伍ノ刻 六合、誕生
十二天将は、人から成される。
それの儀式は、高天原という、仙人の住処で行われる。
――――――――――――――――――――**
数年前の高天原
美しい蓮の浮く池のある中華風の屋敷の主に呼ばれ、老夫婦がお茶を飲むテラスに、一人の女性が訪れた。
「天乙、参りました」
「お入り」
扉を開けば、そこにはテラスでくつろぐ老夫婦の姿が目に入り、女性はその2人に一礼。
「お呼びでしょうか、春光天仙様、白夜天仙女様」
「来ましたか、極月天乙殿」
「ふむ。今宵、そなたをここへ呼んだのは、現在の“繭”の状況についてじゃ。順調かのぅ?」
「えぇ。あと一日で孵化するでしょう」
天乙がそう告げた矢先だった。
「天仙様方! き、吉報にございます!」
急ぎやって来たのは、天女官であった。良き知らせと聞き、3人は慌てて屋敷から遠く離れた洞窟へ向かった。
洞窟の中には、たくさんの糸と大きな繭が一つあった。繭は糸で天井からぶら下がっており、それは中で心臓の鼓動のように波打っていた。その動きは、今にも孵化しそうだ、という予兆であった。
「まさか…! もう孵化するというのか!?」
天仙女がそう言うと、繭に亀裂が走り、そこから破れて中のモノが孵化した。地面に無造作に産み落とされたのは、糸にまみれた黒髪の少年だった。
天仙女は、自分の羽織りを脱ぐと、少年の肩にそっとかけた。そして、天乙が少年の傍に寄る。
「ご生誕を祝福いたします、六合様」
天乙の言葉を聞くと、孵化したばかりの少年はそのまま眠りについた。
目を覚ました少年が最初に目にしたのは、蓮の装飾の施された天井だった。
「…どこ?」
「あ、お目覚めになりましたか?」
目が覚めた少年の傍らには、天女官の女性が濡れた手拭いの準備をしていた。女性は呆然とする少年に微笑み、名を名乗った。
「あ。私は、これから六合様のお世話係を務めさせていただきます、葵と申します」
「あおい…?」
「えぇ、六合様」
「り、りくごう?」
「はい。それが、貴方様の新しい名前です。六合様」
少年は現状がさっぱり理解できず、葵の言葉に首を傾げた。そんな赤子のような少年に、葵はにっこりと微笑んだ。
すると、
「目が覚めたか」
そこへ天乙と数名の天将たち、そして天仙と天仙女がやって来た。
「うわっ! ちっさ。これがホントに六合!? 俺は、皐月朱雀」
少年の頭をわしゃわしゃ、と撫でる赤毛の青年は、朱雀。
「フン。私は、霜月玄武」
眼鏡をかけた生真面目そうな男性は、玄武。
「フフッ、かわいいなぁ。アタシは、水無月太裳だ」
巫女装束を着崩した女性が、太裳。
「ワタシと同じくらい? かわいい! ワタシ、葉月太陰よ」
少年と同じくらいの少女が、太陰。
「チッ。んだよ、女じゃねェのか。俺様は、弥生勾陣だ。憶えておけ」
大柄な傲慢そうな男は、勾陣。
「初めまして、極月天乙よ。よろしくね」
そして、最後に優しそうな女性が、天乙。
一度にたくさんの人物に出会い、少年がオロオロしていると、天仙女が少年の頭を優しく撫でた。
「そなたは生まれ変わったのじゃ。新たなる十二天将として。そなたの新たな名前は、“六合”じゃ。わかるか?」
「じゅうに…てんしょ…?」
「そうじゃ。怨霊から人々を守るため、亡き魂から生成されし、十二天将たち。そなたは穴の空いた“六合”になったのじゃ」
六合と新たに呼ばれた少年は、天仙女からこの世界について語られた。
人が死ぬと、その魂は【始まりの場所】へと帰る。
しかし、強い未練や憎悪を抱いた魂は、現世に留まることがある。未練ある者を“浮遊霊”、憎悪ある者を“怨霊”と区別し、それらを【始まりの場所】へと導く者たちがいた。
それが、十二天将。
元は安倍晴明という陰陽師が創造した式神であったが、晴明は死後も彼らと共に高天原に留まり、生き続けた。
しかし、晴明は高天原で第二の死を迎えることになり、彼の作った式神である十二天将も一緒に消えるはずだった。
そこで、晴明は十二天将の力は今後の世界のために必要と考え、十二天将たちに『繭の術式』と言う術をかけた。
そして、晴明の死後、十二天将たちにかけられた術により、死を迎えた人間の魂たちの中から、次の十二天将の素質があるとされる魂を選び、高天原の奥にある『繭の洞窟』で魂を繭籠りさせる。繭籠りした魂は、生きた年数をかけて生前の記憶を消し、十二天将として孵化する。
この巡りを経て、十二天将は今まで続いてきたという。
そして、
“如月六合”
それが、少年に与えられた新たな名前だった。
―――――――――――――――――――――**
六合の孵化から、数ヶ月後。
天将たちの住居である【天将殿】。その東側の長い廊下で本を両手に歩く少年が一人。 六合だ。
六合は最初こそ戸惑っていたが、今ではすっかり馴染み、これから先生をしてくれている、睦月青龍の勉強の時間であり、その部屋へ向かうことになった。
大量の教科書となる書物を一生懸命抱えて、廊下を歩いていた六合だったが、流石に自分の身の丈より多い本を抱えているのは無理があったのか、積み上げられた本が揺らぎ、足元が覚束なかった。
「うっ、うわっ!」
ついに本のタワーが傾き、六合はバランスを崩して倒れそうになった。
その時、温かい腕に誘われ、六合は本ごと軽く受け止められた。
「え…?」
「気をつけろ」
「あ、ありがとう」
書物で隠れて顔は見えなかったが、藍色の着流しの長身の男だった。それと、微かに見えた、赤い色。
男は素っ気ない態度で六合の態勢を直すと、そのまま六合の進行方向と反対側へと去って行った。
青龍の私室。
「それは多分、騰蛇君ですかね」
「とうだ?」
「そう。卯月騰蛇君。近代の子で、君の前に生まれた天将だよ。無愛想そうで、いつも一人でいることが多いんだ。 …しかし、騰蛇君が君を、ね」
「?」
青龍は珍しそうに言った。
その騰蛇という彼が人を助けることは、そんなに珍しいことなのだろうか、と六合は首を傾げたながら、勉強の続きを始める。
勉強の時間が終わり、六合は片付けを済ませると、仲の良い朱雀を捜し始めた。
「おーい! すーざーくー!」
「うるせェ」
大声で朱雀の名前を叫ぶ六合を低音の声で咎めたのは、木の上にいた少年だった。
外見は六合と同じくらいの子で、黒髪のツリ目の男の子。確か名前は、と六合は記憶を探る。
「えっと…。 長月天空?」
「そーだよ。なんか文句あんの?」
「あ。…いえ」
「フン」
六合は、この少年が苦手だった。キツイ態度もその要因だが、何より、この天空は六合のことが嫌いだった。
元々、先代の六合と仲の良かった天空は、今の代の六合が生まれたことにより代替わりを余儀なくされたこと先代六合が消滅したことにより、今の六合を仲間として認めようとはしなかった。
十二天将は、現世に次の自分の代わりになる天将の魂が生まれた時点で、存在の消滅を余儀なくされる。これも繭の術式の一つである。
そんなこともあり、2人の仲は犬猿であった。
「天空」
「! …白虎」
「こんなところで何をしている。天后が心配していたぞ」
「…うん。 …お前なんか、嫌いだ」
天空は巨体の男、文月白虎に言われ、六合に捨て台詞を吐いて、屋敷の方に走って行った。
しょんぼりとする六合に、白虎は元気づけるように声をかけた。
「気にするな。あやつは、前の六合を姉のように慕っていた。それで、いなくなってしまったことをお前のせいにして、八つ当たりしてるだけだ。お前は悪くない」
「…うん」
白虎のその言葉を、六合は逆に重く感じた。他の皆にも、本当はそう思われているのではないか、と。世間知らずな子どもの六合にも、それがどういうことなのか、理解できた。
「…ふむ。では、某は職務がある故、これで失礼する」
「あ、うん」
白虎の大きな後ろ姿を見送りながら、六合は自分が朱雀を捜していたことを思い出した。
朱雀探しを再開するも、数十分経っても見つからず、諦めかけていた。
「…どこだろう」
「何が?」
「うわっ!」
呟いた時、六合の背後から探し人の声がして、驚いて振り返ると、そこには探し求めていた朱雀の姿があった。
「おう! どうした、チビスケ」
笑顔で自分の頭をわしゃわしゃとかき乱す朱雀の手が、思った以上に今の六合には温かく感じられ、六合は目頭が熱くなった。
涙が零れそうで仕方なかったため、六合は朱雀に目一杯抱き着き、涙を必死に堪えようとした。
「うわ! な、なんだぁ?」
突然抱き着かれた朱雀は、戸惑いを見せたが、嗚咽を漏らす六合を突き放せるわけもなく、ただじっと六合が落ち着くのを待った。
数分後。少し落ち着いた六合から、事情を聴いた朱雀は、子どもながら重い悩みを抱える六合に、自分はなんとお気楽な性格なのか、と自分が情けなくなった。
「はぁ…。お前、考えすぎ」
「そ、そうかな…?」
「そうそう! もっと気楽にいこうぜ!」
「…うん」
「んで、俺に何の用だったんだ?」
「あ…」
六合はすっかり忘れていた、騰蛇について聞く、という用件を思い出し、それを朱雀に訊ねた。
すると、朱雀は少し嫌そうな顔をした。
「あー…。あいつ、ね」
「?」
「アイツのことは、あんま知らねェンだ。自分からも何も言わねェし。聞くなら、本人に直接会ったほうがいいんじゃね?」
「え、いいの?」
「あぁ。アイツなら、部屋にいると思うぜ」
六合は朱雀に案内され、天将殿の中央にある、蓮池の庭に最も近い東側の奥の部屋にやって来た。
初めて会う騰蛇にどうしていればいいかわからず、緊張した面持ちで扉の前に立っている六合に、朱雀は緊張を解くように声をかけた。
「大丈夫だって。ちょっと目つきわりィけど、根は良い奴だったと思うし」
「…う、うん」
「あの…」
「? あれ、蛍ちゃん?」
扉の前で話していると、後ろから可愛らしい声が聞こえた。振り向けば、水瓶を抱えた天女官姿の小柄の少女が立っていた。
初対面の六合に、朱雀は彼女の紹介をした。
「六合。この子は、騰蛇の世話係の天女官、蛍ちゃん。蛍ちゃん、この子が新しい六合」
「よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
「でさ、蛍ちゃん。騰蛇の奴さ、」
朱雀が、騰蛇について聞こうとした、その時。
「おい! 蛍」
扉の向こうから、不機嫌そうな怒鳴り声が響き、蛍の肩が小さく跳ね、オドオドしながらも弱々しい返事をした。
「あ、はい! ただいまっ」
蛍はゆっくりと扉を開き、一礼して同時に朱雀たちも部屋に招いた。
「騰蛇様。お客様がいらっしゃっています」
「客?」
部屋には、窓辺に腰掛け、蓮池を背景に藍色の着流しがよく映える、真紅の髪の青年がいた。
彼こそが、十二天将の一人、卯月騰蛇である。
「ちーッス! 久しぶりだな、騰蛇」
「…朱雀。お前か」
「へっへっへ。驚くのはまだ早いぞ」
「?」
朱雀は首を傾げる騰蛇をびっくりさせるように、後ろに隠れていた六合を目の前に差し出した。
「じゃっじゃーん! 新しい六合だよ!」
「…ふーん」
しかし、思いのほか興味がなさそうな薄い反応で、朱雀はガッガリ。
騰蛇は興味なさそうな顔をしつつも、その視線は六合に一点集中していた。
「やっぱりそうだ」
六合は小さく呟くと、騰蛇にゆっくりと近づくとその髪を見つめ、そっと手を伸ばした。
「なっ!?」
「…廊下で見た時から、綺麗な赤だと思っていました」
驚いた様子の騰蛇に、六合は無邪気な笑みを浮かべた。
「初めまして。騰蛇さんの髪、夕焼けみたいで綺麗ですね!」
これが、六合と騰蛇の最初の邂逅であった…。
*次回予告*
「…僕、女の子のほうがよかったですか?」「下だ!朱雀!」「や、やめろ! お前が炎を放ったら、六合に当たる!」「…残念ながら、俺はそいつを仲間と思っていない。そいつごと、地獄の業火に焼かれろ」「騰蛇ァァァ!!!」
次回『揺れ動く焔』