表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

始末屋シリーズ

作者: 竜堂 酔仙

 /*序*/


 逢魔刻おうまがとき。夕暮れと夜の間の時間帯である。

 男が、山道を急いでいた。

 用があって、町に降りた帰りなのだ。

 思いの外遅くなってしまったので、疲れない程度の早足で、帰路をたどっていた。

「遅くなっちゃったなぁ...。早く帰らないと。“影” に襲われてもやだしなぁ...」

 鬱蒼うっそうと繁る木々が、ただでさえ少ない陽光を遮って、森のなかは、今の男の心境を表すかのように真っ暗であった。

  ざん......!

 突然、頭上のこずえが、大きな音をたてて揺れた。

「うわぁっ!」

 男がびっくりして頭上を見上げても、いかなる異物をも見出だすことができない。

「きっと、気のせいだ......」

 恐ろしい “影” のことを考えているから、その幻を聞くのだ。きっと、猿か何かが頭の上を飛び越えていったに違いない。

 そう、無理に納得して、男はさらに足を早めた。

 無理に納得したとはいえ、やはりそら恐ろしいものを感じていることに違いはない。

  ざわざわざわざわ......

 今度は周りの下生えが、ひっきりなしに音をたてはじめる。

「なんなんだよこれは.....っ!」

 もはや山道を全速力で走りながら、男は恐怖に駆られていた。

 周りの草はどれだけ走っても鳴りやまない。

 そこにあるのは、ただ、漆黒の闇。

 結婚の記念に町の呪術師からもらった竜骨の指輪を必死に握りしめ、自分の無事を願いながら、ひたすら走る。

 そして、男は......


 /*1*/


 奇妙な男が歩いていた。

 ここはこのあたりでもっとも栄えているブワイフの王都。

 石造りの家々が立ち並び、十人に一人は絹のドレスなんかで着飾っているような街である。

 そんななかでその男は、全身が真っ黒に覆われているのであった。

 ソフト帽をかぶり、Yシャツに革パンツをあわせ、その上には革のコートを羽織っている。

 そのすべてが真っ黒。

 さらに腰には、奇妙な形の鈍色に輝く鋼が吊るされており、耳元と胸元には尖った水晶の飾りがぶら下がっている。

 左手にはゴシックな腕時計。右手にはやじりをあしらった図案のブレスレット。

 その指には、様々な形の指輪がいくつもはまっていた。

 そんな恐ろしげな外見をしているものの、視界に入っても不思議と刺々しい印象はせず、むしろ心安い印象を覚える。

 なんとも不思議な男だった。

 彼は、名を狩野竜雅といい、旅人であった。

 空は気持ちよく晴れ渡っており、吹く風も気持ちがいい。

「いやぁ、気持ちのいい日だ!」

 竜雅はひとつ、()()をした。

 あくびを噛み締めながらシガレットケースを取り出し、葉巻を一本くわえる。

 一緒に取り出したジッポで、それに火をつけた。

 香りの良い紫煙が、彼の周りでたゆたった。

 葉巻をくわえたまま帽子をとり、目を細めながら視界の端に映る黒髪をかきあげると、笑みとともに呟きが洩れた。

「いやぁ、いい日だ」

 帽子をかぶり直しながら、ふわぁ、と、紫煙とともにあくびが出る。

 しかしその直後。彼の細い瞳に映る色が、ほんの少しだけ、質を変えることになった。

 その瞳には、異様な雰囲気を纏って涙を流す女性が映し出されている。

「......あー、そうでもなかったみたい」

 そこそこな量の落胆と、少々の警戒、そして感知し得ないほど微妙な量の別の成分で構成された雰囲気を従えて、つかつかと無造作に女へと歩み寄る。

「やぁ」

 いきなり、とぼけた調子で声をかけた。

「なんかあったの~?」

 女は、座り込んだまま、すぅっと視線をあげた。

 その瞳は、絶望によって、夜の闇よりも深い黒に染まっている。

「..................?」

 廃人のように、その瞳はだらしなく開かれたままだった。

 ふと周りを見回すと、どうやら、みんながみんな、この女のことを避けているようだった。

「......好きじゃねぇなぁ、こういうの」

 竜雅は渋い顔をして紫煙を吐き出すと、ぼそりと、

「......ついてきなぁ。話だけなら聞いたるよ」

と言って、するりと踵を返した。

 なにかを感じたのだろう。

 女は、あんなに力の入っていなかった足を踏んばり、よろよろと竜雅のあとについていった。

 ついてきたのを確認すると、竜雅はすぐに細い路地へと入っていった。

 なれた足で、次々と角を曲がってゆく。

 最初は左へ、次も左へ、今度は右へ、またまた左へ......

 それは、目的地がそこにあるというよりも、曲がることで()()()()へ行くことが目的のようで。

 そのあともいくつか角を曲がると、彼はひとつの扉の前で足を止めた。

 いたって普通の集合住宅の一室。

 ちらりと後ろを振り返って女がいることを確認すると、

「......『接続(connect)』...」

と言って扉を押した。

 なんの抵抗もなく扉は開き、竜雅はそのまま家へ上がり込む。

バーさんやぁ! どーせいるんだろ? 返事のひとつくれぇしてくれや!」

 その様子には、遠慮なんてものは欠片も存在していない。

 女がこわごわ中を覗くと、そこは()()()()()()()()リビングであった。

 外見に比べると広い、などというレベルではない。

 そもそも石造りであったはずの壁が、ログハウスのそれへと変貌している。

 そこにある窓からは、なんと湖をバックに杉の木々が見えた。

 女は、唖然としながら窓を見つめてしまった。

 女の瞳には、いつのまにやら最低限度の光が戻っていた。

「まったく 紜竜峡(うんりゅうきょう)のは急に来るからかなわん! もてなさにゃならんのだから連絡をよこせと言うておろうに!」

「思い立ったらくるんだからしょーがねぇだろ!? 客なんだからさっさともてなせぃ!」

 女が唖然として外の湖を眺めていると、奥の方から騒がしい言い合いが響いてくる。

 見ると、竜雅と白髪の老婆が、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら歩いてきていた。

 それぞれの手元には、熱いコーヒーが入ったカップや、焼きたてのリンゴパイの盛られた皿がある。

 急に来た女を、本当にもてなすつもりのようだった。

「おっ、光が戻ったねぇ」

 ふと女の方を見た竜雅が、葉巻をくわえた口元に優しげな笑みを浮かべた。

「この子の事かえ?」

 その隣で、老婆の鳶色の瞳が、丸眼鏡の奥から女を見詰めていた。

「あぁ、たまたま町で見かけてな? 目が死んでたから連れてきた。袖すり合うも他生の縁って言うだろ?」

 竜雅の言葉は女を気づかうものだが、何やらきまりが悪くなってくる女。

 背筋をモゾモゾさせながら、

「私は、プロセルピナと申します...」

と、恥ずかしそうに、挨拶をした。

「あぁ、こんにちは」

 老婆の返事が返ってきた。下を向いているので女ーーープロセルピナは老婆の顔を見ることができないが、声で老婆がニコニコと笑みを浮かべていることはわかる。

「ほら、焼きたてのリンゴパイだよ? この男はこれが目当てで、用もなくうちに来やがるんだよ」

 困ったような声で言う老婆に、プロセルピナはおもしろくてついつい顔をあげてしまう。竜雅がその言葉にくいついた。

「たまにゃあ銭落としてやるだろう!? その言い方ぁねぇんじゃねぇかい!」

 ガウガウ唸りそうな表情で、一息にそこまで言い切ると、しかし途端に竜雅の雰囲気は柔らかくなった。

「ま、正直そんなこたぁ、どーでもいいんだよ。オレぁこのねーちゃんに元気出してほしかっただけだかんな」

 どうもそういうことらしかった。

「ホ! そういうことにしといてやろうじゃないの。さぁお嬢ちゃん、まずは食べな? 不思議なえにしでうちに来たんだ。私の自慢のアップルパイは食べていかなきゃ損だよ」

 プロセルピナは、言われたとおりにパイを取り上げ、そっと口をつけた。

 途端に口のなかに広がるバターの香り。

 続いて自然なリンゴの甘さが広がって、ジャムの甘さが疲れきっていた体に染み入った。

「あぁ、おいしい..........!!」

 自然と、口から感嘆が洩れていた。

 今度はコーヒーを口に含む。

 コーヒーの芳ばしい香りがパイの甘さとあいまって、えもいわれぬ感動に変わる。

「あぁ、あぁ..............」

 なんとも言えない安心感が、全身を満たしていた。

「気に入ってくれたみたいだねぇ...! 嬉しいよ」

 ニコニコしながら老婆が言う。

 プロセルピナは、なんとかこの感動を伝えたくて、出てこない言葉を一生懸命絞り出す。

「何て言えばいいんでしょう...... 優しくて...... そう、優しいんです。夫が行方不明になってから、ずぅっと休めずにいたんですけど、そんな体を包み込んで、休ませてくれるみたいな感じ。今なら休める気がしますね」

 プロセルピナは、少しだけはにかむと、可愛らしくあくびを噛み殺した。

「寝てなかったらそりゃあ鬼相も出るってもんよ~。婆さんが親切にもベッドを貸してくれるそうだから、案内してもらってやすんだらどうだい?」

「そんなことあたしゃ一言もいってないけど?」

「貸さねぇのかよ?」

「ったく、紜竜峡はこれだからキライさ...。まぁいいさ、ついておいで」

 老婆は手招きすると、プロセルピナを連れて、二階へとあがっていった。


 /*2*/


 プロセルピナを二階のベッドに寝かしたあと、老婆は未だコーヒーを飲んでいる竜雅のところへと戻ってきた。

 開口一番にこういう。

「トンデモナイのを見つけてきたねぇ」

 老婆の表情は固い。

「や~っぱりばーさんなら“視えた”か。オレじゃ、()()()()しか見えなかったもんでねぇ」

 竜雅の顔にも、先程の柔らかさは浮いていなかった。

 見えるのは、独特の緊張感。

 老婆は、プロセルピナにふりかかっている黒い雰囲気について、なにやら読み解いたらしかった。

「ありゃあ“念”だね。それも半端じゃなく強い。なかなか手に負えるモンじゃないよ......」

 老婆の表情には、些かの疲れが見える。

 しかし竜雅は、促さないわけにはいかなかった。

「ありゃど~もキナ臭い。ただの念なはずはねぇ。疲れてるトコ悪いが、ちぃっと無理をおして頑張ってくんねぇかい」

 申し訳なさそうに言う。

 老婆はため息をついて、なにやら集中し出した。

「黒い影...... まぁ、念だねぇ。だけどこの強さは異常だよ。こんなに濃くて、こんなにおどろおどろしい念を私はみたことがない...... 人に問題があるのかねぇ... 本体がついているのは、彼女ではなくって、彼女に親しくて、強い繋がりで繋がれている人...... おや? ......これはー......神殿...? 神殿に属するものがなぜこんな危険な...... あぁ! 捨てられたんだ! ゆえに他者を巻き込み、ゆえにここまで狂乱する......。悲しいかな、ヤツ()の故郷は無くなったんだ......」

 すべてを見通した魔女は、静かに目を開いた。

「わかったよ、始末屋(dealer)

 その目は銀に光っている。

 その眼を見て、竜雅はニヤリと笑った。

「ありがとよ、西の魔女さまよ」


  ガコンッ


 歯車がはまる音がした。


 /*3*/


 綺麗な満月が、南の空で淡い光を落としている。

 足元は、歩くのに不自由しない程度には明るかった。

 竜雅は、午後のうちに諸々の準備を調え、日が沈んでから町を出た。

 向かうのは、街から少し離れたところにある、古代文明の遺跡。古の神を祀る神殿であった場所。

 竜雅はそこに用事があった。

 だいぶ歩いて、木々もまばらになってきた頃。

 木立の向こうに、石柱がみえた。

 ピタリと立ち止まる竜雅。ホルスターから愛用の拳銃ーーー竜雅が持てる技術を総動員して作り上げた、この世界にただひとつの回転式拳銃(リボルバー)『KARASU』を抜く。

 深呼吸して、全身から力を抜いた。

 背筋を伸ばして足を肩幅に保ち、関節を軽く曲げて全身のバネを緊張させる。

 第一級警戒体制を敷いてから、竜雅は古の聖域に足を踏み入れていった......。

 聖域は石畳に覆われていた。白い石畳が月光を反射していて、そのあたりだけ妙に明るい。

 広場になっていて、奥には崩れたびょうがあって、中央には未だ完璧に機能している噴水が鎮座ましましていた。

 じっと噴水のわきを見据える竜雅。

 その視線の先には、常人にも見ることができるほどの濃い瘴気が凝り固まっている。

「よぉ、プル。かぁいい奥さんが、テメェの帰りを待ってるぜ」

 出し抜けに気の抜けるような軽い言葉をぶつけた。瘴気に向かって。

 黒い霧のようにも見える瘴気の塊が、ギギギと動いたのがわかる。

 竜雅は言葉を続けた。

「悲しかったなぁ、信頼してた主さまに裏切られるなんてよ」

 声の質がさっきと微妙に変わる。

 後者の方が、腹に力が入った、リンと張った声になっていた。

 そのあとにも矢継ぎ早に言葉を放ってゆく。

「泣いてるぜ、プロセルピナは」

「主さまのみならず、信仰していた神にまで見捨てられたんだ」

「“お前さんが“かげ”に取り殺されたんじゃねぇかってなぁ”」

「“オメェらの心労、察するにあまりある”」

 やがてそれらの言葉には呪力しゅりょくが宿り、瘴気の核ーーー存在の根本となる概念を、的確に揺さぶっていく。

 ついに瘴気の輪郭がブレだした。

「“今このときもプロセルピナはお前の帰りを待ってるぜ!”」

「“だがそれは人様ひとさまに危害を加えていい理由にはならない!”」

「“思いだせっっっっっ!!!!”」

 言葉の矢は、みごと存在の理由を射抜き、一瞬だけ瘴気が本体から浮き上がる。

 竜雅はこれを狙っていたのだった。

「“《強化(temper)》《守護(guard)》”」

 照準を定めると同時に弾に魔術を込め、一気に瘴気のド真ん中へぶちこむ!

 弾は狙い通りに男の右小指にはまっていた指輪にあたり、元々そこに籠っていた守護の術式を強化し、そしてさらにその上に邪なるモノに対する防壁を張る。

 “影”に憑かれていたプロセルピナの夫ーープルから、影を無理矢理引き剥がした。

 それさえしてしまえばあとは竜雅の独壇場。

 瘴気をやり過ごしながら、攻撃のために魔術を練り上げてゆく。

「“テメェらは元々神に仕える聖騎士団だったっ! しかしキサマらに不運が訪れる”」

 飛んできた瘴気の矢に銃弾をぶつけて相殺し、実態のない瘴気を削るために呪力を込めた精霊弾を瘴気のど真ん中で爆発させる。

「“言わずもがな。今現在この地を治めている唯教ゆいきょうのテンプル騎士団が侵略しに来たんだ! 王は実力差に絶望した。それを見た神はこの国を見捨てた! もっとも神に忠実である、オメェら騎士団員を残して!”」

 剣を形作った瘴気が、次々と斬撃を竜雅に見舞う。

 竜雅はそれを避けながら、必死で呪を練り上げていた。

「“神は見捨てたもうた! この事実はテメェらの存在そのものを揺るがす一大事であった。いくら神に救いを求めても手が伸ばされることはない。神なんてものはいないのだから、この世で苦しむことを定められたのだから! やがてオメェらは討伐され、首を斬られ、野にその屍をさらすこととなる。天下の悪霊誕生の瞬間だ。無念を抱えて死んだあまたの騎士の融合体、怨の一文字を抱えて生きる、悲しき武将のなれの果て!”」

 術式は完成する。

 竜雅はシリンダーを弾き出し、とある弾丸を装填した。

 クリスタルでできた、透明の銃弾。対妖物特化弾。

 そして、最後の言霊を唱えた。

「“安らかに眠れ。悲しき戦士たちよ”」

 一気に後ろに跳びすさると、銃を構えて、瘴気のド真ん中へぶちこんだ。

 飛んでゆく水晶の弾。いかんともできない、怨霊の果て。

 弾があたった瞬間、すべての瘴気はクリスタルに吸い込まれていった。

 長い夜が、終わった。


 /*終*/


「ありがとうございました」

 ブワイフの城門の下。

 プロセルピナとその夫は、旅に出るという竜雅を送りに出てきていた。

 二人して頭を下げている。

「いや~、オレもやりたいことしてるだけだからさぁ。感謝なんかしなくていいんよ?」

 苦笑しながら応える竜雅。

「それでも竜雅さまが夫の命の恩人であることはかわりありません。感謝してもしきれないご恩ができました。本当にありがとうございました......」

 むず痒いのか、葉巻をくわえたままポリポリと頬を掻く竜雅。

 魔女の老婆が、にやにやと笑いながら横に座っていた。

「まぁ、いくわぁ、婆さんや。二人も元気でな。また会うことがあったら、そんときゃよろしく~」

「あいよ、いっといでおバカ」

「さようなら、竜雅さま」

「またこの地へ寄ることがございましたら、是非とも声をおかけください。接待させていただきます!」

「あ~い、あい。わかったよ~。そういうの慣れてないから気にしなくていいぞ~? んじゃまたな~」

 こうして、不可思議な連続誘拐事件、通称“影事件”は、終わりを迎えたのである。


           /*完*/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ