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魔王降臨!  作者: 闇目
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7話

 アギトの登録で四人があれこれしている頃、ガルフは此処リンツのギルド支部長の部屋に来ていた。

 部屋の主の個性が反映されたのか、中には明らかに高価だと分かる品は一つも置かれていない。

 だが流石に支部長と言うだけあり、部屋の装飾は簡素な作りであっても威厳を感じさせる物が使用されている。

 支部長の地位にある人物は灰色の髪を持つヒト族の男性で、嘗てガルフが魔法の使い方について何年か指導した事がある人物だ。着ているモノは職員の物と同じだが、胸元などの目立つ位置に支部長の地位にある事を示す装飾品を身に付けている。

 男性は部屋を入って正面にある大きな机に向かって執務をしてたが、ガルフが入ってきたのを認めると、それまでしていた作業を中断して顔を上げた。

「頼んだ件はまだ時間が掛かると思っていたんですが……。何か掴みましたか、師匠」

 男性の顔はそこそこに老けている。歳は六十には達していないらしい。だが仕事に追われての苦労から来たものか、髪はぼさぼさでその表情には疲労の色が強く現れていた。

 そんな嘗ての教え子の様子をみやり、ガルフは軽くため息をついた。

 彼が傭兵として活躍していた頃は、ここまで疲労を滲ませえることは無かったはず。だが幾つかの功績によりギルドの支部長として抜擢されて以来、彼はそれまでのように魔法を使う機会を尽く奪われ、机に縛り付けられている。しかもその仕事の殆どが、国からの法外な要求の処理と冒険者のしでかした不始末の後片付けなのだ。

 だが今は彼の不遇を嘆くよりも、伝えるべき事がガルフにあった。


 ガルフは軽い咳払いを前置きとして、重要な案件を口にした。

「フリードよ、レンの村が沈んだ」

「なんだと?!」

 簡潔ながらも衝撃的な内容に、フリード支部長は反射的に腰を上げ叫んでいた。

 彼はギルドの幹部として、その村の存在は知っていた。優れた刀剣を生み出す職人たちの隠れ里としてだけでなく、マジックアイテムを作り出す職人がいる隠れ里としても。

 不味い事にここミノス王国を含む複数の国家がその位置を探り出そうとしており、近年その活動が活発化しているとの情報が彼の下に入ってきていた。

 ギルドとしては、レンの村は隠れ里であった貰った方が都合がいい。

 住民を含めて行き来できる人間は、『無明の民』に限定される。そしてそこで生み出される数々の品が流れる先も、同じ『無明の民』が圧倒的に多いからだ。

 その最大のお得意様が『傭兵』なのは言うまでもないだろう。

 だが何処かの国に取り込まれるような事態となれば、その品の行先が極めて限定された範囲の人間だけになってしまう。武具やマジックアイテムで優位に立ったその国が、それを機として一気に領土拡大に動き出すのは明らかだ。

 そうなれば、戦争となって数多くの『無明の民』が犠牲になる。

 だが、彼が手にしている情報には、何処かの国や組織がその位置を掴んだ可能性に言及したモノは一つとしてない。だからこそ、その村の事情を良く知るガルフたちに調査に向かってもらっていたのだ。

 思わず疑いの目でガルフを見るが、その老エルフの表情からは冗談とか悪ふざけの要素は僅かも感じられない。

 その事から、レンの村が壊滅した事が事実と悟ってしまう。

「まさか、裏切り者が出たのか?」

「そこまでは分からぬ。じゃが村の存在を周囲から隠しておった結界石は、ものの見事にその全てが無くなっておったわい」

「そうか……」

 フリード支部長は口ではこう答えたが、彼の頭の中で身内の関与が確定的となっていた。

 なにしろ結界の効果を無くすだけならば、結界石を半分も壊せば済む。だが全て無くなったという事は、その位置を知る何者かが主導してそれらを取り外したという事になる。恐らくは何かに再利用するつもりだろう。

 加えて結界石が作り出す結界は、そこに暮らしている住人たちには効果が薄い。つまり取り外しに関与した何者かは、村の住人か嘗て住人であった人間が最有力となる。

 あの村を出て活動している人間は少ないが、その活動範囲は近隣の国々に跨っている。関与の仕方が自発的か強制されてかにもよるが、容疑者となる集団はかなりの数に上る。

 椅子に腰を戻して考え込むフリード支部長を他所に、ガルフは報告を続ける。

「生存者はおらん。一人の例外もなく、むごたらしく殺されておった。ただ……」

「ただ?」

「一緒に連れて来たアギトという若造じゃが、アレは例外と言えるかもしれぬな」

「どういうことだ? 簡単でいいから説明してくれ」

 嘗ての教え子の要望に応え、ガルフは自分があの場で見た事、アギトから聞いた事、その全てを

私情を交えず説明していく。


 説明が進むごとに、フリード支部長の顔に険しい皺が刻まれていく。それは何処とも知れぬ集団に対する怒りであり、自分がこの場から動けない事への口惜しさの現れでもあった。

 彼とハインツは旧知の仲で、一緒の依頼を受ける事こそ少なかったが、互いの事で色々と相談し合う間柄だったのだ。今彼の腰にある短剣は、彼が支部長になった時にハインツから送られた品だ。その事実が余計に彼に冷たく突き刺さる。

「あのアギトとかいう若造、村の結界が無くなっておったせいであの騒ぎに巻き込まれたようなものじゃな。アレもどうやら訳ありのようじゃが、ハインツが”全てを託した”男でもある。じゃからワシはハインツの判断を信じ、あ奴に付いて色々と教えてやろうと思う。他の三人も弟分という事で受け入れるつもりらしいしの」

「解った、師匠。アイツの判断を、俺も信じる事にする。何かソイツにさせたい仕事ができたら、俺に一声かけてくれ。できるだけそういった仕事を回すようにする」

「職権の乱用は避けるべき、とは言っておらんかったか?」

「有望な新人の育成もギルドの重要な仕事だ、そう言ったはずだが?」

 お互いが新人アギトに注意していく事を確認すると、ガルフはもう一つの報告を始めた。


「こっちに戻るまでじゃが、”はぐれ”と思われるゴブリンの死体を四つ、そして”はぐれ”そのものと一回遭遇した。位置はここリンツから徒歩で一日から二日の間の距離じゃ」

「それは本当か、師匠」

「事実じゃ」

 ガルフはそういうと、アギトが切り取ったゴブリンの右耳を腰に下げた袋から取り出して見せる。

「なんてこった」

 フリード支部長の口から零れたのは、この重い呟きだった。

 重要度としては此方の方がはるかに高いだろう。ゴブリンの集団、それも分裂した直後の集団が、このリンツからそう離れていない位置を遊弋しているというのだから。

 ギルドを預かる支部長としても、登録している傭兵や冒険者たちの命に係わる情報は見過ごすことが出来ない。それに放っておけば、幾つものの村や町が襲われ滅ぶ事になる。

 詳細を急ぐフリード支部長をなだめながら、ガルフはゴブリンの死骸を発見した凡その位置を伝えていく。そして最後の”はぐれ”との遭遇について説明を終えると、ガルフは自分が抱えている懸念を伝えた。

「ワシが問題視しておるのは、この”はぐれ”の元になった群れがどこら辺を彷徨っておるかではない」

 この言葉にフリード支部長の表情が固くなる。どうやら彼にも思い当たる何かがあるらしい。

 その変化を見て取ったガルフは、言葉を飾る事無く言う事にした。

「仮に群れの位置が知れたとして、男爵殿がリンツの守備隊をどう動かすかじゃ」

 街の守備隊の任務は、外敵から街を護る事にある。だがその脅威が現実にならない以上、その戦力が予防的に動くことは極めて稀だ。現実にこのリンツに向かっているという情報が入っているならいざ知らず、現状では何処にいてどの方向に向かっているかも分からないのだから、その懸念は一層強くなる。

 偵察の為に傭兵を動かすというのも考えられるが、此処の領主であるオッター男爵とその家臣たちがその依頼の報酬を素直に用意するとも考えにくい。

 何しろここリンツはミノス王国の端っこにある街だ。周辺にある町や村は、当然のように『無明の民』ばかりが住んでいる。

 神の加護を失った『無明の民』を『暗黒の民』と称して蔑む彼らの事だ、わざわざ自分達が蔑む人間を助ける為に戦力を動かすとは考え難い。むしろ住民たちの抵抗で多少なりともゴブリンの勢力が削られる事を期待して、これ幸いと放置する可能性の方が高かった。

 同じ事を考えていただけに、フリード支部長の答えも早かった。

「動かないだろうな。只でさえ傭兵は低く見られている。逆に身内を助けたいがための嘘と言われるのがオチだ。これで未帰還か全滅した冒険者パーティーの情報でも入っていれば別なんだが、今の所そんな報告は受けていない」

 だがこれで諦めきれないガルフは尚も食い下がる。

「ギルドの方から依頼を出す事はできぬかの?」

 しかしこの発言もフリード支部長の想定範囲内だった。

「師匠、歳が二百を超えて耄碌もうろくしたのか? ギルドはあくまでも依頼主と傭兵、冒険者を仲介する組織でしかない。確かにいくらかの蓄えはあるが、それはギルドそのものの問題を解決する為の備えだ。それ以外は依頼人が払うべき成功報酬を預かっているに過ぎない。

 ギルドが動かすことが出来る戦力といったら、パーティー二つで限界なんだよ。今回師匠のパーティーに動いてもらったのだって、報酬は俺個人の懐から出している。ゴブリンの群れへの対処なんか到底無理だ」

 このフリード支部長言葉に、ガルフは一切の反論をしなかった。彼とてもこの程度の事は承知していたのだ。だがそれでも口にせずにはいられなかったのだ。


 気まずい沈黙が部屋に漂う。

 二人ともこの程度の事は幾度となく体験してきている。ゴブリンの群れに襲われて命からがら逃げだして来て、その情報を無視された事くらいは当たり前。群れを発見してその情報を街を統治する貴族に伝えても、滅ぶのは『暗黒の民』の巣食う集落だといって放置された事も珍しくない。

 だからこそ、少しでも早く情報をギルドに伝え、いくらかマシな対応をさせようと努力して来た。

 ギルドとしても、得られた情報をいち早く活用したい。だが不確定な情報では、警戒を呼びかけるしかできないのだ。

「師匠……」

 最初に口を開いたのは、フリード支部長の方だった。

「とにかく、ゴブリン発見の報告は男爵の方に伝えておく。ギルドの方は注意情報として出すのが現状では限界だ。師匠は何時国から動員が掛かっても良いように、アギトとかいう若造の面倒を見てくれ。だが……」

「問題は、レンの村のほうか」

 ガルフの言う通りだった。

 彼らがあの村で倒した男たちからは、身元を裏付けるような品は一切見つからなかったからだ。

 そのあまりに徹底された情報の隠蔽は、何処かの国が関わっていたのではないかと思わせるくらいだ。

 仮にこの国が関わっていたとなると、この情報を流しただけでガルフたちの身が危うくなる。

 だがそうでない場合、他所の国が軍備増強の為にあの村を襲った可能性が高まる。つまりこの街の存亡に関わってくるのだ。

「とりあえず、何日か遅らせて情報を上げることにしよう。今すぐは流石に拙い」

 二人はそのまま無言で頷きあうと、約束の報酬を引き渡してこの話を終わりとした。


   ***  ***


 ギルド会館を出た一行が向かったのは、「曙亭」という鬼族の一家が経営する二階建ての建物だった。

 この鬼族という種族だが、額から短い角が一本ないし二本生えているヒト族といった外見をしている。だが肉体的にはヒトよりも頑丈で、平均寿命はヒトの三倍強の二百年と長い。

 角の有無以外にヒト族との差異がないせいか、神との繋がりを断たれてしまった今でも、「光の民」から不当な扱いを受ける事が多い。

 この「曙亭」がなんとか経営していられるのは、客の全てがそういった差別とは無縁な「無明の民」であるお陰だった。

 建物は一階が食堂で二階が客室という、アギトにとってはファンタジー小説でお馴染の造りになっていた。

 予定通りに先ずは部屋の確保となるのだが、ここでちょっとした問題が発生した。

 彼らが確保できたのは、四人部屋が一つと二人部屋が一つ。

 アギトたちは男四人に女一人という構成。

 普通に考えるなら、紅一点のネリスに二人部屋を使ってもらい、男衆で四人部屋という事になる。だが彼女の主張する所は異なっていた。

「アタシとアギトの姉弟で二人部屋を使うから、アンタたち三人で四人部屋使ってね」

「ちょ、ちょっと、ネリス義姉さん」

 これには流石のアギトも動揺してしまう。

 ネリスは控えめに見ても魅力的な女性である。傭兵という立場のせいで結婚の二の字からは縁が無いが、それでも彼女を口説こうとする傭兵は少なくない。ただ彼女自身に恋愛に対する感覚が欠如しているのか、これまでの果敢なアタックが全て空振りに終わっているだけなのだ。

 その事を他の男性メンバーたちから聞かされていたアギトとしては、この申し出は死刑執行の書類にサインするようなモノだった。嫉妬に駆られた他の傭兵から、何をされるか分かった物ではないから。

 実際問題として、今現在も周囲から生暖かい視線と冷たい視線がアギトに注がれている。

 生暖かい方は、ネリスの性癖を多少なりとも理解している人間たちからのモノで、冷たい方はアギトの境遇に嫉妬している人間たちからのモノだ。因みに冷たい方には女性客のモノも含まれていたりする。

 そんな視線の集中砲火に気づいたアギトの背中を、冷たい何かが流れていた。


 そんなアギトの動揺を見て取ったのか、普段はあまり口を挟んでこないヨグが援護射撃をしてきた。

「ネリス、君はもう少し自分が周りからどう見られているかを気にした方が良いよ」

 だがネリスの精神の装甲は、この程度の皮肉では瑕一つ付かなかった。逆に「え、なんで?」と問うような視線を投げかける始末。

 ガルフ達からしたら、ネリスのこの言動は今に始まった事ではない。ただこれまではその矛先がハインツという義父に向かっていたので問題視されなかっただけだ。

 だが義理とはいえ親娘の間で成立していた関係を、そのまま義理の姉弟に当てはめる事が出来るかと問われれば、それは疑問と答えるしかない。

 先ず二人の年齢が近すぎる。そして容貌は血縁関係にあると言うには違いすぎる。そして何よりも、ネリスの行動が義姉と言うには過激すぎた。

「なあ、ネリスよ。ワシの知る姉という存在は、そこまでのスキンシップを弟に求めぬのじゃが」

 ガルフが遠慮がちにネリスの行動が常軌を逸していると非難するが、それでも彼女の態度は変化しない。それどころか「他人は他人でしょ。アタシはアタシなりの接し方をしてるだけよ」と、開き直りとも取れる答を返してきた。

 こうなると頼みの綱はリーダーであるカダルしかないのだが、その彼はと言うと、完全に諦めた表情でアギトを眺めている。

 無力感にさいなまれつつも、アギトは何とか反論を試みる。

「ネリス義姉さん。俺は『男女九歳にして同衾せず』って聞いた事があるんですけど」

 念のために言うが、正しくは「男女七歳にして席を同じうせず」である。

 アギトは暗に「自分もいい歳をした男だから、欲望に負けてしまうかもしれない」と警告したつもりだったのだが、彼女には効果がなかったようだ。

「ふ~ん。アギトは義理とはいえ、姉に手を出すような鬼畜なの?」

「ち、違うってば」

「なら、問題ないじゃない」

 その後何度か反論が試みられたが、その全てが徒労に終わり、ネリスの希望通りの部屋割りとなった。


   ***   ***


 昼食と休憩を終わらせたアギトたちは、職人街に足を向けていた。

 何も全員で行く必要はないと思うのだが、どういう訳か誰も宿で留守番をしようとも、何処かに遊びに出かけるとも言いださず、アギトに付いていく事を選んでいた。


 彼らが辿り着いたのは、傭兵や冒険者相手に防具を売る小さな店だった。

「お~い、ゾットの親父~。客を連れて来たぞ~」

 カダルの呼び声に応えて出てきたのは、朱い髪をぼさぼさにした五十代半ばのヒト族の男だった。何かの職人なのか、作業用と思われるエプロンを身に付けている。

 ゾットと呼ばれた男は店頭に出てくると、値踏みをするような視線をアギトに向けた。

「なんだぁ? コイツがお前のいう客か」

「ああ、そうさ。ちょいと訳ありで、今日から俺たちのパーティーに加わったアギトってんだ。よろしく頼む」

 カダルの応えを受けて、ゾットはアギトの体の検分を始めた。

 足のつま先から舐める様に上がっていく視線に耐えながら、アギトは要件を口にする。

「はい、見ての通り俺は鎧を持っていません。鎧を手に入れたいと言ったら、ガルフさんたちにこの店に連れてきてもらいました」

 だがゾッドは答えない。それどころか検分を次の段階に進めてきた。

 具体的に言うと、アギトの体に手を伸ばし、彼の全身の筋肉の付き方を確認しはじめたのだ。

 ペタペタと手が触れる感触にアギトは思わず声を上げそうになるが、その度にゾッドからの鋭い視線を受けて強制的に黙らされてしまう。


 触診を終わらせたゾッドは、アギトに向き直るや否や、この様な言葉を吐いた。

「なるほどな。カダルが言う『訳あり』ってのは、誰かから『死の継承』でも使ってスキルを得たせいか」

「な、なんでそんな事が分かるんです?」

 アギトからすれば、無暗に『死の継承』の事を口外するつもりはないし、それを悟られるような真似をしたつもりもなかった。

 だがゾッドはそんなアギトに一瞥くれると、どうして解ったのか種明かしを始めた。

「お前さんの身のこなしは、どうみても熟練の剣士のソレだ。だが体つきはどう見ても剣士とはいえねぇ。実際にこの手で触って分かったが、筋肉の付き方が素人のまんまだ。てことはだ、誰かからスキルをレベルごと譲り受けたと考えるしかねぇだろ」

 確かにその通りだ。

 アギトがこの世界に来てから、まだそれほど日数は経っていない。この間で彼が行った戦闘は、まだレンの村での件と”はぐれゴブリン”の件の二つしかない。

 普通はスキルを伸ばしながら体を作っていくものだが、『死の継承』を使ったアギトにその時間があるはずがない。一応道中で若干の訓練を付けてはもらったが、剣士としての体が出来るには日数が短すぎる。

 アギトがスキルのレベルに振り回されていると感じているのは、彼の肉体がスキルを扱うのに適した作りになっていないせいでもあるのだ。

 観念したアギトは、素直に話す事にした。

「その通りです。俺は確かにある人物からスキルを譲り受けました」

 誰からという事は口にするつもりは無かったが、それでも強く聞かれたらどこまで隠せるか、アギトには自信が無かった。

 だがその心配は杞憂に終わる。

 アギトの返事を聞いたゾッドは、ただ「そうか」と答えただけで店の奥に姿を消してしまったからだ。


 肩透かしを食らった格好のアギトに、ガルフが声を掛ける。

「アギトよ、どうしてこうなったのか、理解出来ぬようじゃな」

「ええ、誰から譲り受けたとか、その人とどういった関係だったとか、色々聞かれる事を覚悟していたんですけど」

 安堵と戸惑いが混じったアギトの返事に、ガルフは笑って答える。

「なに、あ奴は根っからの職人でな、自分の作った品を大事に使ってくれるか、それを買った客が満足してくれるかだけが問題なんじゃよ。

 客の素性なんぞを気にしておっては、ワシらの様な『無明の民』は生き難いという事情もあるがの」

 この話にカダルも加わってきた。

「そうだぜ。俺たち傭兵は依頼を選べるが、店をやってい連中は客と仕事を選べない。それが職人なら尚更さ。

 あの親父のように、自分が納得した相手にしか品物を売らねぇなんて、なかなか出来るもんじゃない」

 カダルの言葉は何気ないものだったが、その意味する所はアギトにとって重要だった。

「ちょっと待ってください。それじゃ、俺はあの親父さんの眼鏡にかなったんですか?」

 アギトが不安になるのも当然だろう。

 ゾッドは先ほど店の奥に引っ込んだまま、まだ出てきていないのだから。

 そんなアギトに対し、今度はヨグがフォローを入れて来た。

「心配ないよ。あの親父さん、売らないと決めた相手とは口も利かないから。ああやって君の体つきまで調べたのは、ちゃんとした品物を渡したいからだよ」

「という事は……」

「うん、君は親父さんにお客として認められたんだよ」

「良かったぁ……」


 アギトが胸をなでおろしたその時、まるで間合いを計っていたようなタイミングでゾッドが店頭に戻ってきた。

 彼の腕には皮鎧が一組抱えられている。良く見れば、脛当てと手甲も用意されていた。

「おう、坊主。待たせちまったな。お前の身体に丁度いいヤツがあるのは覚えていたんだが、そいつをどこに仕舞ったか忘れちまってな、探すのに手間喰っちまったんだ」

 アギトはゾッドの説明を受けながら、それらを身に付けていく。

 鎧はあつらえた様にアギトの体に馴染んでいた。試しに軽く刀を振るう動作をしてみるが、鎧が動きを妨げる事は無い。

「どうだ? 動きが引っかかるような感じはねぇはずだ。なんなら手前の腰のモン使って、もうちっと激しい動きをしてみても良いんだぜ」

 ゾッドのこの言葉に押されて、アギトは腰に差していた袋から黒曜樹の木刀を抜き出し、それを構えた。

 その構えを見たゾッドの眼が細くなる。アギトの動きのブレを、僅かなりとも見逃さないつもりなのだ。

「では、行きます」

 この言葉の直後、周囲の空気が重くなった。アギトが放つ気迫とでもいうモノが引き起こした現象だった。


 正眼に構えられた木刀がゆっくりと持ち上がり、真っ向からの空竹割に撃ち降ろされた。

 下がった木刀が翻り、左下から右上へ斬り上がる。

 切っ先が飛燕のごとく旋回し、右から左へと薙ぎ払われた。

 そして刀身が後ろに引かれ、踏み込みと同時に鋭い突きが繰り出される。

 黒曜樹の黒い刀身が振るわれるたびに、空を斬り裂く音が周囲に響く。だが、体のブレはもちろんの事、鎧に妙な力が掛かるような事もない。


「分かってはおったが、見事なもんじゃの」

「スキルの高さに慣れつつあるな」

「後は実戦で磨いていくだけですね」

「アギト、素敵♪」

 ガルフたちの口から感嘆の言葉が零れ落ちる。一人だけちょっと違うようだが、他の三人は聞こえなかった事にしたようだ。


 一通りの型をなぞったアギトは、ゾッドに感想を話していた。

「良い感じですよ、この鎧」

「そうか、どこか妙な感じはしなかったか?」

「あると言えばあるんですが……」

 口どもったアギトにゾッドが食って掛かる。

「遠慮するんじゃねぇ。手前は俺の大事な客だ。客の不満をそのままにして置くのは俺の流儀じゃねぇ」

 口調だけ聞くとどこぞのヤクザが脅しているようだが、口にしている内容は見事に職人の誇りを表している。

 そこを理解したアギトは、僅かに感じていた違和感の様なモノを話すことにした。

「思いっきり動いた時なんですが、微妙に鎧がずれるというか浮くというか、そんな感じがしたんですが」

 その言葉をアギトが口にすると、ゾッドは満足そうな笑みを浮かべた。

「それなら気にすることはねぇぞ。そのズレってのは、お前さんがこのまま実戦で体を作っていけば埋まるはずのモンだ。安心しろ。いや、鎧がお前さんに馴染む方が先か」

 なんとこの男、アギトが剣士として体を鍛えた場合の筋肉の付き方まで想定していた。

「そうなんですか。なら、これで決まりですね」

 そこまで見越してこの鎧を選んでくれたとあれば、アギトに跳ね除けるという選択肢は存在しない。即座に購入する旨を告げる。

「まいどあり。特に弄る必要も無かったから、全部ひっくるめて金貨五枚だ」

 幸いにして、アギトの財布の中にはこの値を払うだけの金が入っている。

 出どころはというと、レンの村を襲った連中から奪った財布で、その中身を五人で山分けしたモノだ。


 善は急げとばかりに財布から金貨を取り出すアギト。

 所がここでもまた、ゾッドが口を挟んで来た。

「なあ、アギトとやら。お前さん、この後に自分の得物を買うだけの金は残っているのか?」

 この質問は、アギトの腰にあるのがちゃんとした剣や刀でなく、黒曜樹で出来ているとはいえ木刀であった事が気になったからだ。

 財布の中身を見透かされたかのようなセリフに、アギトは思わず身を竦めていた。

 アギトの財布は、この皮鎧を買うと後が苦しくなる。仲間から借金してでも武器を手に入れるという事も考えないではなかったが、いきなり最初からそれでは情けない気がしていた。

 それに彼には下手な剣よりも硬くて丈夫な黒曜樹の木刀がある。既に得た『鍛冶(刀剣)』のスキルで解った事だが、下手にこの街で売っている数打ちものを買って使うよりも、この黒曜樹の木刀の方がはるかに丈夫で質が良い。

 現にこの街に着く前、アギトはこの木刀でゴブリンの首を斬り落としている。

 だから最初に出来るだけ良い防具を揃え、後は成り行きに任せるつもりだったのだ。

「自分の財布では難しいですね。仲間から借りれば別ですけど」

 だがゾッド相手に下手な取り繕いは拙いと考え、アギトは正直に自分の考えを明かす事にした。

 ゾッドは腕を組んだまま無言でアギトの言葉を耳にしている。まるでアギトの為人を確かめるかのように。

 そんなゾッドを見ながら、アギトは更に言葉を続ける。

「流石に切れ味ではちゃんとした刀には敵わないですけど、そこらのなまくらな剣を使って体に変な癖を付けるよりはマシです。だから当分はコレで行くつもりですよ」

 アギトの本心としては、ちゃんとした刀を使いたい。だがそれを買うだけの持ち合わせがない。

 普通に買おうとしたら、この鎧の倍は出さないといけないのだから。

 時間的な余裕があれば自分で刀を鍛えるという手段も取れるのだが、アギトはまだ自分の『鍛冶(刀剣)』の腕前でどの程度の刀が打てるのかを自覚できていない。そんな状態で刀を打ったとしても、出来上がるのは力の加減と加熱の見切りを微妙に誤った品にしかならない。そして自分で鍛えた刀を使うのであれば、アギトは自分が納得できる出来の一振りを使いたかった。

 それに簡単な打ち直し程度ならともかく、ちゃんとした物を作るには相応の設備が必要になる。しかしそれを借りる当てもなければ資金もない。

 自分が『鍛冶(刀剣)』のスキルを持つ事を話すつもりがない以上、アギトは此処で話を切り上げるつもりだった。


 だが此処にいるのは職人気質のゾッドだ。自分の売った品を纏う人間が、本来使うべき武器も持てないとあっては、そのまま黙っている事などできない。

 掴みかからんほどの勢いで、リーダーを務めるカダルに噛みついていった。

「やい、カダル。お前さん、自分の背中を護るかもしれない仲間に、まともな武器一つ用意してやれねぇのか!」

 言い寄られたカダルだが、彼も一端の傭兵である。そのまま言い負かされるという事などない。

「そう言うがよ、何から何まで世話になるってのは、男としての沽券に係わるぞ。それにあの木刀だって立派な武器だ。アイツがいいって言ってんなら、それでいいじゃねぇか」

「だってもくそもあるか! 傭兵にとっての武器は、防具と同じくらい重要な問題だ。いくら護りを優先するたぁ言え、仲間のスキルに見合った武器を用意できないのは、パーティーの頭としては恥だぞ」

「聞いてねぇのか、このクソ親父! アイツの木刀は、そこらのなまくら以上の武器だって言っただろうが!」

「その切れ味が、刀に遠く及ばないってアギトが言ってただろうが! 手前こそ聞いてなかったのか!」

 当の本人そっちのけで言い合う二人に、アギトはどうしたらよいか分からず右往左往している。

 本当ならばさっさと支払いを済まして、武器屋に行きたいのだが、その支払いを受け取るべき店主がパーティーのリーダーと口喧嘩の真っ最中。これでは支払も返品もする事ができない。

 ガルフとヨグはこの口論に加わる気がないのか、呆れた顔で言い争いの行く末を眺めているだけ。

 ネリスはと言うと、いつの間にかゾッドの側について口論に加わっている。

 二対一と不利な形にはなったが、それでもカダルは一歩も引かなかった。頑なに「アギトが使うのだから、アギト本人が稼いだ金で払うべき」、「既に代用の効く武器を持っている」とそれまでの主張を繰り返していた。


 いつ終わるともしれない不毛な論争は、意外な形で決着がついた。

 もはや我慢の限界と感じたのか、ゾッドは「そこで待っていやがれ!」とどなると、店の奥に引っ込んで行ったのだ。

 ほどなく戻ってきたゾッドの手には、何故か一振りの刀が携えられていた。

 ゾッドは顰め面のまま、その刀を突きだすようにアギトに手渡してきた。

「代金は後払いでいいから、そいつを使え」

「え、でも……、良いんですか?」

 突然の成り行きに戸惑うアギト。なにしろ受け取った刀は、鞘に収まったままでもそれなりの造りである事が分かってしまったから。抜いて見ないと断定はできないが、これを普通に買おうとすれば、金貨で十五枚くらいはすると言うのがアギトの見立てだった。

 そんなアギトの反応に、ゾッドが噛みついてくる。

「後払いだっつーただろうが! 金を払いきるまで、絶対にくたばるんじゃねーぞ!」

「は、はい!」

 勢いにのまれたアギトには、ただ素直に受け入れる事しかできない。

 そんなアギトの様子を見て落ち着いたのか、ゾッドはその刀について話し出した。

「そいつはよ、どこぞの間抜けな冒険者が鎧を買う代金として置いてったモンだ。だがそいつを取り戻しに来るなんて事はねぇから安心しろ。もう一ヶ月も前の話だが、そいつは依頼に失敗して死んじまいやがったからな」

「そうなんですか。この分はかならず自分て稼いだ金で返します」

 アギトはそういうと、受け取った刀を腰に差して、鎧の代金を支払った。


 ゾッドが語った刀に纏わるエピソードは、この争いの絶えない世界ではいかにもありそうな話に聞こえる。だが実際には少しだけ異なっていた。

 この刀は、確かにある冒険者が置いていった一振りだ。だがそれは代金としてではなく、買い取りを強要しての結果であった。

 武器を扱う店でなく鎧を扱うこの店なのは、普通に武器屋に買い取らせると売値の半分以下の金しか得られないから。相手が『無明の民』であるからこそ出来る、冒険者の横暴なやり口だった。

 ゾッドが武器屋に売りにもいかずに死蔵していたのは、そうすると冒険者に負けたようで惨めな気になってしまうからだった。

 この事を後日知ったアギトが、ゾッドにお礼の意味も込めて酒を一ビン贈るのだが、それはまた別の話である。


 期せずして武器まで手に入れる事が出来たアギトは、この後カダルたちにこの街を案内してもらう事になる。

 アギトのリンツ初日は、こうして幕を閉じた。



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