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魔王降臨!  作者: 闇目
5/31

5話

 強行軍を取る事を決めたアギトたちは、順調にその行程を消化していた。

 途中に適度な休憩を入れつつ、林の中の街道を黙々と進む五人。その隊列は先頭からカダル、ヨグ、ガルフ、アギト、ネリスの順番になっている。

 流石に状況が状況なので、現在は休憩になってもアギトの練習は行われていない。

 奇妙な事に、これまでなら幾度かあった野生動物の襲撃が、この決定を下した以降ぱったりと止んでしまっている。

 余計な体力を使わずに済むので助かった一面もあるが、逆に精神面で五人にこれまで以上の消耗を強いていた。

 最悪のケースでは、ゴブリンの大群に包囲されてしまう事も考えられるからだ。

 そうなっては多勢に無勢、ただ蹂躙されるのみである。


 無言のまま街道を進む五人。

 そんな緊張した空気に変化が訪れたのは、夜も半ばを過ぎた頃だった。

 少し前までは月明かりが差し込んでいたお陰で道が見えていたが、それも今は厚い雲に隠れてしまっている。そのために五人は、ゴブリンの群れに発見される危険性も覚悟の上で、ガルフがの杖の先に灯した魔法の明かり『灯火』を頼りに道を急いでいた。

「みんな、警戒してくれ」

 二番手を歩いていたヨグはこう言うなり、歩む速度を落とす。そして周囲の気配を探りながら、腰に下げていた手斧を構えた。視界が効かないこの状況下では、弓の出番はないとの判断からだ。

「なるほど、なんかいやがる」

 これに遅れて先頭を歩いていたカダルも歩調を落とし、己の得物である槍を構えた。

 二人とも魔法は使わない。隊列の先頭を歩いているのもあるが、詠唱の途中を狙われる事を警戒しているからだ。

 アギトも先頭の二人の只ならぬ様子に急かされるように、腰に差した黒曜樹の木刀を構えてガルフの側面を固める。

 ここで何故彼が木刀などを構えているのかと言うと、自らを義姉と任ずるネリスから「レベルが低いくせに自分のスキルを活かせる武器を使わないでどうするのよ!」ときつく言われているからだ。

 そのネリスだが、『視力強化』の魔法を使った上で主に後方の警戒をしている。


「ねえ、お爺ちゃん」

 ガルフにこう呼びかけたのはネリスだ。

「『探知』の魔法でどんな感じか見てくれないかしら? アタシも気配がイマイチ掴みきれないの」

 ネリスはこの五人の中では一番気配を探るのに長けている。その彼女が存在を掴みきれず、強化された視力でも姿を捉えられないという事は、敵は隠密若しくはソレに類する効果を持つ技能スキルを有し、この状況を上手く活かして隠れている事になる。

 その事を理解するが故に、ガルフの対応も素早い物だった。

 既に囲まれている前提で、まず『空壁』の魔法で周囲にドーム状の防壁を張る。

 これは圧縮した空気の層を作り出す魔法で、接近戦に於いては普通に使ってもあまり役に立たないが、弓矢などの飛び道具や一部の魔法に対しては一定以上の効果が見込める。

 向う側の音を拾い難くなるというデメリットはあるが、今は護りが優先との判断なのだ。

 そして連続して『探知』の魔法を使った。

 その熟練した手並みに、アギトは感心するばかりだ。なにしろこの二つの魔法を行使するのに、ガルフは詠唱を必要としていなかったのだから。

「ふむ」

 周囲をざっと見渡したガルフの表情が固くなった。

 この『探知』の魔法は、一定以上の魔力をもつ存在の大まかな位置を術者に感覚的に教えるだけでなく、視覚的にも見えるようにする効果がある。

 簡単に言うと、探知した存在が術者には光って見えるのだ。

 問題の気配のヌシが何処にいるかを見つけたようだ。

 続けて見つけた存在に向けて『鑑定』の魔法が飛ぶ。相手の強さを見極めるためだ。今回も無詠唱なのは言うまでもないだろう。

 ガルフの脳裏に浮かんだのは、このような情報だった。


 種族:ゴブリン族(男) レベル:29

 所有スキル:武器戦闘4 素手戦闘3 魔力制御2 狩人5 隠密1


 此方が気配を察知しきれなかったのは、『狩人』と『隠密』の合わせ技が効いたようだ。

 何時もなら此処でリーダーであるカダルにその報告が飛ぶところなのだが、ガルフは今回はそれをせずにアギトへ顔を向けて来た。

「良かったのう、アギトよ。お主の練習相手に、丁度良いのが来てくれたぞ」

 そう言ってガルフはアギトの背後に回ると、彼の背中を強く押した。

「うおっ?」

 体の前面に強い抵抗を感じた直後、アギトの体は『空壁』外側に押し出されていた。

 アギトのレベルは現在24。戦闘系のスキルが十分高いので、これくらいのレベル差なら十分対処可能との判断からだ。相手の情報を教えていないのは、レベル差を気にして委縮させないための、ガルフなりの配慮である。

 その突拍子もない行動にアギトとネリスが抗議しかけるが、アギトがガルフに視線を向けようとしたその瞬間、気配の主が『灯火』の作り出す光の中に飛び込んで来た。


 光に映し出されたのは、土色の皮膚を持つ一体の小柄な異形の人型。この世界でアギトが初めてその眼で見るゴブリン、しかもその”はぐれ”だった。

 身に纏っているのは、何かの皮をなめして作ったような粗末な造りの服。貫頭衣と言った方が近いかもしれない。足元は裸足だった。

 手には意外に綺麗な造りの剣を持ち、それを振り上げて走り寄ってきている。恐らくは誰かの持ち物を奪ったか、拾った物を使っているのだろう。

 こうして身を曝して襲ってきたのは、アギトが押し出されたのを見て、彼が集団から見放されたと勘違いしたからだ。『空壁』によってガルフたちの会話が聞こえ難かったのも影響している。

「俺に殺されて糧となれ!」

 アギトの予想を超えた流ちょうな発音が”はぐれゴブリン”の口から放たれた。

 実はこれも「言葉と文字と通貨が”完全に”統一されてしまった」事による影響だったりする。

 異形の姿なら片言では、そんな勝手な思い込みから来る驚愕で、アギトは咄嗟に動くことができない。傍から見ると、見事に不意打ちを受けた形だ。

 そんな彼の対応の遅れをあざ笑うかのように、”はぐれゴブリン”の振るった剣が襲い掛かる。

 余裕さえあれば受け流しや跳ね除けるという選択肢もあったのだが、こうなっては受け止める以外に手は無かった。

「こなくそ!」

 アギトは魔力で身体に強化を施して攻撃を受け止めると、全力で押し返した。


   ***   ***


 アギトが押し出された直後、慌てたのはネリスだけではなかった。カダルとヨグも身内として受け入れたばかりのアギトの身を案じ、反射的にアギトの援護に入ろうと足を前に踏み出していた。

「行ってはならん!」

 だがその行動もガルフの放ったこの一喝によって阻まれてしまう。

「何故だ、爺さん」

「ひよっこには適切な補助が必要と言っていたのはあなたでしょう」

 思わず不信の目を向けるカダルとヨグ。

 彼らとしても、ネリスがアギトを義弟として扱うほどではないが、彼を肉親にも等しい仲間として受け入れたつもりだ。だからこそ、このような状況下での単独戦闘などはさせるつもりは微塵もない。多少遅れるとも、より安全で確実な状況下でアギトを成長レベルアップさせたいのだ。

 夜間での戦闘はいずれ経験させなくてはならないが、なにも今ここでさせる必要はないと思ったのも理由に挙げられる。

 だがそんな二人の抗議を、ガルフは平然と聞き流した。

「なに、この先のことを考えれば、多少の無茶をしてでもアギトを鍛えておくべきじゃと思っただけじゃよ」

 理由がこれだけであれば、ネリスも含めた三人は納得しなかったであろう。

 だがガルフの弁明にはまだ続きがあった。

「ここがリンツからどの程度の距離にあるか考えてみよ。あの”はぐれ”がどれほど健脚であったとしても、その行動範囲はたかが知れておる。裏を返せば、街からそう遠くない範囲内に、分裂して間もないゴブリンの群れがおる事にならんか?」

「あっそうか!」

 ネリスが理解の声を上げた。ゴブリンという種族の特性を思い出したのだ。


 ゴブリン族は成長が早く繁殖力が極めて強い。だから群れが成長する速度も早い。そして群れが統率しきれない規模にまで成長すると、長が群れを分裂させるのだ。

 群れが分裂する際には、女子供を除いた中から弱い個体を”はぐれ”として放逐する。そして群れから放逐される数は、分裂後の数のおよそ二十分の一とされる。


 彼らが遭遇したのは、死体も含めるとあの”はぐれ”で都合五体目。そうなると、およそ百体のゴブリンの集団が存在する事になる。

 その数が分裂前か後かは分からないが、それだけの数が「リンツの街」から一日から二日という極めて近い距離にいるのだ。

 この事を報告すれば、国が動いてゴブリン討伐の依頼を出すだろう。騎士団や軍をゴブリン”ごとき”で疲弊させたくないからだ。

 そしてその依頼を押し付けられるのは、筆頭が傭兵でその次に冒険者がくる。

 傭兵の参加が確定している以上、アギトもこの群れの討伐に加わらなくてはならない。この手の依頼は強制参加だからだ。

 運良く他の依頼を受ける事が出来たとしても、現状では移動中にその群れと遭遇する可能性がある。そして遭遇したとすれば、戦いになる可能性が高い。

 自分たちがいくら注意をしていようと、依頼や戦場では何が起こるか分からない。未熟な末弟アギトを常に護り切れるという確証はないのだ。

 ならば多少苦しくても早いうちに本格的な戦闘を経験させておくべき、という訳だ。

 納得した三人が視線を元に戻すと、戦いは決着がつく寸前だった。


   ***   ***


 鉄と硬いモノがぶつかる甲高かんだかい音が響く。

 流石に硬いと定評があるだけに、黒曜樹の木刀はこの攻撃にも傷一つ付いていない。逆に叩き付けた剣の方に刃こぼれが生じていた。

「何だと!」

 想定外の事実に驚く”はぐれゴブリン”。

 彼としては、あの黒いだけの木刀もろとも叩き斬るつもりで仕掛けたのだ。だが現実には彼の放った攻撃は受け止められ、はじき返された。しかも自分の剣に傷がつくと言うおまけまでついている。

 黒曜樹の存在を知らなかったが故の失策である。

 だが彼はここで止まる訳には行かなかった。

 死なない為には、目の前の”はぐれ”(アギトの事だ)を倒して少しでも強くならねばならない。そうやって力を高めていき、何時の日か自分を追い出した群れの連中を見返さなくてはならない。その様な強迫観念に囚われていたからだ。

 ”はぐれ”の背後にいるヒトやエルフがこの場を立ち去らない事に恐怖しながらも、”はぐれゴブリン”は更に苛烈に攻め立てて行く。


 苛烈さを増した攻撃を捌きながら、アギトは攻めあぐんでいた。

(ちくしょう……。見えるのに、届かない)

 高いスキルのお蔭で、相手の攻撃の方向は分かる。受け方や往なし方も分かる。だがそこから反撃するまでに手が回らないのだ。

 相手の作る隙は見えているのに、それに漬け込む事が出来るだけの速度が全く足りないのが分かってしまう。攻撃を受け流そうとしても、体の反応が追い付かないので威力を十分に殺せない。弾く力も足りないので、期待したほど相手の体制を崩せていない。

 魔力による肉体の強化はもちろんしている。だがそれは相手も同じだ。つまり地力で押し負けている。

 その認識が焦りとなって、アギトから冷静さを徐々に奪っていく。

「喰らえ!」

 それまでより鋭さを増した一撃が”はぐれゴブリン”から振るわれた。

 アギトはこれを受け流そうとするが、体が意思に追いつかずに中途半端に受け止める恰好になった。

 叩き付けた剣の方で何かが弾ける様な音がしていた。恐らく叩き付けた衝撃で、何処かに亀裂でも入ったのだろう。次に全力で叩き付ければ、折れてしまうのは確実だ。

 ”はぐれゴブリン”もその事に気付いたのか、表情が更に険しいモノになっている。

 武器を持つ手や腕を狙って幾度も仕掛けていたが、その尽くを受けきられていた。しかも先ほどの一撃に至っては、自分の武器に致命的な損傷を生じさせてしまったのだから。

 間合いを取り、武器を構えたまま暫し睨みあう両者。

 妙に緊迫した空気が流れる中、先に動いたのは”はぐれゴブリン”の方だった。

 剣を殊更大げさに振りかぶって見せてアギトの注意を上に向けさせると、地面の土を蹴り上げて目つぶしにしたのだ。

「うおぁ!」

 とっさに腕を上げて顔面をかばうアギト。なんとか眼を守る事には成功するが、その動きによって視界は塞がれ腹部はがら空きになってしまっていた。

 狙い通りの結果に、”はぐれゴブリン”の顔が悦びに歪む。そして剣を腰だめに構えると、一気に間合いを詰めて曝け出された腹部に向けて鋭い突きを繰り出した。

「死ね!!」

 不意を突かれた格好のアギトだったが、高いスキルによる補正のお陰か、この攻撃に対して意外なほど冷静に対処していた。

 足さばきを持って弧を描くように突きを回避をすると、その動きのまま相手の側面へと回り込む。

 そして眼をかばった事で振り上げた格好になった木刀を上段の構えに直すと、攻撃を躱されて体勢が崩れた”はぐれゴブリン”の無防備に曝け出されている首筋に目がけて、魔力強化も含めた全力で叩き付けたのだ。

「せいっ!」

 気合いと共に振り下ろされた漆黒の刀身が、独特の円弧を描いて闇夜を切り裂く。

 一瞬遅れて鈍い音が響いた。

 下手な剣よりも頑丈な黒曜樹の木刀であったのに加えて強化された筋力で振るわれた為だろうか、その刀身は”はぐれゴブリン”の首を見事に断ち切っていた。

 斧か鉈で断ち切ったかのような切断面からは、赤い血が多量に噴出している。

(ああ、見かけはえらく醜いけれど、血の色は他の動物と変わらないのか)

 アギトはそんなことを思いながらも、崩れゆく異形の体を冷静に見つめていた。


   ***   ***


 木刀に付着した血をどうやって拭き取ろうか、そんなつまらない事にアギトが頭を悩ませていると、背後から忍び寄った何者かがしがみついてきた。

 反射的に振りほどこうとするアギト。

「アギト~、やったじゃない。お義姉さんが誉めてあげるわ」

 その声を聴いた次の瞬間、アギトは拘束から逃れようとするのを止めた。

「ネリス義姉さん、まだ後始末が残ってるんだから、放してよ」

 だがネリスはアギトの勝利がよほど嬉しいのか、その腕を解こうとしない。それどころか母親が息子をかわいがるように、アギトの頭をその胸にかき抱いている。

 だが悲しい事に、彼女の胸は皮鎧でしっかりと守られている。アギトが感じ取っているのは、彼女の胸の柔らかさではなく、皮鎧の中途半端に硬い感触であった。


 二人が姉弟のスキンシップを楽しんでいると、『空壁』を解除したガルフが近寄ってきた。背後にはカダルとヨグの姿も見える。

「アギトよ、実際に戦ってみてどうじゃったかな?」

 反省会の始まりのようだ。神妙な顔をしたガルフが、いきなりこう口火を切ったのだから。

 空気を読んだのか、ネリスもアギトを解放している。

 アギトはこの問いに素直に答える事にした。

「まだスキルに振り回されてます。出来る事が頭に浮かぶのに、それが出来るだけの早さが足りないのも解ってしまうんです。お陰で最後の一撃以外はあの様でした」

 もっと無駄な動きを省かないと、護り一辺倒になってしまって攻撃に回る余裕も生まれない。そんな考えをアギトが口にしようとした時、カダルが口を挟んで来た。

「アギトよ。お前はハインツのおっさんの腕を丸ごと手に入れたからって、何も攻め方まで同じにする必要は無いんだぞ」

 その物言いに、アギトは一瞬どう反応して良いのか分からなくなった。

 そんなアギトの反応が面白いのか、カダルは笑いながらこう付け加えて来た。

「まだ気が付いていないのなら教えてやる。お前とおっさんとでは体のサイズが違う。筋肉の付き方が違う。そして当然だが、体重はどう見てもお前の方が軽い。レベルに至っては今でも半分ない。

 素でこんだけ差があるのに、そのおっさんの全盛期の動きを全部真似ようだなんておこがましいぜ。先ずは自分の動きでどこまで出来るのかを見極めろ」

 この言葉に続いてヨグも助言をしてきた。

「最後の立ち回り、回り込んでからの一撃は見事だったけど、その前のはとても誉められたものじゃなかったね。僕たちがいる事が分かっていたんなら、もっとお互いの位置に意識を向けるべきだよ。

 これ僕が弓を使うから余計にそう思うんだけど、さっきみたいな位置取りだと、援護を拒否しているとも見えるからね」

 こう言われてはアギトも返す言葉が無い。

 頭に浮かんだ技を使うのに夢中で、それが自分の身体に適している動きかどうかまでは考えが及ばなかった。そして目の前の”はぐれゴブリン”を相手をするのに精一杯で、援護を頼むことすら思い描く事が出来なかったのだから。

 今後この仲間たちと一緒に傭兵として生きて行くのだから、そこら辺の再確認が急務だと思い知らされた格好だ。

 もっとも、助けを頼む事が出来ていたとしても、ガルフ辺りから訓練だから一人でやって見せろと言われたであろうが。

 最後はやはりと言うかガルフだった。

「アギトよ。先の戦いで、どうして前もって魔法を使わなんだ」

「えっと……」

「お主は魔法を使えるのじゃろう? レベルが低い事を自任しておるなら、それを魔法で補う事も常に頭に入れよ。それに頼り過ぎるのは危険じゃが、使えるモノを使わんでどうする」

 ガルフの言う通りだった。

 アギトが使える魔法の中には、身体機能を強化するモノがいくつか含まれている。それも比較的初歩に属するモノでだ。

 あの”はぐれゴブリン”と遭遇する前に『筋力強化』か『反応速度上昇』を自分に掛けていれば、あそこまで対応に苦労する事は無かった。

 それ以前にヨグが警戒を呼びかけた時点で『視力強化』を使っていれば、最初の不意打ちは無かったはずなのだ。もしかしたらいきなりカウンターで終わっていた可能性すらあった。

 アギトは改めて自身が置かれた状況に慣れていない事を思い知らされるのだった。


(心の何処かに自分が『魔王』だっていう驕りがあったんだろうな。ガルフの爺さんに支援を頼まなかったのも、多分ソレが原因だ)

 ひとしきり反省するアギト。だが捨てる神あれば拾う神ありというか、ここで賞賛の声を掛ける者が出て来た。言わずと知れたネリスだ。

「な~に黄昏てんのよ。アギトが最後にして見せたアレ、普通に魔力強化した程度じゃできないのよ?」

「えっ、そうなの?」

 切れるという確信があったからしただけのアギトにしてみれば、この賛辞は予想外だった。

 だがここで思い出して欲しい。

 繰り返す事になるが、アギトが使った武器は木刀である。いくら常識外れな硬さを誇る材質で出来ており、普通よりも尖った仕上がりであろうとも、木刀である以上刃が備わっているはずもない。普通に叩き付けた程度では、物を断ち切るという事は出来ない。

 叩き折るのがせいぜいで、ともすれば打撲で終わってしまうのが関の山だ。

 力と速度に刀の形状を活かした”斬る”という動作が加わって、漸く入り口にたど着く事が出来る高度な”技”なのだ。

 つまり、最後のアノ一瞬だけは、アギトは継承した技量を自分のモノにしていた事になる。

「そうよ! なにいってんのよ。あの瞬間だけど、お義父さんの姿とダブって見えたわ」

「まさか、本当に?」

 つい先ほどまでのお小言めいた忠告のせいで、アギトは義姉ネリスの賛辞を素直に受け取る事ができない。

 そんな義弟アギトの反応に呆れつつも、ネリスは「アンタたちもそう思ったでしょ?」と問うような視線をカダルたちに送る。

「本当だぜ。最後の一閃なんざ、まさにおやっさんを彷彿とさせるモンだったぞ」

「僕としてはあの足さばきを誉めたいね。あまりに似てたから、昔に稽古をつけてもらった時を思い出したよ」

 だが一旦落ち込んだアギトの自己評価は、この二人の感想をもってしても回復はしなかったようだ。

「無理に俺を気遣ってくれなくても良いですよ。実力レベルが足りないせいで、スキルを活かしきれていないのは事実ですから」

 そう言うとアギトは黙々と木刀の手入れを始めてしまう。

 そんなアギトの背中を見やり、四人は頭を抱えそうになっていた。


 四人はアギトの背後で顔を突き合わせると、聞かれないように小声で相談を始めた。

「なあ爺さん、ちょっとばかり薬が効きすぎたみたいだぜ」

「むう、実戦初心者がよくやる失敗をしてくれたのでな、相手の強さも丁度良かったんで、これ幸いとその影響を実感させたんじゃが……」

「僕たちが思っていた以上に深刻に受け止めていますね」

「アタシたちを身内以上として認識しているせいかしら? 余計な苦労を掛けたくないからって」

「お前さんが甘やかすくらいで、丁度釣り合うと思っておったんじゃがのう……」

 ガルフの深刻なため息がこぼれる。だがネリスはこれに反発してきた。

「ちょっと、お爺ちゃん。アタシはアギトを甘やかしているつもりはないわよ。アレはちゃんとした、姉弟としての親愛の表現なんだからね」

 自分がアギトに好意以上の何かを持っていると思われたくないからの強弁か、そう思った男三人はネリスの表情をまじまじと観察してみるが、そこには恥ずかしさや照れなどの感情は全く現れていない。

 それどころか邪推をしたのではないかと、こちらを咎めるような眼を向けてきている。

 三人はその視線から逃げる様に顔を突き合わせると、盛大なため息をついた。

 ネリスの何かとアギトに構おうとする態度は、義父と義弟と方向性こそハインツに向けられていたモノと異なるが、性質と量は全く同じ。傍から見ていても、肉親に対する情の範囲を超えている。

 少なくとも、この三人にはそう見えた。

「ハインツに向けられておったモノが、全部アギトに向かっておるのう」

「彼も災難ですね」

「おっさんのスキルだけじゃなく、苦労も一緒に継承しちまったって訳か」

 だがこうしていても何かが進展するわけでもない。

 そこでガルフは一番単純な方法でアギトに自信を取り戻させることに決めると、カダルに何事かを耳打ちした。


 ガルフは討ち取った証拠として”はぐれゴブリン”の右耳を切り取ったばかりのアギトを呼びつけると、彼が腰に戻した黒曜樹の木刀をカダルに渡すように命じた。

「いったい何をするつもりなんですか?」

 真意を読めないアギトを他所に、カダルは手近な樹の側まで行くと、丁度肩の高さに張り出している枝の前で構えを作った。

「いいか、アギト。経過はともかく、お前はあの”はぐれ”の首を叩き切った。それは動かしようのない事実だ」

「そうですけど、それとコレが何か?」

「いいから見てろ。俺のスキルは刀には向いてない。だが全く使えねぇってわけでもない。その俺がコイツを振るってどうなるか、その眼で見てろ」

 カダルはそう言うや、魔力による強化を施した斬撃を枝に向けて放った。

 大気を斬り裂く音の直後に、幹との接続を断たれた枝が地面に落ちる。

 そして落ちた枝を拾うと、カダルは木刀をアギトへと投げ渡した。

「ほれ、今度はお前が同じ事をやるんだ」

「は、はい」

 まだ何を見せたいのか分からないアギトは、曖昧な返事を返すしかできない。

 それでも何かを伝えようとしていると知り、カダルと同じように自分の肩と同じ高さの枝を探し、その前で構えを作る。

「やっぱりちゃんとしたスキルがある分、様になってるわね」

 だが枝を斬ることに集中したアギトには、ネリスの誉め言葉は届かない。


(あの時と同じように、魔力で体を強化して、集中して、鋭く)

 僅かな貯めの後、漆黒が闇夜を斬り裂いた。

 降りぬかれた木刀は、僅かな抵抗を受けただけで、目の前の枝を斬り落としていた。

「終わったな? ならお前のソレと、俺がやったコレの切り口を比べてみろ」

 カダルのはそう言うと、手に持った枝を切り口を見せつける様に突きつけた。

「どこがどうって……え?」

 アギトの声は途中で止まっていた。

 目の前にあるのは、二つの枝の切り口だ。同じ種類のモノだが、僅かにアギトの方が太い。

 だが断面には明らかな違いが表れていた。

 斬撃の速度だけなら、カダルの方が上回っていた。だが断面はというと、アギトの方が明らかに綺麗なのだ。

 驚くアギトに向けて、今度はガルフが言葉を掛けてきた。

「どうじゃ、分かったかの? お前さんはもうスキルを使いこなし始めておるんじゃ。疑問に思うなら、カダルに『鑑定』を使うがよかろう。そうすればワシらの言っておる事が嘘でないと分かるじゃろうて」

 そこまで言われてはアギトも引き下がれない。

「じゃあ、行きますよ」

 やってみろと言わんばかりに胸を張るカダルに向けて、アギトは『鑑定』の魔法を放つ。

 彼の脳裏に浮かんだのは、以下のデータだった。


 種族:ヒト族(男) レベル51

 所有スキル:武器戦闘(槍)6 武器戦闘(剣)4 素手戦闘(打撃)4 術式制御4 騎乗5 家事3 隠密3


 慌てて自分のレベルを確認するが、アギトのレベルは一つ上がって25でしかない。

 レベルで倍以上ある人間の放った斬撃よりも、自分の放った斬撃の方がより「斬る」という現象を体現できていた事実に、アギトは驚きを隠せないでいる。

 レベルだけでは覆せない何かを、アギトが習得していた事を証明するには十分な結果だった。


「どうだ、少しは自信が出たか?」

 いつの間にかカダルが傍らにき来ていた。

 ガルフの掲げる『灯火』の光に照らし出されたのそ表情は、まるで不出来な弟を気遣う兄のようだ。

「ええ、少なくとも自分がスキルに振り回されている”だけ”ではない、そう実感できました」

 アギトとしてはこれで普通に対応したつもりであったが、カダルの方としては満足とまでは行かなかったようだ。

「なに畏まったしゃべりをしてやがる。お前は俺たちのパーティーに加わるんだぞ。何時までもそんなかたっ苦しいしゃべりをされてちゃよ、こっちが変な遠慮をしちまうじゃねぇか」

 そう言うと、アギトの頭を抱え込んでグイグイと締め上げ始めたのだ。俗に言うヘッドロックの体勢だ。

 アギトとカダルではレベルで倍の開きがある。しかも技は見事に決まっている。カダルのスキルではこういった組打ちの技は苦手だといえ、こうも綺麗に決まっては抜け出すのは容易ではない。

 しかもカダルの鎧は要所を金属板で補強がされている。ついでに言うと、アギトの頭が当たっているのは、その金属板だったりする。

「ちょっと……痛い、いたい、イタイ~、放してください、放して、放せってコラ!」

 カダルとしてはちょっとじゃれているつもりでしかないが、レベルが半分しかないアギトからすればそれでも十分な威力がある。

 だが本気で痛がっているアギトの声も、ふざけているカダルの耳には届かない。むしろ更に締め付けを強めて来るしまつ。

 これにはアギトも我慢の限界にきた。

 無理やりカダルの胴に腕を回し、そのまま持ち上げてエビ反り気味に投げ落とそうとした。プロレスではお馴染かもしれない、ジャーマンスープレックスを仕掛けようとしたのだ。

 だがこの企みは不発に終わる事になる。

「何をふざけておるんじゃ!」

「あだ!!」

 ガルフが右手の杖でカダルの頭を叩いたからだ。

 カダルの痛そうな表情を見るに、結構本気で叩いたらしい。

 これによってようやく解放されたアギトはというと、此方はネリスの過剰な抱擁の餌食になっていた。


 場が落ち着いたの見計らって、ガルフがカダルを叱りつけていた。

「まったく、お主はこのパーティーのリーダーであろうが。事が済んだのであれば、さっさと移動の再開を指示せぬか。遅くとも明日の昼までにはリンツに着くのであろう?」

「すまねぇ、爺さん。ネリスじゃねぇが、俺もアギトのヤツが弟みたいに思えちまってな。つい悪ふざけしちまった」

「謝るならワシではなく、アギトにせぬか。もっとも、このワシもあ奴が孫のように思える時があるのでな、お主がふざけたくなる気持ちも解らぬではない。じゃが今は一刻も早くリンツに向けて移動を開始するのじゃ」

「ああ、そうだな。謝るのは道中でもできるし、最悪リンツに着いてからでもいい」

「なら、さっさと命じぬか」

 ガルフの叱責を受けて、カダルは強行軍の再開を命じた。


 再び夜道を行く五人。

 だがこれ以降は野生動物の来襲もゴブリンとの遭遇もなく、無事にリンツの街まで辿り着く事となった。



  ちょっと『空壁』について補足しておきます。

 この魔法は圧縮された空気の層を作り出しますが、それによって物質の流入を完全に遮断する事は出来ません。

 相対速度が低ければ、主人公のように通過する事が可能です。

 似たような効果を持つ物が、昔のSF小説「砂の惑星」にも出ています。


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