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魔王降臨!  作者: 闇目
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2話

 白一色に染められていた視界に、色が戻った。

「どうやら、無事に着いたみたいだな」

 無事に異世界への転生を果たした男性が最初にした事は、自分の状態を確認をすることだった。


 身体を見てみると、着ているのはくすんだ色の長袖のシャツに長ズボン。足には皮の靴を履いており、背中にはリュックサックがある。

 腰に下がっているのは空の水袋とこれまたカラの財布袋、それに護身用の剣とナイフだ。剣はそれ程刃渡りが無いので、ショートソードと言った方が良いだろう。

 そしてこれらの装備を隠すかのように、厚手で灰色の布で出来たフード付きのマントを纏っている。

 リュックサックの中身はというと、寝袋代わりの毛布が一枚と手拭いが数本入っているだけ。

 転生の際に焼き付けられた知識が、お金と食料がない事を別にすれば、これらの装備が一人旅を行う一般人としてはそれ程珍しくないモノだと教えてくれた。


「これくらいは自分で稼げ、という事か」

 蓄え(?)がゼロであることにため息をつきながら視線を周囲に向けてみると、自分が立っている場所は何処とも知れぬ森の中を通る街道のすぐ脇であることが分かった。

 この世界では、神々は自分が庇護し加護を与えている人間たちが住む土地に、そうでない土地の恵みを奪って与えている。だから基本的には街から離れればそれだけ土地から恵みが失われ、碌に草も生えない荒野になって行く傾向にある。

 だが砂漠の中にオアシスがあるように、恵みが奪われて荒野となった大地にも、所々このように自然が育まれている土地が存在するのだ。特に山間部では、地脈の関係からか、この様な土地が多い。

 男性が現れたこの森も、何らかの理由で神々の収奪から免れた土地の一つであるらしい。

 この様な土地は周辺の街から離れていることもあり、多くの場合は街道を行き来する人々が足を休める休憩地として利用されている。

 中には国や故郷を滅ぼされて神の加護を失った人たちが暮らす隠れ里のような場所も存在するが、そういったモノは発見されると近隣の国が殲滅または略奪に乗り出してくるので、街道の近くには存在しないのが常である。


 国ごとに崇める神が異なり尽く対立している状況で、このような街道に人の行き来があるのを不審に思うかもしれない。

 だが街で生活している人々の中には、国を滅ぼされたり街や村を占領されたりして故郷を喪った人達の子孫が数多く暮らしている。その中において宗旨替えを良しとしない人の割合は低くはない。どちらかと言うならば無宗派になる傾向が強いと言える。

 そういった人達、言い換えると国ごとに崇める神が異なり対立する状況に左右され難い人達が、これらの街道を使って国家間の貿易の様な事をしているという事実があるのだ。


 男性は周囲を一通り見渡してみたが、目の届く範囲内には街や集落の存在を示す物は確認できない。

 念のためと気配を探る真似事もしてみたが、男性の感覚が鈍いのか、それとも何処かに身を隠しているのか、他に生き物の気配は感じられない。それどころかどこか自分の方があやふやな感じがする。

「それじゃあ、始めますか」

 周囲に差し迫った脅威が感じられないのを確認すると、男性は心の内から沸き起こる切迫感に押されるように、己の内側に意識を集中させた。


   ***   ***


 意識のスクリーンに、男性のステータスとでも言うべきモノが表示される


 名前:未設定 種族:ヒト族(男) 年齢:18 レベル:20

 所有スキル:武器戦闘3 素手戦闘3 術式制御3 魔力制御3 家事3

 特殊スキル:魔王1


 男性が最初に注目したのは、名前の部分だ。

「ああ、あの感覚はコレが理由だったのかな?」

 自分の存在感がイマイチなのと内から来る切迫感の理由は、自分の名前が未設定扱いだった事にあったようだ。


 全ての意思ある存在は、己を周囲から区別する記号を得る事で、そしてそれを世界に認めさせる事で、自身を世界に定着させている。

 異世界から来た存在は、それ自身が持つ記号が世界に認められていないせいで、己という存在を確定し難い。別の見方をすれば、それが本来持つ記号のせいで、世界から拒絶されているとも言える。

 つまり今回のように外の世界の存在を別の世界に定着させようとするならば、本来持っていた記号はかえって邪魔になってしまうのだ。

 召喚魔術などで呼び出された存在がそのままでは召喚主の側に長く留まる事ができないのは、多くの場合コレが大きな割合を占めている。

 ではそうならない為にはどうすれば良いのか?

 その解答の一つが、男性が今目にしている状況と言う事だ。

 人間の場合、その記号とは個人が持つ名前を指している。

 これまでに持っていた名前を捨て、移動した先の世界で改めて自身の名前を決める事で、世界に自分と言う存在を認めさせるのだ。

 存在を確定させる為の儀式と言えるかもしれない。


「こっちの世界の神々と対立するようなモノだから覚悟はしてたけど、実際にこう見せつけられると驚くな」

 男性、いや若返っているのでこれからは青年と呼ぶべきだろう。

 青年が言っているのは、スキルとして存在する『魔王』の事だ。

 『魔王』スキルには、『不老』の効果が始めから付いている。肉体的だけでなく精神的にも若返った彼としては『魔王』として格好が良くて耳障りの良い響きを持つ名を名乗りたいのだが、その一方であの時の決意と自分の故郷を意識させる名前にしたくもある。

 ああでもないこうでもないと、意識の底で悩み続けた結果、青年はこの様な結論に至った。

「うん、ある意味で悪役を演じる事になるんだから、ソレを意味する感じの当て字を使おう。

 魔王(悪)を演じる(擬する)来訪者(人)で『悪擬人アギト』。俺の名前はアギトだ」

 念のために言うが、「悪」という漢字にある単音の読みは「オ」だけである。

 青年がそう宣言した直後、意識のスクリーンの表示が変化した。


 名前:アギト 種族:ヒト族(男) 年齢:18 レベル:20

 所有スキル:武器戦闘3 素手戦闘3 術式制御3 魔力制御3 家事3

 特殊スキル:魔王1


 青年、いやアギトが無事に自分の名前が反映されたのを確認したのと同時に、それまであやふやに感じられていた身体が現実のモノとして認識されるようになった。

 アギトと言う存在がこの世界に認められ、そこで生きる者として定着した瞬間だった。


「それじゃ順番に確認していくとするか」

 自身を確立させたことに安堵したアギトは、表示内容の確認を始める。


 先ず種族だが、この世界で最大多数を占めるヒト族になっている。

 この世界に転生する以上、ヒト族以外の人間(所謂ヒューマノイドの総称)になる可能性もゼロではなかったが、しばらくは社会に紛れて活動する必要があるであろう事を考えると、これはむしろ好都合だった。

 性別はそのままの男性。

 アギトの預かり知らぬ事だが、一部に性別を反転させた魔王がいる。但しそれは性同一性障害に苦しんでいた当人が望んだためであり、決してその者を担当した神のイタズラではない。

 次に年齢が18と表示されている。

 これは現段階における肉体年齢の数字で、今後は時間経過に伴って一年ごとに増加していく。

 アギトの場合、この年齢の時が肉体的に最高であったという事だ。

 特殊スキル『魔王』に『不老』の効果が含まれている以上、後になればなるほど外見との齟齬そごが生じて邪魔になるデータなのは間違いなかろう。


 そして次が、この世界の根幹ともいえるレベルの表記になる。

 この世界に生きる存在は、レベルという物差しでその強さが比較される。

 幾つかの例外はあるが、レベルが高いほど強力で死に対する抵抗力が強い。魂の強さとも言い換える事ができるだろう。

 一般的に生まれてすぐの存在はレベル0である。赤子や幼児が病で亡くなり易いのは、第一にレベルの低さが原因であると言うのがこの世界での常識だ。

 そしてこのレベルだが、ヒト族の場合、16歳で成人するまでは基本的に年に一つ上昇する。加齢と同時にレベルが上がる、即ち肉体の成長がそのままレベルの上昇となるのだ。

 これが早熟な種族である場合は、最初の数年は年に数レベル上昇することになるのは言うまでもない。

 だが成人後は急速に加齢によるレベル上昇の速度は低下し、ヒト族の場合、30歳になる頃には完全に停止してしまう。

 以後は戦闘行為や修練の結果によるレベルアップがあるだけだ。

 アギトの18歳という年齢でレベル20というのは、狩りを含む戦闘行為を日常的に行う人間を除けば、成人としては至極真っ当で平凡な数字だ。

「目立たないのは良いんだけど、先の事を考えると苦労するな」

 アギトがこうぼやくのも当然だろう。

 『魔王』として世界を改変する任を担うにしては、20という数字はなんとも頼りなく見える。

 だがこれも残念だが、ちゃんとした理由があっての事なのだ。


 何か大きな事を起こせば、それに見合った大きな反作用が起きる。それは外界の神々が介入の為に行う転生であっても例外ではない。

 何しろ今回送り込まれた存在は『魔王』である。すぐに活躍できるような高レベルでは転生に要する力が大きくなり、世界を改変するに足るだけの数を送り込むのが難しくなる。

 それに大きな力を持つ存在の転生は強い反作用を生み、この世界の神々に外界から侵入があった事を容易に気付かせてしまう。対応策を取られるならまだしも、転生そのものを妨害される可能性すらあるのだ。

 察知した事が己の所業を顧みる切っ掛けとなって現地の神々の一部が改善に動き出した事例もない訳ではないが、この世界の神々に関してはその可能性は皆無との判断が下されている。

 そこで反作用を出来るだけ小さくして此方の神々に『魔王』の転生を察知されないよう、一般人とそう変わらないレベルで出来るだけ多くの存在を送り込む事となった訳だ。


 アギトの確認はスキルの項目に移った。

 少々紛らわしいが、スキルにも熟練度を示すレベルが設定されている。

 存在の強さとしてのレベルに上限が無いのに対し、こちらは10が最高値になっている。

 目安としては


 1:駆け出し 3:並 5:熟練 7:達人 9:天才 10:超人


 このように考えてもらえばいいだろう。


 『武器戦闘』とは武器を使用した戦闘全般に関わるスキルで、『素手戦闘』は己の肉体だけを使用して戦うためのスキルだ。

 『術式制御』とはこの世界に二種類ある魔法の一つである『術理魔法』を使う為のスキルで、コレが無ければ魔法はまともに発動しないばかりか暴発する可能性すらある。

 因みにこの世界で一般的に魔法というと、こちらの『術理魔法』の事を指す。

 次の『魔力制御』とは、文字通り体内を流れる魔力を制御するスキルだ。熟達すれば消費する魔力を加減して魔法の効果を操作できるようになるが、主な用途は魔力を体に流しての肉体強化である。

 戦闘に関係すると思われるモノが一通りそろっているだけでなく『家事』まで付いているのは、生活様式の全く異なる世界に送り込まれる『魔王』たちへの配慮だった。


 そして最後の特殊スキル。

 種族ごとに設定された能力とでもいうモノがコレに該当する。

 基本的には生まれた時から一生涯変化することなく、モノによってはレベル自体が存在しない。普通なら所有する本人も知る事無く終わるスキルだ。

 だが『魔王』たちは自身の特殊スキルの状態を確認できる。何しろこの『魔王』スキルは、コレに付随する効果である『身体能力強化』と『回復力強化』と『再生』の強さを決めるだけでなく、この世界に対してどの程度脅威として認識されているかを知るバロメーターでもあるからだ。

 1である現在は神が個人を特定して尚且つ精査しない限り露見しないが、これが5になる頃には近隣の国家から要注意の人物として警戒され始め、7を超えると世界中にその存在を警戒される事になる。

 尚、『魔王』レベルが10になる時は、この世界の神を一柱でも殺した時である。

「こんな効果が付随してるんだから、神殺しも起こり得るのか? 出来ればそんなことはしたくないな」


 転生前に受けた説明以外にも、コレには付随する効果というかスキルがあった。

 その名前を『収奪』と言う。

 相手を直接的な手段で倒した時、ゲームでの経験値のように相手の能力値の極一部を吸収して自身を強化レベルアップしていくのだが、この『収奪』の効果はコレだけではない。

 確率は高くはないが、倒した相手の有するスキルの中から任意の一つを、レベルごとコピーまたは奪って自分のモノにできるとと言うモノだ。そこまでの修得に要した経験と知識を丸ごと得る、若しくは奪う効果とも言える。

 尚既に得ているスキルの場合は、それまで得ていた経験に加算される形になるので、レベルが上がらない事もある。

 正しく『魔王』の為に用意されたスキルとも言えるが、実はこれには原型が存在する。

 この世界の全ての意思ある生物全てが有する特殊スキルで、その名前を『吸収』と言う。

 経験値のような効果は同じだが、その効率は『収奪』より大きく劣る。

 そして確率こそは若干劣る程度だが、倒した相手が有するスキルの中からランダムで一つ習熟度を得るという点が一番異なる。

 この場合、倒した相手からスキルは奪われない。しかも得られる習熟度は常にゼロから1へ変化する分だけだ。

 気づいたかもしれないが、この『吸収』を『魔王』の為に調整したのが『収奪』である。


 悲しい事に、このスキルに纏わるシステムが世界に戦乱を招いている要因の一つであると同時に、辛うじて文明のレベルが後退していない理由でもあった。

 スキルさえあれば、そのレベルを伸ばす事でレベルに見合った技量と知識は得られる。

 スキルが無ければ、ソレを所有する人間を倒せばソレを得る事が可能。

 しかも運さえよければ、スキルを高める行為を一切せずともスキルのレベルが上がる事がある。

 結果として人間のかなりの割合が、スキルを得るためにだけ敵を痛めつけるという行為に走っていた。


 尚、この特殊スキルに属するモノは、『吸収』でも『収奪』でも変化させたり奪ったりする事はできない。


 自分の状態の確認が一通り済んだのを確認すると、アギトは意識を現実へと浮かび上がらせた。


   ***   ***


「何がどうなっている……。いったい誰がこんな事をしたんだ……」

 茫然と佇むアギトの前に広がっているのは、燃え上がる幾つもの家屋と、その周辺に横たわっている幾つもの人間の体。その多くはヒト族であるが、一部にそうでない種族と思われるモノが混じっている。

 彼らの体は無事な所を探すが不可能なほど損傷していて、一目見ただけでそれらが既に生きていないかばねである事をアギトに教えていた。


 アギトが此処を訪れたのは、単なる気まぐれと言えるかもしれない。

 この世界の国に関する知識は一通り焼き付けられているが、現在地点が分からない事にはどの方向へ向かえば良いのか分からない。だから適当な目印となる地形を探す為に街道をとりあえず進んでいたのだ。

 進んで十分もしない内に、アギトは視界の端に立ち上る黒煙を見つけた。

 山火事にしては妙な煙の立ち上り方だった。数か所から立ち上り、それでいて範囲が広くないように見える。だがたき火にしては煙の量が多すぎる。

 周囲の景色から現在地点の候補は数か所にまで絞られていたが、その中には集落があるという情報はない。

 ひょっとしたら何処かの部族あたりの隠れ里の可能性もないではないが、それならあそこまで盛大に煙を立ち上らせている理由が思いつかない。この世界では彼らの様な存在、隠れ里というモノを作ってそこに住まなくてはならない人間は、搾取の対象か、そうでなければ討伐の対象でしかないのだから。

 好奇心に負けたアギトが立ち上る煙を目印に森の中へと突入を開始したのが、かれこれ三十分ほど前の話になる。

 あるかないかの獣道を辿り、繁みを無理やりかき分けてたどり着いて目にしたのが、今彼の目の前に広がっている惨状という訳だ。


 ゆっくりと一歩一歩、確認する事を恐れるように、それでいて何かに突き動かされるように歩を進めるアギト。

 距離が縮まった事で、それぞれの遺骸の損傷の具合が判別できるようになった。

 ある者は両腕と両足の筋を斬られた上で、鉄製の槍で腹を貫かれ家の壁に縫い付けられている。

 恐らくはその人物が主だったのだろう。家は無残なほどに壊され、燃え盛る炎もあるせいで、中に何があったのかも分からなくなっている。

 槍を通して伝わる熱が、既にこと切れたその人物の体を今なお内側から痛めつけていた。

 またある人物は、全身を切り刻まれた上に両目を抉り取られて死んでいた。

 明らかに嬲り殺しにされている。下手をすると生きているうちに眼を抉られたのかもしれない。

 立ち上る煙を見つめる空虚な双眸は、殺された人物の無念さを表しているようだ。

 道の真ん中に投げ出されているのは、無残に着る物をはぎ取られた女性達の亡骸なきがらだ。

 むき出しにされた下半身とそこかしこに纏わりつく汚物の存在が、彼女たちに降りかかった災いが何であるかを雄弁に語っている。

 最後は首を絞められて殺されたのか、彼女たちの表情は恐怖と悲しみと絶望に染まって、醜く歪んでいた。

 村の中心にある広場の光景は更に酷かった。

 穂先を上にして突き立てられた幾つもの槍の上にあるのは、無念の形相をした男達の首。そしてその槍の根元横たわっているのは、その首の持ち主であったであろう首なしの遺体。

 ボロボロになった彼らの服装は、彼らが散々痛めつけられてから殺された事を教えている。


「ちくしょう、なんだって来て早々にこんな風景を見なきゃならないんだ!」

 吐きだしそうになるのをこらえて叫ぶアギト。

 既に生存者が望めない状況だったからこそのセリフと絶叫であったが、この次の瞬間、アギトは自分の耳を疑った。

「だれ、か……いる、の、か……」

 無理やり絞り出されたような掠れた男の声が届いたからだ。

「誰かいるんですか!」

 思わず周囲に視線を巡らす。だがアギトの眼に映るのは、むごたらしく殺された多くの亡骸と、大きく煙を立ち上らせながら燃え続ける家だけだ。

 声の主を見つけられず幾度も声を上げるアギト。だが呼び声が「ここだ……ここだ……」との弱々しいが連続したモノに変わった事で、その持ち主の所在を突き止める事に成功する。

 声の持ち主は、この広場で燃える一件の家の前で仰向けに横たわっていた。


「ぐっ」

 絶句するアギト。

 声の持ち主は、要所を金属板で補強した皮鎧を纏った、それなりの歳をけみした男性だった。

 髪の毛は茶色で短髪にしている。だがその姿は無残と形容するほかない。

 右腕と右足は炭化して失われている。

 左腕は骨折でもしたのか、ありえない方向に曲がっている。

 左足は見たところ無事なようだが、そのせいで他の部位のむごたらしさが際立ってしまっている。

 顔は右腕と右足を炭化させた熱量によってやられたのか、ひどく焼けただれている。此方の接近に気付いたようだが、弱々しく見開かれた両の眼が白濁している事から、アギトの姿をどこまで認識できているか疑問だ。

 焼け焦げた鎧の胴体部のあちこちに、剣で刺された事で出来たと思われる損傷の痕跡が幾つも見られる。その中の幾つかは内臓を深く傷つけたようだ。赤黒く染まった衣服が、出血の多さを示している。

 だが右の手足を奪った熱量のせいだろう、それらの傷口は焼かれてしまい、皮肉にも男性の出血を止める作用をしていた。

 男性がまだ生きているのは、これによって失血死を免れているからに他ならない。


「しっかりしてください!」

 気が付いたら、アギトはその男性を燃え盛る家から遠ざけるべく抱き上げて運んでいた。

 失われた右の手足の重さによるモノか、失われた血液の多さによるモノか、その体はアギトに酷く軽く感じられた。

 火が燃え移る恐れの少ない樹の根元に、今の所唯一の生存者である男性を横たえるアギト。

 だがその表情は硬い。転生の際に焼き付けられたスキルで行使できる程度の治癒系の魔法では、この男性の傷を癒すには全く足りない事が理解できてしまったからだ。

 今の彼にできるのは、多少なりともその苦しみを弱めて命が尽きる時間を引き伸ばし、伝えたいことや言い残したいことがあれば聞く事だけだった。


 そんなアギトの様子に気付いたのか、男性は途切れ途切れであはるが、ゆっくりとこの惨状が起きた時の様子を語りだした。残り少ない命を使い、アギトに此処で何が起きたのかを伝えたいのだろう。

 男性の意思を少しでも尊重しようと、アギトは男性の傍らに跪いて『痛覚鈍化』の魔法を掛ける。

 その魔法の効果により、男性の口調は少しだけ軽くなった。

 ハインツと名乗ったその男性によると、ここ「レンの村」を襲ってきたのは、非常に統制のとれた百人程の軍隊の様な集団だった。

 連中はこの村を完全に包囲して村人の脱出を封じると、その内から二十人程の部隊を抽出して中へと送り込み、彼らに村を襲わせたのだった。

 この村は隠れ里であるから一応の戦力は常に存在している。ハインツ自身もその一人だ。だがその規模は決して大きいとは言えない。

 流石に多勢に無勢なのは覆しがたく、ハインツも何名かには傷を負わせたものの自分は深手を負い、更には敵の魔法で倒されてしまう。それからさほど時を置かずして村は占領されてしまったそうだ。 

 その後の状況はハイツが耳で得た情報でしかないが、それは言葉にするのもはばかれるような惨たらしい状況のオンパレードだった。

 全ての家は押し入られ、住人達は追い出され、目ぼしいモノが全て奪われた後で家に火が掛けられた。

 耳でしか情報を得られないハイツには良く分からなかったが、村を包囲していた残りも加えた全員がコレを行っていた。

 残された住人達はというと、家族の命を掛け金とした勝率ゼロのハンディキャップマッチが行われる事になった。

 人質を取られている為に事実上反撃は封じられており、戦いは悲惨の一言だった。

 オマケにたとえ倒されたとしても、死なない程度の軽い治療魔法を施され、何度も戦わされたのだから。


 いったい何を求めてこの様な事をしたのか?

 ここで思い出して欲しいのは、相手を倒した時にスキルを獲得する可能性が発生するという、この世界独特のシステムだ。

 自分が欲しいスキルを相手が所有している事を知っており、その相手が満足に動けない状況下で思う存分一方的に倒す事ができたら? そしてそれを何度も行う事が可能だったら?

 そう、村の男達は、倒されては不十分な治療を受けて強制的に起されるというサイクルを、連中が満足するまで、望んだスキルを得られるまで、何度も続けさせられたのだ。

 ハインツの推測では、この村の男性が持つスキル『鍛冶(刀剣)』が連中の目的だったらしい。

 広場にある首なしのむくろは、その時に利用された男達のモノだ。

 男達が全滅すると、それまで大人しくしていた連中が一斉に村の女たちに襲い掛かった。

 その結果がどうなったかは、今更言うまでもないだろう。

「もう少し冷酷だったら、戦わずに逃げた。もう少し弱けりゃ、苦しまずに死ねた。上手くいかねぇもんだな」

 ハインツの独白のような説明は、このセリフで締めくくられた。


「くっ……」

 アギトは怒りのあまり、我知らず両の拳を固く握りしめていた。

 ゲームでアイテムや経験値目当てで似たような事をした事はあるが、それはやっているのがゲームだと分かっていたから平然と行えたのだ。自分と同じように生きている存在相手に出来る手段ではない。

 だが此処を襲った連中は、ソレを平然と行っていた。しかもハインツの話を聞く限りでは、その後に余興として女性達を襲っている。

 崇める神が異なる輩は、この世界に於いてはモノ以下の存在でしかないのだ。


 その時、それまでなんとか話していたハインツが急に咳き込みだした。気管に血かタンが入ったらしいのもあるが、そろそろ魔法で誤魔化して傷に耐えるのも限界にきたようだ。

「大丈夫か?」

 反射的に尋ねるアギト。

 コレは元の世界では珍しくない行動だったが、此方の世界では非常に珍しい行動になる。何しろ余所者は道具以下の扱いが当たり前で、同じ神の庇護下になければよほど親しい仲間内でない限りまずしない。

 体調を気遣うなど、見ず知らずの相手に対して取るべき行動ではない。

 焼き付けられた知識にはそうあったが、不覚にもアギトは怒りでその事を失念していた。

 だが言われた方のハインツからすれば存外の扱いだった。

 此処を襲った連中の情報を渡したのは、話しておけば噂となって、何時か誰かが連中に仕返しをしてくれるかもしれないという、願望に近い打算に基づいた結果でしかなかった。

 だがこの男は話をきいてくれたばかりか、見知ったばかりの自分を気遣う事さえしてくれた。思い返してみれば、燃え盛る家からここまで運んでくれたのもこの男ではなかったか。

 コレだけの恩に応えるにはどうすればよいか?

 死を間近に控えたハインツの決断は早かった。

「すまねぇが……俺を楽にしてくれねぇか? 代わりに俺の持つ”全て”を譲ってやっからよぉ……」

「良いのですか?」

「いいんだ……、俺ができる、礼といったら、コレしか、ねぇからな」

 アギトが思わず問い返したのも同然だろう。ハインツが提案したのは『死の継承』と呼ばれるスキル継承の儀式の実行であったのだから。


 『死の継承』。

 それはこの世界の根幹をなすシステムの一つ、倒した相手の持つスキルを得る事が可能という、その部分だけを抜き出して儀式化したモノだ。

 戦闘などでスキルの獲得が発生する場合、それが『吸収』によるものであれ『収奪』によるものであれ、得られるスキルは必ず一つだけである。確実性も低い。

 だがこのシステムを儀式化する事で、レベルの上昇こそ見込めないが、得られるスキルを譲渡側が持つ全てのスキル(習熟度込み)にまで拡大する事ができるのだ。(但し特殊スキルは除外される)

 しかも双方合意の上でならまず失敗はないが、強制してやろうとすると確実に失敗してしまう。

 具体的な方法は極めて単純で、譲渡する側が自分を殺す相手にスキルを全て譲渡する事を宣言し、譲渡を受ける側がソレを受ける事を宣言して譲渡する側の人間を殺す、ただそれだけだ。

 そこには具体的な祝詞や形式は存在しない。ただ双方の合意と相手の意を受けての殺人、又は自殺の幇助ほうじょがあるだけだ。儀式の成功率が高いのも当然だろう。

 この世界では、主に己の技術を後世に残したいが適当な後継者に恵まれなかった者が、最後の手段として行っている。


 この存外な申し出に、アギトは返答に窮していた。

 確かに自分はこの男性を助ける行為を行った。ソレがこの世界での一般的な反応から逸脱しているのは理解しているが、自分の持つ感情や価値観に素直に従ったに過ぎない。

 だが現実には、情報を引き出すためにハインツが苦しむ時間を引き延ばしただけだ。

 儀式によりスキルの底上げが成されるのは嬉しいが、そこまでしてもらう程の行動はしていない、と言うのがアギトの本音だった。

 そんなアギトの躊躇いを感じ取ったのだろう、ハインツはいきなり大声を上げた。

「若造がなに遠慮してやがる!」

 その声は意外なほど明瞭で、とても彼が死にかけているとは思えないほどだ。アギトが(肉体的に)若いのは、声から判断したらしい。

「見ず知らずのオメェが気遣ってくれただけで俺は嬉しいんだ。しかも此処で起きた事を誰かに伝えてくれるかもしれねぇ。ひょっとしたらその誰かが仇を取ってくれるかもしれねぇ。だから俺はオメェに俺の技を託すんだ。確実にその誰かに伝えてもらう為に」

 言いたいことをいいえ終えると、ハインツは静かにその白濁した双眸でアギトを見つめた。

 光を映していないはずのその瞳は、何故か真摯な輝きを宿していた。


 この熱い思いに撃たれて、アギトの心は決まった。

 僅かにハインツとの距離を空けると、神妙な表情で腰に刺さっていたショートソードを引き抜いて構えた。

「自分の名前はアギトと言います。ハインツさん、今一度宣言をお願いします」

 アギトの決意を感じとったハインツも、これに応えるように言葉を発した。

「俺の持つ全てを対価として渡す。アギトよ、俺を殺してくれ」

「承知しました」

 アギトは全身の筋肉に魔力を流して強化すると、渾身の力を込めて剣を突き出す。

 空中に白銀のきらめきが奔った。




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