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魔王降臨!  作者: 闇目
3/31

3話

 空中に白銀のきらめきが奔った。

 その直後に肉を貫く鈍い音が響く。

 アギトが肉体を強化した上で渾身の力を込めて突き出したショートソードは、焼けただれた金属板と皮に守られた胸を易々治と貫き、その下で弱々しく鼓動していたハインツ心臓を見事に引き裂いていた。

「うっ」

 ショートソードを突き刺された身体が一瞬の痙攣けいれんの後に硬直し、その後急激に力が抜けていく。そして同時に命の炎が消えていく気配がした。

 心臓を引き裂いた感触の後に、多量の何かが猛烈な勢いで流れ込んでくる感覚がアギトを襲った。ハインツが持っていたスキルの継承が、今まさに行われているのだ。

 自分の手で人を殺したのだという認識と、スキルが流れ込んでくる感覚に思わずに吐きそうになるが、アギトは懸命にコレを耐えた。

 何故なら、眼下に横たわるハインツの表情は、アギトに命を奪われた格好だというのに、満足げに微笑んでいるように見えたからだ。

 ここで吐いてはハインツの想いを穢す事になる。彼が安心して眠るのを妨げてしまう。それに自分は駆け出しではあるが魔王としてこの世界の変革の任を担わされ、否、担う事を承知して此処の世界に足を踏み入れたのだ。

 アギトは無理やり自分にそう言い聞かせると、自らの迷いと決別するかのような勢いでハインツの胸からショートソードを引き抜く。

 そして簡単な手入れをして鞘に納めると、その場に腰を下ろして胡坐をかき、自分の状態ステータスの確認を始めるのだった。


   ***   ***


 再び意識の奥底に埋没したアギトの前に、ステータスの表示がある。

 そこに記されていたのは、アギトの予想を上回る情報だった。

 『死の継承』を行う前に確認した時は以下のようなものだった。


 名前:アギト 種族:ヒト族(男) 年齢:18 レベル:20

 所有スキル:武器戦闘3 素手戦闘3 術式制御3 魔力制御3 家事3

 特殊スキル:魔王1


 それが今はこの様な状態になっている。


 名前:アギト 種族:ヒト族(男) 年齢:18 レベル:20

 所有スキル:武器戦闘(刀)6 素手戦闘(打撃)4 術式制御4 魔力制御4 魔力回路作成4

       鍛冶(刀剣)7 騎乗4 家事4

 特殊スキル:魔王1


「思いの外、すごい人だったんだ……」

 スキルの数が増えただけでなく、習熟度レベルが上がり特化していた事に驚くアギト。


 似た格好の人間が存在しているからだろうか、此方の世界でも同じような武器とそれを有効に活用する技が存在している。最初にある『武器戦闘(刀)』などは、その好例だろう。

 このようにスキルを特化する利点は、技を磨き上げる事に要する時間と労力を節約できる事にある。

 逆に欠点は、特化する事でそこから外れる度合いが大きい武器ほど上手く扱う事が出来なくなる事だ。

 アギトの場合、刀さえあれば少しくらいのレベル差はひっくり返す事が可能なくらいの習熟度になる。

 だが悲しい事に、今現在彼の手元にあるのは、その技術を存分に生かす事が難しいショートソードとナイフだけだ。

 このまま他の武器を使い続けて特化から汎用の『武器戦闘』にまで戻すか、それとも出来るだけ早い時期に刀を手に入れてソレを主武器として使うか、判断が難しい所だ。

 『素手戦闘』が打撃(蹴る・殴る・体当たり)に特化しているのは、ハインツに相手を投げたり締め上げたりする機会が極端に少なかったせいだ。彼が特別な武術をたしなんでいた訳ではない。


 これ等の中でアギトを一番驚かせているのは、何といっても『鍛冶(刀剣)』と『魔力回路作成』の二つのスキルの存在であろう。

 武器として刀が存在する以上、それを造る技術が存在するのは当然と言える。だがアギトにコレを託したハインツは、その技である『鍛冶(刀剣)』を7という高いレベルで習得していた。

 仮に村を護る戦力にもっと余裕があったとしたら、彼は防衛戦に加わらなかっただろう。その結果あのリンチにも等しいハンディキャップマッチに参加させられ、今頃は首を跳ねられた無残な姿を曝していたかもしれない。

 彼が見逃されていたのは、既に死亡したものと勘違いされていたお陰だった。

 『死の継承』によって得た知識には、彼が自分が鍛えた剣や刀を『魔力回路作成』のスキルを用いて『魔剣』や『魔刀』にしていた、そう断ずるに足る情報も含まれていた。


 この世界に於いてマジックアイテムと称されるモノは、「注ぎ込んだ魔力を消費して魔法に類する効果を引き起こすモノ」を指す。

 どの様な効果を引き起こすか、そして注ぎ込まれた魔力をどの様に消費するのか、それを規定するのが『魔力回路』であり、コレを作成するのに必要になるのが、この『魔力回路作成』のスキルという訳だ。

 魔力回路の作成には魔力と親和性の高い物質が必要で、それを望む効果の回路の形状に合わせて発現元となる物体に埋め込まなくてはならない。この他にも色々あるのだが、詳細は割愛する。


「まあ、これは当然と言えば当然だよな」

 特殊スキルである『魔王』だけは、流石に変化していなかった。


   ***   ***


 意識を現実に戻してみると、この村へ来た時よりも陽が傾いている。どうやら思っていた以上に長い時間、意識の底に埋没していたようだ。

 陽が落ちるまで時間はあるが、今後の事を考えると早いうちに食料を確保しなくてはならない。なにしろリュックサックに入っているのは、寝袋用の毛布と数本の手ぬぐいだけなのだから。

 此処を襲った連中に略奪を受けた後でどれ程のモノが残っているかは怪しいが、何もしないよりはマシだろう。

 幸いなことに、家を焼く炎は徐々に小さくなってきている。これならば自分が扱える魔法でも比較的短時間で鎮火が可能だ。

 亡くなったこの村の人達には悪いが、この世界で生き抜くためには必要な事だ。

 アギトはそう判断して立ち上がった。

 行動を開始するべく勢いよく足を踏み出したアギトであったが、その歩みは僅か一歩で終わってしまう。


 アギトの視線の先では、満足そうに睡るハインツの亡骸が横たわっている。

 この世界で生きていく為には食料の確保を優先させるべきなのだろうが、彼の姿を視界に入れてしまったアギトには、そのまま無視して立ち去る事が出来なくなってしまった。

「やっぱり、放っておけないよな。あれだけのモノを譲り受けたんだから」

 せめて彼だけでも埋葬しようと適当な場所を求めて周囲を見渡すが、眼に入るのは未だに炎を上げて燃える家と放置されたままの数々の遺体しかない。

 村の外にまで運んで埋葬する事も考えたが、埋葬後は出来るだけ早く家探しに移りたいのであまり推せない。

 結局アギトはこの場、広場の隅にある樹の根元、そこに埋葬することにした。


 最初に『術理魔法』の『操地』のを使って地面を掘り返し、ハインツの亡骸を横たえるのに十分な穴を作り出す。

 穴のすぐ脇にこんもりとした土の山が出来ているのは、後から彼の亡骸を埋めるのに再利用するためだ。

 こちらの世界に来て魔法を使うのはこれで二回目だが、焼き付けられた知識とスキルのお陰で、呪文の詠唱も魔力の使い方も問題なく行えている。その事に満足すると、アギトは改めてハインツの亡骸と対面する。

「ハインツさん。こんな俺にこれだけのモノを託してくれてありがとうございます。本当はもっとちゃんとした形に出来たら良かったんですけど、これで勘弁してください」

 アギトはそう言うと傷だらけなハインツの亡骸を優しく抱え上げ、ゆっくりと穴の底に横たえた。

 折れた左腕を出来るだけ自然な形で腹の上に置く。少しでも「眠る」という形にしたかったからだ。

 穴から出た後は、この世界での共通の作法に従い、穴の正面立って暫しの間瞑目した。

 だが、再び『操地』の魔法を使って埋葬を完了させようとしたその時、背後から多数の足音と下卑た話し声が聞こえて来た。


「なんだぁ? 皆殺しにしたって聞いてたのに、まだゴミが残ってやがるぞ」

 反射的に振り向いたアギトの視線の先には、十名ほどの武装した集団が半包囲の陣形を敷き、汚物を見るような眼をしながら此方にやってくる姿があった。

「自分の気持ちに正直にしたのが仇になったか」

 思わず舌打ちするアギト。

 あのまま何もせずに此処を立ち去っていれば、この集団と遭遇しない可能性もあったのだから。

 だが既にアギトは発見され半包囲されている。逃げ出すにはもう手遅れだった。

 集団は全員が男性で、装備には統一感がある。まるでどこかの軍隊のようだ。万一に備えて右手を長剣の柄に掛けて警戒している様子などは、それなりに場数を経た熟練の戦士を思わせる。

 だがこちらを蔑む目つきと口調が悪すぎたせいで、アギトにはファンタジーな戦士のコスプレをしたヤクザにしか見えない。

 しかしそんなアギトの思いとは別に、男たちは言葉を重ねていく。

「本隊の連中、こうなる事が分かってて俺たちに面倒な後始末を押し付けやがったな」

「おまけに美味しそうな家は軒並み燃えちまってるじゃねーか。好き勝手できるっつーてもコレじゃ」

「火をかけたって事は、分捕るモンがもうねーからだろーさ。貧乏くじを引いたと思って諦めろ」

 武装した集団は無駄話をしているようで、その実全く隙を見せていない。ハインツの亡骸が眠る穴を背にするアギトを見据えたまま、ジリジリと包囲網を縮小してきた。

 アギトは逃げ出す事ができなかった。集団から放たれる威圧感が強く迂闊に動けないからだ。背を向けて走り出せば、その背中に容赦なく攻撃を喰らうのは確実だ。

 外見から判断するのは難しいが、魔法による攻撃を得意とする者がいるかもしれない。もしいたとしれば、逃げ出した瞬間に魔法による攻撃を受けてしまう。

 アギトにできたのは、いつでも抜ける様に腰のショートソードに右手を添え、集団を油断なく彼らを睨む事だけだ。


 互いの距離が5mを切った辺りで、アギトの正面に立つ人物が声を上げた。

「おい、一応確認するぞ。コイツは『青』か『赤』か?」

 良く見ると、この人物が纏う皮鎧は少しだけ他の物より上等なようだ。言動から察するに、彼がこの連中のリーダーであるようだ。

 その声に応えるように、包囲陣の右端にいる男が一瞬アギトを睨むような仕草を見せる。

 返事はこの様なモノだった。

「隊長、『青』でも『赤』でもありません。コイツもこの村の連中と同じ『無明むみょうの民』です」


 此処で出て来た『青』と『赤』は、この世界に於けるもう一つの魔法である『信仰魔法』の『看破(detect)』によって、術者の視界に現れる輝きの色の事を指している。

 この『看破(detect)』の魔法は、特殊スキル『神官』の持ち主と神に見い出された尖兵である『勇者』だけが使える魔法で、視界内の存在が自分の神の庇護する者であるか否かを判定する。

 この世界の魔法にしては珍しい事に詠唱というモノが始めから存在せず、『神官』または『勇者』の特権のような扱いを受けている。

 この魔法を使うと、自分の神が庇護する者、同朋ならば『青』、異なる神が庇護する者、敵であれば『赤』の輝きに包まれて見えるが、どの神の庇護下にもない者、信仰していた神との繋がりが断たれた者は光に包まれて見える事はない。

 この事から『看破(detect)』の魔法でどちらかの色に輝いて見える人間たちを『光の民』、輝いて見えない人間たちを『無明の民』または『暗黒の民』と称するようになった。特に『暗黒の民』は差別的な意味合いで使われている。

 そして大きな集団には必ずその民を庇護する神がいるこの世界に於いて、神の庇護下にない『無明の民』は常に迫害され搾取される側の人間だった。


 恐らくこの人物がこの集団で唯一の信仰魔法の使い手なのだろう、誰一人としてその発言に異議を唱えようとしない。

 続けて反対側から別の男が声を上げた。

「隊長、コイツはある意味で儲けモンですぜ。レベルは二十しかねぇのに、美味しそうなスキルを持っていやがる」

 そういうと男はアギトの所有するスキルを、特殊スキルである『魔王』を除いて、全て正確に言って見せた。

 どうやらアギトが気が付かぬ内に、術理魔法の『鑑定』を使われたようだ。


 この『鑑定』の魔法、対象となった人間の種族、性別、レベル、特殊スキルを除くスキルを丸裸にしてしまう。

 行使された事に気が付くことが出来れば抵抗を試みる事も簡単だが、直接的な悪影響を及ぼす訳ではないので、その行使を察知する事は難しい。

 現に今回は、アギトの意識が他所に向いている隙をついて使われていた。


 集団から下卑た色に染まった驚きの声がが上がる。

 アギトが所有するスキルに、『鍛冶(刀剣)』と『魔力回路作成』が含まれている事が判ったからだ。

「確かにコイツはとんだ掘り出し物だ」

 隊長もコレには素直に驚いていた。そしてこれに続くセリフは、アギトが一番恐れていた代物だった。

「丁度いい。これから実地訓練を兼ねた運試しを行う。生贄はコイツだ。

 出来るだけ殺すんじゃないぞ。いたぶって倒すんだ。回数を稼げば、それだけスキルの底上げか獲得のチャンスが上がるからな」

 この世界のシステムをある意味で良く理解している発言だった。


 相手を倒せば確立は低いながらも修得していないスキルを学ぶ事が出来る。または得られる習熟度は少ないが、状況次第では既に学んだスキルでもレベルアップする事があり得る。

 使う機会の少ないスキルを得てしまう可能性もあるが、それはそれで問題にされない。その様なスキルを持つ敵を倒したという証明、いわばハンターのトロフィーのような扱いを受けるからだ。


 隊長のこの発言で、残りの九人が歓声を上げた。それは新しいスキルを得るチャンスを得た喜びであり、スキルアップの可能性を得た喜びであり、そして遠慮なくいたぶる事のできる玩具を得た喜びでもあった。


 興奮する部下たちを一喝して制すると、隊長が腰の長剣を抜いて一歩前に出た。

「あまり時間を掛けると上が煩いんでな、早速始めさせてもらうぞ」

 魔力で強化された肉体が、弾丸のようにアギトに襲い掛かる。

 アギトは反射的に全身に魔力を流し肉体を強化すると、腰のショートソードを抜いてこれを迎え撃った。

 鋼同士が打ち合う鈍い音が響く。

 隊長が放った斬撃は、アギトが抜き放ったショートソードに受け止められていた。

「ほう? スキルから離れた武器を使った割にはやるな」

 「いたぶられて悦ぶような変態じゃないし、碌に抵抗できない相手をいたぶって嬉しがるほど性格は破綻してないんでね」

「言うじゃねーか、ゴミが」

 アギトが返した嫌味が気に障ったのか、隊長は歪な笑みを浮かべた。

 その直後、均衡を保っていたバランスが崩れる。

 隊長が腕から力を抜くと同時に、アギトのショートソードを受け流す動作をしたからだ。

 とっさの事にアギトは対応できない。レベルの高いスキルのお蔭でどう動けば良いのか分かっているが、レベルの低い肉体がそれに追いつかないのだ。

 たたらを踏むアギトの背後に回った体長は、無防備に曝け出された首筋に、長剣の柄を叩きこむ。

「ぐっ……」

 急所に一撃をもらい、アギトは自分の意識が闇に包まれていくのを感じていた。

 アギトの体はそのまま大地に沈んだ。


 倒れ伏したアギトを見やり、隊長が声を上げる。

「さあ、これからお楽しみの時間だ。レベルが低いから少しくらい治し過ぎても大丈夫だが、油断は禁物だぞ。後、順番を守らなかった奴は後で懲罰に掛けるからな」

 暴虐の時間はこれからだった。


   ***   ***


 スキル獲得に名を借りたリンチが始まってから、かなりの時間が経過していた。

 家を焼く炎はまだ消えていないが、その勢いをかなり落としている。

 この間アギトが倒される事数十回。その度に魔法による僅かな治療を受け、強制的に意識を戻され、そしてまた戦わされている。

 スキルは高いがレベルが20と低いせいで、アギトには攻撃するだけの余裕がない。最初の内こそ魔力による強化を行っていたが、その魔力もとうに尽きている。

 今も精一杯抵抗しているがそれすら易々と掻い潜られ、明らかに遊んでいると思われる攻撃を何度も身に受けていた。

「そらそらそらぁ! もっとがんばらねーとキツイのを貰っちゃうぞー」

「くっ、このっ!」

 アギトは知る由もないが、この集団の中でレベルが一番低いのが、あの時『鑑定』を使った男の43なのだ。とてもではないが20しかないアギトが敵う相手ではない。

 アギトの服はボロボロで、マントとリュックサックはとっくの昔ににむしり取られていた。

 既に全身至る所傷だらけで、無傷な箇所を見つける事の方が難しくなっている。

 顔は受けた打撃で醜く腫れ上がり、破損した衣服の隙間からは、打撲によるアザや刺し傷や切り傷の痕跡が覗いている。

 出血していないのは、簡単には死なないようにと掛けられた魔法による治療のお陰だ。

 衣服の所々に見える焦げ目は、魔法攻撃を受けた痕跡になる。こちらは加減が難しいと判断されたのか、物理的な手段で受けた傷よりも遥かに数が少ない。

 アギトがまだ生きていられるのは、彼らがこのリンチを楽しんでいるのもあるが、『魔王』に含まれる『回復力強化』と『再生』の効果のお陰なのが大きい。

 だがその恩恵による補助も、『魔王』のレベルが1と低いために限界になりそうだった。


 アギトを弄ぶ部下の姿を憮然と見ながら、隊長は隣に立つ副長に話かけた。

「副長、今は何週目だ?」

「五週目も終わろうかと言う所ですが……」

「今回は特に引きが悪いな」

「確かに」

 隊長の声には不満の色が見て取れる。

 コレに答えた副長の声にも、どこか期待外れだという響きが含まれていた。

「何時もなら、もう一人くらいは引いているんでしょうけど……」

「此処までで引いたのは隊長だけ。しかもそれが『家事』ですからねぇ」

「けど良かったじゃないですか、隊長。これで奥さんから『家では役立たず』なんて言われずに済みますよ」

「言うな」

 便乗して話しに加わってきた部下たちも、どこか諦め顔になりつつある。

 そんな彼らが見守る視線の先では、アギトが四十何回目かのダウンを帰すシーンが繰り広げられていた。

 手加減の為に鞘に入れられたまま振るわれた長剣が、アギトの鳩尾を強かに撃ったせいだ。

 音を立てて崩れ落ちるアギトの体。だがソレを気に病む者はこの場にはいない。

 彼らの意識は、今しがたアギトを倒した仲間に向けられていた。


 その仲間の表情が喜びを示すソレに変わる。何かスキルを得たようだ。

「やった! やったぞ!!」

 声を上げて喜ぶ男の周りに仲間たちが集まり、何を得たのかとしきりに問い質している。今度こそ、お目当てのスキルを得たのか知りたいからだ。

 実を言うと、彼らは誰が最初にお目当てのスキル(『鍛冶(刀剣)』又は『魔力回路作成』)を引き当てるかを掛けていた。当然だが各自が自分を対象にしている。こうして成果の確認を急ぐのも、この掛けが絡んでの事だった。

 視線が集中する中、男の口から出て来た答えは『術式制御』だった。

 どうやらこの人物、今までどうしても『術理魔法』を習い覚える事が出来なかったようだ。

 周囲の仲間たちの口から、理解と安堵のため息が漏れた。

 しかし隊長からすれば、これは願ってもない事になる。レベルは低くとも戦力の強化に繋がるからだ。

 だが獲得したてでいきなり実戦投入するには少々不安が残る。何かで練習をさせるべきだ。

 そう考えた隊長は、その部下に以降のアギトの治療を任せると、自分の副長に向き直った。

「副長、これ以上は時間の浪費と考えるが?」

「自分も同じ判断をしたところであります、隊長。この周で最後とするならば、残りは自分をいれて二名であります」

「分かった。この周が終わったら、コイツを捕縛して本国に連れり奴隷とする。『魔力回路作成』と『鍛冶(刀剣)』のスキル持ちならば、魔剣や魔刀が打てるはずだ。上も文句は言うまい」

「了解しました」

 隊長はこの周で終わりにする事を部下たちに告げると、もう此処での仕事は終わりと判断し、上司へ帰還の遅れをどうやって言い繕うか、その文面に頭を悩ませ始めた。


 一方のアギトはと言うと、外野でどの様な話がされていたのかを気にする余裕などなかった。

 ダウンする度に強制的に意識を戻され、そして今も目の前にいる兵士と思しき男と切り結んでいる。

 アギトを動かしているのは、生への執着であり、『死の継承』までしてくれたハインツに少しでも報いるためであり、自分を蔑んだ目で見るこの連中への怒りだった。

(せめて一人くらいは……、いや一撃くらいはキツイのを喰らわさないと……)

 何とかして一矢報いようと右手のショートソードを振るうが、負傷と疲労で速度の落ちた攻撃は容易に裁かれ、逆に反撃をもらう羽目になっている。

 スキルの高さを利用するなら受けに徹するしかないのだが、相手の動きを読んでさえ受けきれない攻撃を何度をもらっている。そしてその攻撃ですら、相手は本気でしていないのが表情から読み取れる。

 現にいま相手をしている男も、右手に長剣を持ち左手にその鞘を持って、『双剣』スキルの練習をしているのだ。望むスキルが獲得できないならば、自分が伸ばしたいスキルの練習に使おうと言うのだろう。

 前向きな姿勢は誉めるべきかもしれないが、その相手をさせれらるアギトにしてみれば堪ったものではない。ちょっとでも気を抜けば、致命傷とは行かないまでも深刻な怪我を負う事になるのだから。


 アギトを昏倒させる一撃が再び振るわれようとしていた。

 アギトのショートソードは相手が左手で振るった鞘にはじかれ、明後日の方向に向いている。その一方で相手の長剣は、アギトの左脇腹を抉らんと前に突き出されようとしている所だ。

 今度こそ殺されるかもしれない。この攻撃が止めの一撃かもしれない。

 そんな恐怖に襲われたアギトは、一か八かの掛けに出た。

「こなくそ!」

 体をねじり剣の刃を腹の筋肉の上で転がすように逸らすと、回転の勢いのまま前に大きく踏み出した。殺しきれない勢いが刃に肉を切り裂かせ、その痛みがアギトの表情を歪ませる。

 だがアギトの動きは止まらない。踏み込みと回転の勢いを利用して腕を強引に引き戻し、それらの速度に乗せて右手のショートソードを振るう。

 その刃が狙うのは、相手の首筋だ。

 度重なる打ち合いで刃こぼれが激しいが、防具にも肉にも守られていないこの箇所ならば十分なはず。

 それにこの間合いはショートソードの間合いだが、長剣を振るうには近すぎるからだ。

 だが相手も普通ではなかった。

 右腕からは力を抜いて剣を逸らされるのに任せると、左手の鞘でアギトの右手を狙ってきたのだ。

 ショートソードそのものを防げないならば、それを持つ腕か手を攻撃して、武器を落とさせようという腹だ。

 相手の男はレベルが高い事もあって、余裕を持ってアギトの攻撃に対処できる、そのはずだった。


「ごっ、がはっ!!」

 声がこぼれたのは、アギトと相対していた男の口からだった。この直後に男の喉元から多量の血が零れ落ちる。

 アギトの攻撃が、見事に決まっていた。

 決まるはずのない攻撃が決まった事実に、周囲で見物していた男たちはどう反応して良いのか分からない。ただ凍り付いたようにアギトの姿を見ている。

 いや良く見れば、男の左肩に矢が突き刺さっていた。

 この攻撃があったがために、彼の迎撃は遅れて不発となり、アギトの起死回生の一撃を許す結果に繋がったのだ。

 こと切れた男の体が、ゆっくりと倒れていく。

 男の体が大地に倒れ伏す鈍い音が響いた直後、周囲で見物していた男たちの凍り付いていた時間が動き出した。もう一人の仲間の胸に矢が突き刺さったからだ。

「狙撃か!」

 男たちは狙撃から逃れる為に遮蔽物を求めて周囲を見回すが、矢が飛んできたと思われる方向にそれらしい人影は見当たらない。適当な建物の陰に身をひそめる間にも次々と矢が射かけられ、避け損ねた男たちに突き刺さっていく。

 運の悪い男の頭に矢が突き刺さり、一撃でその男の命を奪う。

「いったいどこから矢を射ているんだ?」

「村の外側から樹の幹にでも隠れているんだろうが、ここからじゃとても見分けられんぞ」

 とりあえず物陰に身を潜めて狙撃から逃れた男たちだが、彼らの不幸はこれで終わりではなかった。

 突如空中に炎が奔ったかと思うと、それが火球となって男たちに襲い掛かったのだ。

「うわあぁ!!」「ぎゃああ!」

 幾つもの爆音が轟き、それ倍する悲鳴が鳴り響く。

 火球が直撃した男の体は四分五裂してただの焼け焦げた肉塊に成り下がり、爆発に巻き込まれた男は半身を炎に焼かれその熱と痛みにのたうち回っている。

「『火炎弾』だと? くそっ、反対側にでも術者が潜んでいたのか」

 隊長はほぞをかんでいた。

 弓矢と魔法の攻撃(それにアギトの剣)により、すでに半数が死亡していた。残った五人のうち無傷なのは、隊長自身と『信仰魔法』が使える男の二人だけ。

 副長はというと、最初の火球の直撃を受けてしまい、多量の肉片に成り下がってしまっていた。

 このままでは全滅してしまう。だが敵の戦力がコレだけとは考えられない。戦場のセオリーに照らし合わせれば、白兵戦力が何処かに潜んで此方が迂闊に飛び出るのを待ち構えているはず。

 このまま何も対策を取らずにいる事など、隊長としては受け入れられない事だ。

 弓矢と魔法、どちらを優先して対処すべきか。

 悩んだのは僅かな時間でしかなかったが、既に手遅れだった。


「な、に……」

 腹部に焼け付くような痛みを感じ、視線を下して見れば、そこには自分の血に参れた槍の穂先が突き出している。下半身を濡らす生暖かい液体の正体は、傷口からこぼれ出る彼自身の血だ。

 気配を探ってみれば、いつの間にか背後に人の気配があった。

「俺たちの村で、よくもこんなマネをしてくれたな」

 背後から怒りに身を震わせた男の声がした。

 この不届き者を討ち取らせようと隊長は視線を周囲に巡らすが、部下の姿を見つける事が出来ない。

 代わりに左手から女の声がした。

「アタシたちの身内を殺した罪、アンタたちの命で償ってもらうよ!」

 痛みをこらえて声がした方向に首を向ければ、そこに見えたのは血の滴る剣を携え皮鎧を着こんだ栗色の髪を持つ女の姿。怒りが強すぎるのか、短く切られた髪が炎のように逆立っている。

 その女の足元には、部下二人が頭から血を流して横たわっている。片方は、『信仰魔法』の使い手だった男だ。

 後ろから不意打ちされたのか、一撃で頭を割られている。改めて確認するまでもなく死亡していた。

 不利を悟った隊長は残る二人に逃げろと命を発しようとするが、腹を槍で貫かれたせいで上手く声を出す事ができない。

 そんな隊長の動きから察したのか、背後の男は悠然とした口調でしゃべりだした。

「心配する必要はねぇぞ。ここに来る前に、俺が二人とも突き殺しておいたからな」

「なん、だ、と」

 生き残りが自分だけだと告げられ、隊長の眼が怒りに染まる。

 彼にしてみれば、『無明の民』などという存在は、『光の民』に奉仕して初めてその存在を許される物でしかない。

 そんな隊長の怒りも織り込み済みだったのだろう、男は平然と言い返してきた。

「そっちが怒るのはそっちの理屈。俺たちが怒るのも俺たちの理屈。違う物差しで考えてるアンタに分かってもらおうなんざこれっぽっちも思ってねーよ」

 男はそこまで言うと、突き刺していた槍を力任せに引き抜く。

 槍に抉るような動きが伝わった事で隊長の内蔵が更に傷つけられ、栓を失い広げられた傷口からは血が勢いよく吹きこぼれはじめた。

 隊長は背後に立つ不届き者に報復しようとしたが、それを実行する事は叶わなかった。

「アンタの相手は、そこの野郎がしてくれるそうだぜ?」

 隊長の正面には怒りの形相をしたアギトが、ショートソードを腰だめに構えて迫ってきていたからだ。


 隊長に向かって行きながら、アギトは自分の身体が軽くなって行くのを感じていた。

 何者か、恐らくは『火炎弾』の魔法を放った人物が掛けてくれた治療魔法の効果だろう。積み重なった疲労は無くなっていないが、傷の痛みは完全に消え去っていた。

 隊長を背後から槍で刺していた男は、アギトが何をしようとしているのかを悟ると、ニヤリと笑って槍を引き抜いた。

 抉られて広がった傷口から更に多量の血がこぼれ出るにも構わず、隊長は腰の長剣を抜こうとするが、その行動も何者かに阻まれてしまう。

 何処からともなく飛来した矢が、隊長の右手に突き刺さったからだ。

 隊長は痛みと衝撃に耐えて無理やり抜剣しようとしたが、その遅れは致命的なモノになる。

 剣の長さの半分も抜くことも出来ず、アギトが放った渾身の突きを喉に受けてしまったからだ。

 彼に出来たのは、この理不尽な結果をもたらした相手を、憎しみの限りを込めて睨む事だけだった。


 そんな憎しみと驚愕がない交ぜになった表情を浮かべたまま崩れ落ちる隊長の体を見ながら、アギトはこの世界で最初の戦いが終わった事を実感するのだった。





 ここまで如何でしたでしょうか?

 主人公はまだこの世界に来て幾らも経っていません。

 スキルこそ高くなりましたが、まだまだ実力は下の方。

 これから時間をかけて少しずつ強くなっていきます。


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