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魔王降臨!  作者: 闇目
6/31

6話

 既に陽が昇ってからある程度の時間が経過していた。

 今五人の目の前に広がっているのは、彼らが目的地としていたリンツの街並みだ。

「やれやれ、やっとこさ到着だぜ」

 ソレを目にした時、カダルの口から零れ落ちたのは、この様な呟きだった。

 何しろ夜を徹しての強行軍を行ったのだ。いくら襲撃が無かったとは言っても、心身に掛かった負担は誤魔化しようがないのも事実である。何時ゴブリンの大群に襲われるかもしれないという恐怖から解放されたと実感できれば、この様なセリフを口にもしたくなるだろう。

 他の四人も程度の差はあれ、何れも疲労の色が伺える。口にこそしていないが、その心情はカダルと同じだった。


 リンツはミノス王国の西の隅っこにある街で、この世界の街としては標準的な人口を誇る。

 統治しているのはオッター男爵とその家臣たちだ。

 貴族が統治する街の常として、街は高く堅固な城壁で囲われている。そしてその周囲には、背の低い雑多な建物が群がるように存在していた。

 その城壁の四方には門が設けられており、そこで通行料の徴収と並行して人と物資の出入りが監視されている。しかも担当に最低一人は信仰魔法が使える者を配し、時折『看破(ditect)』を使用して余所者が紛れ込んでいないか確認する念の入れようだ。

 そして城壁の外側に広がっている建物の多くは、下級市民とこの国で生きていく事を選択した『無明の民』が暮らす住居になる。

 城壁の中に住む事ができるのは、あくまでもこの国の人間だけなのだから。

 アギトたち五人は、城壁のすぐ側に建つ割と立派な外観をした建物、ギルド会館へと進んでいった。


「あれ? なんで入口が二つあるんだ」

 ギルド会館の正面に立った時、アギトの口から出た第一声はコレだった。

 建物の城門に近い側には、簡素だが綺麗に整えられた入口がある。

 だが彼らの正面にあるのは、その綺麗な入口から顔を背けるように設けられた、みすぼらしい造りの入口だ。

 造りが粗末なので一見すると裏口に見えてしまうが、人間の出入りは此方の方が多い。出入りの数だけでいうならば、小奇麗な方が裏口に相応しいだろう。

「まさか、あっちは貴族専用?」

 思わず首を傾げるアギト。焼き付けられた知識にも、この様な事例は無いのだから。

 強いて類例を挙げるとするならば前世で読んだファンタジー小説での一場面になるが、此方は生憎と文章での描写でしか無いために、判断の根拠とするには弱い。

 この疑問に答えたのは、保護者気取りのネリスだ。

「違うわよ。これはアタシたち『傭兵』とこの国の『冒険者』を明確に分けるための、この街だけの仕様よ。他の街の『ギルド』ではここまで露骨な区別はしてないわ。受付カウンターが別になってる程度よ」

「そうなんだ」

 納得したアギトは、頷くと同時にため息をついた。


   ***   ***


 ここで『傭兵』と『冒険者』と『ギルド』について説明しておかなくてはならない。

 戦乱が激しいこの世界では、争い事や揉め事が頻繁に発生する。それこそ国家間のモノに留まらず、街どうしのいざこざや異種族と衝突する事も多い。

 だが国や街が保有する戦力は、それぞれが敵対する勢力との抗争に費やされており、住人たちが遭うような”些細な”トラブルに対しては先ず投入されない。特に被害者が『無明の民』である場合は、事態が深刻になるまで捨て置かれる傾向が強かった。

 そこで街に暮らす『無明の民』が中心となって出来上がったのが、そういったよろずの揉め事に対応する『傭兵』と、彼らとの仲介をする『ギルド』という存在だった。

 『ギルド』の仲介する仕事は様々だが、武力行使を必要とするモノが多い。害獣の駆除や街の間を移動する商人の護衛もそうだが、その最大規模のモノは、ゴブリンなどの自国に害をなす異種族の集団に対する攻勢と、他国の勢力に対する武力行使への参加だ。

 この『傭兵』という呼び名も、彼らがこの手の戦いに頻繁に投入され、僅かな報奨金で使いつぶされていく事から付いたとされる。

 彼らの身分を表すと同時に、『無明の民』に対する蔑みと憐れみの意味を持った呼び方でもあった。


 では『冒険者』とは何であろうか?

 街で起きるトラブルは多く、『ギルド』の規模が大きくなるにつれて、そこに寄せられる依頼の数もうなぎ上りに増えて行った。それこそ登録した『傭兵』だけでは捌ききれないほどに。

 元々『ギルド』は出自が様々な人間の寄り集まった組織だ。それに依頼は多く、それらの処理に協力してくれるというならば、種族はもちろんの事、先祖が何処の国の人間であろうとも『ギルド』は気にしていない。

 ここに目を付けたのが、それぞれの国の民で一旗揚げようと意気込む若者たちだった。

 彼らが蔑む『無明の民』である『傭兵』たちは、小規模ながらも様々な戦いを経てレベルを上げ、自分達よりも強くなっていく。ならばより優れた『光の民』である自分達にもレベルを上げる場を得る権利があるはずだと、『ギルド』に依頼を寄こせと強要したのだ。それも比較的安全で実入りの多いモノばかりを。

 この要求が為された時の理屈は様々だった。「自分の国で起きた案件ならば、『無明の民』よりも自国の民の方に優先的な選択権がある」というのはかなり穏便な部類で、「貴様ら『暗黒の民』なぞ、我ら『光の民』のお零れの依頼をしておれば良いのだ」位の強弁は枚挙にいとまが無かったそうだ。

 最初の内は『ギルド』の方もこの無茶な要求を跳ね除けていた。だがその回数が三桁に届く前に、国から横やりが入ったのだ。

 国からすれば、何時裏切るか知れない『無明の民』などが強くなるよりも、同じ神の下に集った自国の民のレベルアップを望む。その方が国家間の抗争に於いて、最終的な勝利に貢献するから。

 だが闇雲に国民を戦に駆り出したとしても、十分な成果を得られるのはごく一部にしかならない。戦況次第では強敵とぶつかって全滅もあり得る。国としてはそんな博打めいた策は選べない。

 だがここに『ギルド』という『無明の民』が運営する自助組織が現れた。

 出現当初はどの国も『ギルド』の存在を軽視していた。しかし気が付けば、そこに所属する『傭兵』の平均レベルが、自国が抱える兵士のソレを大きく凌駕するという状況。

 慌てて調べさせてみれば、所属する者達の力量を見て、必要であれば助言をする仕組みのお陰だという報告が返ってくる。流石に犠牲者が全く出ない訳ではないが、それでも闇雲に人員を投入するよりは遥かに効率の良いレベルアップが成されていたのだ。

 国としてはこれを利用しない手は無かった。

 形振り構わぬ強引な手法により、自国民の登録者が優先的に楽な仕事を得られるように『ギルド』の規則を変更させたのだ。

 だがここで新たな問題が浮上してきた。

 自国民で『ギルド』の依頼を受けて活動する者たちを、どの様な呼称で呼べば良いのか。

 流石に同じ『傭兵』とするには抵抗があった。コレには『無明の民』に対する蔑称としての側面も持っていたからだ。

 そこで当時の人間たちは考えた。

 彼らは基本的に国内でしか活動をしない。報酬の高いモノに偏るとはいえ、それなりに危険度のある依頼を受けてくれる。

 ならばそこそこの危険を冒してくれる者たちという意味で、この『冒険者』という呼称が決まった訳だ。

 そして同時に、『傭兵』と『冒険者』を区別して扱うことも取り決められた。

 全ての依頼は先ず『冒険者』が受けるか否かを選択する権利を有する。そして一定期間『冒険者』が受けないか失敗によって放置された依頼が、『傭兵』の受けることが出来る依頼となる。

 悪い言い方をすれば、『冒険者』たちの尻拭いを『傭兵』たちでする仕組みが出来上がった訳だ。

 受付カウンターを別にしたのも、この手続き上の都合から決められたという。


 これらが決まったのは、今から千年以上も前の事だ。

 二万年の停滞の中にあっては比較的新しい部類の話であり、同時に数少ない変化の内の一つでもある。

 最初にこれを決めた国が何処であったのか、そしてその国がまだ存続しているのか、残念ながら記録が残っていないので今では知る由もない。

 だがその国の『無明の民』に紛れ込んでいた他国の内通者や工作員の手により、この仕組みは瞬く間に世界中に広まってしまったのだ。

 このリンツのように入口まで別になっているのは珍しいが、今ではこれが世界標準である。


   ***   ***


「それじゃ、中を見せてもらいましょうか」

 勢い込んでギルド会館に入ろうとするアギト。だがここで待ったをかける者がいた。

 それは色んな意味でメンバーの長老であるガルフだった。

「まあ、慌てるでない。お主は自分がどの様な状況にあるのか、まだ理解で来ておらぬようじゃの」

 ガルフは深刻な顔でそう言うと、メンバー全員を対象として魔法を使った。しかも無詠唱でだ。

「あれ? この魔法は……」

 全員を対象としていたので一切の抵抗もせずに術式の様子を窺っていたアギトは、これが『阻害』の魔法である事に気付いた。

 この『阻害』の魔法だが、対象を中心に魔法の構成・作用を阻害する力場を形成する。

 特徴的なのは、『術式制御』のレベルが高ければ、特定の魔法の阻害を目的とした力場の構築も可能であるという点だ。アギトは気づかなかったが、今回ガルフは『鑑定』の魔法を対象に取っている。

 アギトが何をされたのかを理解したのを見て、ガルフの表情が少しだけ和らいだ。

「アギトよ。この様な場所では、他人の手の内を探ろうとする輩がごまんといる。それこそ誰が敵で誰がそうでないかの見極めが出来ぬくらいにな。

 そのような輩がたむろする館に入るというのに、『阻害』一つ纏わぬとは不用心すぎるぞ」

 ガルフの言う通りだった。

 アギトのスキルは、レベルに比して異様なほど高い。それこそ『死の継承』で誰かから得たのがすぐ思いつくくらいに。

 不埒な者がこの事実に気が付けば、彼を嬲り者にしようとするかもしれないのだ。そうすればあのレンの村で起きた事が、再びアギト本人の身に降りかかる事になる。

 だがここでアギトだけに『阻害』を使うと、それこそアギトが何か変わったスキルを持っているのではないかという疑いの目を招く事にもなりかねない。だからガルフは仲間全員を対象にした訳だ。

「う、すみません」

 そこまで考えが及ばず、余計な手間を掛けさせたことを謝罪するアギト。

 だが同時に疑問も出て来た。

 魔法の効果を阻害するのではなく、遮断する『障壁』を使った場合はどうなるのか?

 だがアギトがその事を口にするよりも早く、ガルフがその説明を始めた。

「魔法でのちょっかいを防ぐと言う意味でならば『障壁』を使いたいのじゃが、それをすると周囲に余計な警戒をさせてしまうのでな」

 人混みの中で『障壁』を使う事は、人混みの中で大仰に盾を構えて見せる事に等しい。

 ましてや魔法を使う者であれば、ある程度近くにいれば、どのような魔法が使われたかを察する事が出来る。詠唱を聞くことができれば、どんな魔法が使われるかを知ることが可能になる。

 そんな事をすれば、自分が何者からか魔法で攻撃されそうですと言っているにも等しくなる。下手をすれば大騒動に発展しかねない。

 最大の違いは、魔法の防ぎ方の違いにある。

 効果を遮断する『障壁』の場合、魔法は作り出された結界のすぐ外側で効力を発揮してしまう。これは作用点をその内側に指定した場合でも同様だ。だが双方の魔力に余程の差がない限り、少なくとも一回は魔法を防ぐことが出来る。

 一方の『阻害』ならば、魔法は効果を発揮する事無く魔力へと霧散してしまう。だが相手の魔力が『阻害』のソレを大きく上回っていた場合、掛けられた魔法は効果を減じる事なく発現してしまう。

 この様な効果の違いがあるからなのか、『阻害』が回りに与える印象は、「変な事をしてくれるな」程度の警告でしかなかった。

 一通りの説明を終えたガルフは、最後にこう締めくくった。

「とにかく今はアギトの登録が優先じゃ。それをせん事には、依頼をこなした後で難癖を付けられてしまうからの」

 この言葉の後、五人はギルド会館、もちろん傭兵用の方、その中へと足を踏み入れた。


「意外と見晴らしが良いんだな」

 昼が近いからだろうか、ギルド会館の中はアギトが思っていた以上に閑散としていた。

 入ってすぐの広間には大きな掲示板があり、そこに依頼の内容を説明した求人広告とでもいう紙、依頼書が何枚か張られている。依頼書の左上には番号が記載されており、その番号を受付に告げる事でどの依頼を受けたいのか伝わる仕組みになっている。

 掲示板に隙間が出来ているのは、受付が締め切られた事を示すために剥がされたからだ。

 周囲には同業者と思われる人影が、得物を狙う獣のような眼で受付カウンターの辺りを睨んでいる姿が見られる。新しい依頼が出されるのを待ち構えているのだ。

 もの珍しそうに辺りを見回すアギトに、義姉気取りのネリスが説明を始めた。

「朝一番に依頼が張り出される時は、もっと多くの傭兵がいるわよ。誰だって少しでも実入りの良い依頼を受けたいからね。会館の中でのいざこざは御法度だから荒事にまではならないけど、皆生きる為に必至に依頼を選んでいるわ」

「それじゃあ、この時間になっても残っているのは?」

 これに答えたのはヨグだ。

「予想される苦労に比して報酬が少なすぎてそっぽを向かれているモノか、予想される脅威が大きすぎて残っているチームでは対応できないモノか、明らかに僕たち『傭兵』を生贄にしようとしているモノのどれかだよ」

 最初の二つはともかく、三つめがどういった類のモノかアギトには想像が出来なかった。

 だが今は自分の登録が優先と割り切り、先を行くカダルの後を付いていく。


 カウンターにたどり着くと、リーダーのカダルは前置きなしに中にいる男性職員に話しかけた。

「登録したい奴を連れて来た。俺たちのパーティーに入れるから、先ずはその手続きを頼む。そして支部長に取り次いでくれ。ガルフの爺さんから話があるって伝えてくれりゃいい」

「え……、わ、解りました」

 男性職員はいきなりの事に眼を白黒させていたが、カダルの背後で深刻な表情をしているガルフの姿を見ると、慌てた様にカウンターの奥へと駆け込んでいった。

「ひょっとして……、ガルフさんは此処では結構な有名人だったりします?」

 恐る恐る尋ねるアギト。

「当然だろ。爺さんはエルフの傭兵なんだぜ? それこそ俺たちヒトとは年季が違う」

「僕らが産まれた時には、とっくに傭兵として名前が売れていたそうですから」

「アタシも噂でしか聞いていないけど、此処の支部長はお弟子さんだったそうよ。お爺ちゃんは否定も肯定もしないけどね」

 三人の反応にアギトは思わず納得していた。

 エルフ族の寿命はヒト族のおよそ四倍。外見の変化が乏しいので実年齢を推し量る事は難しいのだが、ガルフはあの外見となっても未だに傭兵を続けている。

 彼が何時頃から此処で依頼を受けるようになったのか分からないが、相当な年月を経ているのは間違いない。だとすれば、ギルドの支部長とも何らかの縁を結んでいても不思議ではない。

 だが当のガルフはと言うと、そのような声にも全く反応していない。彼からしたら、今はそれよりも気にすべき事があったからだ。


 ほどなく先ほどの男性職員が、それぞれを担当する女性職員二人を連れて戻ってきた。こういった場所で働くからか、女性職員の制服は男性職員のソレと同じズボン姿だった。

「お待たせしました。支部長はすぐにお会いになりたいそうです。こちらの者が案内します」

 そう言うと、右側の女性職員を指した。

 女性職員は軽く会釈をすると、「此方へ」と言葉少なにガルフを誘う。

 ガルフもそれに応えるように会釈を返すと、そのまま何も言わずにその女性職員の後に続いた。

 ガルフの姿が奥に消えたのを確認すると、男性職員はアギトの方に向き直った。

「新規登録の方ですが、別室にて行います。同席をお望みでしたら、付き添いの方々もどうぞ」

 そう言って、左側の女性職員に案内を指示する。

 これは新規の登録者の殆どが、知己を通じて傭兵としての登録に訪れる事から来た慣例だ。

 何しろ殆どは初めての体験に緊張している。稀にだが、受け答えどころかまともに文字を書けない者も存在するのだから。

 アギトはそこまで初心ではないので、職員に話を聞きながら登録をするつもりであった。

 だが此処にはそんな彼の自立心に気付かない、過保護な自称義姉ネリスがいる。当然とばかりにアギトの後に続く。

 そしてネリスの暴走が心配なカダルとヨグが、しょうがないといった表情で二人に続いた。


 アギトたちはカウンターから入ってすぐの小部屋に通された。

 中は十人ほどが囲める程度のテーブルと椅子があった。

 先ずアギト女性職員が向かい合わせに座り、アギトの左手にネリスが保護者よろしく座る。

 カダルとヨグはその背後、正確にはネリスの背後にお目付け役のごとく立った。

「文字は書けますね? でしたらこれに必要事項を記入してください」

 そう言って女性職員が差し出してきた用紙は、アギトの予想以上にシンプルな物だった。

「え? たったコレだけ」

 驚くアギトに、女性職員が説明を始めた。

「種族と性別は一部の依頼で関係してくる場合がありますので必ず記入してください。お名前も必須ですが、必ず本名でなくてはならないという訳でもありません。ただ、偽名ですと後々不都合が生じた場合、ギルドとして援護できなくなる可能性が高まります。

 そして所有するスキルですが、知られて不都合が無い範囲でお持ちのモノを全て記入して下さい。

 此方も記入した内容に嘘の無い様にお願いいたします。

 最後になりましたが、ご本人のレベルとスキルのレベルに関しましては、今後変動していきますので記入する必要はございません。

 ただギルドの方といたしましては、スキルのレベルは此方から指名する場合の目安となりますので、記入していただけると嬉しく思います」

 つまり種族と性別と名前だけが必須事項で、その他は全て任意事項という訳だ。『鑑定』の結果に名前を付け足し、レベル表記を抜いたモノと言い換える事も出来る。

 それもそうだろう。この世界には履歴書というモノは存在しないのだから。加えて個人情報として、出身地や生年月日や血液型などを気にする人間はまずいない。一般的に重要なのは、同じ神を仰ぐか否かである。

 ギルドとして必要な情報は、何をどの程度こなせるか、それだけだ。種族や性別は、依頼の際のトラブルを避けるための予防線に過ぎない。


 なるほどと頷いて、アギトは順に項目を埋めていく。

 焼き付けられた知識のお陰で、文字の記述にも一切問題はない。

 だがスキルを書き込もうとした所で、待ったがかかった。

 ここで口を出してきたのは、やはりと言うか保護者気取りのネリスだった。

「アタシからちょっとだけアドバイスすると、戦闘系のスキルはレベルを書かない人間が多いらしいわ。手の内を知られたくないって理由でね。

 逆に生産に関わるスキルだと、指名を受け易いからって理由でレベルを書く人間が多いみたいね」

 この説明だけでは不十分と感じたのか、カダルとヨグも口を出してきた。

「俺から言わせてもらえば、悩むくらいならレベルなんぞ書く必要はねぇ。書いた所でそれは登録した時の腕前でしかない。それに仕事をこなしていけば、戦闘以外の腕も自然に知られていくからな。

 特にお前は”訳あり”なんだから、用心しておいた方が良いぞ」

「僕からも言っておくけど、ある種の物を作る時は、それ専用の施設を借りる必要が出てくる。そんな時にスキルのレベルはともかく所有している事を隠していると、ものすごく印象が悪くなる。だからスキルの有無だけはしっかりさせておくと良いと思うよ」

 彼らがこれだけ真面目になるのはちゃんとした理由がある。

 確かに生産に関わるスキルのレベルを書いておくと、ギルドの方から指名で依頼が出る事がある。この場合はギルドの面子が関わってくるので、此方から依頼を受けに行く場合よりも割高な報酬を得る事ができる。

 だがギルドも完全に中立という訳でもない。職員の中には不正に手を染める者が出る時もある。

 そういった人間が金銭目当てで登録した情報を外部に売りったせいで、該当するスキルの保有者が違法な物品の製造に関与させられた事例も少なくはない。

 だからといってスキルを隠していると、関連する行為がやり難くなる。何か良からぬことをしているのではと疑いの目で見られるからだ。

 実際に、三人はそんな事例を幾つも見聞きして来たから。


 結局のところ、アギトは自分のスキルは(特殊スキルである魔王を除いて)全て記入する事にした。レベルは記載せずに。

 そしてこの後、アギトをカダルたちのパーティーに加える手続きが行われた。


   ***   ***


 アギトたち四人は、ギルドのホールの隅で一纏まりになっていた。

 既にするべき事は全て済ませ、後は手続きの完了とガルフが戻ってくるのを待つばかりなのだ。

 予定では、この後に宿を確保してちょっと早めの昼食。それから休憩を挟んでアギトの装備を整えるための買い物という事になっている。

 ギルドでの登録を先にしたのは、ギルドに登録された傭兵であれば、武器や鎧を求めても警戒されないのに加え、店によっては少額ながらも割引してもらえるからだ。


 相変わらずホールは閑散としていた。

 だがそうして待っている間にも、職員が数回カウンターから出てきて、掲示板に依頼書を張り付けていく。そしてその度にホールの隅でたむろしていた傭兵たちが掲示板に群がり、その内容を吟味していく。

 多くの者は依頼と報酬が釣り合わずにすごすごと引き下がっていくが、一部はその内容に満足したのか妥協したのか分からないが、カウンターに歩いていき受付に番号を告げている。そして受付が完了すると、再びカウンターから職員が出てきて、該当する掲示を剥がしていた。

 よくもまあコレだけの依頼が出ているモノだと感心するが、裏を返すとそれだけ多くの依頼が冒険者に見過ごされている事でもある。

 そんな事を考えていると、いつの間にかカウンターに、先ほど手続きでアギトがお世話になった女性職員が出てきていた。

「本日登録されたアギトさ~ん。手続きが完了しました」

「あ、はい。今行きます」

 慌てて席を立つアギト。そしてその後に保護者気取りのネリスと、彼女の暴走が心配なカダルとヨグが続く。


 カウンターの上には、既にアギトが傭兵としての身の証を立てるモノが用意されていた。

 それは一見すると、首飾りのように見えなくもない。だがそうと言い切るには装飾が簡素過ぎる。

「コレって……認識票?」

 アギトがこう呟くのも当然だろう。

 その首飾りモドキには、名刺の三分の一ほどのサイズの銅板に、彼の名前、種族、性別、そして何かのコードと思しき文字列が記されている。文字は印刷や刻み込んで記されたモノでなく、活字のようなモノを打ち込んで作った凹凸で記されている。銅板の周囲は樹脂の様なモノで縁どられており、銅板の縁で皮膚を傷つけないようになっている。良く見れば、銅板の表面も何か透明な樹脂の様なモノでコーティングされていた。

 素材がステンレスと銅という違いと首からかけるのに使用するのがチェーンか紐かの違いはあるが、その外観は紛れもなく、アギトにとっては戦争映画などでお馴染の認識票だった。

 その呟きを耳にして、女性職員が破顔した。

「よくこの名称をご存知でしたね。これが貴方が傭兵である事を示す認識票です。以後ギルドや関連店舗でこれの提示を求められたら、素直に提示してください。報酬の受け取りの際に本人確認の手段としても使用しますので、くれぐれも無くさないでください。

 今回は初登録という事で諸費用は無料ですが、紛失その他の理由により再発行となる時は有料となりますので注意してください」

 因みに冒険者もコレと同じ様式の認識票を使っているが、その素材は銅でなく鉄である。認識票の造りを見れば、それだけでその人物が傭兵か冒険者か分かる仕組みだ。

「解りました。気を付ける事にします」

 アギトは女性職員から自分の認識票を受け取ると、早速それを自分の首に掛けた。


「これでアギトも正式にアタシたちの仲間になった訳ね」

「君を歓迎するよ、アギト君」

「これからよろしくな、アギト」

 仲間たちが彼らなりの祝福を口にする。

 その中でも一番喜んでいるのは、弓を主に使うヨグだ。

 これまでは人数の関係で彼が前線を支えなくてはならな事態が良くあった。だがここにアギトが加わった事で、より彼本来の武器である弓で活躍する機会が増える事になる。

 ただ残念な事に、彼の表情の変化が乏しいために、その喜びを理解しているのはカダルだけだ。なにしろネリスはアギトに抱き付くのに忙しく、アギトはその義姉の過剰な愛情表現への対処で回りに意識を割く余裕がなかったからだ。


 その時、このメンバーに注意を促す者が現れた。

「これこれ、そんな場所で騒いでおっては、他の者たちの邪魔になるぞ」

 四人が慌てて声のした方に顔を向けてみれば、そこにいたのは呆れ顔をしたガルフだ。どうやらそちらの要件も片付いたらしい。

「弟分が出来て、それが自分のチームに加わるのが嬉しいのは分かる。ワシとてお主たちを我が子のように思っておるでな」

 わりと当たり前な忠告なのだが、カダルたちはこの程度では引き下がらない。

「いや、爺さん。そこはせめて孫と言ってくれねぇか? アンタの歳はとっくに二百を超えてたろうに」

「外見だってエルフ族の老人ですからね」

「最初に会った時は、アタシたちに『お爺ちゃん』って呼んで欲しいとか言ってなかったっけ? もう忘れちゃったの」

「何を言うか。ワシはまだ耄碌するほど衰えておらんわい」

 もしかしたら、この反応が傭兵としての標準なのだろうか。

 アギトをそっちのけにして言い合いを始める四人。

 そんな四人の様子を見ながら、アギトはこの世界に来て初めて得た仲間の存在に喜びを感じていた。



 他の作品では良く「ギルドカード」なんて物が登場しますが、本作品では使用しません。

 代わりに使うのは「認識票」です。


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