうちにボウルの中に金魚が増えていく。

 15匹掬ったところではじっこが破けた。でもまだいける。

 ひょい、ぽちゃ。ひょい、ぽちゃ。

 結局19匹掬ったところでポイはおしゃかになった。


 さて、由香はどうなったかと見ると、ボウル片手にすでに破れたポイを握りしめ、赤い顔でくやしがっている。


「俺がリュウキンだけで19匹。由香はリュウキン10匹にデメキンが2匹。今年も俺の勝ちだな」

「く、く、くやしいいいいいい~! この由香さんの素敵な生足にも心揺らさないとか、それもまたくやしいいいいいい~!」


 きいいい、と地団駄を踏みながら悔しがる由香。そんな作戦を練ってたからその格好なのか。そんな子供っぽい作戦に誰が引っかかってやるかってんだ。まあ、眼福だと思わなくもなかったが。

 でも俺は容赦なくリンゴ飴を奢らせた。


「いいこと! 次こそはリンゴ飴を奢らせてやるんだから! 見てらっしゃい」

「はいはい、来年も返り討ちにしてやるよ」

「来年?」


 そこで由香がにやりと笑った。


「このお祭りは2日やるのよ。いい、明日も勝負よ!」

「えええええっ! なんで今年は二回もやるんだよ! おま、そもそも人の都合ってもんも考えろよ!」

「どうせ自分の部屋でアイス囓りながらゲームしてるだけなんでしょ。あのMMなんとかいう」


 MMORPGな。


「いや違う。今回はモンスター狩りに行く約束G、いひぇひぇひぇっ!」


 言い終わる前に由香の指が俺のほっぺたを極限まで伸ばしていた。


「いいわね、明日も勝負! 決まり! 今日と同じ時間に鳥居のところで待ち合わせたからね!」


 有無を言わさず俺を頷かせると、由香はずんずんと帰って行ってしまった。









 結局、翌日俺は由香との約束の時間にちょっとだけ遅れて神社に来た。

 2日目も夏祭りはずいぶんな人出だ。待ち合わせた鳥居のあたりも、やはり俺たち同様待ち合わせてる奴らで結構一杯になっている。夏祭りらしく浴衣や甚平姿の人が多い。かくいう俺は普通にTシャツにジーンズ。蚊に刺されるの嫌だし。

 さて、由香は――――


 きょろきょろしていたら由香の姿が目に入り、俺は固まった。


 紺地に朝顔の柄の浴衣、黄色の帯。

 髪も結い上げ、やはり黄色の大きなリボンで飾ってある。

 なんて言うか――――驚いた。


 由香は知らない男としゃべってた。茶髪にでれっとしたTシャツ着て、腰にチェーンとかつけてやがる。

 待ち合わせてたのは俺なのに、何やってんだあいつは。


 なんだかひどくむかついて真っ直ぐに由香のところへ歩み寄る。すると、二人の会話が聞こえてきた。


「なあ、だからさ、好きなもん奢るから一緒に回ろうぜ。リンゴ飴なんかどう?」

「だからしつこいな、リンゴ飴なんかいらないよ! 待ち合わせしてるんだから、私に構わないで」


 なんだ、ナンパか。


「由香」

「竜! 遅いよ!」


 由香がぱっと駆け寄ってきて俺の腕をとった。ナンパ男はそれを見て「ちぇっ」なんて吐き捨ててどこかへ行ってしまったが、なんだか俺はそれどころじゃなかった。

 男がいなくなったのはよかったが、腕に由香がしがみついてきた途端に心臓がばくばく言い出したのだ。

 どうした、俺。相手は由香だぞ?

 がさつで大ざっぱで、どっちかっていうと男友達みたいな立ち位置で。なのになんて安っぽいんだ、ちょっと浴衣着てきたくらいでどうして今の安定した関係が揺らいで見えるんだ?


 ナンパ男の姿が見えなくなってやっと由香が俺の腕から離れたが、俺はそのまま固まっていた。



「何よ、黙ってないで何か言ったら?」

「あ、ああ。その格好じゃあのナンパ野郎に回し蹴りお見舞いできなかっいひゃひゃひゃひゃっ!」


 またしても言い終わらないうちに今度は両頬をひねり上げられた。


「サイッテー! 大丈夫だったか、とか言えないの? いい、今日私が勝ったらリンゴ飴にたこ焼きも奢りなさい!」

「あれ、リンゴ飴なんかいらないんじゃなかったのか」

「リンゴ飴は勝負に勝って竜に奢らせるの! 他の人にもらうんじゃ意味がないんだから」


 言葉の裏読みをしてほんのちょっとどきどきしながらも「でもどうせ俺が勝つんだから」とぼそっと言い捨てたら


「何か言った!」


 またにらまれた。







「おや、本当にまた来たんだ。ほい、300円ずつな」


 テキ屋のおっちゃんが笑いながらポイをくれた。また並んで水盤の前にしゃがむ。


「いっくわよ~」


 由香は気合いを入れて袂をまくりあげた。


「用意、スタート!」


 二人で同時にポイを水にくぐらせた。

 昨日以上に順調なペースで掬っていき、俺の手持ちのボウルにはあっという間に8匹の金魚が入る。


 ここで何となく余裕が出来、由香の様子が気になって目を横に向けた。


 由香は真剣な顔で前屈みになってポイを動かしている。そのたびに俺の目をかすめるのは由香の首筋だった。


 紺の浴衣の襟からスッと伸びる白い首筋。いつもは下ろしたままの髪は今日は結い上げられていて、そこからこぼれ落ちた後れ髪が肌を這う。

 襟を抜いたところからちょっとだけ背中が――――


「おあっ!」


 はっと気がついたらぼーっと手を動かしていたらしく、大きな黒デメキンの特攻に合い俺のポイは無残に破れてしまっていた。


「し、しまった」


 由香はまだひょいひょいと金魚を掬い続けいていて、ボウルの中を数えてみたらこの段階で俺の負けは確定してしまっていた。






「やったあ、念願のリンゴ飴!」


 あとたこ焼きとフランクフルトも俺が買ってやったんだけどな。俺の財布はすっかり軽くなっちまったぜ。由香は嬉しそうにリンゴ飴にかじりついている。


「でも珍しいね、竜があんな失敗」

「バカヤロ、誰のせいだと思ってるんだ」

「え? なんのこと?」

「その浴衣着てきたの、昨日のショートパンツに続いて絶対作戦だろ。おかげで――――あ、いや」


 とんでもない失言をしそうになって口をつぐむ。由香の奴はそれをにやにやした顔で見上げてきた。


「え? 何? 浴衣姿に見惚れちゃった? それで手元が狂った?」

「――――!」


 図星をさされてかああああっと顔に血が上る。思わず口をつぐんだ俺を由香はきょとんとして見あげてきて、その無防備さにますます血圧があがっていった。

 やべえ、可愛い。こいつ、こんなに可愛かったっけ?


「や、やだ、なにじっと見てるの」


 由香もだんだん頬が桜色になってうつむいてしまった。


 二人で何も言えずにその場に立ち尽くす。


 その間も夏祭りの喧噪は続いていて、人は絶えず俺たちの横を流れていって。

 ちょっと日の暮れかけた神社の境内で、ぽつりぽつりと提灯に明かりが灯る。

 それでも俺にはそんな喧噪も風景も消えてしまって、ただ由香だけが見えている。

 なんだか二人っきりしかここにいないような、そんな錯覚――――


 ああ、なんで気がついたんだろう。自覚してしまっては今までみたいにじゃれあったりできないじゃないか。

 でも嫌じゃない。俺は、ガキの頃からの幼なじみと別れて、一人の女の子を見つけたんだ。


「――――浴衣」


 ぽつりと由香が言った。


「え?」

「着てきたの、竜に、見せたかったから」

「俺、に?」

「こーいう格好でもしたら、ちゃんと私のこと女の子として見てくれるかなって――――」


 早口で言いながらリンゴ飴よりも真っ赤になった由香はそのまま押し黙ってしまった。

 え? それって、そういう意味?

 言葉を見つけることが出来なくてただただ立ち尽くしてしまった俺の耳に由香の声が届く。


「ごめん! 今のなし! 忘れて!」


ごっつん!!


 搦め手で浴衣を褒めるかはたまたストレートに気持ちを告げるか、そんな俺の逡巡を遮って彼女は力の限り俺に頭突きを食らわせてきた。いくら食い物で両手がふさがってたからって、浴衣着てるから蹴りが繰り出せないからっていって、それはないと思うのです、由香さん。鼻血でそう。

 相当パニクっていたのだろう、由香はそのまま人混みの中を走って逃げて行ってしまった。


「あ、おい由香!」


 由香の背中で兵児帯が金魚の尾ひれみたいにひらひら揺れている。あいつ、照れ隠しにも程がある。

 告白まがいのこと言っておいて、こっちの返事も聞けよな。


 俺はすぐに追いかけた。

 人混みを掻き分け、なりふり構わず走り続けた。


 見てろ、すぐに追いついてやる。それで金魚すくいみたいにばっちり由香を捕まえるんだ。


 そしたら今度はリンゴ飴じゃなくて、由香をもらうから。





 暮れかけた低い夕日が路地に影を長く伸ばす。

 おいかけっこの影が二つ、それがひとつに交わるまで、あとちょっと。



最後までお読みいただきありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄く面白い。 短編なんてもったいないと思ってしまった。
[良い点] わーわー甘じょっぺー! 思わずローリング オン フロア。 [気になる点] 床から見上げると、 家人と目があったが、無言でドアを閉められた。
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