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魔王降臨!  作者: 闇目
9/31

9話

 夕日が射す街道を、四人の男女に守られた荷車が移動している。引いているのは一人の男だ。

 荷台には氷漬けとなった大きな物体が三つ。どれも何かの獣の死骸のように見える。

 荷の大きさと数から見て相当な重さがあるようだが、引手はそれほど苦労しているようには見えない。これは荷車が始めからこのような大荷重のモノを運ぶのを前提として作られているからだろう。

「おう、今日はここまでだな。野営の準備をするぞ」

 先頭を歩いてた男、カダルはそう言うと背後を振り返った。

 彼ら五人は村で村長に依頼の完了を確認してもらうと、村で僅かばかりの休息を取り、すぐさまリンツへと移動を開始していた。

 村長はそのまま村で一晩過ごしても良いと言ってくれたが、そうする事で村に余計な負担が掛かる事を五人全員が嫌ったからだ。

「あ、はい」

 荷車を引いていたのは、このパーティーで新入りの立場にある男、アギトだった。


 アギトは荷車を街道の脇に寄せて止めると、改めて自分達が運んでいるモノの姿を確認する。

 荷車にロープで固定されているのは、彼らが倒した凶獣、ブレードボアの死骸が三つ。

 魔法による凍結処理が比較的早かったお陰か、ここまでスカベンジャーホークの襲撃はない。

 ネリスによると、いつもであれば少なくとも一回は何らかの形で襲撃を受けているので、まだ安心する事はできないとの事だ。

 その問題の死骸を改めてみてみると、凶獣となった事で大型化した体は、原型を留めながらもどこか歪さを感じさせている。特に名前の由来となった牙などは、下手な剣よりも強靭で鋭利になっていた。


 自分が倒した死骸を見やり、アギトはあの時の戦いを思い返していた。

「今にして思えば、初手でコイツの脚を傷つけてなかったら、怪我くらいはしてたかも」

 あの時の戦いは、アギトからしたら綱渡りのようなモノだった。

 不意を突けたから何とかなったが、遭遇戦の形で戦いを始めていたら、何処までやれたのか確信が持てない。今回の戦いで特に負傷する事もなく勝利を得る事が出来たのは、初手でブレードボアの最大の武器である突進からくる牙での攻撃を、不完全ながらも封じる事が出来たからだ。

 それが無ければ、最後の一太刀を放つ時にブレードボアの死角に回り込む事などできなかったであろう。

 アギトの見立てになるが、あのブレードボアの牙は、彼が今腰に差している刀より数段上の強度と切れ味を持っている。あの牙とまともに打ち合うような事態になれば、刃毀れは確実。下手をすれば刀身が砕けたかもしれない。

 特にカダルの戦いを見てしまった後では、アギトは自分の実力の足りなさを痛感していた。


「そうだね。でもあの条件でなら、最高の結果を出したと僕は思うよ」

 こう声を掛けて来たのは、翌日一番に荷車を引く役を担うヨグだ。

「僕達の戦いを見て実力の不足を嘆くのなら、それは大間違いだから」

「どう言う事ですか?」

「君は不意を打つ事に成功した。しかも痕跡を辿った上で風下からだ。そして見事討ち取る事に成功している。これは狩りをする者からしたら、十分に評価に値する結果だよ」

「でもカダルさんは」

 その次の瞬間、アギトの肩が後ろに強く引かれた。


 無理やり方向転換させられたアギトの正面に現れたのは、不機嫌な表情を隠そうともしていないカダルだ。

「なあ、アギトよ。いつまでそんな事を悩んでいやがる。お前は俺の出した課題をきっちりこなして見せた。それも傷一つ負う事無くだ」

 カダルもアギトを高く評価しているようだが、アギト本人としてはまだスキルに振り回されている感を拭えていない。自分に掛けた強化の魔法、その効果時間が期待したよりも短かったのも多分に影響している。

「でも……」

 そんなアギトの反応が気に入らないカダルは、アギトの言葉を遮り更に声を荒げる。

「デモもクソもねぇ! 俺とお前じゃ武器が違う。間合いが違う。年季が違う。

 それにお前はネリスが付いていたとはいえ単独でソイツを仕留めたが、俺は二匹が相手とはいえ爺さんとヨグの援護付きだ。

 いい加減に自分の腕前をもっとしっかり認識しやがれってんだ」

 言い方はかなり乱暴だが、アギトをちゃんと評価している。ただ彼の自分自身を貶めるような発言が気に入らないのだ。

「すみません。どうも自分の至らない所ばかりに目が行ってしまうもので」

 ついつい自虐的な思考に陥ってしまった事を謝るアギト。だがカダルの追及はまだ終わっていない。しかめっ面のまま、更にアギトに言い寄った。

「前にも言ったと思うが、お前はいつまでそんな他人行儀な口の利き方しやがるんだ」

 彼としては、同じパーティーの仲間にあそこまで丁寧な対応をされるのが、避けられているような気がして我慢ならないのだ。

 故郷であるレンの村での一件(ハインツから死の継承でスキルを受け取った上で、彼を弔おうとしてくれた事)だけで、アギトを身内として受け入れるに十分すぎるのだから。

 その事をアギトが理解できていない事がもどかしく、それがカダルを更に苛立たせていた。

「ネリスは義姉になったからまだいい。だが俺やヨグや爺さんにまで馬鹿丁寧な話し方をする必要はねぇぞ。あの村での一件で、俺達は手前を身内として受け入れたんだぞ」

 アギトが回りに目を向けてみると、カダルの意見を肯定するようにヨグとガルフが頷いている。

 ネリスはタイミングが悪かったのか、アギトから背を向ける形で何か作業をしていた。


 カダルからすれば、アギトは既に弟のようなモノだ。

 レンの村での一件が大きく関わっているのは事実だが、それ以上に同じパーティーの仲間としてそれなりの時間を過ごしている。にもかかわらず丁寧な口の利き方をされるのは、彼らからすれば自分達が拒絶されている気がしてならない。

 だが一方のアギトからすれば、自分はこの世界の理からややずれた存在の『魔王』である。

 その身に『不老』という宿命を背負わされているのもあるが、いつ自分の立場が災いして彼らに迷惑を掛けてしまうか分からないのだ。

 その認識が、知らず知らずのうちに彼らとの間に壁のようなモノを作り上げていたらしい。その事を反省したアギトは、意識的に崩した口調で返事を返す。

「すまない。俺としてはそんなつもりはなかったんだが、まだどこかに遠慮が残っていたみたいだ」

「分かればいいのよ、アギト」

 いつの間にかテントを張り終えたネリスとガルフが話しに加わってきた。

「そうじゃぞ。ワシらは仰ぐき神を失った無明の民。仲間以外に信じるモノは何もない。なら仲間と決めたなら、それが何者であろうとも受け入れるだけの覚悟がある。それがたとえ”魔王”であろうともな」

「ちょ、ちょっと爺さん」

 ガルフの言葉はこの世界に於いては、無明の民の間で当たり前に使われる言い回しであったが、アギトからしたら衝撃的な内容だった。

 だがまさかアギトがその魔王としてこの世界に送り込まれたとは知らないガルフ達は、そのまま会話を続けていく。

「まあ、爺さんの魔王ってのはちょっと大げさかもしれないけれど、僕達が君を拒絶する理由はないね」

「だからな、もっと気楽に構えてくれていいんだ」

「あら、カダル。アンタひょっとして、アギトが構ってくれなくて寂しいの?」

 このネリスのなんとない一言に、カダルは過剰に反応した。

「ば、ば、ばか言うんじゃねぇ。おおお俺はただ、ぱぱパーティーのリーダーとしてだな」

「にしては、顔が赤いわよ」

「そ、それは夕日のせいだ」

「そうかのう。ワシは『弟が出来た』と喜んでおったと記憶しておるが」

「おいっジジイ! 何余計な事言いやがる」

「あら~? 否定しないんだ」

 しどろもどろになるカダルを、ガルフとネリスがからかっている。

「あれ?」

 いつの間にか、鉾の種類が変わってその切っ先の方向までもが変化していた。


 その急な展開に取り残されて戸惑うアギトの肩にそっと手を乗せたのは、今は同じく傍観者の立場にいるヨグだ。

「まあこれが僕達のパーティーの日常みたいなものさ。アギトも少しずつ慣れて行けばいいよ」

「すまない。何だか色々と気を使わせちゃったみたいだ」

「それはそうだろ。アギトは僕らの身内なんだから」

 ここで終われば普通であったのだが、ヨグのセリフにはまだ続きがあった。

「兄としては不出来な”僕ら”だけど、これからもよろしく」

 アギトを弟として受け入れたのは、カダルだけでなくヨグもそうだったようだ。

「こちらこそよろしく。でもそれなら”ヨグのアニキ”とでも呼んだ方がいいのかな」

「流石にそれは止めてくれないか。呼び捨てていいよ、アギト」

「解ったよ、ヨグ」

 賑やかに言い争う三人を他所に、アギトは笑顔で差し出された右手を握り返していた。


 この後にこの友情シーンから取り残されたカダルが強引にアギトに握手を迫り、ネリスがそれを冷やかすという場面が繰り広げられる事となるのだが、それは余談となる。


   ***   ***


 翌朝、五人は日の出と共に移動を再開していた。

 ガルフが定期的に『凍結』を掛けなおしているお陰もあり、野獣などからの襲撃は全くない。特にスカベンジャーホークからの襲撃が無い事が、彼らにとっては嬉しかった。


 このまま順調にリンツの街まで辿り着ける、そんな事をアギトが頭に思い描いた直後、彼の願いは脆くも崩れ去る事になる。

「ちょっと待ちな。俺達と取引しないか」

 街道の反対側からやって来た武装した集団、恐らくは冒険者か傭兵に、行く手を阻まれたのだ。

 武装した集団の数は七人。全員がヒト族の男で、カダルと同じくらいの歳と見られる。

 その内訳は剣と盾を持つ戦士風の男が三人、槍使いと思われる男が二人、そして弓使いが一人。最後の一人は杖をもつ事から、恐らく魔法を主に使うのだろう。

 全員が身に付けているのは、それなりに使い込まれてはいるが装飾が施された皮鎧だ。傭兵でここまで”着飾って”いる輩は珍しい。

 鎧のデザインが面白いくらいに同じなのは、結束力を高めるための手段であると同時に彼らが普段から一緒に行動している事の現れ、つまり同一のパーティーである事を証明している。

 七人は街道の幅いっぱいに広がり、五人を半包囲する体制を整えていた。

 アギト達も反射的に荷車を護る体制を敷く。


 話しかけて来たのは、正面に立つ金髪を五分刈りにした戦士風の男だった。どうやらこの男がリーダーであるらしい。

 男はやおら胸元から鉄でできた認識票を取り出してみせると、横柄な態度で彼らの要求を突きつけて来た。

「見ての通り、俺達は”冒険者”だ。手前らの運んでいるブレードボアの牙、それを全部寄こせ。死骸はそっちに譲ってやるからありがたく思うんだな」

 他人が運んでいるモノに対して「譲ってやる」とは、なんと傲慢なのだろうか。

 そのあまりにも他人を見下した態度に、怒るべきなのか呆れるべきなのか、アギトは判断が付かない。

 話の流れからすると、どうやら彼らは凶獣となったブレードボアの牙を取ってくるという依頼を受けたらしい。

 戦士風の男からその事を聞いた途端、ガルフの眉間に深い皺ができた。

「村長の話を聞いてよもやとは思ったが、二重依頼が発生しよったか」

「何です、それ?」

 知識にない言葉が出てきて、アギトは思わず背後にいるガルフに振り返って訪ねていた。

「それはじゃな、同じ事件に対して異なる二つの方面から依頼が出て、それが受理されてしまったということじゃ」

 相手の表情から今すぐには戦闘にならないと判断したガルフは、自分の推測を語り始めた。


 事の次第を記すとこの様な感じになる。

 凶獣発見の報を受けた村長が討伐の依頼を出すが、それは確認されたのがブレードボア一匹だけという事もあって、冒険者に無視されてしまう。

 傭兵の、しかも初心者向けの依頼として流れて来たソレを、カダルが見つけて受ける事にしたのは、最初に冒険者用の掲示板に張られてから数日後の話になる。

 新たに二匹発見の報を受け村長が依頼を修正する為に使いを走らせたのは、カダルがその前の依頼を受ける手続きを済ませる半日前。

 使いがギルド到着したのは翌日の昼だが、その時点で先の依頼が効力を発揮しているので、修正の必要は無くなっていた。

 普通であればここで話は終わりになる。だがどういう訳かこの情報が外に漏れ、とある商人の耳に入ってしまったのだ。

 元となった依頼は既に受理されているので、本来であればこの商人が依頼を出しても受理される事はない。しかしこの商人はずる賢い事に、目的の品を持つ凶獣が発生した場所を記載せず、ただ「凶獣と化したブレードボアの牙を三匹分採取」という風に依頼を出したのだ。

 では何故その商人がそのような手段を取ったのかと言うと、凶獣から採れた素材は通常はギルドが規定に従って買い取り、その後にそれを欲する店や工房に売却される形を取っている。だがこれを依頼という形で入手できれば、この中間コストをかなり圧縮できる。

 依頼の出し方が巧妙で期限が切られていなかったのに加えて経験の浅い職員が受け付け業務を担当したせいもあり、この商人の依頼は見事受理されてしまう。

 そしてこの顛末に聞き耳を立てていた冒険者達の中で、これが先日流れた依頼にあった村で起きたモノだと気付く者がいたのだ。

 調べてみれば、その依頼は既に傭兵のパーティーが受けている事が分かった。

 この様な依頼を受けるのであれば、その傭兵パーティーの実力はそれ程高くはないはず。何しろ一匹に対してパーティーで挑むのだから。

 だが実際には一匹でなく三匹の凶獣が待ち構えている。しぶとい傭兵の事だから成功はするだろうが、深刻な損害を受けるのは確実。

 仲間との相談の結果、依頼を済ませて戻ってくるであろう傭兵を待ち構え、労する事無く牙だけを”譲ってもらう”事にしたのだ。


「まあ、恐らくはこんな流れかの。あわよくば、疲労と負傷で弱っているワシらを皆殺しにして全てを奪う、それくらいは考えておったであろうな」

 ガルフの語った推測は、ものの見事に真相を突いていた。

 その声は大きい物ではなかったが、この状況下で聞き流されるほど小さくもない。むしろ相手に言い聞かせるつもりだったと考えるのが普通な大きさだ。

 語り終えると同時に、図星を突かれた冒険者たちの雰囲気が険悪なモノに切り替わる。

「よお、そこの死にぞこないのエルフ。そこまでわかってんなら、手前らがしなきゃならねぇ事も解ってんだろうな」

「死にたくなければ、さっさとブツを置くんだな」

「手前らの仕事を、ちょっとだけ手伝ってやると言ってんだ。こっちとしては感謝して欲しいくらいだ」

 こんな風に威圧しながら、冒険者達は包囲を狭めて来た。

 実力行使で無理やり奪うのも辞さないという意思表示だ。既に戦士たちの右手が、剣の柄に掛かっているのがその証拠になる。


「く……」

 無言の圧力に押され、思わず一歩引き下がるアギト。しかし彼の背後には、接近戦の不得手なガルフがいる。迂闊に下がっては、ガルフの身を護ることも難しくなると思い、下がるのはその一歩のみで堪えた。

 だがアギトにとっては重く苦しく感じる威圧も、カダルを始めとした四人には毛ほども効果も表していない。逆にやれるものならやってみろと言わんばかりの殺気を放ち始める。

 カダルが槍を構えつつ言い返す。

「悪いが俺達はコイツの一部たりともお前らに譲るつもりはない。脅しにも屈するつもりはない」

 その表情からは、一戦交えるつもりなのがありありと分かる。

 カダルのセリフに便乗するように、ネリスも挑発じみた言葉を放つ。

「どうせ素直に牙を譲ったとしても、アンタたちがそれで満足するはずないもんね。身が軽いことを利用してアタシたちより先にリンツに戻って、こっちの依頼もついでにこなしたって報告するつもりでしょ」

 こちらはとっくに頭にきているのか、すでに右手は剣の柄にかかっている。

 そのネリスの言葉が終わるか終らない内に、冒険者達の我慢は限界を超えていた。

 剣を抜き放ち、槍を振り向け、弓に矢をつがえて引き絞り、杖を構えて臨戦態勢をとったのだ。

 どうやら彼女の言った言葉も当たりだったらしい。

「そこまで言うんなら、俺達に殺されても文句はないな」

「五対七の戦力差も理解出来ねぇとは、やっぱ『暗黒の民』は愚かだな」

「俺達の慈悲で生かしてやってるのすら理解出来ねぇんだ。そんな害悪を排除するのも、我ら『光の民』の義務だろうよ」

 口々に威圧するセリフを放つ冒険者達。だがそれもカダル達からすれば、自己欺瞞に満ちた強がりでしかない。

「やれやれ、数で勝っておるからといって、『鑑定』一つ飛ばさぬとはのう」

 ガルフが呆れるのも無理はない。既にガルフはこの七人全員のレベルとスキルを把握してしまっている。

 堂々とアギトに推測を語って見せたのも、彼らと争う事態となっても勝算が十二分にあると判断したからだ。

 カダルも長い付き合いでそれを理解したからこそ、あからさまに挑発をして見せたのだ。

 こちらから仕掛けずに威圧して見せたのは、こちらの実力を察して引き下がる可能性をわずかながらも考慮した結果だ。


 双方が睨みあう中、重苦しい沈黙が場を支配する。

(ちくしょう、これが本物の対人戦闘か)

 アギトは自分が雰囲気に呑まれて体が強張っているのを自覚していたが、あまりにも少ない実戦経験が災いしてそれを解消することが出来ていない。

 その時、陣の先端で相手を威嚇していたカダルから声が来た。

「アギト、心配する必要はないぞ。こいつ等の実力は、あの”はぐれ”よりちょっと上なだけだ。それくらいは『鑑定』を使わなくても分かる」

 続いて荷車を挟んで反対側にいる義姉ネリスから、場違いなほど明るい声が届く。

「無理する必要はないからね~。ちょ~っとだけ持ちこたえていれば、すぐにアタシが援護に入るから」

 自分達の実力をもってすれば、この程度の人数は戦力差にならないと言いたいらしい。

 そしてこれに追い打ちをかけるように、ガルフのキツイ皮肉が飛んだ。

「こやつ等、魔法に関してはそこいらの山賊未満じゃの。未だに護りの魔法一つ用意できておらぬわ」

 いつの間にか『探知』の魔法も使っていたようだ。

 このガルフの言葉で、アギトの体から緊張というモノが完全に消え失せた。

 改めて観察してみれば、相手の剣や槍からはそれ程の脅威を感じない。あちこちに見える隙は、限られた練習でカダルとネリスが見せた誘いのモノとは明らかに異なる、技量不足(スキルの低さ)からくるモノだ。

 加えて自分達にはガルフが無詠唱で掛けた複数の魔法の護りの存在が感じられるのに対し、相手にはそういった魔法の働きを全く感じる事ができない。

 敵対すると宣言されてからは、既に人間を殺すという覚悟は出来ている。

 カダル達の余裕の根拠を理解したアギトは、肩の力を抜いて待ち構える事にした。


「あの野郎、舐めた真似しやがって」

「余裕のつもりかよ」

「ぶっ殺してやる!」

 このアギトの態度の豹変を嘲りと捉えたのか、冒険者側は激昂して攻撃を仕掛けて来た。


 その最初の一手は、敵の弓使いが放った一本の矢だった。

 ひょっとすると弓を引きし絞ったままでいるのに耐えられなくなったのかもしれないが、十分な溜めを持って放たれた一矢が、悠然と呪文の詠唱を始めているガルフへと放たれる。

 だが満を持して放たれたその攻撃は、ガルフが前もって用意した『空壁』の効果により明後日の方向に弾かれてしまう。

「いつの間に?」

 弓使いの口から驚愕の声が零れる。どうやらガルフのセリフを張ったりと思っていたようだ。

 そんな弓使いに憐れみの視線を投げかけながら、ガルフは『炎弾』の魔法を放った。

 この魔法は攻撃魔法としては一番知られており、初心者でもそれなりのダメージを与えられる便利なモノだ。『術式制御』のレベルが1でも楽に扱えるために基本的なダメージは小さいが、回りに与える与える影響が小さいので、このような集団戦では良く利用される。

「たかが『炎弾』が一発だけ。なら耐えればいいだけだ。連射速度ならこっちが上だ」

 魔法に抵抗する為に体の魔力を高める弓使い。

 だがその目論みは儚く崩れ去ってしまう。

 想定をはるかに超える熱量が、弓使いの上体を包んだのだから。

 声にならない弓使いの悲鳴が、周囲の空気を震わせる。

 その姿を見やりながら、ガルフの口から憐れみとも嘲りとも取れる呟きが零れた。

「たわけが。術の構築と魔力の使い方次第では、初級の魔法でも中級に匹敵する効果を出せるのを知らぬとは。仲間と師に恵まれなんだの」

 しかしその呟きが終わる前に、相手の弓使いはこと切れていた。


 弓使いの後を追うように動き出したのは、この集団のリーダーと思われる戦士だ。これに遅れるように、他の前衛が続く。

 前もって誰を相手にするくらいは決めてあったらしく、弓使いの悲鳴がしてもその足並みに乱れと言うモノは感じられない。

 組み易しとみたのか、アギトには槍使いと戦士が一人ずつ来た。先にアギトを片付けて、その後に他所の援護か後衛の始末に回ろうという腹なのだろう。

 カダルにはリーダーと思しき人物を含む戦士二人が、此方は難敵と思われたからだろう。そしてネリスにはもう一人の槍使いが向かっている。


 槍使いの放った突きがアギトを襲う。

 レベルがアギトより上というだけあり、その速度は中々のモノだ。だがレベルが倍近くもあるカダルのソレを知っているアギトからすれば、その攻撃はお粗末なモノでしかない。

 余裕を持って躱すと、居合の要領で刀を抜き放ち、そのまま突き出された穂先を斬り落としてしまう。

「なんだと!」

 驚愕に顔を歪める槍使い。彼はアギトの武器が刀である事に気付かなかったばかりか、いつ穂先を斬り落とされたのかも気付けなかったのだ。

 それでも咄嗟に槍を手放し、腰の剣を抜くべく間合いを取ろうと下がったのは流石と言えよう。

 本来であれば、ここでもう一人が前に出て来てアギトと切り結ぶのであるが、その援護が入る事は無かった。

 アギトに二人向かったのを見たヨグが、盾を持つ戦士に向けて矢を放っていたからだ。

 敵味方の間を縫って放たれた矢は、自分が狙われた事に気付かせる事もなく戦士の命を奪っていた。

 視界の端に喉から矢を生やして倒れる姿を見た槍使いの頭に、絶望という言葉がよぎる。

 剣を構えるのももどかしく突きを放つ槍使い。だがそれはアギトからすれば、止めを刺してくださいと言わんばかりの無謀な攻撃でしかなかった。

 突き込んで来た相手の体を崩すべく、剣を刀で打ち払う。そして崩れた体に向けてお返しの突きを放つ、そうするつもりだった。

 ここで一つ誤算が起きた。

 アギトの刀は、彼の眼からしても優れた一品である。対して相手の持つ剣は、数打ち物の中でも類を見ないなまくら中のなまくらだったのだ。

 自分が好んで使う武器が槍だったせいか、剣の質に関しては相当に無頓着であったらしい。

 アギトが払うつもりで振るった刀は、なんと相手の剣を半ばまで斬り裂き、そこで止まってしまったのだ。

「これは!」

「え? なんで!」

 驚きと戸惑いの声が響く。

 槍使いからすれば、これは存外の幸運になる。お互いに得意な武器を封じられたのならば、腰の短剣を振るう形にはなる。つまりこれで対等の条件になるからだ。

 未練の欠片も見せずに剣を手放し、腰から短剣を引き抜いた。

 アギトにすれば、これは降って湧いた不幸意外の何物でもない。

 必殺の一撃へと繋げるつもりが、振り出し以前に戻ってしまったのだから。背中に黒曜樹の木刀でも背負っていれば話は別だったのだが、生憎それは鍛冶道具と一緒に宿屋に置いて来ている。

 相手の方がレベルが上であるにも拘らず自分が優位に立っているのは、スキルの高さ故だという事をアギトは身に染みて理解している。

 だからだろうか、アギトが取った打開策は、これまた相手の意表を突く代物だった。

「こなくそおぉ!!」

 強引に刀を振りぬくアギト。

 刀が食い込んでいた剣は、相手が既に手放していた事もあり、遠心力に負けて勢いよく抜けて行く。

 気が付けばアギトの体は無理な動作のせいで回転し、丁度槍使いに背を向けた形になっていた。

 これを絶好の好機と見た槍使いが短剣を構えて突進するが、彼の幸運は此処までだった。

 勢いを利用して一回転したアギトが、大上段から刀を振り下ろしていたから。

 短剣の間合いには後一歩及ばない。

「せいっ!」

 気合い一閃、アギトの刀が不用意に近づいた相手を袈裟懸けに斬り裂く。

 この直後、アギトはレベルアップに特有の感覚に包まれるのだった。


 この時点で戦いは終了していた。

 魔法使いと思われた男は自分を護る魔法は使う事が出来たが、ヨグとガルフの連携攻撃により仲間を援護する事すらできず、最終的にはガルフの放った『風刃』で首を斬り落とされていた。

 ネリスが相手をしていた槍使いは、最初の一撃を放とうとした時には既に懐に入り込まれ、回避する間もなく喉を貫かれていた。

 カダルが相手をしていた戦士二人であるが、こちらは碌に攻撃も防御もする間もなく、顔面をカダルの槍に貫かれて絶命していた。

 この二人からしたら、アギトの戦いぶりを見るのに邪魔だからさっさと片付けただけであった。


「どうだ? 初めて実戦らしい戦いになった訳だが」

 手入れを終えて刀を鞘に納めるアギトに、カダルが話しかけて来た。その後ろには、心配性な義姉ネリスの姿も見える。

「まだアクシデントに弱い。ついでに経験不足ってのを痛感させられた」

 アギトの視線の先にあるのは、彼によって半ばまで断ち切られた剣だ。

 ちゃんと打ち払う動きが出来ていれば、このように中途半端に斬り裂くという事は起きなかったはずなのだ。アギトがまだスキルに振り回されている事を証明している。

「皮肉なもんだな。武器の良さが足を引っ張るなんざ、俺も経験した事ねぇぞ」

「そうよね。仮に黒曜樹の木刀だったら、斬るんじゃなくてへし折ってたんじゃないの?」

 その剣を拾ったネリスが軽く降ってみると、剣は鈍い音を立てて折れてしまった。

 あまりのなまくら具合に、三人とも呆れて声も出ない。


 そこへ割り込んで来たのは、普段から少し引いた位置にいる事が多いヨグだ。

「みんな、剣の造りの拙さに呆れるのも良いけど、連中の後始末はどうするつもりだい?」

 言われてみればその通りだ。

 ここは人通りが少ないとはいえ、天下の街道の真っただ中。いつ他の人間が通りかかるかも知れないし、スカベンジャーホークが死体を漁りに来るのもそう遅くはないはず。

「こういう時って、どうするんです?」

 アギトが問いかけたのは、最長老のガルフだ。

「そうじゃのう……」

 ガルフは髭をしごいて何かを考えるような仕草を見せると、次にような提案をしてきた。


 彼らからはぎ取るのは、財布の中身だけとする。

 それ以外の装備については、品質が怪しいので放置。

 認識票は回収しない。襲われて反撃したと言っても、冒険者達が信用しないからだ。下手をすれば、リンツにいる冒険者全てを敵に回す事になる。

 死体はこのまま放置し、処理はスカベンジャーホークなどの自然の営みに任せる。

 後日この事を追及されるような事態になったら、ゴブリンの群れの仕業として白を切る。


 これに対する反応は二つに分かれた。

 カダルとネリスは「爺さん、いい仕事するじゃん」というように笑顔で頷き、アギトとヨグは「まあ、これも仕方がない」とため息をついている。

 ともかくこれで方針は定まった。

 五人は人目に付かない内に、そして厄介な死肉喰らい(スカベンジャーホーク)が来ない内にと、冒険者達の遺体から財布を抜き取り、その中身をパーティー用の財布(報酬の分配などを後で行う為)に集めるのだった。


   ***   ***


 アギト達五人が立ち去った後に残された七体の冒険者の遺体。

 緩く曲がった街道の先に彼らの姿が消えた直後、多数の羽音がその場を支配した。

 言わずと知れた死体の掃除屋、スカベンジャーホークの登場である。

 スカベンジャーホーク達は、打ち捨てられた冒険者達の死骸に群がると、凄まじい勢いでその肉を喰らい始めた。

 周囲に独特の音と匂いが漂う。

 ほどなくして、その場には無残な七体分の白骨と、彼らが食する事ができない武具、その残骸が放置された。

 そしてそれらの武具も、道行く人達、その全てが無明の民だが、彼らに拾われその財貨の足しに変わる事となる。

 打ち捨てられた骨もまたそれを専門とする野生動物などに運ばれ、緩やかに大地へ消え去って行くのだった。



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